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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
86/109

ぬいぐるみ進藤ちゃん vorbesc.ぱられるわーるど。


※この話はパラレル・ワールドな話なので、キャラ設定は『ばんぱいあヴァンパイア』本筋とは異なります。ご注意下さい。


あらすじ→『木野かなた氏』

登場人物&本編→『作者』



【あらすじ】


『ある日、登校した鎹君はクラスメイト全員のカバンにぬいぐるみ進藤ちゃん(フェルト製)が下がっているのを発見する…! 「なんで俺だけ! 犯人は名々賀だな!?」 一様に顔をそむけ、悲痛な顔をする皆。鎹君は、自分で手作りしようと手芸ショップに向かうのだが…!? 著:木野かなた様』



【登場人物紹介】


鎹双弥かすがい そうや』高二

「同じクラスの女の子、進藤つなぐへの淡い恋心に最近気付く事の出来た純情可憐な男の子。進藤さんに告白しようかしまいかの悩みに支配される毎日を送る」


『進藤つなぐ』高二

「人には話せない大きなものをその身に背負う少し不思議な女の子。ただ今絶賛モテキ中だが本人に自覚症状無し。好きな人無し。恋愛に興味無し。ナオト先生とは従兄弟同士」


『名々賀静ななが しずか』高三

「写真部部長兼手芸部部員のいつも『笑顔』な喰えない男の子。進藤さんが大好き。実は入学当初から狙っていたが、一年じっくり進藤さんを『観察』していた変態策士。とにかく進藤さんが大好き」


『リコ先生』

「嘘つきで有名な美人高校教諭。担当は現代文・古文。定番の嘘は『私、目が見えないの』」


『ナオト先生』

「不思議な空気を持つ高校教諭。担当は数学。私生活をあまり表に出さないために、リコ先生によく絡まれてしまう。進藤さんとは従兄弟同士」



「ここか」


鎹は一人、手芸ショップの前立ち尽くす。

勢いでここまで来たものの、自分にあの高度なフェルトぬいぐるみが果たして作れるだろうか。


鎹は目を瞑り、教室で見たあのフェルトぬいぐるみを思い出す。やる気の無さそうな進藤の顔にだべっとした制服姿。まさに進藤を小さくしてコミカル化したような出来栄えであった。

目を開ける。クラスの連中は何も言ってはくれなかったが、多分あのフェルトぬいぐるみは名々賀の作品なのだろう。写真部部長兼、手芸部部員の名々賀静。一つ上の先輩で、最近進藤に付きまとってくる嫌な奴。

進藤に告白してはフラれるのだが、めげずに進藤にアタックし続けている。俺でさえ、まだ告白なぞ一回もしていないのに。

そんな今までの名々賀の行動を思いだし、手芸ショップの前で苛々していた鎹に、ふいに後ろから声をかけてきたのは自身が通う高校の美人教諭、リコだった。


「リコ先生」


柔らかな微笑みを浮かべながらリコ先生は手芸ショップ前にいる鎹を見ながら時計を確認する。


「こんな所でどうしたの?駄目よ、こんな遅くまで寄り道してちゃ。早く帰りなさい」

「遅くまでって……。リコ先生、今まだ四時過ぎですよ?」


鎹は自身の時計を確認する。長針と短針は午後の四時十五分を指していた。


「あら、その時計壊れているんじゃないかしら。今はもう夜の七時よ?親御さんが心配する時間だわ」

「……………」


鎹は空を見上げる。

こんなに明るくて夜の七時とかありえない。

『嘘つき』で有名なリコ先生のその嘘を受け流し、鎹はリコ先生の隣にいる人物に視線を向ける。


「リコ先生こそ、ナオト先生と二人でこんな所で何やってるんですか?」


リコ先生の隣でずっと黙ったままだった数学教諭のナオト先生。表情をあまり崩すことの無いナオト先生だが、ことリコ先生に関しては大変手を焼いているらしく、先程から疲れた様子でそこに立っていた。


