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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
96/109

蒼いネックストラップ vorbesc.玲衣


「そうだ、花火を見よう」 vorbesc.夏イベ企画の玲衣君視点ver。




「進藤、先輩?」


俺の目の前には一人の女性がいる。

白地に朝顔の描かれた可愛らしい浴衣を着、肩過ぎまである長い黒髪を綺麗に上に纏めて結い上げている女性。髪を纏めるその髪留めは、浴衣と同じ朝顔型でセンスが良くその女性によく似合っていた。


そんな女性が俺を「玲衣君」と呼ぶ。

知り合いだっけ?と、よくよくその女性を見てみると、その女性は俺が通う高校の一つ上の先輩、『進藤つなぐ』先輩だった。

それに気付いた俺の息は一瞬止まる。


「何、してるんですか進藤先輩」

「何って……。花火を見に来たんだよ。玲衣君もでしょ?」

「まぁ、そうですけど……」


進藤先輩がどうしてここにとか、何してるんだろうとか。そんな当たり前な事が一瞬頭に浮かんだけれど。だけど、目の前の進藤先輩のその姿に俺は続く言葉を失ってしまう。


人とはここまで変わるものなのだろうか。

いつもとは違う装おいにいつもとは違う髪型。それだけでもいつもの進藤先輩からは少しも想像つかなくて、本人とは似ても似つかないと言うのに、この進藤先輩は少し化粧までしているようなのだ。


グロスだろう塗られたその唇が艶々と光り、俺を見るそのいつもの黒い瞳が何故だか凄く俺を誘っているようにしか見えなくて、いつもと違う妙な大人っぽさが艶かしく見えて。


「玲衣君?」


ドキッと高鳴る鼓動に、俺は進藤先輩から目を背けた。やめてくれと思った。何でこの人はこんないやらしい格好をしているのか。

そんな馬鹿な事まで考えた。


だけど、目を背けたという事実を本人に気付かれたくなくて俺は辺りをきょろきょろと見回す。周りに進藤先輩の連れだろう人がいないか探そうと思ったからだ。

だが、進藤先輩と一緒にいるのだろう人物は一人もいない。進藤先輩を見る。もしや一人か?そんな馬鹿な。


俺は再度進藤先輩の連れだろう人をきょろきょろと探してみるがやはりいないようだ。俺達の周りに、こちらに気を止める様な人は一人もいない。皆横を通りすぎて行く。


「……一人ですかって言いたいわけね」


そんな俺の行動に不審を感じたらしい進藤先輩が言う。


「はい、まぁ……。一人ですか?」


そう問いかけるが、進藤先輩は黙ったまま俯いた。その進藤先輩の行動と態度に俺は本当に一人で来たのだろうかと考えてしまう。

だが、一人で浴衣でバッチリ決めてだなんて、ありえるだろうか。あの進藤先輩だぞ?


「進藤先輩?」

「…………」


名前を呼べば、暫くして進藤先輩が顔を上げた。その顔は何処か皮肉気な顔で。

「悪かったね、こんな格好で」と何故か挑発的にそんな事を俺に言う。


「いきなり何ですか」


手に持っていたフランクフルトだろう食べかけのものを口に突っ込み始めた進藤先輩。そんなもの食べてたのか、と俺は今更ながらに気付いた。どれだけ浴衣姿の進藤先輩しか目に入っていなかったのか。

食べかけのフランクフルトを全て消化し終えたらしい進藤先輩が棒を放り投げ、それが近くのゴミ箱に綺麗に吸い込まれていくのを見送る。そして、進藤先輩は不機嫌そうに口を開いた。


「玲衣君だって一人じゃん」


玲衣君だって、という事は進藤先輩はマジで一人なのだろうか。だが、残念ながら俺は一人でここに来た訳じゃない。俺は遠くの方、スーパーボール掬いに熱中している奴等を指差す。


「いや、俺はクラス連中と来てますけど」


俺が指差す方向、進藤先輩が視線を向ける。射的に金魚掬いに輪投げにくじに。いろんな屋台で遊びに遊びまくっている奴等は今、スーパーボール掬いに熱中中だ。

まぁ、取った物の殆どはその辺にいる子供や通りすがりの人にあげてしまっているので身軽そのものなものなのだが。

そんなことよりも。


「進藤先輩、本当に一人なんですか?」


本気で進藤先輩の連れだろう人が人っ子一人いないのだが。

そんな事を考えていたら、進藤先輩がふっ、と小さく笑った。


「残念ながら一人じゃないから。私だって友達と来てるから」

「はぁ」


なんでそんなざまぁみろ的な感じで言うのか分からず、俺の返事はおざなりになってしまう。だけど、友達と来ているのならばその友達は何処にいると言うのか。やはり周りにはいない様子。そんな折、進藤先輩が「……ねぇ、玲衣君。瀬川さん見なかった?」とこれまた何故かため息を吐きつつそう口にした。俺は首を横に振る。


