いつまでも vorbesc.リコ
神様はなんて意地悪なんだろう。
私が何をしたんだろう。
神様に恨まれるような事したかしら。
神様なんて大嫌い。
神様が私を怨むなら、私も神様を怨むから。
恨んでやるから。
目が覚めるとそこは病院だった。
私の目は、ナオト君が言っていたように見えるようになっていて、最初は眩しくて仕方がなくて。色んな光、色んな物、色んなこと。
そして、色んなものが見える恐怖だけが私の中にあった。
怖かった。
見えなかったものが見えるようになって。
見なかったものが見えるようになって。
見ようともしなかったものが見えるようになって。
怖かった。
恐ろしかった。
恐怖した。
でも、私がこの目から光を無くしたのは数年前の事だったから。最初から見えなかったわけじゃない。だから、すぐに慣れてはいったけど。
人も、物も、数年前とそれほど変わらない。病院の中はこんなだったのね、と椅子に座り辺りを見渡す。
人がいる。大勢の人。大勢の人が見える。大勢の人が私の周りにいる。
人。
人。
人。
人、人、人、人、ひと、ヒト。
ゾッとした。
「リコちゃん」
声がして振り向くと、そこには看護婦姿の女の人。声と胸にある名札で山崎なのだと分かった。想像と違ったが山崎であることは確かだ。
「本当に目が見えるようになってるのね」
信じられないものでも見たかのような顔の山崎から目を逸らす。山崎は山崎で、ずっと優しく仲良くしてくれた山崎だけど。それでも私は少し怖かった。目を背けた。
「山崎さん…、ナオト君は?」
「あら、名前間違えないのね」と言った山崎は私の隣に座る。そしてこう言った。
「あの人、寝てるリコちゃんをここに連れて来た後そのまま何処かへ行っちゃって」
何処かへ。
「何処に…?」
声が震えた。
「分からないわ。ただ」
嘘つき。
山崎の続く言葉は私の耳に入らなかった。
嘘つき。
一緒にいるっていったのに。
目が見えるようになっても一緒にいるって。
そこにいるって、
「言ったのにっ!」
私は病院を飛び出した。
まだ目が見えている頃。私には付き合っている彼氏がいた。とてもとても大好きな彼氏がいた。でも、私の目が見えなくなって、彼は離れて行った。目が見えなくなったから、彼は私を置いて行った。私を見捨てた。光を無くして、彼を無くして。そして友達も離れて行った。
目の見えない私は大事なものを次々に無くしていった。でも仕方ない事だと理解していた。
こんなお荷物。誰も背負いたいとは思わないもの。
光の無い世界。
暗闇の世界。
音と感じることだけの世界。
大事なものがいない世界。
大事なものを無くした世界。
そんな世界に慣れるには、私は私を偽るしか方法が無かった。
『お前は嘘つきだ』
そうだよ。
私は嘘つきなの。
嘘で誤魔化して、嘘で笑って、嘘で固まった世界でしか、私は生きていられなかった。目に見えないものは本当に真実か分からないもの。音でしか分からないものなんて、私は信じられなかった。だから私は私を隠す。世界が私から世界を隠すなら、私も世界から私を隠すわ。そうしたら、ほら。ずいぶん楽になった。世界が色を取り戻したみたいに、私は生きていられた。
真実は残酷だ、って言うけど本当ね。
私はこの暗闇の世界の住人。
嘘の世界の住人になった。
『リコの目を治す』
怖かったの。
目が治るのが怖いんじゃない。ただ、目が治った後、光を取り戻した世界で私は生きていけるのか。暗闇の世界の住人だった私は、光の世界で受け入れられるのか。
暗闇の世界で手に入れた大事な物を、光の世界に行ってしまったら無くすんじゃないかって。
大事なものが、また無くなるんじゃないかって。
目の見えない私が大切にしていたものが、目が見えるようになってしまったことで
