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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第一章 吸血鬼
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昔々の吸血鬼の話


喉が渇く。


クラスメイトである新谷の血を飲んだのはちょうど今から三週間ほど前。

そして、今から一週間と少し前には同じくクラスメイトである鎹双弥の血を口にした。だが、鎹の血は口にしたと言っても少量にも満たない程度の血を舐めただけで、量としては全く摂取していないと言える。


喉が渇く。


吸血鬼となった私の体は、定期的に人間の血を体内に入れないといけないようになっていて、その時摂取した血の量にもよるのだが、大体二週間に一回程度の割合で人間の血を飲むようにしている。


喉が渇く。


最後に人間の血を口にしたのが一週間と少し前。

だがそれは少量にも満たない程度。


だからもう限界だった。


少し前から喉の渇きは既に起こっていたのだが、私は人間の血を飲むことを躊躇っていた。人の血を口にすることを恐れていたのだろう。

それは鎹の血を甘く感じたあの時から。




喉が渇く。


限界だった。










家庭科の授業。

調理実習で、同じ班だった伊澄さんが包丁で指を切ってしまった。

血が流れる。血の匂いがする。赤い血が視界に入る。赤い血の鉄臭い臭いが私の鼻に否応なしに入ってくる。


喉が渇きを訴えてくる。

ぐるぐると頭が回る。


私は調理実習を途中退場した。ちょうど六限目だったという事もあり、私はそのまま学校を早退した。

限界だった。

人間の血を口にしないと、この気持ち悪さも喉の渇きも消えてはくれない。


私は家に帰ることはせず街中へと向かう。

向かったはずなのに、私が暫く歩いていた場所は人通りの少ない裏道。

人を襲って血を吸うのだから人通りの少ない所を選ぶのは当たり前。真昼間なら尚更。

だけど本当に血を吸うのを目的でここに来たのか。

人を襲うのを目的としてここにいるのか。


なんだか笑えてきた。

そんな事考えている時点で、それを目的としていない事は明らかではないか。


人の通りが少ない道に、ポツンと置いてあるベンチ。言うまでもなく誰も座ってはいない。

私はそこに座りこんだ。


喉が渇く。

気分が悪い。

この状態のまま人の血を口にしなければ私はどうなってしまうのだろうか。

人を襲う獣になるのだろうか。血を求め暴れ狂う獣。

それともこのまま死んでいくのだろうか。そっちの方が私的には有難い。誰にも迷惑をかけないのだから。私が吸血鬼だと誰かにバレる心配もない。


今までどうしてそうしなかったのだろう。

今はどうしてそうしようとしているのだろう。


頭も回らない。

考える事を放棄した。

何も考えたくない。


私は目を閉じた。





「限界に近そうだな」


その言葉に私はゆっくりと目を開けた。

そこにいたのは、あの時となんら変わらぬ





私を吸血鬼にした男、


吸血鬼が目の前に立っていた。











差し出されたのはペットボトル。

ボトルケースに入っていたため、中身が何かは解らなかったがだいたい想像はつく。

傾けるとどろりとした液体がペットボトルの中で動く気配。


血だ。



「………」

「飲まないのか?」


きっと人間の血だろう。

私が避けた、人間の血。


「…美味しいですか?」


吸血鬼にそう聞いてみる。


「その血は普通だな」


普通らしい。


ペットボトルを手にしたまま口にしない私に、吸血鬼は特に何も言わなかった。隣に座ることもせず、ただそこに立っている。

無言の沈黙が続く中、先に口を開いたのは私だった。


「お久しぶりですね」


とりあえず挨拶。


「そうだな」

「今までどこに行ってたんですか?」

「………」

「何か用事があってここに戻ってきたんですか?」

「まぁそんな所だ」

「何の用事で?」

「………」

