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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
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自惚れかすがい君3

無事に靴を買えました。

進藤が箱のまま店員から靴を受けとる。


「包装とかして貰わないのか?」

「逆にそこまでするの?」


それもそうだ。

進藤は一度プレゼントを渡しているのだから、二度目までそんな気張らなくてもいいだろう。どちらにしろ、名々賀が喜ぶ顔は目に浮かぶのだが。


「ありがとう鎹君。無事に買えたし、解散しようか」


解散。

その言い方はちょっと傷付く。やっぱりこれは『デート』ではないらしい。そんなことは最初から理解していた事だけれど、何も最後の最後までそれを突き付けて来なくてもいいんじゃないかと思う。


分かってるよ。

進藤にはそんな気なんて更々ないんだって事ぐらいはさ。分かってたけど、何処かで少しだけ期待してたんだ。少しはそう思ってくれてるんじゃないかって。俺と二人でいることに、二人だけでこうやっていることに、少しぐらいは悦びを感じてくれているんじゃないかって。


「……買い物」

「……?」

「俺の買い物、付き合ってくんない?」


じ、と進藤を見てそう言えば、進藤は少しだけ驚いたように目を見開いた後、「別に、良いけど」とそれだけ言った。特に買いたい物は無かったけれど、それでもこのまま別れるのは嫌だった。









進藤にとって俺って何なんだろう。

百貨店内、特に意味無く歩き回る。

高校生の頃も一度考えた。大人になった今も考え続けている。

進藤にとって『吸血鬼さん』は特別な存在。子供の頃の進藤を知っていて、進藤の傍にいて、進藤を吸血鬼にして、今も進藤を守ってる。進藤があの人の話をする時は、なんだかよく分からないけどとても幸せそう。心を許しているというか絶対的信頼を持っているというか。

同じ『吸血鬼』だから、『吸血鬼』にしか分からない何かがあるのだろうか。あの二人は一緒にいてとても自然だった。とても自然だから、進藤の傍にはあの人がいるのが普通なんだと思うようになった。当たり前の光景。当たり前の風景。当たり前の、自然体の、それが普通なんだと突き付けられてるような錯覚に陥る。


名々賀だってそうだ。

名々賀は進藤の事をよく知っている。よく分かっている。俺が進藤を探していたあの数年間。名々賀は俺よりも誰よりも先に進藤を見つけ、そしてあそこで働く進藤を見てきたのだろう。進藤の事、よく分からないという俺に、よく分かると言う名々賀。

進藤の名々賀に対しての態度は冷たいが、きっと本心、嫌悪感などは抱いていないのだろうと思う。心底嫌ではないのだ。何だかんだ言いつつ俺に二人の関係はとても良く見える。吸血鬼の事も。名々賀は吸血鬼ではないのに、すんなりとその輪の中に入っていっている。

もともと名々賀はそんな才に長けていた。だから、人間じゃない存在である吸血鬼にも同じように出来るのだ。何の偏見も無く、何の気概感も無く。俺も、別に『吸血鬼』だからと分け隔てて考えているわけではない。だけど、何処かで感じている。



『吸血鬼』ではない、人間である俺が、あの輪の中には入れないんだと。



「鎹君。何買うの?」

「うん」


宛もなくうろうろしている俺に、進藤がそう聞いてくる。だが、何を買う気も無かった俺は、進藤に対してそんな雑な返事しか出来なかった。


通りすがった小さな店に入る。

小さな可愛い小物のお店。女の子が好きそうな雑貨屋さんだ。手に取って見つめる。小さな花のストラップ。

進藤も店の中をうろうろと歩き回り、手に取って眺めたりしている。


「…………」


進藤から歩み寄って来てくれるのを待つ。再会した時にそう決めた。進藤が俺の事を少なからずも想ってくれている事は明白だったから。だから俺は待とうと思っていた。だけど。


俺はお前の『特別』になっているのだろうか。


あの時のように進藤が俺に溺れればいいと思う。

進藤は高校生の頃、一度だけ血に狂ってしまった事がある。それは血を求めてしまう吸血鬼の性。吸血鬼の本性。業。我。人じゃない存在である彼女の、それは真に吸血鬼である姿だった。