「あの、俺瀬川先輩の名前は知ってますけど顔までは知らないですよ?」

「え、そうだっけ?」

「はい。名前はよく聞いてましたけどね」


進藤先輩の友人である所の瀬川先輩。

進藤先輩の話の中によく出て来ていた人物だが、俺は顔までは知らない。あと、小日向先輩とか。

ちなみにこの瀬川先輩と小日向先輩の二人は両想いらしいのだが、まだ付き合ってはいないという関係性らしい。


「瀬川先輩と来たんですか?」

「うん。あと小日向君と鎹君も一緒なんだけどね」


小日向君と『鎹君』。

その言葉に俺は一瞬だけ固まる。そしてその後全てを理解した。


「ああ……なるほど」


なるほどな、と思った。

俺の声は自然と低くなる。俺はこの時全てを理解したのだ。理解したくなくとも理解してしまったのだ。


進藤先輩が浴衣姿のわけ。

進藤先輩がいつもならしない化粧などというものまでしてるわけ。


それは『鎹君』のためなのだ。


だから進藤先輩はこんな恰好をしているってわけですよ。いつもならしない着飾った格好を、鎹先輩のために進藤先輩はしているってわけですよ。あの男のためにこんないやらしい恰好をしているってわけですよ。


「進藤先輩がそんな格好してるからおかしいと思えば……。ダブルデートですか」


徐々に不機嫌になっていく感情に、俺自身気付いているようで気付いていなかった。だからこんな言葉がぽろっと口から溢れ出てしまう。


その姿もあの男のため。その化粧もあの男のため。今の進藤先輩の全てがあの鎹先輩のため。


「だぶ……、まぁ瀬川さんに関してはそのつもりなんだろうけどね」

「気合い入れちゃってるわけですか」


苛々している俺は皮肉を零す。


はいはい。

ダブルデートですもんね。『デート』ですもんね。あの男とデートですもんね。気合い入れちゃいますよね。しかも花火大会ですもんね。ムード全開ですもんね。凛もちょっと前はそりゃ物凄い気合いの入れようでしたよ。たかがあの男とのデートぐらいで。あんなフラっフラしてる男ごときで。

というか、俺との時はそんなに気合い入れてくれた事、無かったですよね。一応あれも『デート』だったんですけどね。


「やっぱそう見えるよねっ!!!」


進藤先輩が唐突に叫ぶ。

俺は驚いてビクッ!と無様に肩を上げてしまった。


「あぁ……帰りたい」

「な、何なんですか、一体」


訳が分からずたじろぐ俺に、進藤先輩は自分が何故浴衣を着ているのかを事細かく説明してくれた。要約すると、進藤先輩は瀬川先輩にはめられて浴衣姿にさせられたのだ。


「玲衣君、分かって。私ね、好きでこんな格好でいるわけじゃないんだよ」

「…………」


俺は思う。

この人はどれだけ他人に振り回される人生を送っているのだろうかと。まぁ、少し前までかなり振り回してた俺が言えた義理じゃないのだけれど。


だけど。


だけど、この姿は『鎹君のため』ではないらしい。


「…………」


って、違うだろ、俺。

別に進藤先輩が誰のために何をしようと俺が気にする事じゃないし。というか、今、俺普通にヤキモチとかしてなかったか?俺は頭を抱えたくなる。ヤキモチなんて焼く資格すら、俺には無いはずなのに。


