前世のこと
前世での話です。
誤字・脱字などお知らせくださると嬉しいです。
私の名前は水城綾。二十五歳。
職業は漫画家・・・それもボーイズラブというジャンルで描いている。これでも人気はあるほうで、某雑誌で連載中の作品は、すでに単行本が出版され、しかも増刷というおまけつきだ。
勿論人気作家ゆえ、サイン会やイベントへの参加も呼ばれ、性格上拒まず、むしろ喜んで参加している。
何しろ、生でファンの意見を聞けるんですから。
ということで、今日も書店でのサイン会に参加して、お土産を多数貰って帰宅の途についている。
小さいときから漫画家になりたくて、夢がかない、一人で生活していくのに十分な稼ぎも得ている。
そう、私は一人で暮らしている。
家族はいないわけではない。実家に両親と兄が暮らしている。が、ずっと不仲のままだ。
とある事件のせいで、私は家族から心が離れた。
小さいとき、隣に住んでいた女性が行方不明になった。
ちょうど今の私と同じ年で、さら姉さん、と呼んでいた。
日常生活での挨拶は欠かさなかったし、専業主婦の母が買い物に出たとき運悪く帰宅して家に入れなかったときに会ったとき、さら姉さんの部屋に入ったことも何度もある。
その、さら姉さんには家族はいなかった。だが、友人や同僚には慕われていたらしく、行方不明になったとき、彼らが騒いで警察が動くこととなった。なんでも、無断欠勤が続き、連絡も取れず、ということで、不審に思ったらしい。さら姉さんは律義者で、かならず連絡はとるはずだと、彼らは口を揃えていっていた。
いい友人、いい同僚を持っていることからも、さら姉さんの人柄がわかる。
だから、襲われたのだろうか。
私は見ていた。
偶然学校から帰る途中、路上で複数の外国人に囲まれ血塗れになって横たわっているさら姉さんと。
姉さんの名前を呼びながら彼らを倒して姉さんを抱きしめた外国人の男。
驚いて家に帰って兄を連れて現場に戻ったが、誰もいなかったし何の変化も無かった。
姉さんの捜索をしていた警察に、私は自分の見たことを正直に告げた。
だが、誰も信じてくれなかった。
路上には血痕など残されてなく、複数の外国人や血塗れのさら姉さんの目撃情報が無かったからだ。
それだけでなく、家族からは嘘吐き呼ばわりされ罵倒された。
その日から、私は家族に対し心を閉ざした。そして、自分の世界に没頭した。
両親は、私が学校でいい成績を収めれば文句は言わなかった。だから、勉強と平行して漫画を描き続けてきた。
兄に対しても同様の態度を貫いた。
だが、その兄の環境が私の人生を決めた。
当時男子校に通っていた兄なのに、学校でバレンタインや誕生日にプレゼントを貰って帰るのを疑問に思った。中には、家の前で待っており、私が妹と知るや否や言付ける人間も少なくなかった。
それが、私のBL人生の始まりだった。
『同性愛』というものがこの世に存在し、それらに関する各種メディアも多数出回っているのを知るのに、それほど時間がかからなかった。
気がつけば、いつの間にかのめりこみ、自分で漫画を描くようになっていた。
話など、兄の愚痴を聞いたり、兄の部屋のゴミ箱に捨てられた手紙を読めば、幾らでも作れた。
一応、自分の実力を知りたくて、高校生のときに出来上がった作品を投稿してみたら、何と入選してしまった。ちなみに、大賞を取れなかったのは、絵が他の人より下手という、納得できる理由だった。
それでも、まだ高校生だったにもかかわらず編集者がついてアドバイスしてくれたお陰で、大学入学と同時にデビューして今に至る。
今でも兄からは本人には気づかれないようネタをもらっている。兄も両親同様私のことを売れない漫画家と思っている。私がそう思わせたのだ。だから、私の描く漫画には興味が無い。ときどき待ち合わせて食事をしていろいろと兄の愚痴を聞くときの様子は、傍から見れば仲のいい兄妹といったところか。
だけど、やっぱりさら姉さんの件は忘れられないし、許せない。
何しろ、さら姉さんが失踪してから、時々絡みつくような視線を何度も感じているのだ。
その視線の送り主を探そうとしたが、次の瞬間気配は消え、全く判らなかった。
ただ、昨日はちょっと違った。
いつものように振り返って気配が無くなったのを悔しく思った次の瞬間、凄く印象深い人間が視界に入った。
長いストーレートの銀髪に、青い瞳の白人男性。
年齢は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。女性かともおもったけど、びしっとスーツを着ていたから男性に間違いない。
職業柄、サラリーマンのスーツ姿にはうるさい。
もっと観察したかったが、生憎彼はさっさとその場から立ち去って行った。
彼を、次回作のモデルにしようか。
ファンの子達と会って、昨日のことも思い出し、私のモチベーションはマックスになっていた。
だからだろうか。
こちらに向かってくる暴走車に気づかず、突然ものすごい衝撃に襲われ、気がつくと私の身体はアスファルトの上に転がっていた。
「アヤ!」
私の名前を叫ぶように呼ぶ男の声。だが、兄でも父のものではない。
家族以外に私の名前を呼ぶ人間はいない。
一体誰なのだろうかと声の持ち主を探す前に、私の意識は無くなった。
そして、私、水城綾の人生は終わった。
次から転生後の話となります。