あの時進藤は、俺の甘い血がそうさせたのだとそう口にした。


あの時みたいに、進藤が俺に溺れてくれればいいのにと。そんなことを、ふとした時に考えてしまう自分がいる。

それはきっと、進藤の本心ではないのに。

それはきっと、進藤にとっては耐えがたいほどの苦痛でしかないのに。


「……なんか、人が増えてきたか?」


先程の雑貨屋を出てしばらく、周りが騒がしくなってきているのに気付いた。俺がそう呟くと、「なんか、ゆるキャラが来るみたいだよ」と進藤が教えてくれる。


「ゆるキャラ?」

「今、流行ってるでしょ?すぐそこにもうすぐ現れるらし……っわ」


雪崩れ込んでくる人波に圧され、進藤が倒れそうになったのを両腕を掴んで支える。


「あ、ありが……、え、なに」

「こっち」


そのまま隅の方に進藤を押しやり、荒さを増す人波から脱出する。周りは既に若者や家族連れでいっぱいだ。俺と進藤はその輪から少し離れた隅の方でその群衆を見守る。


「凄いな」

「大人気だね」


そこまで見たいものだろうか、ゆるキャラ。そんな事を考え、ふと、俺が今だ進藤の両腕を掴んだままだったのを知る。

進藤は今だ群衆に目をやったままだ。


「…………」


す、と俺は手を滑らせ自分の手を進藤の手へと移動させ手を握る。気付いた進藤が俺を見る。だけど、俺は進藤を見ることが出来なかった。俺の手の中にある進藤の手だけを見つめ続ける。


「なぁ、進藤……」


口だけが開く。

ずっと進藤に聞きたかった言葉。

ずっと進藤に聞き続けた言葉。

だけど、ずっと答えを聞けていない言葉。

進藤と目も合わせずに俺は口だけを開く。


「進藤はさ」

「きゃーーっ!!」


言葉の途中で叫び声。ゆるキャラが到着したらしい。群衆が騒がしさを増す。


「…………」


ため息すら出ないほどのタイミングの悪さ。今日はなんだかこんなことばかりだ。


「ゆるキャラ……、来たみたいだね」

「そうだな」

「見に行く?」


「見に行く?」と、そう言った進藤の顔は見る事が出来なかった。どうしてか、視線を合わせる事が出来なかった。進藤の表情を見るのが怖かったからなのかもしれない。進藤がどんな顔でゆるキャラを見に行くかと俺に問うたのか、知るのが嫌だったからなのかもしれない。


「見に行きたいか?」

「私は……別に」


俺の両手は進藤の両手を握ったまま。進藤の手は俺の手に握られたまま。進藤の手は俺の手を握り返してはこない。俺が繋いでいる手への返事は、進藤からはない。そんな小さな事にも俺の心は揺れる。


いつもいつも。

俺だけが一方通行で。


いつもいつも。

俺の気持ちだけが先行する。


だから、なのかもしれない。

進藤に俺の血を吸って欲しいと思うのは。

進藤にも俺を求めて欲しいのだ。それが俺じゃなくて俺の『血』なのだとしても。俺自身じゃなくて、俺の一部なのだとしても。


それでも。

それでもお前にとっての特別に、そうする事で俺がなれるのなら。


俺の手でお前を掴んでいられないのなら、俺の血でお前を掴んでいればいい。


それが進藤を苦しめてしまう行為なのだとしても。

それが進藤にとって嫌な行為なのだとしても。

だって。



なぁ、進藤。

俺はあと、どれぐらい待てばいい?



顔を上げ、進藤を見る。

進藤も俺を見てたけど、やっぱり俺には進藤が何を考えているのか分からない。その瞳が、何を思って俺を見ているのか分からない。


今、手を握られていて嫌じゃないのか?

近くに俺がいて、不快じゃないのか?

そばにいて、何も感じないのか?


ぐるぐると思考だけが動いている。


不安で不安で、堪らなくなるんだ。

いつかまた、お前が俺の前から消えていなくなったらって。いつかまた、お前が突然俺の手の届かない所に行ったらって。


そうしたらお前は俺の知らない所で俺の知らない奴らと日々を過ごすんだろう?俺の知らない奴らと俺の知らない時間を過ごすんだろ?