「私達?私達はあれよ。今から二人で結婚式のための式場を」

「リコ先生」


リコ先生の言葉を遮りナオト先生は言う。


「誤解を招き兼ねない嘘は止めてください」

「あら、嘘じゃないわ」

「…………」


ナオト先生がさらに疲れたため息を吐いた後、ナオト先生を端から見ていて哀れむ鎹にナオト先生は説明する。


「俺達はただの見廻りだ。最近、この辺りの治安が悪いらしくてな。地域の方々と交代で見廻りしているんだ。担任に聞かなかったか?」

「そう言えばそんな事言ってたような……」


興味がなく聞き流していたらしい。最近の彼の頭の中には『進藤さん』しかいない。

ナオト先生がまたため息。


「夜は危ない。あまり遅くまで遊び歩くなよ」

「そうよー。狼さんに食べられちゃうわよ」


がおー、と狼の手振りをするリコ先生。可愛い。どんな嘘を付こうがこの人が許されるのは、この憎めない可愛さと口を開かなければ美人で通る外見の為せる技だろう。


「わかりました」


鎹がそう言うと、二人は安心したかの様にその場を立ち去って行った。これからまだまだ見廻りを続けるらしい。

それを見送った後、鎹は手芸ショップに足を向けた。自動ドアの前、一人手芸ショップに入る気恥ずかしさに少しばかり足が止まるも鎹は中へと進んだ。

布やフェルト、糸などが大量に並んでいる中、鎹は一人悩む。


「どれを買えばいいんだ……?」


そもそも作り方も知らない。

ここで買わないといけないのはフェルトぐらいなのだろうか。ハサミや糸などは家にあるもので事足りるだろうし。


だが、フェルトを買っていった所で、あの進藤ぬいぐるみの作り方が分からなければ意味がない。そして、林檎の皮剥きすらまともに出来ない不器用鎹にフェルトぬいぐるみなど作れよう筈もない。

きょろきょろと辺りを見回せば、手芸の本が置かれている一角があった。鎹はそこに足を向ける。


「いっぱいあるな」


単行本から始まり雑誌に至るまで多種多様な読み物が置いてある。どれに手を付ければ良いか分からず、鎹が店員に聞いてみようと振り返った所で、向こうからやってきていた人物にぶつかった。


「わっ」

「っ、と、すいませ……っ、て進藤っ?」


ぶつかった鼻の辺りを擦りながら眉間に皺で鎹を見るその人物は、鎹の想い人であり鎹が作ろうとしているフェルトぬいぐるみのモデルとなったのであろう張本人、クラスメイトの進藤つなぐだった。