「吸血鬼さん、姿はあの頃と変わらないですね」

「吸血鬼は姿の変化を止められるからな」


吸血鬼は言えない言いたくない事は必ず無言で通す。そういう人だ。そして感情もあまり表には出さない。そういう人だ。

外見だけならず中身も変わっていない吸血鬼に、私は少し可笑しくなる。


「まだ人間社会に溶け込めてるとは思わなかった」


私は声を出して笑う。


「あはは、吸血鬼さんがそう出来るようにしてくれたんじゃないですか」


私を吸血鬼にしたのがこの吸血鬼なら、吸血鬼となった私を人として社会に溶け込めるように色々してくれたのもこの吸血鬼なのだ。

だからよく分からない。

この吸血鬼が何がしたいのか。


ひとしきり笑った後、私はあの頃聞けなかった事を吸血鬼に聞いてみた。


「吸血鬼さんはどうして私を吸血鬼にしたんですか?」


私を吸血鬼にして、ただ放置したりだとか無理矢理連れて行こうとしたりだとか、一緒に人を襲わせて楽しんだりだとか。そういった事は一切しなかった。なら何のために私を吸血鬼としたのか。


「……気まぐれだ」


そう言う吸血鬼。

気まぐれで私は吸血鬼にされたのか。


吸血鬼を見る。吸血鬼は私を見ておらずどこを見ているのか、顔を横に向けていた。吸血鬼の横顔を私は見る。


気まぐれ。


本当に気まぐれ?

ただの気まぐれなら私を吸血鬼にした後そのまま放置しておけば良かったのに。だけど、吸血鬼はそうしなかった。

それは、やっぱりただの気まぐれでは無かったからではないのか。

気まぐれなんかで小学五年生だった当時の私を吸血鬼にするだなんて、そんな吸血鬼にはとてもじゃないが見えない。


何か理由があるはずなのにそれを口にはしない。

ならいつものように無言を通せばよかったのにそれもしなかった。


やっぱり何を考えているのか分からない。


私が吸血鬼の事をそんな風に思っていると、吸血鬼が思い出したかのように「飲まないのか」と私をまっすぐに見てそう言う。


「………」

「今までは飲んで来たんだろう?」


そう。だから今私はこうしてここにいる。

人の血を飲んで来たからこそ、私はこうして社会の数多くいる人間の一人としてここまで来れたのだ。


「……人の血は美味しいですか?」


血を甘く感じた瞬間、自分が今までと違う者になった気がした。吸血鬼だと分かっているのに。もうずっと昔から、自分は吸血鬼だと理解していたのに。


「美味しいのと美味しくないのがいる。当たり前だろう。人間の血が全て同じなら人間はここまで多種多様にはなっていない」


分かるような分からないような。


「美味しかったり不味かったりするのは普通だ」

「……普通ですか」

「お前もそうじゃないのか?」


私が美味しい、甘いと感じたのは今まで飲んで来た血の中で鎹の血だけ。その他はただの鉄臭い血の味しかしてこなかった。


「鉄臭い味しかしませんでしたよ。今まで飲んで来た人達皆」

「人選が悪かったんだろう」

「人選って……」


まぁより好みして選んでるということは無かったが。


「だが、女の血なら多少なりとも旨く感じるものなのだがな」

「……私、女の人の血は飲んだ事ありませんから」


女の人はあえて避けていた。

女の人を襲うならば男の方を襲う方がまだマシだ。女の人に傷を負わせて血を無断で貰うのはどうしても出来なかった。それは私が同じ女であるから。吸血鬼に血を吸われるだなんて嫌だろう。たとえ覚えていなかったとしても。


「それなら不味い味しかしないのも無理はない。男の血で旨いと感じるのは俺でも数えるほどしかいないからな」

「……そうなんですか」

「そのペットボトルの血は女の血だから、男の血しか飲んでこなかったお前なら美味しく感じると思うぞ」


私は手の中にあるペットボトルを見る。

傾けるとどろりとした液体が入っているのが分かる。



「………」




蓋を開けて口をつけてみる。




ペットボトルの中の血は甘かった。

鎹の血以外で、初めて甘いと感じた。








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