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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第二章 恋愛
9/109

彼女が好きになった者


真剣な顔で「好きな人がいるんです」と言う小日向に、私は『好きな人』について茶化す事も、突っ込んで話を聞く事もせず、ただ黙って小日向が話の続きを口にするのを待っていた。

まぁ、茶化す気も小日向の『好きな人』とやらについて突っ込んで詮索する気も無かったので当たり前なのだが。

だが、この男は違ったようだ。


「好きな人って誰?」


そこまで気になっているわけでもないだろうに、鎹はけろりとした表情でそう聞く。


「五組の瀬川空さんです」


少し躊躇した後、小日向が俯きかげんでそう口にした。


「ふーん。友達?」

「幼馴染みです」

「瀬川空。俺、知らないなぁ。進藤は知ってる?」

「……まぁ」



瀬川空。

私が一年の時に同じクラスにいた女の子だ。どちらかと言うと明るく、どちらかと言うと可愛い女の子。というイメージだった。

最初の頃は。



あれは一年の三学期頃だろうか。その頃ぐらいからの彼女は、少し感じが変わってきていたような気がする。

どこか影があるというか、何か抱えている問題があるかのような。悩みや憂い、絶望や悲しみ、諦めや覚悟、執着や未練。そんな、どこか自分と似た雰囲気を出し、そしてそれに周りは気付く事はない。

そんな彼女に、私が話しかける事はなかった。一年間、ただのクラスメイトという間柄だった。



「その瀬川空って子が小日向の幼馴染みなんだ。いいなぁ、幼馴染み」


羨ましそうに鎹が言う。

そんな鎹を不思議に思い、私は鎹に聞く。


「そんなにいいものなの?幼馴染みって」


幼馴染みがいない私には、鎹が何を羨ましがっているのか全く解らない。


「うん。俺も幼馴染みが欲しい。幼馴染みの女の子がいるなんて夢のようなシチュエーション」


幼馴染みの女の子と、いちゃラブしている自分を妄想したらしい。

呆れた。


漫画の読みすぎだ。

現実ではそんな展開、数パーセントの確率でしかありえないから。


「その幼馴染みの彼女とは家は隣なのか?」

「はい」

「おぉ、まさに夢のよう」


くだらない鎹の妄想はさておき、私は話を戻すため小日向に「その瀬川さんと小日向君が吸血鬼になりたいのと何の関係があるの?」と聞いた。

小日向は鎹に向けていた視線を私に移した。


「瀬川さん、ヴァンパイアが好きなんです」

「そうなんだ」

「だからです」



………。



「…だから?」

「だから吸血鬼、ヴァンパイアになりたいんです」



愛のために。

とか言葉が続きそうな感じで小日向はそう言った。こういう人の事を世間では恋愛脳と言う。

私はとりあえず小日向に言っておきたい事を言っておく。


「それは…、どうなんだろう。ありなの?」


なんか色々と。


「まぁ、僕もそう思わないこともないんですけど……、進藤さんの、吸血鬼の存在自体ちょっとありえないっていうか、既にほぼほぼ無しだよなって思いますし……、結果有りなのかなって思いまして」


確かに吸血鬼という者が現実に存在すること自体奇妙きてれつでありえない。漫画やテレビではよく見かけるが、現実にもし現れたとしても、きっと信じきる事は出来ないと思う。

こうやって自分が吸血鬼になるか、吸血鬼が吸血鬼であるという『行為』を見かけない限りは。


「でもさ、別に吸血鬼にならなくても…」


相手に合わせようとするのは人間の性。小日向みたいなタイプなら尚更。だけど、そこまでするほどの事だろうか。恋愛とはそこまで人を想わせるものなのだろうか。

好きになってもらうためなら、人を捨て、鬼になることも構わないというのだろうか。


「進藤には解らないのか?この小日向の熱い気持ちが」


鎹が口を挟む。

恋や愛について熱く語ってくれそうな感じだが、今はそこは微妙にどうでもいい。



「あのね、吸血鬼になったとして瀬川さんがそれを聞いて小日向君を好きになる事なんてないと思うよ」

「何でだよ」

「瀬川さんがいくら吸血鬼が好きだからって、現実に吸血鬼を好きになると思う?吸血鬼ってのは架空の存在であって、漫画とかアニメとか妄想とか想像で楽しむものなの」

「現実にいるじゃないか」


目の前に、とでも言いたげに鎹が私を見る。

鎹に話が通じないのはこの数ヵ月でよく分かっていたので私はそれを無視する。


「小日向君、瀬川さんが好きなんだったらそのままの君で好きだと言えばいいと思う。吸血鬼になったって瀬川さんの小日向君への気持ちは変わらない。もしかしたら小日向君が思っているのとは逆の方向に変わる可能性の方が高いんじゃないかなとも思う」


