なんかイロイロ
ざっくりしてたらざっくりやら
…え、それはもういいってですか。
そうですか、スミマセン。
そんな『ざっくりやられた前回』があったので、こっちもばっさりしましたのですよ。
もう前回と今回はいらないんじゃないかと思う。いらないな。つまらないし。
そんな私は、ただ単にリコと吸血鬼さんのラブラブ話と、吸血鬼さんのその後のわちゃわちゃを書きたかっただけなんです。
それだけなのに。
色々詰め込みすぎたんね。
ダメだよ?
何事も一個ずつ確実に片していかないと。
話の中身、伝わっていたら拍手喝采。
そして八話どころじゃ済まなくなった番外編じゃない番外編は、『外伝』と名を改めようそうしようそうすべき。
では前書きを終わります。
『貴方があの子をこちらの世界に巻き込みたくないと思っている気持ちは分かります』
雨が降っている。
少女は傘も差さずに歩いている。顔は見えない。うつむいている。表情は窺えない。あの日から泣かなくなった少女。その少女の顔は濡れる。
『ですが、あの子はもう』
あれは水か。
見ズか。
雨か。
危メか。
涙か。
泪ダか。
『あの子はもう、人間じゃないんですよ』
そんなのは最初から分かっていることだ。分かっていたことだ。
少女に牙を突き立てた、
あの瞬間から。
『やだ!いらない!』
小さな少女が言う。だけど、血を摂取しなければ少女の身がもたない。飲め、と言ってもガンとして飲まない少女はまだ子供。子供だからこそ、俺が吸血鬼だと言った言葉も、そして自分が吸血鬼になったのだと教えた言葉も信じた。素直に受け入れた。
だけど、血だけは受け入れない。
『なんで飲まないといけないの!嫌だよ!マズイしどろどろだしべとべとだし、気持ち悪いもんっ!やだっ!いらない!』
血だけは、いつまでも受け入れなかった。最初の頃は口にしない少女に色々工夫して摂取させていたが、そろそろそれも終わりにしないといけない。
『血』を受け入れさせなければいけない。
『いやー!』
『飲め』
『やだ!!!』
俺は少女に無理矢理血を飲ませた。
小さな少女は泣いた。
『…っう、気持ちわるい…うぅ、べたべたするーーっまずいーーっっっっああぁぁーーわぁーーーんっっっっ!!!!』
泣きじゃくる少女を、俺は慰めるように抱きしめ、背中を優しく叩く。だけど、少女は全然泣き止まなくて。
ずっとずっと泣き続け。
ずっと
ずっと
ずっと。
体の水分が全て出てしまうんじゃないかと思うぐらい泣き続けた。
そして、力尽きたかのように静かになった。抱きしめる少女の体と体重がぐたりと俺にのし掛かる。
「………」
泣き疲れて少女は眠った。俺は暫くじっとしたまま動かずにいた。
十一歳の少女。十一年しか生きて来ていない幼い少女。人間の十一歳の子供はこんなにも泣くものなのだろうか、と思う。俺が十一歳の時はどうだったか。覚えていない。遠い昔過ぎて記憶には残っていない。
泣いた記憶などあっただろうか。
泣いたことなど、あったか?
人間と吸血鬼は違う生き物だ。
考え方も感じ方も力も能力も体力も、すべて違う。
リコもきっと泣いた事があるんだろう。俺が見ていたリコは泣いたことなど一度もなかった。いつもいつも嘘ばかり。だけど俺はそんなリコに会いに行っていた。
抱きしめる少女の体がずるりとずり下がる。そのままずり下げ、横向けにする。
「…………」
人間だったこの少女を吸血鬼にしてしまったのは俺だ。
リコと一緒に生きたかったと願った俺の感情が、人間だったこの少女の生き方を狂わせた。
だけどたかが人間の子供ではないか。
俺とは何の関わりもない、小さな幼いただの人間だろう?