俺じゃない誰かと、未来を一緒に歩くんだろ?



手に力がこもる。

ピクリと進藤の手が揺れた。


不安で不安で仕方がないから、俺は確かなものが欲しいんだ。言葉をくれないなら態度が欲しい。態度をくれないなら形が欲しい。

お前が俺の事を少しでも大切なんだって思ってくれている、確かな『想い』が欲しいよ。



す、とゆっくりと俺は進藤の顔に自身の顔を近付けていく。ゆっくりと、だけど確実に距離を詰める。このまま行けばどうなるか。進藤が分からない訳は無いだろう。


だけど進藤は動かない。

それが応諾なのか拒否なのか。

俺には分からない。

分からないけど、もしこれで嫌われる事になったとしても、中途半端のままよりはもしかしたらまだマシなのかもしれない。


こうやって、進藤に近付くのはあの日以来。こうやって、進藤に触れようとするのはあの日以来。


進藤の顔は、もうすぐ近く。

おでことおでこが引っ付きそうなほどの至近距離で俺と進藤の視線が絡み合う。

進藤に触れるには、あと数センチ。

ゆっくり近付く俺に、やはり進藤は動かない。俺を見てるのに、本当にそれが俺を見ているのか分からない。ちりりと胸が傷む。


キスをすれば分かるのだろうか。

進藤に触れれば、俺にも進藤の気持ちが分かるのだろうか。


なぁ、進藤。

お前にとって俺は『特別』か?