消えてしまうんじゃないかって。
また全部、私のもとから何処かへ行っちゃうんじゃないかって。
怖かった。
怖かっただけなの。
でも、ナオト君が私の目が見えるようになってもここにいるって言ったから。
目が見えるようになっても一緒にいると言ったから。
目が見えなくなって初めて好きになった貴方がそう言った言葉だったから。
「…っ嘘つきぃっ!!」
転んでしまった体そのままに、私は崩れ落ちた。
光が見えるようになった目からは涙が止まることなく出てくる。目が見えなくなり、止まっていた涙腺が壊れたようにぼろぼろと止まることなく涙を流し続ける。
嘘つきっ
嘘つきっ
嘘つきっ
嘘つきっ
「一緒にいるって言ったのにっ」
「目が見えるようになっても、そこにいるって言ったのにっ!」
そばにいるって。
「そばにいる、って…言ったのにぃ…っ」
正直者の彼だったから信じたのに。
「嘘つき…っ」
あぁ、世界は残酷だ。
この世界は残酷だ。
光の世界は、とても残酷だ。
こんな世界は嫌だよ。
真実が見える世界は嫌だよ。
目なんて見えないままで良かった。
ただ、ナオト君がいれば良かった。それで良かった。
暗闇の世界で、貴方といられればそれで良かった。
私はこの光の世界で、また一人になっちゃった。
あぁ残酷ね。
光も真実もこの世界も。全て残酷だ。
私は嘘つき。だからかな。
世界は残酷だ。
闇の世界の住人だった私に、
光はとても残酷だ。
そして私は数日後に死んだ。
神様はなんて残酷なんだろう。
私に恨みでもあるのだろうか。
私から光を奪い、大事なものを奪い。
闇の中で手に入れた大事なものまで、私から奪った。
そして光を突き付けて、真実を突き付けた。
最低な神様。
最後には私の命まで奪った。
ねぇ神様。
これだけ恨んで憎んだんだからもういいでしょう?
最後に私のお願いを叶えてよ。
とても残酷な神様に、私の最後のお願い。
「ナオト君に会わせて」
一度だけでいいの。ほんの少しだって構わない。会いたいの。会いたい。会いたいよ。
「お願い…、会わせてっ…」
私はもう死んでいるのに。
まだ目からは涙が出てくるのね。見えていなかった分が溜まっていたのかな。全然止まらないの。死んだのに。全く止まらないの。止まらないんだよ。
会いたいよ。ナオト君。
目が見えるようになっても一緒にいる。
その言葉が嘘だったとしても構わないの。
光なんていらない。
真実なんていらない。
嘘でいい。
闇の中で構わない。
ナオト君がいるならずっと闇でいいの。
ねえ神様。
お願いだから会わせてよ。
最後ぐらい、優しくしてくれてもいいでしょう?
『そこに寝てると危ないですよ』
女の子の声。
ああ、あそこにいるあの女の子の声ね。誰に話しかけているのかしら。あそこで寝てる人かしら。それにしても道路の真ん中で寝るだなんて、あの人、危ないにもほどがあるわね。
あぁ、でもどうしてだろう。
どうしてだろう。
あの人はナオト君だ。
ナオト君だ。
姿なんて知らないけれど。
あれはナオト君だ。
「ナオト君っ!!」
叫んでも私の声は届かない。
「ナオト君っ!ナオト君!!」
ねぇお願い。
私の声を届けてよ。ナオト君に届けて。
私はここにいる。今、ここにいるから。
ナオト君は動かない。
「どうしたの?ねぇナオト君!こんな所にいたら危ないわっ。車が来たら引かれちゃう!」
私の声は届かない。
「ねぇナオト君!私だよ、リコだよ!ねぇお願い気付いてっ」
私はここにいる。
すぐそばにいるの。
『車が来たら危ないですよっ』
女の子の声でナオト君は動きだし、歩道に座った。
ナオト君?
ねぇどうしたの?
どうしてそんなに元気がないの?
何かあったの?
