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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
77/109

自惚れかすがい君1


『自惚れかすがい君』

全三話(一応)


サブタイトルは『頑張れ鎹君』。

鎹君で話は進みます。ちなみに春先に書いてたので、季節感覚は『春』です。


とある春の日。

夜風はまだ肌寒いのに昼間は汗が流れ落ちるほどの暑さがあった、そんな春の日。俺がいつものように進藤の店に行き、『open』と書かれた札がかけられたその小さな扉を開くと、そこには見知らぬ子猫がちょこんと礼儀正しくお座りして俺を出迎えてくれた。


「どうしたんだ?この子猫」


にゃー、とその小さな口から可愛らしい声を発し、くりくりの黒い瞳で俺を見つめてくるその猫は、小さな小さな手のひらサイズのまだ幼い子猫。性別、オス。


俺の足元で、ガールじゃないのにマスコットガールよろしく愛想を振り撒く子猫を指差し進藤に尋ねたところ、進藤言うところの『吸血鬼さん』が店に連れて来た、との返答。


「吸血鬼さん……」


進藤が、ひょいと子猫を抱き上げカウンターへと連れて行くのに対し、俺もそんな進藤の後ろを続いて歩き、カウンター席に一人座る。進藤と子猫はカウンターの向こう側だ。


「可愛いでしょ」

「まぁ可愛いけど」


進藤が子猫を撫でながら言う。ごろごろと気持ち良さそうに喉をならす子猫に進藤は楽しそうに笑う。そんな光景を目の当たりにする俺の口から、知らず「いいなぁ」と言葉が漏れ出た。

動物っていいな。何もしてなくても好かれるし。そこにいるだけで、あんな顔を向けてもらえるし。撫でて貰えるし。触れて貰えるし。

別に撫でて欲しい訳じゃないんだがね。可愛いとか言って貰いたい訳でも無いんだがね。ちょっとそこん所の優しさとか愛情とか、俺にも分けられないのかなとか思っちゃうんだよね。


「鎹君も癒される?」


俺の「いいな」発言に勘違いした進藤が超笑顔で俺に子猫を差し出してくる。にゃー、と嬉しそうに子猫。


「どーも」


子猫を受け取る。

羨ましいぞ。猫め。


「じゃあ俺は進藤ちゃんで癒されるーっ」


そう言って、何処から湧いたのか名々賀が両腕を広げて俺の隣にいつの間にか立っていた。今日はいないなと思ったのに。一体何処にいたのか。

カウンター内、進藤はいつもの嫌そうな顔で、両腕を広げる名々賀に視線を向けていた。


「トイレに行ってたんだー」


そう言って名々賀は俺の隣によいしょと座る。名々賀の定位置。


「さぁ進藤ちゃん。俺にも癒しを」


そう言った名々賀の言葉に、「ふざけんな」「お断りします」との俺と進藤の言葉が被る。それにクスクスと笑う名々賀。腹立つ。

進藤は名々賀のおふざけに付き合うのが嫌なのか、一人仕事に戻っていった。

名々賀が俺の手の中にいる子猫を、横から伸ばしてきた手で撫でる。猫がまた気持ち良さそうにごろごろと喉をならした。先程から随分と可愛がっているらしい。


「だけど鎹も大変だねぇ。猫にまで嫉妬するなんてさ」

「別に」


嫉妬なんてしてないし。

むすっ、とした感じになってしまったその言葉にも名々賀はやはり楽しそうに笑う。この、この男の掌の上で良いようにころころと転がされる感じ。どうにかならないもんだろうか。ため息が出そうになるのをなんとか堪える。


「鎹も、猫じゃなくて進藤ちゃんに癒されたいんだよねー?」

「……別に」


ぐりぐりと手の中の子猫を意味もなく弄くり回す。子猫はくすぐったいのか、それとも気持ちいいのか。うにゃうにゃと弄くり回す俺の手にじゃれ着いてくる。


「別に……って、それ誰かの真似?」


『別に』の部分だけ、あの有名人の物真似する名々賀に俺は無視を決め込む。こいつのペースに乗せられるから駄目なんだ。大人の対応をしなければ。大人の対応を。

だが名々賀は動じない。どころか、逆に三倍ぐらいの力でこっちに跳ね返してきた。


「あ、無視だ。『別に』いいけど。最近の若者はいつもいつもそうやって逃げるよね。無視して逃げればいいってもんじゃないからね。会話ってのはさぁ、意思疏通の一番有効的な手段なわけだよ。それをするからこそ物事がちゃんと上手く進むわけ。それをさぁ、無視だよ無視。そんなんだから大事な事も大切な事も、重要な事もなんもかーんも上手く進まないんだって事、鎹、お前ちゃんと理解してるか?これだから会話のキャッチボールが下手なやつはさぁ」

