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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
67/109

イブの日は vorbesc.クリスマス企画

未だにお気に入りして頂いている皆様に感謝の意を込めて。

というのは、建前で。


本当はクリスマス企画なるものをしてみたかっただけです。

へへ。


では、ばんぱいあ的クリスマス企画。

 

24日、クリスマスイブは吸血鬼さん話

25日、クリスマスは進藤さん話でお届けいたします。


ではでは皆様。

良きクリスマスをお過ごしください。


夏。


いつものように俺は病室の扉を開ける。

そこにいたのは季節外れのサンタクロース。






「だってね、ナオト君」


リコはベッドの脇に座りこちらを見る。

見る、と言ったが実際にはリコは見えていない。リコの目は固く閉じられているから。

「ベッドに座ったら?」とぽんぽんと隣を叩かれるが俺は座らなかった。


「ナオト君、明日はクリスマスイブなのよ?」

「違う」


何故かサンタクロースの格好をしているリコが、首を少し傾け「明日はクリスマスイブよ」と俺に言う。リコのその嘘に、俺は即座に否定の言葉を発した。


「違うくないわよ。明日はクリスマスイブ」


イブなのよ、とリコは笑った。

サンタクロースの格好をしている、と言っても、頭に赤い帽子を被り口元に白いもじゃもじゃの髭をつけたただの私服姿のリコ、なのだが。

髭のせいで口許があまり見えないが声と雰囲気で笑っているのが分かる。


「リコ、今は夏だ。クリスマスは冬にある。知らないのか」

「知ってるわよ?」


けろりとリコは言う。


「ナオト君こそ知らないの?旧暦では明日がクリスマスイブなのよ?」

「嘘だろう」

「嘘じゃないわよ。本当、ナオト君はいつまでたっても私を嘘つき扱いするんだから」


ぷんぷん、と怒るリコ。

リコが嘘つきなのは紛れもない事実。リコの言うことの三分の二、いや十分の九ぐらいは嘘であり偽りであり虚言だ。

本当の話など、きっと数えるぐらいしかない。


「でね、私がサンタでナオト君はトナカイね?」

「何の話だ」


何って、明日のクリスマスイブの話じゃない。とリコ。


「もう。ナオト君は何も知らないんだから。もしかして、クリスマスやったことないの?」

「………」


クリスマス。

十二月二十五日。

長く生きてきた今までの人生の中で、俺は『クリスマス』を何度となく見てきた。きらびやかなイルミネーション、大きなツリー、舞い上がる人間達。闊歩するサンタクロース。

赤と緑と白。

そんな色が目立つこの日に、吸血鬼である俺は何をしてきただろうか。思い出そうとしてみるが、何か特別な事をしてきた記憶は一切ない。ならばやはり俺には無いのだろう。クリスマスを祝ったことなど。


「やっぱりやった事ないんでしょ?」


黙る俺にリコが楽しそうにそう言いながら足をブラブラと揺らす。

そしてソレを止めたかと思ったら、すくっ、と立ち上がり腰に手を当て偉そうにこう言った。


「ナオト君。私がナオト君にきちんとしたクリスマスの作法を教えてあげるわ」

「………」


クリスマスに作法などあっただろうか。




翌日。


俺がいつものようにリコの病室に行くと、そこには病室の住人であるリコと、この病院の看護師である山崎がいた。

山崎が俺に気付き頭を下げる。


「リコちゃん、ナオトさん来たわよ」

「え、もう来ちゃったの?」


目の見えないリコがこちらに視線を向けるが、俺の姿はリコには見えてはいない。


「ナオト君早いわよ。この無礼者」

「………」


何故無礼者扱いされるのか。


「リコちゃん、それはナオトさんに失礼よ。早く来てくれてありがとう、でしょ?」

「山口さん、早く来すぎるのも駄目なの。遅すぎても駄目だけど、早すぎても駄目。ちょうどいい塩梅がちょうどいいんだから」


全く、と呆れたようにため息を吐いたリコに、私の名前は山崎よ、と笑顔で訂正しながらも山崎は俺にあるものを渡した。


「見つかって良かったですよ。こんな季節にこんなもの」


山崎がそう言いながら俺に渡したのは、トナカイになるための変身道具。

頭に付ける茶色い角。

鼻に付ける赤い丸鼻。

両手にはトナカイの手の形らしきもけもけした手袋。

足には、これもまたもけもけした茶色いトナカイの足の形らしきブーツ。


「…俺は本当にこれを付けないといけないのか」

「…ナオトさん」


可哀想な者でも見るような目で俺を見る山崎。

だが、その山崎の口許は笑っている。隠しきれていない『笑』がそこにはある。


「面白がっているな」

「えっ?いえ、そんなことは」


と言いつつも、やはり山崎は笑いを堪えきれなかったのか口許を隠すように片手を当てた。


「ナオト君ナオト君。それがクリスマスイブの作法なのよ?大人しくトナカイになりなさい」


びしり、とリコが俺を指差す。


「これが作法だとしたら俺はクリスマス自体を疑う」


そもそもクリスマスとは何なんだ。

サンタとは誰だ。

トナカイとは何なんだ。

何故ソリを引いてプレゼントを配るのか。

そこにどんな利があるというのか。


「ナオト君、知ってた?」

「何がだ」

「郷に入っては郷に従え」

「今この瞬間の郷って何だ」


季節は夏。

そう。今は夏なのだ。そもそもがクリスマスの時期ではないではないか。


「ナオト君ってば、そんなに嫌なの?トナカイ」

「トナカイどうのの問題じゃない」

「サンタの方が良かったかしら」

「そういう問題じゃない」


じゃあいいじゃない、とリコは話を終わらせ俺に着替えるように指示してきた。リコも着替えるらしく病室から出るように言われてしまったので、俺はトナカイ一式を持って外に出る。


