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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
最終章 ツナグミライ
51/109

進藤つなぐ

フリーズした。


眼鏡を取られた所までは覚えているのだが、その後起きた事がよく分からなくて。


いや、理解はしている。

ばっちりしている。

しているのだが、何と言うか頭がついていかないといいますか。体がついていかないといいますか。思考回路が追い付いていないと言いますか。事態の把握に時間がかかると言いますか。



とりあえず、

フリーズした。


瞬きすらも忘れて、息をするのですらも忘れていたのかもしれない。そもそも、考える事も何もかも出来なかったのだから、してたのかしてなかったのかですら判断出来ない。


固まった。

銅像の如く。


動けなかった。

ぴくりとも。



「好きだよ」


そう言った鎹の言葉で、初めてフリーズから解放されたんだと思う。それでも、やっぱり目を見開いて鎹を見る、ぐらいしか出来なかったのだが。



「四年越しの告白。やっと言えたよ」


鎹は満足そうに一人笑っていた。そして肩の荷でも下りたのか、椅子に座り背もたれに凭れ。そうして、居住まいを正してからこう切り出した。


「それでさ、進藤。実は俺も謝らなくちゃいけないことがあるんだ」


未だ何も言えない私は固まった状態のまま鎹を見る。祈る様に手を組み、じっと机を見る鎹。さっきのことは忘れたかのように別の話を切り出す鎹に、私の頭はなかなかついて行っていなかった。


「瀬川にばらした」


その言葉を聞くまでは。




「……ばらしたって、何を?」

「問い詰められて、つい。な?ごめんな」

「ばらしたって何を?」


いやいや、そんな馬鹿な。

と思いつつ鎹に問い詰める。



結果、そんな馬鹿なことだった。





「進藤が吸血鬼だってばらした」


ひゅっ、ガンッ!

と私が掴んだ、鎹の頭を殴ろうとしたコップがテーブルに当たり物凄い音を立てる。ガラスコップじゃなかったので割れることは無かったが。


「…何で避けるの?」

「よ、避けなかったら死んでるから」


間一髪でコップをかわした鎹は、自信の胸辺りを手で押さえている。どきどきと煩い心臓を抑えようとしているかのように。


「あ、謝っただろっ」

「謝ってすむ問題じゃないでしょ!」


何考えてんの!

しかもよりにもよって瀬川にばらすだなんて。


「大丈夫だって。瀬川が言いふらすわけないし」

「そんなこと心配してるんじゃないっ!」


馬鹿じゃないのか?そんな心配、少しも微塵も考えてない。瀬川が私達以外の他の他人にいいふらすだなんて、そんな事絶対にありえないから。


「…………」


いや、瀬川ならやりかねないのか…?


いやいや、ないない。と首を振っていたら、鎹が「怒ってたぞ」とその時の瀬川の様子を教えてくれた。


「信用されてない、って怒ってた」

「………」

「だから、電話しといた」


電話?


「進藤、ここにいるからって。さっき」

「ちょっ、ちょっと、ちょ、待って!電話?電話したって?!」


電話って何?!

鎹が頷く。


「すぐ来るって言ってた」

「そんなバカなっ!」


瀬川までもがここに来るって!

ありえない!

何なんだこの展開は!

全く状況についていけてない私に、鎹はまだ何か言うつもりなのか私を呼ぶ。


「でな、進藤」

「今度は何っ!?」


これ以上何をしたの。私に何をしろってのよ。もう十分だよ。これ以上はもう何もいらないって。既にお腹ぱんぱんだから。はち切れそうだからっ。もういらない。もう許容範囲越えてるって。



鎹が口を開く。


「さっきの告白の返事を聞かせて欲しいんだが」


まさかそんな事言われるとは思っていなかっただけに、私は絶句した。


「瀬川達が来る前に、返事をもらいたいんだが」

「へ、へ、へへんじって何!?」


動揺した私の返事。ソレに「何、ってお前」と呆れる鎹。


「もいっかいキスしてもいいんだぞ」


そう言って立ち上がる鎹。ぎょ、っとしてカウンターテーブルから離れる私。そんな私をじっと見て、鎹は「嫌いなら嫌いって言ってくれても構わないんだけど」と眉根を寄せた。


「別に…嫌いなわけじゃ…」


ないんだよ。






高校に行かなくなった。だけど、どういった訳か、卒業は出来た。卒業式などには出なかったし、自分がまさかちゃんと卒業していることになっているとは思っても見なかった。それを知ったのは二年ほど前に親から聞いて、だったから。


