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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
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節分を鬼と一緒に

それはある日の午後のこと。


「節分、だね……」


ぽそりとそう愁い顔で呟くリコに、男、ナオトは「またか」と心中思っていた。そうして、冷たいお茶の入ったマグカップをリコに手渡す。


「ありがと。ナオト君」


礼を述べカップを受け取ったリコは、その桜色の小さな唇をカップにつけ一口飲む。カラリと氷がカップの中でぶつかり合う音。


しかし思う。これで通算何度目になるのだろうか。リコのこの時として起こる『嘘つき行事奇行』は。


以前にも何度か述べたとは思うが今季節は夏。夏真っ盛りだ。

ほら今も。耳を澄ます事無くとも、あのみんみんと言う蝉のけたたましい鳴き声が辺り中から聞こえてくる。そして、そんな蝉を捕まえようとする子供達の笑い声もまた、一緒になって耳に届き入ってくる。それはまさに夏の風物詩と言っても過言ではない。

だから今は節分がある冬の二月の時期では決してなく、熱い熱い夏の日なのだ。


「世間ではね、節分なのよ。ナオト君」


リコの『嘘』は続く。だが、ナオトは手慣れたものだった。リコのその『嘘』を特に気にする素振りも見せず、ナオトは自分の定位置であるリコのベッドの横まで引っ張り出してきたパイプ椅子に優雅に座る。時にこのナオトの定位置は窓際の壁の華になる事もある。


「そうか」


今度は節分か。ナオトは心の中呟く。

その前は確かクリスマスだっただろうか。いや、七夕だったか?

そんなことを考えながら自分のために入れたお茶を一口飲むと、氷の入った冷たいお茶が体の中を冷やしてくれた。それは暑い夏にはとても心地よい。


「節分って言えば豆まきじゃない?」

「そうだな」

「だから豆まきをしようと思うのだけれど、ナオト君どう思う?」

「いいんじゃないか」


掃除をするのが大変だろうが、どのみち『やるな』と言ってもほとんど聞かないリコだ。豆まきも、きっと何を言った所で強行されるのだろう。だがそれに異を唱える者がこの部屋には一人いた。


「駄目よ、リコちゃん」

「あら、どうしてよ。山下さん」


『山下さん』などでは決してない看護師の『山崎』が眉間に皺でナオトを睨む。リコの奇行を止めないナオトにどうやら不服を持っているらしい。ナオトはそんな山崎の視線を感じため息一つ。


「リコ、諦めろ」


山崎はその言葉を聞いて満足そうに一つ頷く。


「うわっ、ナオト君ってばさっきはいいって言ったくせに」

「諦めろ。今は節分の時期じゃない」

「むー」


ぷっくりと頬を膨らませ『不満』を露わにするリコ。だが、そんな顔をしたところでナオトも、そして山崎も折れてはくれない。


「リコちゃんってばまたそんな顔して。物凄く不細工よ。ね、ナオトさん」

「俺に振るな」

「酷いわっ!ナオト君!」

「俺は言ってないだろ」


そもそも、リコはまたどうして豆まきをしようだ等と言い出したのか。ナオトは考える。クリスマスや七夕とは違い、節分は特に女性がうきうきワクワクするような行事では無い筈だ。だが何故かリコは豆まきがしたいようだった。


「だって皆、豆まきの本当の意味を知らないでしょう?」


「知らないでしょう?」というリコ。確かにリコがこれから話すのだろう『豆まきの本当の意味』は、誰も知らないだろう。何せそれはリコの『嘘』なのだから。


「昔々あるところに豆を食べたい鬼さんがいました。人々はその鬼さんに豆を投げ与えました。鬼さんは豆を拾い上げ食べました。鬼さんは食べたかった豆を食べることが出来ました。めでたしめでたし」

「何だか微妙にめでたいんだかめでたくないんだか分からない話ね」


山崎が眉間に皺を寄せながら首を傾げる。


「だから本当はね、鬼は外じゃないの。本来は鬼は内、鬼は内って言わなきゃ駄目なのよ。そして鬼さんと一緒に豆を食べる日なのよ。節分は」

「…………」

「だけど、鬼さんは情けや慈悲で人から物を貰ってはいけなかったの。だから人は豆を鬼にぶつける事によって、鬼さんに豆を食べて貰ってたのよ。それだと外面的には豆を食べたい鬼さんに慈悲や情けで上げていた事にはならないでしょう?」

「…………」

「結局リコちゃんは豆を食べたいわけね」


何も言わないナオトに代わり山崎が言う。


「違うわよ!失礼しちゃうわ。それにちゃんと私の話聞いてた?私は豆まきがしたいっていってるのよ」

「はいはい」


リコの言葉を軽く受け流し、山崎は一人仕事へと戻って行った。病室のドアが閉まる音の後、リコはまた頬を膨らませたあの不細工な顔をする。ナオトはため息一つ、「豆を買ってくる」とリコに告げ病室を出ようとしたのだがリコに引きとめられた。


「待って待ってナオト君。じゃあついでに恵方巻も買って来て!」

「…………」


やはり食べたいだけなのではないだろうか。

ナオトは無言でリコに背を向けて病室の扉に手をかける。だけどナオトは扉に手をかけたままピタリと動きを止め一向にその扉を開けようとはしなかった。そうして暫くのちゆっくりと振り返りリコを見る。


「……リコ」

「何?」


ナオトの、今は黒いその瞳にリコは写るが、リコの瞳にナオトの姿は写らない。閉じられた瞼は閉じられたまま。目の見えないリコにナオトの本当の姿は写らない。

鬼さんと一緒に豆を食べる。リコはそう口にした。その『鬼』とは一体誰の事だろうか。


「リコは誰と豆を食べたいんだ?」


そんなナオトの問いに、リコはきょとんとした顔をした後一言こう口にした。


「ナオト君だよ」


ふわりと頬笑み言うその言葉の意味は何だろう。

赤く光るナオトの瞳も口元伸びた鋭い牙も、今のリコの瞳には何一つも映ってはいないと言うのに。


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