君は私をどう見るの?
私は吸血鬼。
君は人間。
私は鬼。
君は人。
私は君を食べる者。
襲う者。
傷つける者。
咀嚼する者。
血や肉にする者。
君にとっての私はソレ。
私にとっての君は獲物。
じゃあ君が考える私って何だろう。
君が見ている私は何だろう。
君が感じる私は何なんだろう。
君は私をどう見るの?
――――――――――――
抱きしめられた感触は、いまだ鮮明に思い出せる。触れた体温、触れた感触、触れた温もり、触れた体。
心臓の鼓動音、呼吸する音、体の動き、手の動き。
耳に感じる息遣い。
肌で感じる温かさ。
包み込まれて、近くになって。
優しく触るその腕が。
生を感じるその音が。
近くに感じるその匂が。
温もりを感じる体温が。
私の体が覚えてる。
名前を呼んだあの声が、いつもの声ではなかった。耳に痺れるあの声が、私に何を伝えているのか解った。
だけど、それはきっと違うんだ。私が考えているような事とは違うんだ。違う、絶対に。
だけど体が覚えてる。
体が感じてる。
きっと私は何処かで。
「進藤、話があ」
「後ででいいかなっ。ちょっと今から用事があって」
「進藤、話が」
「ごめん!今無理!」
「進藤」
「ああっとぉ!私、今日日直だったぁー!」
「し」
「お腹がぁぁ!お腹が痛いっ!トイレに行かないとぉーっ!」
「進藤さん…」
瀬川が、呆れを通り越してバカでも見るような目で私を見る。
分かってる。
分かってるから皆まで言わないで。
私は机に伏せる。
鎹を避けに避けまくっている。誰から見ても明らかだ。鎹から見ても明らかだ。
「何も聞かないけど…、何かあった?」
何も聞かないって言ったのに、聞いているではないか。
その思いで顔を上げ、瀬川を睨む。
「鎹君を避ける理由は?」
「…別に。会いたくないだけだもん」
会いたくない。
顔を見たくない。
平静ではいられない。
「だもん、って。貴方、キャラ崩壊してるわよ」
そう言われたが、特に反論する気も起きなかった。
「喧嘩したの?」
「…違う」
「違うの?」
「違う」
ふむ、と瀬川が指を顎に当て考えるポーズ。
「じゃあ、もしかして押し倒された?」
「ばっ!、ち、なっ、ち、違うわよっ!!そんな訳ないじゃないっ!」
「…そのわりに焦りすぎじゃない」
バンッ!と机を叩いて立ち上がった私に、瀬川はびっくりしながらも的確な事を言う。
「押し倒されたのね」
「だから違うってばっ!」
「隠さなくても」
「隠してないっ!!」
「じゃあ何されたの?」
「べ、別に何も、されて…」
昨日の事を思いだし、ぐわっ、と顔が赤くなる。抱きしめられた感触が蘇る。
ち、違う!
これは違うっ!
「押し倒されてはいないけど、別の性的行為はされたのね」
「せっ…!!」
ぶしょあ、と顔から熱が出て蒸発して私は机にしおしおと崩れ落ちる。
せ、性的行為……。
「…鎹君もようやっと成長したと言うことかしら。で、何されたの?キスでもされた?胸でも揉まれた?まさかそれ以上…」
「ち、違うっ!ただ、ちょっと、だ、だ…」
抱きしめられただけ。
そう最後まで言えずに頭がショートする。キスやそれ以上の言葉を言うより何だか生々しい気がするのは気のせいか。
だけど瀬川のからかいの手は休むことない。
「え?抱かれた?」
「抱きしめられたっ!!」
分かってるくせに嫌な奴。
分かってるくせに嫌な奴っ!!!
瀬川が楽しそうに笑う。
「あははははっ!ごめんごめん、抱きしめられたのね」
「………」
ぎりぎりっ、と歯を噛み瀬川を睨む。瀬川はそんな私を気にもしない。
「へぇー、抱きしめられた、か…。で、告白でもされた?」
「…されてない」
その言葉に瀬川は目を丸くする。
「されてない?何故に」
「…べ、別に抱きしめられたからといって、告白される訳じゃないし。ああ、もしかしたらアレは鎹君がよろけて倒れ込んで来ただけなのかもしれない。寒かっただけなのかもしれない。暖をとりたかっただけなのね、きっと」
「進藤さんがそう思うんなら鎹君から逃げずにちゃんと話せば?…ほら、鎹君が来た」
一目散に私は逃げ出し、教卓の影に隠れてしゃがみ込む。
そんな私をのんびりと追って来た瀬川が、私の正面に屈みながら「嘘」と言った。
「う、嘘つきっ!」
「進藤さんには負けるわよ」
瀬川が頬に手をやりながらじとりと私を見る。
「ね、進藤さん。正直どうするの?」
どうするって?
私は首を傾げる。
「鎹君が告白してきたら」
告白。
告白だなんて。
「好きだって言ってきたら」
好き。
好きだ。
好きだよ。
「ないよ。そんなの…」
ない。
ないよ。
ないよね。
「……進藤さんは鎹君のこと、好きなの?」
ないと言う私に、瀬川はそう聞いてきた。
「私…?」
瀬川は頷く。
「好きなんじゃない?」
「…好きだよ。でもそれは」
瀬川が考えているような感情ではない。
そんな感情ではないはずだ。
「本当に?」
そうだよ。
本当だよ。
だって私は。
『やってることの無意味さが』
少女の言葉が蘇る。
「進藤さん、よく考えてみて」
『私は蝙蝠で、あの子は人間だから』
「…考えて、どうするの?」
何を考えるの?何を考えたって、変わらないことがある。変わらないから私は今ここにいる。ここにいて、私は。
『鎹を君と同じ吸血鬼にでもするつもり?』
「もう、分かってるんじゃない?」
「……そうだね」
分かってる。
分かっているから。
『私は、くーちゃんを好きにはならないのよ』
「私は、鎹君を好きにはなれない」
私とは違う彼を、
私は好きになってはいけない。
吸血鬼だから。
吸血鬼だから?
ただ怖いだけでしょう?
自分とは違う彼が。
自分とは違う、普通の人間である彼が。
一人でいたいだけでしょう?
一緒にいると不安なんでしょう?
自分だけが、違う者だから。
生きる世界が違うから。
一緒に居たら、きっとどんどん深みに嵌る。
それが怖いのでしょう?
『進藤、お前、俺を吸血鬼にするつもりだったのか』
いつか裏切られる時が来るのが、
いつかそうしてしまう時が来るのが、
自分と彼とでは違う者だと
ハッキリと付きつけられるのが。
怖いだけでしょう?
『最近頻繁に発生している傷害事件ですが、本日未明、新たに被害者が○○市近郊で発見されました。これまでに起きた傷害事件と同じく、被害者の首には二つの傷跡が残され被害者の襲われた際の記憶は曖昧だと言うことです。新たな被害者である23歳の女性は重度の貧血状態にあり、病院に運ばれましたが命に別状はないとの事』
一緒には居られない。
そうなるのが、こんなに唐突に来るのなら。
もっと傍にいれば良かった。