そんな思いはどうしても持てなかったから、俺はずっとこんな中途半端なことをしている。あの日からずっと。
『僕達吸血鬼が人の血を求めるのはどうしてなのか、君達は知ってる?』
今ならオルロックのそんな言葉の意味が、少しだけ理解できた。
「…本当は、お前をちゃんとした『吸血鬼』とするべきなんだろうな」
小さな息で静かに眠っている少女。
少女は吸血鬼だが俺達の仲間ではない。俺達の仲間にするには、一度血を与えるだけでは駄目なのだ。だが、一度血を与えてしまえばその人間は『人間』では無くなる。
だから少女は人間では無くなった。だけど本当の意味で『吸血鬼』ではない。
俺達と同じではない。
「悪いのは俺だ」
全て俺の責任。
リコが死んだのも。
少女が泣くのも。
俺が今、少女を『吸血鬼』にしないのも。
「お前の…罪だ」
狂いきった俺の罪。俺の罰。俺の過ち。俺の間違い。
『俺』の存在の結果。
俺がいなければ、リコと、そしてこの小さな少女の人生は狂わなかった。
「お前のせいだ…」
俺が生きている意味なんてなかった。
俺の存在に初めから意味なんてなかった。
『無駄』
俺という存在は必要なかった。
『無駄』
俺という感情も必要なかった。
『無駄』
ただ薄ぼんやりと生きて来た俺が。意味などなかった俺が。
『無駄』だった俺が存在と感情を持ったがために。
欲したために
願ったために
『自分』を持ったがために
リコを殺した。
す、っと少女の手が動いた。
「…泣いてるの…?」
少女の指先が俺の頬をなぞる。自分でも気がつかなかったが涙でも出ていたらしい。俺も泣くんだな、泣けたんだな、と思った。だけど、少女の指先に水はついていない。
「泣かないで…」
うりゅ、と少女の目からまた涙が出て来ていた。
何故また泣くんだろうか。さっき十分泣いたのに。起きた少女の目からは涙が流れる。人間は誰かが悲しんでいるのを見ると自分も悲しくなるものらしい。それが、さっき酷く苦しめた相手だとしてもそうなんだなというのは初めて知ったが。
少女はすぐ眠った。もしかしたら寝ぼけてたか、と感じるほどすぐに。
俺は少女の頬の涙の痕を拭ってやる。
その頬に、上から降った水が落ちた。
少女はこの日を境に泣かなくなった。
『吸血鬼の苦手なものって、何か知ってます?』
中学生になった少女。
少し大人びた少女。
一年ほどでここまで変わるものだろうか。リコの時もそう思ったことがあった。人間とは一年そこそこで変わるものだ。
だけど、少女が変わったのは俺のせいでもある。
少女を変えてしまったのは俺。
少女は絶対に女の血は吸わなかった。狙うのはいつも男。子供の血も吸わない。絶対に。
少女が襲うのはいつも男だった。
それについて俺は何も言わなかった。
少女は吸血鬼ではない。吸血鬼ではないからこそ、このまま俺はこの少女の傍にいるべきではない。俺は吸血鬼だ。少女は吸血鬼ではない。少女が一人で生きていけるようになった今、俺はここにいるべきではない。俺の存在は少女にとって良いものにはならないだろう。
俺がずっと傍に居れば、少女の生き方は狂い続ける。
『吸血鬼』である俺は少女には必要ない。
俺は少女の前から姿を消した。
だけどずっと近くにいた。
ずっと少女を遠くから見守る。今度は離れない。
見守り続ける。
絶対に守る。
そばにいる。ずっと。
俺は守らなければいけないから。
守り続けなければいけないから。
『どうしてあんなことまでしたんだ?吸血鬼の存在がバレる恐れがあるあんな危険なことをわざわざしなくても、やり用なら他にあっただろう』
『あの子を観察したかったのです』
『試したのか』
『色々都合というものがあるのですよ、こちらにも。気にいりませんか』
『アレに近付いたらただじゃおかない』
『同じ仲間である俺でも、ですか』
『危害を加えようとするならな』
『まさにオルロックのよう、ですよ』
『…………』
『大丈夫ですよ。俺もこのまま繋がれた生きる屍のままなのも嫌気が差して来ていた所ですから。そろそろ動こうかと思いますし』
『…何をするつもりだ』
『改革、というんですかね。まぁ、ご助力を仰ぐ事はあるかと思いますが。その時はよろしくお願いします。こっちでのあの子の件は、俺に任せて下さい』
改革、か。
今更吸血鬼達の世界で何が起きた所で俺には関係ない。助力などする気もない。
「関わる気はない」
だからそう言った。
「冷たい言い種ですね」
そいつは苦笑した。
「あの子は何も知らないようですね」
「知る必要などない」
吸血鬼のことも。
吸血鬼の世界のことも。
人間じゃない者達のことを、少女は知る必要などないのだから。
