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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
最終章 ツナグミライ
46/109

好き

「進藤さん、大丈夫?」


大丈夫。

私は瀬川に微笑む。大丈夫だけど、緊張でもしているかのように体が思うように動かない。動きが鈍くなる。頭が鈍い。それは、この日のクラスの雰囲気が物々しかったから。

朝からクラスでは、あるニュースが話題となり、ざわざわと騒々しく騒がれていた。それは最近巷で起こっているある事件のこと。


女性が何者かに襲われる。

しかも襲われた女性は貧血状態にあり、そして、必ず首元には二つの傷痕が残されている。



まるで、吸血鬼にでも襲われたかの如く。



「吸血鬼を真似る模倣犯、とか?」


クラスメイトの声。

それも確かに考えられる。


「異常者ね。そんな事するなんて」


異常者。

それだったらどんなにいいだろう。


「でも本当に怖い。だって、つい最近の被害者ってすぐそこで襲われたんでしょう?」

「大丈夫だろ。警察官が何人もパトロールしてるって聞くし。犯人もそんな場所で犯行には及ばないだろ」

「だけど、暗くなってからの外出は控えるように、か。ほんと、全くいい迷惑だな。早く捕まえて欲しいぜ」

「……でもさ、どうする?本当に吸血鬼だったら?」


本当に吸血鬼だったら。


「いるわけないじゃない。そんな化け物」


化け物。


「…進藤さん、本当に大丈夫?」

「……うん」


化け物。

化け物。

化け物。


吸血鬼は化け物。





異常者なのかもしれない。ただ、吸血鬼みたいにどうにかして女の人の血を抜いて、首に傷痕をつけているだけの、ただの異常者。


だけど、私はそうは思えない。

これは予感だろうか。


私が吸血鬼だから分かる、何かの感覚なのだろうか。

吸血鬼だから。


同じ化け物だから。


だから分かることなのだろうか。




これは、『吸血鬼』の仕業なんだと。






小日向がおずおずと、「…進藤さん」と言いづらそうに私に声をかけてきた。

小日向は私が吸血鬼だと知っている。だから聞きたいのだろう。吸血鬼である私の言葉を。噂されている事件の真相を。

本当に、これは吸血鬼の仕業ではないのか、と。




「…小日向君、ちょっといい?」


私は小日向だけを呼び、その場を離れる。それを瀬川は「私も行く」と言ったが、「内緒な話だから」と笑って瀬川をその場に残し、私は小日向を連れだって教室を後にした。















「…吸血鬼、のやったことなんですか」


人気のない場所で私達は立ち止る。最初に口を開いたのは小日向だった。


「…私じゃないよ」

「分かってますよ。進藤さん、女の人は襲わないんでしたもんね」


私は苦笑する。


「多分、そうなんだと思う。私も分からない」


吸血鬼の仕業か否か。

今はまだなんとも言えない。だけど、この感覚は何だろうか。この空気は何故なんだろうか。何かを感じて仕方がない。


予感はする。

予感がする。

おおっぴらに人を襲う吸血鬼が、今ここにはいる。



「小日向君、私学校サボる」

「…えっ、何でですか」


小日向が不安そうに私を見る。

私はそんな小日向に微笑してやる。そんな顔する必要なんてない、と。


「真相を、確かめに。もし、本当に吸血鬼の仕業なのだとしたら、私がこんな所でのんびり授業なんて聞いてるわけにはいかないでしょ?それに、吸血鬼の仕業なのか否か、分かりそうな人は知ってるから」

「…分かりそうな人、ですか」


私はこくりと頷く。


「だから、小日向君にお願いが…」


そこまで言って、私は遠くの方から来る人物の姿を見つけて口を紡ぐ。お願いの人物が向こうからこっちにやって来たからだ。


「鎹君」

「教室行ったらいなかったから」


鎹の顔もどこか不安げだ。事件の事を知ったのだろう。その犯人が何と言われているかも。


その時チャイムが鳴った。

一時間目が始まる。


「あ、じゃあ僕教室に戻りますね」


慌てたようにそう言って走っていく小日向の背中を見ながら、私は鎹に聞く。


「鎹君は教室戻らないの?」

「進藤は戻らないのか?」


質問に質問で返すのはずるくないか。そう思いつつ、私は鎹に返答する。


「私はサボるから」

「…サボる?」


私はこれから確かめに行くのだ。これが本当に吸血鬼の仕業なのか、それともただの異常者の仕業なのか。もし、これが本当に吸血鬼がやっていることなのだとしたら、私は知らなくてはいけない。どこのどの吸血鬼がこんな事をするのか。