俺にとってお前は『特別』だよ。




俺もお前の、『特別』になりたいよ。





俺の唇が進藤の唇に触れるか触れないかの距離。そんな距離で、俺の体はピタリと止まる。


「…………」


ため息を吐きたい気持ちを我慢し、俺はゆっくりと後ろを振り返る。


「ほらやっぱり。双弥だっただろ?」

「ホントだね。びっくりー」


そう言って、大学の友人らが遠くからのんびりと近付いてくるのが見える。俺はこいつらに名前を呼ばれ、今、この大事な場面を潰された。タイミング悪く。

二度ある事は三度あるというけれど、今日は絶対に厄日だ。


ゆっくりと近付いてくる友人らを俺が睨み付けていると、手からずっと離さずに握り締めていたソレがすり抜ける。


「鎹君、私、向こうで待ってるね」


そう言って。


「えっ!ちょ、しっ」


引き止める間もなく、進藤は俺に背を向け足早に離れて行く。あまりの突然さに追いかける事も出来ず。


「双弥っ、て。返事ぐらいしろよー、お前……って、アレ?ご機嫌ななめ?」


肩に手を置きにこやかにそう口にする友人に、とりあえず俺は「殴っていいか?」と返しておいた。








―――――――――――


「俺はちゃんと使うよー。鎹は大切に取っときそうだよね。で、にやにや眺めるんでしょ?」


進藤の働く店のカウンター。

俺の隣には先程進藤から靴を貰った名々賀がいる。進藤は買い出しに出ているらしく、店には久遠の姿しかない。


「でもさぁ、そういう事なら俺が一緒に行きたかったなー。鎹じゃなくてさ、何で俺を誘ってくれないのかなぁ、進藤ちゃんってば」

「さぁな」


以前の俺だったのなら、進藤はきっと名々賀と買い物なんて嫌だったんだろうな、と思うところなのだが、今、俺はどうしてだかそうは思えなかった。

あのあと、大学の友人らと別れた俺は、一人フードコートで飲み物を飲んでいる進藤と再会。その後、何事もなく俺に接してくる進藤とそのまま別れた。

そして今、進藤の店にいるのだが、やはり進藤に変わった様子はない。

それがどういう意味なのか。

考えたくもなかった。


「なぁ、何でお前、そんなご機嫌ななめなんだ?」

「…………」


俺の様子に違和感を感じたのか名々賀が首を傾げながらそう尋ねてくる。


「俺をダシにして進藤ちゃんとデートしておいて」

「……進藤にそんな気はさらさらないですよ」


デートじゃない。

俺にとってそれはデートだったのだとしても、進藤にとってそれはデートにはならない。

俺にとってそれが前に進む一歩だったのだとしても、進藤にとってそれは前に進む一歩ではなく、忘れるべき出来事になる。


「……疲れた」


小さく呟き顔を伏せる。

待つのも。進むのも。進まないのも。

どうすることが一番良いのか分からなくて、どうしたいのかも分からなくなってくる。

ぐじゃぐじゃだ。


「じゃあ、俺が貰っていい?」

「……………」

「何でそこは黙るんだよ」


俺は顔を上げる。


「前にも言いましたけど、進藤は物じゃないんで」


名々賀がため息。


「お前さ、一度でもいいから『進藤は俺のものだ!』とか、言えないわけ?」


呆れたようにそう言う名々賀。

進藤は俺のものじゃない。

進藤は誰のものでもない。


だけど一人だけ、その言葉を聞いて俺の頭を掠めた人物が一人だけいる。進藤のそばにいて、進藤を守ってて。進藤を吸血鬼にして、進藤をいつも見てて。進藤のそばにいるのが普通で、進藤のそばにいるのが自然で。進藤にとっての当たり前で、進藤と同じ吸血鬼で、進藤と同じ存在の人。


『吸血鬼さん』


あの人の顔が頭に浮かぶ。

進藤は『吸血鬼さん』のもの。

進藤はあの人のもの?


進藤にとっての本当の『特別』は、きっとあの人だけ。

ぎゅっ、と手を握る俺の隣から名々賀の、くすりと笑う柔らかい声。


「鎹、お前さぁ、少しは自惚れてもいいと思うぞ?」


名々賀を見る。名々賀が俺を見て優しく微笑む。だけど、一体俺の何処に自惚れられる所があるというのだろうか。


「お前にとって進藤ちゃんは高校生の時に突然別れてから数年間探していた諦めきれない相手。だとしたら、進藤ちゃんにとってもそれは同じなんだよ」

「…………」


どれだけ月日が経とうとも。どれだけ女の子から声をかけられたとしても。目に浮かぶのは彼女の姿。会いたいと願うのは彼女の姿。

あの頃の俺が求めてたのは彼女だけ。

『進藤つなぐ』というただ一人の女の子。


「数年間、お前が進藤ちゃんを探してたように、彼女は数年間お前が来るのをここでずっと待ってたんだよ」

「……何だよそれ。どうせ進藤が言ったんじゃないんだろ?」

「あれ、するどい」

「…………」


ちょっと期待しただけに、名々賀のその言葉がグサリと心に突き刺さった。


「…っ、アンタはホント何がしたいんだよ」


上げては下げ、下げては上げる。

進藤が好きだと言うこの男は、俺と進藤の関係をどうしたいのか分からない。

昔も今も、笑って俺に話しかけ、笑って進藤に近付いて、引っ掻き回しては楽しそうに俺達を見てる。

たまに、いつものオチャラケた雰囲気とは違う、妙に悟りきった話し方で俺に対して口を開く。

余裕があって何事にも動じなくて、大人で、だけど子供のように無邪気でいつも楽しそう。

進藤とは別の意味で、よく分からない。


「お前はもっと自惚れた方がいいよ」


それだけ言って立ち上がる名々賀。どうやら帰るようだ。そして思い出したかのようにまた口を開く。


「それと鎹。進藤ちゃんの複雑な乙女心をさぁ。解ってやれよな」

「…………」

「最近俺と仲良しだよな、って言われたって事は進藤ちゃんは少なからずもお前を見てるって事なんだからな」

「…………」

「じゃあ鎹。靴、ありがとな」


俺が買ったわけでもあげたわけでもないけれど、俺にお礼を言って名々賀は帰っていった。俺はそれを見送り頬杖をつく。


『乙女心』


進藤のその複雑な乙女心というやつを、名々賀は簡単に解ってやれるのだろうが、俺にそれは高度すぎて無理。

そもそも進藤の乙女心って何だよ。


「……また、何も無かったことにした方がいいんだろうな」


この間の事は無かったこと。

何も無かった。俺達は変わらない。

そのままの状態。


「……自惚れるって、どうやってやればいいんだろ」


どうせならそのやり方も、俺に教えていって欲しかった。



『自惚れかすがい君~頑張れ鎹君~』完。


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