「………」


手の中にあるトナカイグッズ。

俺はとりあえず付けておくことにした。


頭には角。

鼻には赤鼻。

手にはもけもけ。

足にももけもけ。


俺は今、とてつもない情けなくも恥ずかしい姿になっている。そんな俺を見る、通りすがる病院関係者達や病人らの視線が痛い。


「……………」


こんな気持ちは初めてではなかろうか。

俺は先程閉めたばかりのリコの病室の扉を躊躇なくガラリと開けた。


「わっ、ちょ、ナオトさんっ」

「見ないから大丈夫だ」


山崎が慌てた。

俺は中に入り、目を閉じ背を向ける。


「見ないならどうして入ってきたのよ」と、リコ。俺はそれには答えなかった。


そして数分後。


「ナオト君。もういいわよ」


リコがそう言ったので、俺は目を開け振り向く。そこにはサンタの格好をしたリコが「どう?」と言って楽しそうに立っていた。


ああ、この姿は見かけたことがある。

町中でリコのようにこんな格好をした人間の女達がティッシュを配ったりチラシを配ったりしていたのだ。


もちろん冬に。

十二月に。

今は夏。


「暑そうだな」

「…確かに暑いけど。ナオト君、分かってて言わないでしょ?」


リコは不服そうに唇を尖らせそう言った後、ため息を吐いた。


「そこは『可愛い』、って言うのが常識なのよ?」

「可愛いな」

「言うと思ったわ」


リコの隣には山崎が顔を背けて立っている。先程まではこちらに視線を向けていたように感じたが。

俺は山崎が笑いを必死に堪えているのだろう事を肩の震えで理解し、「おい」と声をかける。が、山崎は手のひらをこっちに向けただけで、こちらを見ようとはしなかった。

分かってはいたが、もう少し俺に遠慮したらどうなんだ。


「ナオト君、トナカイにはなれた?」

「リコ、お前は何がしたいんだ」


リコは目が見えない。

こんなことをしてもリコには何の特にもならない。俺のこんな馬鹿げた姿も、リコのその可愛い姿もリコは見ることが出来ない。

こんな事、何の意味がある?


「何がって。だから、これはクリスマスイブの作法なんだってば。イブにはこうやってサンタやトナカイの格好をしてクリスマス前日を祝う。そういうものよ?」

「嘘だろう」

「ひどいわ。ねぇ、山仲さん。ナオト君が私を信じてくれないのよ。笑ってる場合じゃないわ」


未だこちらを見ようとはしない山崎だったが、「そ、そうね」と言いながら顔を笑いでひきつらせ、必死になって俺を見た。


「…くはっ!」


そして笑いが口から漏れた山崎に俺は初めて怒りに似た何かを感じてしまった。









「結局リコは何がしたかったんだ」

「ふふふ」


あの後、山崎は仕事に戻り、俺はリコと二人で夏のクリスマスを祝った。そして、『クリスマス』を堪能満喫したらしいリコの病室を出、俺が帰ろうと歩いていた時、他の病室からの帰りなのか手に書類を持った山崎が走り寄ってきた。病院出口まで見送ると言って。

俺達は二人、並んで歩く。


「クリスマス、じゃないですか?」


山崎が微笑みながら言う。


「クリスマスならクリスマスの日にやればいいだろう。何故夏にやる」

「それもリコちゃんが言ってたじゃないですか。旧暦では今日はクリスマスイブなんだって」


信じている訳ではないだろうに。


「あれはリコの嘘だ」

「ふふ」


やはり笑う山崎。

山崎は何かを知っている。リコの嘘にはもう慣れてはいるのだが、あんな突飛過ぎる行動に出たリコは初めてだ。絶対になにかあるに違いない。


「明日が楽しみですね」


山崎はそう言った。


「明日、何かあるのか?」

「今日がイブなんだから明日はクリスマス本番じゃないですか。楽しみですね」


クリスマス本番。

もしやまたあの仮装をすることになるのだろうか。俺は。


「クリスマスにサンタは何をすると思いますか?」


唐突な質問をする山崎。

俺は隣に視線をやり答える。


「サンタがすることは一つだろう?」


サンタの仕事は一つだけ。それはクリスマスにプレゼントを配ることだ。良い子にしてた子供達にプレゼントを配る。それがサンタの唯一の仕事なのだ。

それとも、俺が考えること以外にもクリスマスのサンタはやることがあるとでも言うのだろうか。


「そうです。だけど、サンタがプレゼントを渡すのは何も良い子の子供達だけじゃないって事ですよ」

「………」


わからん。

山崎が何を言いたいのか全く分からず考えていると、隣を歩く山崎は「リコちゃんも相変わらず遠回しよね」と言って小さく笑った。






明日はクリスマス。


季節外れのサンタクロースは明日、とても遠回しでとても素敵な事を、トナカイにしてくれるのだろう。




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