それが当然だと思った。義務のようなもの。


多分、知るべきなんだ。

そんな予感だけが、今私の中にあった。


「俺も行く」


鎹が言う。


「駄目」

「行く」

「駄目。…分かるでしょ?」


これは鎹が突っ込んでいい話じゃない。これは、吸血鬼である私が、私だけが動くべきことで、人間である鎹は関わるべきことではない。


「助けるって、約束しただろ?」


放ってはおけない。

そう言ってくれたね。


「…そうだね。でも、分かるでしょ?これは鎹君がどうこう出来る問題じゃない。鎹君が来ても、どうなるものでもない。だって、これは私の問題じゃなく吸血鬼としての『存在』の問題だから」


それ以上に巻き込みたくない。


私以外の吸血鬼。その吸血鬼が、もしかしたら人間を襲っている。事件として取りざたされるやり方で。

それはきっと危険な存在。

人間にとって、とても危険な存在。

人間に害を成す、なんて所じゃない。


だって、下手したら襲われた女性達は





死んでいたかもしれないのだから。









「…分かった。だけど」


鎹の視線が私の視線と合う。じっと見る。そこに強い意志みたいなものを感じた。


「俺の話も、聞いてくれるよな…?」

「…………」



『私は、鎹君を好きにはなれない』


それが分かっているから。

私は目を伏せる。


最初から分かっていたこと。最初から気付いていたこと。最初から思っていたこと。最初から考えていたこと。


最初から。

最初から。



吸血鬼になった、あの日から。






「帰ってきたら聞くわ」



『私は、鎹君を好きにはなれない』



それが事実で、それが現実。



変えられない、想い。













――――――――――――――――――


進藤が俺を避けているのは分かってる。

何故避けるのか。それはなんとなくだが俺はこう感じていた。




進藤は俺の気持ちを知っている。


進藤が気がつかない訳がない。だって、俺はあの時進藤を抱きしめたのだから。

あの時は俺もどうかしていたんだと思う。ただ、どうしようもなかった。余裕がなかった。


触れていたかった。

そばにいたかった。

近くに感じていたかった。

この腕で掴んでいたかった。


俺が。俺を。



ただ、それだけだった。



カメラマンの名々賀が学校に来ていた時、名々賀は俺に言った。

きっとあの時から、俺は何かおかしいと感じ始めたのだ。









「鎹はさ、進藤ちゃんのことどう思ってるの?」


どう?

そんなの決まってる。

友達だ。

だけど、それがあんたに関係あるか?