「……別に嫉妬なんてしてません」


さすがに黙っていられなく、俺は名々賀に反論する。「はい、嘘」と名々賀。


「触りたいなら触りたい。抱きたいなら抱きたいって言えば?」

「だ……」


抱きたいって。

名々賀のド直球な言葉に言葉を無くす。そんな事、進藤に言えばさらに進藤が俺から距離を取るだろう事は明白だった。


「そんな事言ったら進藤がさらに俺から離れていきます」

「バカだな。それを俺は狙ってる」

「…………」


殴りたい。


「まぁ冗談はさておき。鎹、進藤ちゃんとの仲、進展させたいとは思わないのか?」

「思わないわけないだろ」


苛々しながらも俺は名々賀にそう返す。だが、俺が進藤に近付こうとすればするほど、距離を縮めようとすればするほど、進藤は俺から距離を取るのだ。それがこの半年ほどで良くわかった。一歩踏み出せば二歩も三歩も進藤は下がって行く。

あまり踏み込むと進藤がまた俺から逃げて行きそうで。だけど、踏み込みたい気持ちもあるわけで。


「ジレンマ!!」


がんっ!と机を拳で叩けば子猫が驚き跳び跳ねた。なんだってこう、進藤相手だと上手くいかないのか。多分、普通の女の子ならこんなに考える事も悩む事もなかったと思う。相手が進藤だからだ。あの進藤だから俺は今物凄く色々苦戦しているのだと思う。進藤の扱いは他の子達と比べて難しい。吸血鬼だからだろうか。


「押して駄目なら引いてみな作戦、とかあるだろー?」

「それ、前に瀬川にも言われた」


だが、引いた所で進藤が追いかけて来るとは到底思えない。無さそうで怖い。無いのを突き付けられたら俺はもう再起不能になる。傷付き具合が修復不可能な域を越える。

それに、クリスマスの日。引く、というか我慢しても一つも良いことなど無かった。

クリスマスなのに。クリスマスの奇跡とか。ヘドが出る。


「鎹はさぁ、踏み込み方が不味いんだよ。荒いっつーか、下手くそっつーか」

「……何だよ、それ」


意味が分からず、隣の名々賀に眉間に皺で視線を向ける。


「ガンッ!って音立てて踏み込むから駄目なんだよ。もっとスマートとか、ゆっくり?とかさぁ。思いっきり足音響かせて近付いて来られたら女の子もそりゃビビるって」

「……そんな風にしてるつもりないけど」


再会した頃は、そりゃちょっと暴走ぎみだったかもしれないけど、最近は大人しくしてるつもりだ。そんな話とかそんな雰囲気になると進藤が俺との間に距離を作りたがると知ってからは。

名前の呼び方すら、『つなぐ』から『進藤』に戻さざるを得ない事態にもなったのだ。


「しかも相手は進藤ちゃんだぜ?さらに慎重に行かないとさ」


慎重に、か。

皆慎重に慎重にと言うけれど、これ以上俺にどうやって慎重になれと言うのか。








――――――――



「なぁ進藤」


名々賀が用事で帰った後、俺は進藤に話しかける。進藤も名々賀が居なくなったので、絡まれる心配がないからかこっちに普通に近付いて来る。


「何?」

「ここ、一応飲食店だよな」


動物っていいのだろうか。

今は段ボール箱の中で、遊び疲れたのか、すやすやと眠っている子猫。進藤は「可愛いからいいんだって言ってたよ」と、よく分からない理由を言い、段ボール箱内の子猫に優しげな視線を送る。何であれを俺に向けてくれないのか。「可愛い」と小さく進藤が呟く。何であれを俺に。