瀬川が吸血鬼好き、という事だけで吸血鬼になって後悔するのは小日向だ。理想と現実は違う。

現実の吸血鬼など、空想や妄想などとは程遠い。

吸血鬼とはすべからく血を吸う『鬼』なのだ。


小日向が弱々しく笑う。


「僕は別に瀬川さんとどうにかなりたい、って思って吸血鬼にして下さいって言った訳じゃないんです」


「どういうこと?」と私は意味がわからず聞く。


「瀬川さんが好きだから、瀬川さんの好きな吸血鬼になりたいんじゃないの?」

「まぁ、それはそうなんですけど」

「吸血鬼になって告白とかする気だったんじゃないのか?」


鎹のその問いに、小日向は「まぁ…」とまた曖昧な受け答えをする。

いまいち小日向の考えが読めない。吸血鬼になりたいのは瀬川のためではないのか。瀬川が好きだからではないのか。


はっきりしない小日向に鎹がまた口を開く前に、私は今更のように言う。

そもそも最初にこれを伝えるべきだったのだ。そうすれば話しはもっとすんなり早く片付いたのだから。



「小日向君、私は吸血鬼だけど、誰かを吸血鬼にするような力は無いの」

「そうなんですか?」


と、可能性として考えていたのだろう。小日向はあまり驚くことなく言う。

小日向の声と重なるように「そうなのか?」と鎹の声もしたが、とりあえず無視。


「小日向君、話しはこれで終わり。君を吸血鬼には出来ないし、もし仮に出来たとしても私はしない」


吸血鬼になる、ということはいち高校生が考えているほど楽しいものでもかっこいいものでも、ましてや自慢していいものでもない。

恋や愛や情などで簡単に吸血鬼になるなどと決めていいことじゃない。


人とは違う生き物。

人間ではないもの。

異形の者。


そう呼称されてしかるべき者達。それが吸血鬼。それは本来フィクションの世界でのみ許される存在。

現実のこの世界でいてはいけない者達。


吸血鬼。

血を吸う鬼。


鬼にはなりたくないでしょう。



「わかりました」


声に出さない私のその感情に気づいたのか、小日向がそう言ってぺこりと頭を下げ微笑した。


「駄目もとで言ってみただけだったので、大丈夫です」

「………」

「すいませんでした。何か色々」


小日向が笑う。その顔はどこか弱々しくて。

そんな顔されると、何か知らないが心が痛むからやめて欲しい。こちらが意地悪でもしているみたいな気持ちになる。


「本当にいいのか?…っても、進藤は誰かを吸血鬼にする力を持ってないらしいから結局無理だけどな」

「はい。本当にほぼ思いつき、みたいな感じでお願いしたんです。進藤さんじゃなかったらこんな話もしてなかったと思いますし」


それはきっとあれだろう。

私がクラスで『大人しい』に入る人間だったから話しかけやすかった、頼みやすかったと取ったらいい答えなのだろう。

鎹は怪訝そうな顔をしていたので、理解していないとは思うが。


じゃあ、と小日向はそのままあっさりと立ち去り、私は鎹と一緒に取り残された。

鎹が呟くように言う。


「まぁ進藤が無理なら諦めるしかないしなぁ」

「………」

「結局何だったんだろうな?いまいち話が見えなかったが」

「…さぁ」


話が見えたとして、何かが変わるわけでもない。どんな理由があろうと小日向を吸血鬼にすることは出来ない。

小日向には悪いが、これ以上関わる気も無かった。関わるべきでもないと思った。吸血鬼だとバレてしまったのは、やはり不味いことだったのだとこの時改めて思った。


小さくため息をつく。

じっ、と何かを感じて視線をそちらに向ければ、鎹が何か言いたげに私を凝視している姿が見えた。


「……なに?」

「いや、進藤ってさぁ……、もしかして恋愛とか経験ないわけ?」



…………………。



「…ないけど?」

「………」


無言の鎹の哀れみの目。悪かったな。恋愛経験ゼロで。

私も、鎹に聞く気も無かったが「鎹君は恋愛したことあるわけ?」と、思わず口に出していた。


鎹はぽんっと私の肩に手を置き可哀想なものでも見るような目で私を見た。同情がこめられている。


「まぁ、それはともかく」

「話ふったの鎹君だけどね」

「小日向の吸血鬼になりたいって話だけどさ」

「無理だよ」


きぱりといい放つ。


「進藤は無理でもさ、ほら、進藤を吸血鬼にした……吸血鬼さん?その男なら出来るんじゃないか?」


私を吸血鬼にした男。名前も知らない。年齢も知らない。何処に住んでいるのか、今どうしているのか、なに一つ分からない謎な吸血鬼。

確かに、あの男なら小日向を吸血鬼にするぐらい容易いのだろう。私を吸血鬼にしたぐらいなのだから。


「…鎹君はそんなに小日向君を吸血鬼にしたいわけ?」

「んー、というか吸血鬼になりたいほど小日向は瀬川空さんが好きなわけだし。応援したいというか。出来るだけの事はしてやりたいだろ?」



出来るだけの事、か。



「鎹君は首を突っ込むのが好きなの?」


私が吸血鬼だと知った時にも「血をあげる」とやたら首を突っ込んできた。そのくせ吸血鬼の目を使われるのは嫌だとか難癖つけてくるのでやっかいなのだが。


「首突っ込んでんのかな、俺」


自覚症状なし。


その時ちょうどチャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げた。

「じゃあ」と私は一人、鎹をそこに残して教室を出た。






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