「そんなこと聞いてどうするんですか?」

「えー、答えてくれないの?俺はね、好きだよ」


聞いてもいないのに害ない笑顔で名々賀は俺にそう言った。

それが腹立たしくて、俺は「そうですか」と笑顔で返事してやる。この人の、どこか余裕綽々みたいな態度が気に食わない。


「鎹はさ、進藤ちゃんのことどう思ってるの?」


また同じ質問を問う名々賀。

名々賀は知っているのだろう。俺と進藤が本当に付き合っているわけではないことを。それとも、知らなくて引っかき回したくてこんな事をしているのか。


進藤に付きまとい、

俺にこんな質問をする。

ハッキリ言って、気に入らない。



「何とも思ってないなら貰っていい?」


仏頂面で黙りこんでいた俺は、名々賀のその言葉に顔を上げる。名々賀は変わらず楽しそうな表情だ。


「進藤はものじゃないですよ」


あげるあげないの問題じゃない。


「そう?」

「そうでしょ。何考えてるんですか」

「進藤ちゃんのことだけど?」


合っているが合ってない。俺が言っているのはその『考えていること』ではないのだが。この人と話すのはどこか疲れる。


「じゃあさ、進藤ちゃんが俺のこと好きになったら…いいんだよね?」

「好きになったらって…、何がいいんですか」


はあ、とため息をつく。

進藤はものじゃないとさっき言ったばかりではないか。


「俺のものにして、いいんだよね」

「………」


その言葉にオス感を感じて、俺は名々賀を見る。

今まで掴みどころが無く、何を考えているのか分からなかった名々賀に、初めて男を感じた瞬間だった。


「俺のこと好きになったら…、俺のもの、だよね」

「…そう、なんじゃないですか」


進藤がもし、名々賀を好きになったら。

そうなったら名々賀が言うようにそうなるのだろう。


進藤がそうなったら、の話だが。


「鎹は、甘いよね」


くすくす笑う名々賀。何がおかしい。


「進藤ちゃんが、俺のことなんて好きにはならないって思ってるでしょ?」

「…そんなことないですよ」


図星だ。

あの進藤が名々賀を好きになるはずがない。名々賀に落ちる筈がない。そんな事、進藤を見て来た俺なら分かる。こういう男、進藤は一番嫌いそうだ。


「なあ鎹。お前、写真見てないだろ?」

「写真?」


何の写真か分からなかった。何の話か分からない。

そんな俺を見て、名々賀が「やっぱりな」と小さく笑う。


「お前が思ってるほど俺は甘くないよ。進藤ちゃんも、お前が思ってるほどお前の事を想っていないのかもしれないな」


どういう意味か分からなかった。

だけど、その言葉が酷く俺を掻き毟る。


「じゃあな」と立ち去ろうとする名々賀の腕を掴み、「写真って何の話だ」と問い詰める。


「気になるのか?」

「………」

「ふっ、気になるなら気になるって言えばいいのにな。難しいお年頃だねぇ」


余裕たっぷりの名々賀の態度に、やはり苛々した。俺だけが焦っているみたいで、俺だけが子供みたいで苛々する。顔を歪めてただ睨みつける俺に、名々賀が口を開く。


俺の襟元をぐいっ、と引っ張り顔を近づけ耳元で小さく囁く。



「進藤ちゃんが、吸血鬼だって分かる写真だよ」


それだけ言って、そっと俺から離れる名々賀。その名々賀を、俺は目を見開き見つめる。


これはひっかけているのか。

それとも、本当のことなのか。

進藤が吸血鬼だと、この男は知っているのか?



「ま、写真は全部進藤ちゃんに渡しちゃったから手元にはないんだけどさ」

「…………」


嘘か

本当か。



「進藤ちゃん。この話、してないんでしょ?君に」


進藤からは何も聞いていない。

だから嘘か本当か分からなかった。


「進藤ちゃんは話さなかったんだろ?俺とのこと。何があったのか。何をしてたか。…ただの知り合いだっていってたもんな、あの時」


あの時。

俺が名々賀と初めて会った時。確かにあの時、進藤はただの知り合いだと言った。ただの知り合いにしては妙な感じはしていたし、進藤が言うように『ただの』知り合いには見えなかったが。


俺は知らない。

名々賀と進藤にあった何かを。


なあ、鎹。と名々賀が諭すように俺の名前を言う。


「…まだ、進藤ちゃんが俺のこと好きにはならないって思うのか?」


知らないのに?

と言ってるみたいで、俺は何も言えなかった。


「吸血鬼だって知ってるのは、お前だけじゃないってことだ」


「お前だけが特別じゃない」


「お前だけが進藤ちゃんを知っているわけじゃない」


「お前の知っている進藤ちゃんの、それが全てじゃない」


なあ鎹、と名々賀が言う。


「お前より、俺の方が適任だと思わないか?」


何が適任なのか。


「俺の方が進藤ちゃんを理解している。吸血鬼のことも、進藤ちゃんの考えも。俺には分かる。それに…、お前は進藤ちゃんの彼氏じゃないだろ?」


その通りだ。

俺は進藤の本当の彼氏ではない。


友達で。

友達で。


友達、で?


だから。




「あともう一つ」


名々賀が言う。ひっそりと内緒の話だとでも言うように。




「俺の血さ、甘いみたいだよ」








『鎹君の血は甘いの』

そう言ったのは進藤。俺の血が甘いから、進藤は俺の血を吸っていた。それが、名々賀の血も甘いと言う。名々賀の血も吸ったと言う事だ。


『お前だけが特別じゃない』





本当に?


友達だからなのか?


大事な友達だからなのか?


本当に…?





ああ、

違うな。と思ったのは抱きしめたあの時。


進藤が名々賀を見るのが嫌で。

名々賀が進藤を見るのが嫌で。



進藤が誰かのものになるのが嫌で。


俺だけが近くにいたかった。

俺だけがそばで感じていたかった。



こうやって、進藤に触れていいのは俺だけだ。

進藤の特別は、俺だけでいい。



そう思った。








『俺も行く』


学校で噂になっている事件。心配だった。また、進藤の身に何か起きているんじゃないか、進藤の周りで何か起こっているのではないか、と。

俺の知らないところで。


「俺も行く」。そう言ったのに、進藤はこれは私の問題じゃなく『吸血鬼』に関する問題だから、と突っぱねた。

吸血鬼に関して俺は何も知らない。進藤と一緒に行って、何の力になれないことも重々承知している。


だけど心配なんだ。



心配なんだよ。



俺の知らない所で、

俺の知らない何かをするのはやめてくれ。


不安なんだ。

こんな感情今まで感じたことなかった。






守りたいと思うのも、

触れていたいと思うのも、

側にいたいと思うのも。




友達だからじゃない。

友達だからってだけじゃない。




側にいたい。

ずっとずっと側に。




そぱにいさせてくれないか。

一緒にいよう。これからも。




『話を聞いてくれるよな』




俺はお前が好きなんだ。







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