あれから四年。

私も随分色々あって。

だけど、そんなに色々あったわけでもなくて。


ただ、ずっと心の奥底に鎹の存在はあったんだと思う。


吸血鬼だから。


そう何度も自分に言っていた。


違うから。


そう何度も自分は言っていた。


なのに、やっぱり考えるのは鎹のこと。忘れないのは鎹のこと。この四年、ずっとずっとそれが頭から離れない。


結局私はあの時。ただ逃げただけで、何の解決も答えも出さなかった。

そして今、何の策略か。こうやって四年越しに鎹に会っている。話している。

四年ぶりの鎹は顔つきや髪型、背も伸びたのだろうか、それらは変わっていても、あの頃と同じ懐かしい匂いがした。


血の匂い、とかではなく。

鎹の匂い。


懐かしい。

そして安心する匂い。



今でも私の中には鎹への想いが消えずに残ってる。周りがどやどやと突っつくものだから消そうにも消せなかった。


違う。


それは言い訳だ。


周りから何も言われなかったとしたって、私はきっと忘れられなかっただろう。

鎹のことだけは。

絶対に。


だけど。


『嫌いじゃない』



そう言うのがやっとだった。

四年経って、それが精一杯。

四年も過ごして、結局それ。


私は何一つ変われていないのかもしれない。


あの頃のまま。

弱いままだ。



ずっとそう。昔からそう。


私は差し出された手を掴むしかしなかった。いつも差し出してくれる、鎹の手を掴むことしかしなかった。


今も。


勇気がない。

あの時、寝ている鎹に言えた言葉の一つも、鎹に伝えることが出来ない。

言おうとしても言えない。



『私も好きだよ』


そんな短い言葉が、私の口から出せずにいる。昔のままの弱い自分しか、私の中にはいないのだ。




嫌いなんて無い。

好きだよ。


今も変わらず。

君を想ってる。





「…まぁ、四年も待ったんだから、今更待たされるのは構わないんだけど」


鎹が言う。


「進藤、覚えてるか?前に未来の話したの」

「…未来?」


そんな話しただろうか、と少し考えてから私は思い出すことが出来た。


『吸血鬼である私は、未来に何を見るべきなんだろうか』



あの時。私は自分が未来に何をしているんだろう、と考えていたんだ。吸血鬼である私の未来。それはどうなっているのか。人間じゃない私の未来。私のこの先。

その未来が今なのだろうか。

その未来が今なのだろう。


「あの時言ったよな?俺に迷惑かけないようにするって」

「…そうだね」


あの時の私には、分からない未来なんかよりもソレが大事だった。鎹に迷惑をかけないようにする。自分のことは自分で。鎹に迷惑だけはかけたくないと、そう思ってた。


「…だったら、俺に迷惑かけるのはやめてくれ」



鎹が言う。


「何も言わずに俺の前から消えるのだけはやめてくれ」


そうやって真っ直ぐに私を見る鎹。

そう言って私をじっと見る鎹。




俺の前から、いなくならないでくれ。





そんな鎹の言葉に私は何も言えなかった。

苦しくて。

辛くて。

苦しくて。

息がしづらくて。

何も言えなくて。


苦しくて。



涙が出そうになった。


それがどうしてなのか、よく分かるようでいて分からない。

分からないけど分かるから、私はやっぱり何も言えないの。





私の口から言葉は出ない。




涙が出そうな顔を手で覆う。


「進藤?」


鎹の声だけが優しく私の耳に響く。「何?」とも言えなくて黙る。そうしたら、顔を覆っていた手に何かが触れた。私は顔を上げた。

そこにいたのは、へらっと笑う鎹だった。


「つなぐ、って呼んでもいい?」


唐突に鎹はそんなことを言った。


「進藤、下の名前『つなぐ』だろ?だから、つなぐって呼んでいい?」

「……何で?」


呼びたいから。

鎹は簡潔にそれだけ言った。


「言い名前だよなー、って今更ながらに思ったんだ。つなぐ、『繋ぐ』だろ?ほら、進藤の名前がつなぐだから、こうやって俺達も繋がれたんじゃないかな、って」

「………」


いや、絶対に関係ないと思うんだけど。

私は冷静にそう思った。

微妙に涙が引っ込む。


楽しそうに笑う鎹を見る。


「四年越しに繋がれたんだぜ?これはもう名前に与えられた運命だと、そう思わないか?」

「……鎹君、運命とかって言う人だったっけ」

「初めて言った」



鎹が真面目な顔で「今思いついた」と言った。


「…今思いついたの?」

「ああ。つい今しがた。運命、とか言ったらいい感じかなって」


いい感じって何だ。

いい感じって。


「いい感じだろ?」


鎹が笑いながらそう尋ねる。

何がいい感じなのか。



分からないけど、とりあえず笑った。










運命も、名前での繋がりも。

私はそんなの信じてなんていないけれど。


鎹がまたあの頃のように私の前に現れるから。

突然に現れてあの頃みたいに笑うから。

あの頃みたいに手を差し伸ばすから。

あの頃みたいに私を見てくれるから。


だから私もきっとまた、あの頃みたいに流されるんだ。鎹が作る流れに私の体も心も流されていく。



それはきっと

とても心地いい流れなんだろう。




そしてきっと。

とても疲れてしまう流れになるんだろう。





結局私は流される。

勇気がない私は最後にその流れに負けてしまう。

流れて行ってもいいんだと、そう思ってしまう。



過去も

今も


これからの未来も。


この先も。




私は鎹に流され続ける。





だけどね、鎹君。

君、ちゃんと分かってる?









「…鎹君。私が何者か知ってる?」

「吸血鬼だろ?」

「そう。ヴァンパイア」



ああ。

ばんぱいあ、な。


と、鎹は笑ってそう言った。







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