俺は一気に冷静さを取り戻し始めた。そして、数分前からの自分の恥ずかしすぎる失態を思い返し悔やむ。

駄目だ。ちょっと冷静になろう。


「あー……の、進藤先輩?」

「……何?」

「似合ってますよ」

「今更っ?!」


進藤先輩が叫ぶ。

それがちょっと可笑しくて俺の口許は弛む。すると「ありがとう玲衣君。嘘でも嬉しいよ」と進藤先輩。だけど、今のは全然嘘なんかじゃなくて。


「本当に似合ってますよ。綺麗です」


真実、俺はそう思ってた。

初めて見たときから、浴衣姿の進藤先輩に目を奪われていたのだから。


「ちょっと化粧もしてます?」

「あぁ……、なんかペタペタされたけど」


最早遠い記憶かのように遠くの方を見ながらそう言う進藤先輩。やはり化粧にそれほどの興味はないらしい。「よく分かったね、玲衣君」と言われてしまう。


「進藤先輩、普段から化粧とかしないですから少しするだけで違うのが分かりますよ」

「そうなんだ」


そう言うや否や、進藤先輩は見つめる俺の視線から逃げるように目を逸らしてしまった。その横顔が仄かに赤く見えるのは、もしかして先程の俺の言葉に照れているからなのだろうか。恥ずかしいからなのだろうか。

そんな進藤先輩の態度が少し嬉しく感じた俺の顔は自然緩んでいく。だが、俺はすぐさま首を振る。


駄目だ駄目だ。

進藤先輩の事は諦めたはずだ。これからもいい友達で。そう自分で決めておいて、今のこの俺は何たる体たらくだろうか。


だけどズルイよな、とも思う。

無防備全開でこの人は俺の前でこんな姿で、こんな態度を取るのだから。

祭りの音が騒がしいはずなのに。屋台の音が騒々しいはずなのに。行き交う人達の楽しそうにはしゃぐ声が煩い喧噪のはずなのに。

今この瞬間、それらはまるで煩わしくなく俺の耳には入ってこないのだから。むしろ心地いいとさえ思ってしまうのだから。


「…………」

「玲衣君、置いてかれてるよっ!?」


目を見張り進藤先輩が叫ぶ。

俺は無意識に伸ばしていた手を下げて、慌てたようにきょろきょろと辺りを見回し俺の連れ達を探し始めた進藤先輩に「大丈夫ですよ。携帯がありますから」と言う。そもそも俺はあいつらに置いて行かれたわけでもない。進藤先輩は知らないだろうが、少し前にこちらに気付いたあいつらに先に行けと俺が合図をしていたのだ。

「ごゆっくり」とにやにや不躾に笑いながら、友人達はそそくさと俺を残しその場を撤退して行っていた。


「玲衣君、ごめんね。早く友達に連絡取りなよ」

「…………」


俺は未だに手にしたままだった進藤先輩の携帯を、すっと差し出す。何故か手に馴染むこの携帯は俺が進藤先輩と一緒にショップに行って選んであげたもの。携帯を無くしてしまった進藤先輩と一緒に、携帯にあまり興味も無い進藤先輩に俺が一緒に選んであげたもの。


「進藤先輩、ホントによく携帯落としますよね」

「いや、まぁ、今回はあれだよ。慣れない浴衣だったからだよ」


そんな中、俺の手の中にある進藤先輩の携帯がぶるぶると小刻みに震え、その着信を伝えて来た。ちらと視線をやればそこには『鎹双弥』の文字。


「……鎹先輩からですね」

「鎹君?」


「もしもし」と電話に出る進藤先輩。

そうして二言三言会話をした後、進藤先輩は電話を切る。そんな進藤先輩の手の中にある携帯電話に、俺は先程射的で手に入れた蒼色のネックストラップを装着する。そうして、進藤先輩の首にその紐を引っ掻ける。


「……首から掛けろとそういう意味ですか」

「また落とすといけませんから」


そう言ったけれど、俺は別の意味もある様な気がしてならなかった。


こうやって首に紐でも掛けておけば、この人は自分のものだとでも俺は言いたいのだろうか。こうやって、俺の持ち物だったこのネックストラップをこの人の首に引っ掻け、未だこの人は俺の手の届く範囲にいるのだとでも、俺は思いたいのだろうか。


「口元、ケチャップついてますよ」

「え」


だけど、こうやって口元に触れても。


「えっ、何!今度は何っ!」

「髪留め、ずれてるんで直してるんですよ」


こうやってその髪に触れても。


「……っ足っ!」

「え……、な……、何っ?」


その肌にこうやって直に触れても。


この気持ちは宙に浮いたまま解消される事はない。この気持ちは宙に浮いたまま、何処に着地するでもない。

だから俺はちゃんと回収しないといけないんだ。


「進藤先輩。ネックストラップ、返して下さいよね」


宙に浮いた、このもどかしいほど蒼臭い俺の進藤先輩への『想い』は。

回収しないといけない気持ちなんだ。


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