それでも私の声はナオト君には届かない。
「ねぇお願い神様!私の声を届けて!ナオト君にとどけてっ、お願い!」
ナオト君。
お願い気付いて。私はいるの。ここにいるのっ。
ねぇだから。元気を出してよ。どうしたの?
疲れているの?
『疲れてるの?』
女の子が言った。
私の目に、女の子の持つ水筒が目に入る。
お茶でも飲む?
『お茶でも飲む?』
また女の子が言った。
ナオト君がすっと顔を上げた。
その瞳は赤かった。
口元には牙があった。
そしてナオト君は女の子に咬みついた。
ナオト君は吸血鬼だった。
『俺は吸血鬼だ』
あの言葉は本当だったのね。
本当のことだったのね。
どうして信じてあげられなかったのかな。
正直者のナオト君の言葉を、私はどうして信じてあげられなかったんだろう。
ナオト君は一度だって嘘は言わなかった。
ずっとずっと正直で。本当のことしか言わなくて。
そして私は嘘つきで。
嘘つきな私にずっと付き合ってくれていた。
ナオト君は、一度だって嘘をつくことはなかった。
でもどうしてなの?ナオト君。
女の子に咬みついた貴方は、すごく悲しげな顔をしているわ。
どうして?
後悔しているの?
この女の子に咬みついてしまったことを。
自分を責めているの?
小さな女の子を吸血鬼にしてしまった自分を。
悔やんでいるの?
自分自身を。
場面が変わる。
ナオト君が泣いていた。
どうして泣いているの?
貴方が泣いている所なんて見たことないわ。
一度だってない。
ああ、でも私が見えていなかっただけで。
貴方はもしかして泣いていたの?
泣いたことがある?
泣かないで。
泣かないでよ。
いつものナオト君でいてよ.
正直で、嘘が嫌いな。
そんないつもの貴方。
また場面が変わった。
女の子は少し成長していて。
ナオト君はまだあの子の近くにいた。
そっか。
その子の側にいるのね。
そうやって、その子の側に。ずっと。
贖罪のように。
断罪のように。
守ってあげてるのね。
でもね、ナオト君。私思ったの。
ナオト君は悪くないよ。ナオト君は悪くないの。
多分、悪いのは私。神様に嫌われ、憎まれ、恨まれている私。
あの時、私あの子の声を奪ったんだと思う。奪って、ナオト君に話しかけた。だから神様がナオト君に、そしてあの子に酷い事をした。私が我儘を言ったから、神様に憎まれてるのにあんなこと頼んだから。
そして、あの子の声をくれたかわりに、見せしめの様にナオト君とあの子に酷い事をしたの。
辛い思いをさせたの。
ナオト君は悪くない。
悪いのは私なの。
信じてあげられなくてごめんね。正直者な貴方の言葉を、私は信じてあげられなかった。信じてたらどうなっていたかな。吸血鬼だって、あの時信じてたらどうなってただろう。
『吸血鬼になんてならないで、私と一緒に生きようよ』
その言葉がどれだけ貴方を傷つけただろう。
だけどもう遅い。
もう遅すぎる。
とても残酷な神様は、私から命を奪ったんだから。
ねえ、だから。
もう神様になんて頼まない。
これからは私がこの子を守るわ。ずっとずっと守る。残酷な神様からも世界からも、光の世界の真実からも。全てから私が守る。
たとえどんなに私が神様から恨まれ、憎まれ、嫌われていても。もうこの子やナオト君には手出しさせない。どれだけ神様が私の邪魔をしてきたとしても、私が絶対に守って見せる。
ずっとずっとずっと。
見守り続けるから。
だからナオト君。
貴方は笑って生きてよ。
貴方に罪は無い。貴方に罰もない。
だから貴方には笑って欲しい。
あの頃、私ちゃんと言えなかった。
嘘つきだった私の、これはホントに本当の言葉。
闇の世界から光の世界の住人になった私の。
もう嘘つきじゃない私の『真実』の言葉。
ナオト君。
私、
私ね。
「貴方が好きだった」
貴方を愛してる。
いつまでも。




