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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第二章 恋愛
8/109

見ました



それは数日前の出来事がきっかけだった。








「だから別に明日でいいってば」


私は目の前にいる男にそう言う。


「明日でいいなら今日でもいいだろ。前に飲んだ時からちょうど二週間。切りがよくていいじゃないか」


切りが良いとか良くないとかそうゆう問題じゃないし、それを問題にしてるわけでもないし、問題になるわけでもない。

私は目の前にいるクラスメイトの鎹双弥にそう言ってやりたかったが、言った所で聞く相手でもないことはすでに重々承知している。


鎹の血を飲んだあの日。

あの日から既に数カ月。私は今も吸血鬼としてここに存在していた。あの日から人間の血は口にしていない。この男、鎹の血以外は。

鎹の血を最初に飲んだあの日。あの日は半ば無理やりに、強引に、その場のノリ的な感じで鎹の首に牙を付き立て血を吸う事が出来た。だがそれはそれ。


次に「はい、どーぞ」と言われた時、素直に鎹の血を飲めるか?

飲めるわけがない。


だがそこは鎹。

私が言って引くわけもない彼に、この数ヵ月間なかば無理矢理に血を飲まされたと言っても過言ではないだろう。


まぁ数ヵ月と言っても、私が人の血を口に入れないといけないのは二週間に一度ぐらいの頻度。鎹の血を飲んだのは今日を入れてもまだ二桁にも満たない。



「しかもここ普通の教室だし」


私が吸血鬼であるという事は人に知られてはならない。なので、いつも鎹から血を貰う場所は部活でしか使われていない東棟三階にある第二多目的教室なのである。

学校の外で、となるとやはり支障が出てしまうので放課後にこの教室に来て血を吸わせて貰っているのだ。

だが、今日はこの教室は使えない。


「今日は部活があるから駄目なんだよ」


との事。


だったら別に明日でもいい、と言うのだが明日でもいいなら今日でもいいだろ、となり今現在にいたる。


「人気もないから今のうちだって」

「…何回も言うけど、別に鎹君の血を飲まないといけないわけじゃないからさ。別に他の人襲ったっていいわけだし」

「俺の血に飽きたってことか?」


違う。


はあ、とため息をはき私は仕方なく鎹に近付き肩に手を置く。

目を閉じ一瞬のち開けると、私の目は黒から赤へと変わる。吸血鬼の目だ。


「いつも思うんだけど、本当にこの目の力使わなくていいの?」


目の力。

吸血鬼の力。

人を惑わす力。

この力があれば噛まれた本人に痛みを感じる事もなく、噛まれた事すら気付かない。


だが鎹はこの目の力を使われることを嫌がる。牙を突き立てられる痛みは尋常ではないのに。


「大丈夫だ。最近ちょっと痛気持ちいい感じだから」

「………」


Mだ。

ついに『マゾ』に目覚めてしまったのか。


鎹をMとして目覚めさせてしまった責任を感じつつ、私は口を開けて、口から覗く二本の鋭い牙を鎹の首もとにゆっくりと突き立てた。


口の中に広がるのは鎹の甘い血の味。血を甘いと感じる事など決してないと思っていたのに。

これは幻覚か妄想か。今でも時々そう思う。

あの日、吸血鬼に会い、吸血鬼にされてからもう五年。長いようで短かった。短いようで長かった五年。


その中で初めて吸血鬼だとバレ、バラし、受け止めたのは鎹だけ。

だから鎹の血が甘く感じるのかもしれない。

だから鎹の血だけが特別なのかもしれない。



ゆっくりと鎹の首から私は牙を抜く。目を閉じ、目を開けたら、いつもの私の黒い目がそこにある。私が牙を抜いたとき、鎹が小さく呻いた。


「痛気持ち良かった?」


私はからかうようにそう言ってやる。


「…まぁ慣れてきたかな」


やせ我慢が分かりやすく顔に出ている。痛いのは痛いのだろう。