「し、進藤っ……、な、何でここにっ」


焦る鎹。


「鎹君こそ何でここに?」


まさか進藤がモデルとなったフェルトぬいぐるみを自分で作るためだとは言えない。

そんな恥ずかしいこと、絶対に言えない。

口が裂けても言えない。


「お、俺はほらっ、妹のお使いに……」

「鎹君、妹いたんだ?」

「えっ?!」


いません。


「いっ、いもうとの様に可愛がっている近所の女の子のお使いでっ!」

「……へー」


不信がりながらもそこまで鎹に興味も無いのか、雑な返事をした進藤は鎹の横を通り抜け、棚に置いてある沢山の本の中から一冊の本を手にしパラパラと捲った。

突然の進藤の登場にドキドキしながらも、鎹は少しばかりのチャンスと思い話しかける。


「進藤、風邪はもういいのか?」


今日、進藤は実は風邪で学校を休んでいた。だからまぁ、あのフェルトぬいぐるみの存在を進藤本人は知らない。

外に出てると言う事は、もう体調は良いのだろうか。


「あー……、うん」


心ここにあらずな進藤の返事。


「まぁ、風邪じゃないし」

「へ?」


ぽつりと溢した進藤の言葉の意味を鎹が問いかける前に、進藤が振り向き真っ直ぐにその瞳を鎹に向けてくる。どきり、と鎹の心臓が途端に早鐘を打ち始めた。


お互い何も言わない中、互いの視線だけが絡み合い、見つめ合う。


もしかしてこれは告白のチャンスなのだろうか。じっと見つめてくる進藤に、鎹はそんな気がして仕方がなくなってきていた。もしかしたら進藤も実は俺に好意を持って……。

そんな勘違いさえ起こしてしまいそうなほど二人は見つめ合う。そして鎹が意を決したのか吃りながらもついにその口を開く。


「し、進藤っ!あのさっ、お、俺っ」

「鎹君、今日ナオト先生学校に来てた?」


だが、やはりというか何と言うか。意気込んではみたものの、告白は完遂せずに終わってしまう。


「な、ナオト先生?」


何処か思案顔の進藤と先程会ったナオト先生は従兄弟同士。学校で仲睦まじく話してる様子は無いのだが、二人が親戚関係にあるのは皆の知るところなのである。


「ナオト先生なら学校に来てたけど……」


それがどうかしたのだろうか。

進藤の様子に首を傾げる鎹。ナオト先生と何かあったのだろうか。


「進藤、ナオト先生と何かあったのか?」

「……ん?別に……ちょっと気になっただけだよ」


ちょっとな感じに見えないのは気のせいではないだろう。進藤はたまに一人こうやって物思いに耽ることがあるから。


「進藤、ナオト先生ならさっき外で会ったぞ?」


そう言うと、進藤の顔つきが変わる。


「何処でっ?!」

「えっ…、と、すぐそこで。この店の前」


あまりの迫力に気圧されながらも、鎹は店の外指差す。


「ついさっきだから、多分まだこの辺りにいるんじゃないか?」

「ありがとう鎹君!」


進藤は言うや否や店を飛び出そうとした。が、途中で「げっ!」と言う踏み潰された蛙の鳴き声みたいな声をあげて立ち止まる。


「あれー?進藤ちゃんがいる」


「名々賀先輩……」と、嫌そうな顔を隠しもしない進藤だが、名々賀はそんな進藤にも笑顔は絶やさない。寧ろ絶やさない。寧ろ笑顔は増していく。


「進藤ちゃんってば今日学校来てなかったのにどうしてこんな所にいるの?」

「名々賀先輩には関係ないかと」

「酷いな。せっーかく今日は約束のコレ、作ってきたのに」


名々賀の手には、教室で見たあのフェルトぬいぐるみ進藤。やはりあれは名々賀が作ったものらしい。進藤の顔がげんなりと歪む。


「ホントに作ったんですか……」

「約束、でしょ?」


にっこりと笑う名々賀。約束とは何だろうかと鎹は気になって居ても立ってもいられなかった。二人の会話にやきもきする。


「今度は俺のぬいぐるみも作って二人を並べて飾っておこうかなぁって考えてるんだけど、進藤ちゃんどう思う?」

「…………」


不快感隠すことなく進藤はその名々賀の言葉を無視し、「鎹君ありがとう。じゃあまた明日」と一人店を飛び出して行った。


「あー、行っちゃった……。これ、進藤ちゃんの分なのに」


そう言って手の中のフェルトぬいぐるみ進藤を弄びながら名々賀が鎹に視線をやる。そしてフェルトぬいぐるみ進藤を見せつけながら一言。


「可愛いだろ?」


羨ましいだろ?と言われている気がしてならなかった。鎹はそっぽを向く。


「別に可愛くないし」

「うわ、酷っ。その発言進藤ちゃんを可愛くないって言ったのと同義だぞ。可哀想な進藤ちゃん」


あんなに可愛いのに、と名々賀。そんな事、名々賀に言われなくても知っている。重々身に染みて分かっている事だ。進藤は可愛い。その可愛さにもっと早く気付けていれば。


「で、鎹君。君はどうしてここに?」

「お前には関係ないだろ」

「先輩には敬語」

「相変わらずお前は嫌な奴だよな。クラスの連中にはソレあげておいて、俺だけには渡さないだなんて」


突っ慳貪な鎹の態度。


「えぇー、そうなの?ちゃんと鎹の机の上にも置いておいたんだけど……。あまりの可愛さに誘拐されちゃったかな」


ねー?とフェルトぬいぐるみ進藤に同意を求める名々賀だが、多分きっと嘘だろう。


「いるか、鎹」


にやりと笑いフェルトぬいぐるみ進藤を顔の前まで持ってきて動かす名々賀。ここでそれをいらないなどと言おうものなら、それは鎹が進藤を全否定している事に他ならない。だが、この名々賀を相手に欲しいだなんて言葉、鎹には簡単に口に出す事など出来ようもなかった。


「鎹くーん?いらないのかー?」

「…………ほ」

「ほ?」

「欲しい……」


ぬいぐるみが欲しいのは本当だった。屈辱的だがその言葉を口にする他ない。にまぁー、と笑う名々賀。


「ならほら鎹。先輩は敬わないとなぁ」

「…………」

「『名々賀先輩、欲しいです』って言ってみ?」


前言撤回。

やはりこいつからは何も貰いたくはない。たとえそれが欲しくて欲しくてたまらない、あのフェルトぬいぐるみ進藤なのだとしても。


「いい加減、進藤の事は諦めたらどうだ。あんまりしつこいと余計嫌われるぞ」

「告白すらしないやつに言われてもなー」


異種返しのつもりが、異種返されてしまう鎹。名々賀の言うことは最もで、鎹は自分の情けなさに自分で自分に呆れてしまう。


「それに、進藤ちゃんはお前じゃ無理だよ。鎹」

「俺なら大丈夫だとでも言いたい訳か」

「どうだろ。でも、お前よりかはマシだと思うぜ?」


静かな名々賀のその言葉は、鎹の心に深く深く突き刺さる。


「……さて、鎹君にここで一つ問題です。何故進藤ちゃんはお前じゃ無理なのか、分かるか?」


鎹は答えない。答えない鎹に、名々賀は直ぐに答えを出した。


「正解は、進藤ちゃんが生きてる世界はお前が生きてる世界とは少し違うから、だよ」

「……意味わかんね」


だけど何故だろう。

何処かで少し、その言葉の意味を理解している自分もいる事に鎹自身気が付いていた。

だからこそ、鎹は無意識のうちに進藤に告白するのを躊躇っているのだから。


「鎹にはこれをやるから。進藤ちゃんは諦めろ?なっ」


名々賀は最後にそう言って、鎹にフェルトぬいぐるみ進藤を押し付け帰って行った。


手の中のフェルトぬいぐるみ進藤はとても可愛くて。だけどこのぬいぐるみが手の中にあるからか、進藤本人がとてもとても遠くに行ってしまう。そんな感じがして、鎹は手に入ったフェルトぬいぐるみ進藤を素直に喜ぶ事が出来なかった。




名々賀君が一つ上の先輩だった場合、名々賀君は鎹君に容赦しません。意地でも進藤さんをものにします。



木野かなた様。

ありがとうございました。


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