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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
87/109

変わらない心 vorbesc.久遠


二夜連続。

かわらないこころ。


『変わらない心 vorbesc.久遠 』

『代わらない志 vorbesc.カグラ』





今日は雨が降るから。

そう祖母に言われていたけれど、傘を持たずに外出してしまったのは別に故意でも何でもない。


「もう……くーちゃんってば、おばあ様に言われていたのに傘を忘れるだなんて……。そこにいなさい。塗れたままで家の中入って来ちゃ駄目よ」

「…………」


昔から何に対しても特に興味が沸かなくて。

一緒に暮らしている祖父と祖母がのんびりな性格をしているからか、俺もその影響を受けているのかもしれない。

高校生の時なんかは、周りから『やる気無し無気力久遠』なんて呼ばれていたらしいのだが、そんなことにも興味がなくて。ぼんやりしてたら時間が過ぎて、いつの間にか一日が終わっていたなんて事はざらにあった。



それでも。



「びしょびしょね……。くーちゃん、ワイシャツ脱ぎなさい。風邪を引くわ」


家に上がらず土間に立っている俺に、上がりかまちで段差のあるそこから腕を伸ばし、手にした真新しいタオルで髪から滴が垂れる俺の頭を拭いてくれている、この小さな女性と過ごしてきた時間は、俺の中では決して興味がないものでは無かった。ぼんやりとしていた時間ではなかった。


「カグラ」

「何?」


「このままお風呂に直行した方がいいわね」とそう溢す彼女の名を呼ぶ。言い馴れた言葉。呼び慣れた名前。好きだと思った女のたった一つのその名前。


「好きだ」


濡れた髪を優しく拭いてくれているカグラの、その細い腕を掴んでカグラを見る。俺の頭を拭くカグラの手が止まる。華奢な腕はあまりにも細くて、力を入れたらきっと呆気なく折れてしまうだろう。

手の大きさは、いつからこんなにも差が出てきてしまったのだろう。見下ろす視線の先は、いつからこんなにも距離があるようになったのだろう。すっぽりとこの腕に納めることの出来るこの小さな体は、昔からさほど代わり映えしないと言うのに。


手を止め俺を見てカグラが微笑む。

一呼吸のち「私も好きよ」とそう言った。


「くーちゃんはとても良い子だもの」

「付き合って欲しい」

「それは無理ね」


あの日きっぱりと断られた告白を今になってまたしたのは、とある二人の関係を間近で見るようになったから。


進藤つなぐと鎹双弥。

『吸血鬼』と『人間』。



クリスマスのあの日、店のソファで泥酔して眠ってしまっている好きな男の目の前で、同じ職場で働く同級生の進藤つなぐという『吸血鬼』は一人呟く。


『……変わらないね、鎹君は』


高校生の頃、突然姿を消し学校に来なくなった進藤つなぐ。理由は知らないが『吸血鬼』に関する事が原因なのだと言う事だけは知っていた。進藤が姿を現さず、休学という形になり、そうしてよく視界に入るようになったのは鎹双弥という男。こいつも同級生。二年の時に一緒のクラスだったけど、その時は特に興味も無かった。だけど、進藤が消えてからは何故だか視界によく入る様になった男。


『変われないな……、私も』


自重気味にそう零す進藤。眠っている好きな男を前にして、一人ただそれを見ながら呟く。『吸血鬼』のくせに、全く吸血鬼としての素振りをしない進藤つなぐという女は、カグラがずっと探していた『吸血鬼』という異種な存在。


『……ねぇ、鎹君』


眠っている鎹に。意識の無い鎹に。聞いてもいない、聞こえてもいない、そんな鎹に。

まるで鎹では無く自分に言い聞かせるかのように、進藤は一人口を開いて言葉を紡ぐ。


『鎹君はどうして……』


どうして。

その後、どれだけ待ってもそれに続く先の言葉を進藤は口にはしなかった。その代わりに『好きだよ』と進藤は口にする。『好きなんだよ』と相手に届かない小さな言葉を口にした。

それはまるで叶わない願いの言葉のように、交わされる事ない約束のように、力を失い萎んで消えた。




「くーちゃん」


ゆっくりと俺の頭からタオルを持つ手を離し、カグラは俺と視線を合わす。それはカグラがよくする表情と振る舞い。子供に言い聞かせるようにするその行為は、カグラが弟にするそれと同じ。



『……疲れた』


名々賀のクリスマスプレゼントのお返しを買うという名目の元、進藤とデートしてきたらしい鎹の言葉。ぽつりとそう言いテーブルに顔を伏せる。


『……また、何も無かったことにした方がいいんだろうな』


何も無かった事に。

進藤と鎹。二人は二人ともが好きあっていると言うのに、それでも二人の関係は男女の関係にはならない。『吸血鬼』と『人間』だから?


違う。何も無かった事にするからだ。


悔しさに拳を握っても。

情けなさに涙を流しても。

憤りに口を開いても。


全てを白にしてしまったら意味がない。


「私はねくーちゃん。アナタを『男』として好きにはならないわ」

「…………」


そうだとしても。

俺がカグラを好きな気持ちは変わらない。何もなかった事にはしたくないし、このままにしたくない。

あの二人を見ていると酷く心がざわめくのだ。たまらなくカグラへの気持ちが溢れて出て来て止まらない。カグラへの想いが、感情が、上手くコントロール出来なくなる。いつだってあの二人を見ていて思うのはカグラの事。一度はフラれた身だけれど、だけどそれでも。


「じゃあ、どうやったら男として好きになってくれるんだ?」


『蝙蝠だから』


一度目の告白の時に使った断るためのその言葉を、二度目の今日、カグラは口にはしなかった。


種族の問題じゃない。

蝙蝠と人間だからじゃない。


「どうやったとしても、私はくーちゃんをそういう風には見ない」



私は貴方を異性としては好きじゃない。

二度目の告白の返事は、暗にそう語っていた。


にこりと微笑むカグラの胸の内を、きっと俺はこの先一生知る事はないだろう。

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