やっぱりアホなんだよなぁ、と心の中でしみじみと思っていた。







カタリ、と小さな音がした気がして振り向くと、教室のドア、その近くに人影。

電気をつけていなかったため薄暗かったが、その人影が見知った顔である事だけは分かった。

その人影がこちらを見ている事、驚いているような空気が漂っている事、それが分かっていても私は何か言葉を口にする事が出来なかった。


「…小日向?」、そう言った鎹の声が微かに聞こえた瞬間、その人影、小日向はゆっくりと体を傾けて廊下を走り出した。

私は反射的に走り出し、小日向を追いかけた。小日向はすぐに捕まった。もしかしたら本気で逃げようとは思っていなかったのかもしれない。


小日向の腕を掴み、問答無用で教室へと引っ張っていく。その間、小日向は始終無言で大人しくしていた。鎹が教室で、何事もなかったかのようにのんびりしているのを見て、私は小日向の腕を離した後、軽く睨んでやる。


「小日向、何も逃げなくても」


私の視線から逃げるかのように慌てて鎹が小日向に声をかける。

小日向がそれに答えることは無かった。ただ視線を下にさげたままそこに棒立ち状態で突っ立っていた。

放心状態。


鎹と小日向は元々そんなに話すような間柄ではなかったはずなので、何を返したらいいのか分からなかっただけ、という事も考えられる。

時間だけが刻々と過ぎる。


「…………」


ちらりと鎹が私を見る。まるで「助けて」と言っているような視線に私は呆れる。

助けて欲しいのはこっちだ。


「小日向君」


私が声をかけると、小日向はびくっ、と肩を揺らして視線を私に向けた。

その反応を見るからに、私がここで何をしていたのか確実に見られていたのだろう事は予想出来たが、一応の一縷の望にかけて私は小日向に訊ねる。


「何か見た?」

「…見ました」


小日向は、私の視線をしっかりと受け止めながら少しの間の後そうはっきりと言った。

些か驚いた。まさか小日向からはっきりと「見た」と返ってくるとは思っていなかったから。私は多少たじろぐ。もっと口ごもるとか、戸惑うとか、誤魔化すとかするのだろうと思っていたのに。


小日向の名を呼んだ時とは少し違う雰囲気の小日向に、私は続けて質問する。


「一応確認なんだけど、何を見たのか聞いてもいい?」


小日向は私のその問いに、淀みなくすらすらと私が吸血鬼であるという確かな『行為』を見たことを言葉にした。その後、その言葉を聞き、小さく息をついた私を見て、「本当なんだ」と小さく呟いた。





自業自得だ。

気が緩んでいたのだろう事は否めない。

いつからだろう。

数分前?数時間前?数日前?数週間前?数ヵ月前?


鎹にバレた頃からか。それとも高校生になった頃からか。

それとも、もっと昔から。



どちらにしろこうなってしまったのでは仕方がない。

過ぎた時間は戻せない。

見たことを見なかった事にすることは出来ない。





今日この日、私が吸血鬼だと知っている人間が一人増えてしまった事実に私は頭を痛めながら、どこか諦めてしまっている自分がいるのを微かに感じてもいた。


ちらりと鎹を見る。鎹は、何を考えているのだか解らない表情でそこにいた。


この男のバカと能天気が移ったのかもしれないと、その時本気で思った。




殴る蹴るなどの暴行を加え小日向を脅したり、「喋ったら殺す」などという物騒な事も言えるわけもなく、私はただただ小日向に「黙っていて欲しい」旨を伝えその場を後にした。


小日向は戸惑いながらもすんなりとそれを受け入れ、私が吸血鬼であるという事はクラス中、はたまた学校中に広まる事はなかった。




ただ、面倒ごとは数日後にやってくる。このままで終わるはずがない。それを思い知るのは数日後、小日向に「吸血鬼にして下さい」と頼まれた時だった。





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