「何も伝えずに済ます気ですか」
このまま。
ずっと。
永遠に。
「だけど、貴方があの子をこちらの世界に巻き込みたくないと思っている気持ちも分かります。ですがあの子はもう人間じゃないんですよ」
「…………」
「無知をあの子は望んでいますか?」
何も知らず何も分からないまま。そんな状態をあの子は望むでしょうか。
諭すでもなく、嘲るでもなく、答えを聞くでもない、そんな喋り方でソイツは言葉を口にした。
「近すぎて見えませんか」
近すぎて。
少女がこちらの世界に関わることは必要ないと思っていた。知らなければ傷付かない。知らなければそのままの状態で生きていける。
少女は吸血鬼ではないのだから。
だけどそれは俺の欺瞞なのだろうか。俺の自己満足だったのだろうか。俺の保身か。
少女の意思に反することか。
それとも。
雨の中、少女が傘も差さずに歩いている。
少女はもう人間じゃない。
そんなのは分かっていたことだ。
「…風邪を引くぞ」
もう元には、戻らない。
これが現実だ。
――――――――――
ガシャーンッ!と物が割れる音がして俺は眉間に皺を寄せる。
「…またか」
もう何度目だろうか。
数えるのもバカらしいが、何度目なのかは分かっていた。
俺は今している仕事の手を休めることなく、今の音の正体と音を発生させた原因であるだろうある人物に思いをはせる。
あれから二年。
改革をすると言っていた同じ直系であるアイツの「改革」とやらは順調に進んでいるらしい。
俺と、そして『吸血鬼』にしない少女は危害を加えられることもなく、こうして無事に日々を過ごせているのだから。
『人』でもなく『本物の吸血鬼』でもない、
そんな少女。
それは吸血鬼達にとってとても危険な存在であることに変わりはない。
吸血鬼にとって、吸血鬼じゃない『吸血鬼』の存在はあってはならない。
それが分かっていてなお、古い時代から生きているあの吸血鬼達が何かを仕掛けてこないのは、アイツの改革の成せる業、か。
『お店を開いて欲しいんです』
だから俺はソイツの言葉を素直に聞き、この店を開くことにした。
少女もここで働くことになっている。
「……戻ってこないな」
なかなかこっちに来ない、グラスを割ったのだろう少女がいる店側に俺は足を向けてみる。そこには屈みこんでいる成長した少女の後ろ姿があった。
あの頃のリコと対して変わらない。
二十歳になった少女の姿。
「………」
じっと無言でその少女の背中を見ていると、その視線に気付いたのか少女が振り向く。
「きゅ、吸血鬼さん…」
マズイ所を見られた、そんな顔で少女は俺を見る。
「また割ったのか」
屈みこむ少女の足元にはガラスの破片が散らばっている。それは無残な姿のグラスコップの破片。
「何個目だ」
「…じゅ、じゅーに?」
へらっ、と笑う少女に「十三だ」と訂正してやってから俺は元の場所に戻る。開店初日前に少女の手によってグラスが全て割られないか心配だった。
その後数分してから、塵取りにグラスの破片を入れて少女がやってくる。
「…すみませんでした」
「怪我はないか」
少女はこくりと頷く。
「ぼんやりしているからだ」
「………う…」
棄ててこい、と少女を促す。少女は気落ちしながらもその場を離れ、割れたグラスを処分しに行った。
「………」
少女はたまに何かを考えているかのように、こうやってぼんやりしている時がある。
何を考えているのか。
知っていても、それは俺が口出しすべきことではないのだろう。
「吸血鬼さん、グラス代は…」
しばらくして戻って来た少女が聞きづらそうにそう聞いて来る。
「今後の給料から天引きだ」
「ですよね」
少女は肩を落とした。
泣かなくなった少女。
あの雨の日に、泣いていたかもしれない少女。
そんな少女に俺は話し、願う少女に俺は伝えた。
『嘘』ではなく『真実』を。
隠すことない現実の世界を。
そうして俺は少女を見守り続ける。
ずっとずっと見守り続けていた。
だけど、見守り続けるだけの俺に少女の知り合いは容赦なく確信をついて責め立てる。
『ナオトさんはそれでいいんですか?俺は嫌ですよ。だって今の進藤ちゃん、全然幸せそうなんかじゃないじゃないですか』
そうやって、少女の周りの者達が色々煩く少女のために口を挟んでくることを知るのはもう少しだけ先のこと。
そして。
『ちょ、何で押すんですかっ』
少女が望むものが、
少女の願うものが、
少女の祈るものが、
少女の大切なものが、
少女の前に現れる。
泣かなくなった少女を変えるものが、
少女の前にやってくる。
それももう少しだけ先のことだ。