「鎹君、名々賀さんと何話してたの?」

「…………」


俺は黙りこむ。

何、と言われても。ほぼ大半お前の話なんだけど。

すると「最近、仲良いよね」と進藤が物凄く理不尽な事を俺に言った。


「気持ち悪い事言うなよ。仲良くしてるつもり全くない」

「へぇー。まぁでも鎹君がいると助かるね」


助かる、とは何だろうか。


「名々賀さんの興味が鎹君に向くから助かる」

「俺を名々賀避けに使うな」


あはははは、と笑う進藤に俺の顔にも笑みが溢れる。だけど、結局この感じは高校の頃と変わらない。多分きっと『友達』な感じ。

それが嫌な訳じゃない。普通に嬉しいし楽しい。だけど俺はさ。


「……し」

「あ、そうだ。鎹君さぁ、明日って暇?」


口を開く前に進藤にそんな事を言われてしまい、出鼻を挫かれる。何だろう。なんか俺、タイミングも悪いのだろうか。息が漏れでる。


「日曜だから暇だけど。何?」

「ちょっと買い物に付き合って欲しくてさー」


『買い物に付き合って欲しくて』


そ、それって。


「で」


「デート」と言いそうになって、なんとか堪えた。何故なら先程名々賀にも言われたのだ。『鎹の口から出るデート、という単語すら進藤ちゃんにとっては鬼門かもね』と。

いやだがしかし。これは明らかにデートのお誘いですよね。デート以外の何物でもないだろ。進藤から俺に?ちょっと考えられないけど、いやもしかしたらの確率で。


「…………」


確かめよう。それとなく。


「二人で?」

「うん。まぁ、鎹君がいれば良いし」

「……ふーん」


落ち着け。

俺は何とか奮い立ちそうになる自身の感情にストップをかける。ここで「やったぁー!デートだぁー!!」とはしゃいで、もし万が一進藤にはそんな気がさらさら無かったのだとしたら。デートじゃなく普通に買い物に付き合ってという意味で、もしかしたら荷物持ちに着いてきて、だとかの意味だったのだとしたならば。

それに進藤の言葉には少し引っ掛かる部分があった。進藤は「鎹君がいれば良いし」と言ったのだ。いれば良いし、という事は俺が必要だと言う事で。俺がいれば万事OKと言う事で。あれ?という事はそう言う事なのか?いやでも、『鎹君がいい』と言われた訳ではない訳で。『鎹君がいい』ならそれはもう間郷古となく『デート』になる。鎹君が『いれば』良い、ってのはちょっと文章としてどうなんだ?デートか?デートのお誘いになるのか?それともあれか。サプライズ的な。俺へのサプライズメント。

だが、俺の誕生日はまだだし、再会記念日でもないし、サヨナラ記念日でもない。それに、進藤の表情は普通だ。照れているわけでもはにかんでいるわけでも何か隠してる様子もない。まぁ進藤がはにかむとか、多分この先も無いし未来永劫ないし想像すらできないんだけどな。


だが俺は考える。考えて行き着いた先。

これはもしかしたら『好機』というやつなのではないかと。

だってさ、もし仮に、仮にだぞ。進藤にその気がなかったのだとしても。この誘いがただのお荷物持ちだったのだとしても。気紛れではないにしても、その手の意味は全くないのだとしても。これは二人で何処かに行くと言う事に変わりはないのだ。

ここから。ここから俺に這い上がれと、進展させたい俺に対しての神様からの千載一遇のチャンスを与えられたのではないかと。


「鎹君?」

「えっ?あぁ、何だ?」


悶々と考え込んでいた俺に進藤が呼びかけて来る。「いや、結局明日は大丈夫なの?」と進藤。


「あぁそれは全然大丈夫だ」


だがちょっと待て俺。

千載一遇のチャンスだからと言って、俺がガツガツとまた踏み込んで行けば、また進藤に距離を取られるのではないか。俺はガツガツしてるつもりは無いんだけどね。俺は普通のつもりなんだけどね。

それに好機だからと言って俺がまた進藤との距離を積めようとすれば、もししたら最悪、取り返しのつかないことになりはしないだろうか。


また逃げられるのはゴメンだ。

また突然、何の予告もなく消えられるのは死んでもゴメンだ。消えられるのが嫌だから。出来ることならずっとずっとこの手でつかんでいたいから。だから進展させたい。今よりもっと。もっともっとと欲が出る。


だけど。

だが。


けど……っ!!



葛藤。



俺は、俺はどうすればいいんだっ?!



「うぅ……進藤、俺、どうすればいいのかな」


なんかもう色々悶々と考え込み過ぎて何故だか泣けてきた俺に、進藤が引きぎみに「今日はそんなに飲んでないよね」と口にするのが小さく聞こえた。


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