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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
最終章 ツナグミライ
42/109

君は僕の大切な

瀬川に醜態を晒してしまった。自分でも驚くほど、心を乱した。


距離を置こうとしたのだ。瀬川や小日向や鎹、他の人達からも距離を取ろうとした。夢を見たあの日から。悪夢を見てしまったあの日から。


怖くなったのだ。

恐ろしくなったのだ。


吸血鬼だとバレる事が。瀬川に吸血鬼だとバレて、あの夢のようになる事が。

怖かった。

嫌だった。


恐怖した。




もう誰とも深く関わるべきじゃないと思った。深く関わったら深く関わった分だけ苦しくなるのは自分だ。

どうして深く関わってしまったのか。


吸血鬼だとバレても傷付かないように、私は無意識に他人と距離を取っていたのだ。今まで。自己防衛。傷付かないように、自分が傷付くことないように。

だけど近付きすぎた。

近くに、いすぎた。




距離を置こうとした。

だけど、瀬川がそれを許さなかった。それを許さないほど、関わってしまった責任は私にある。


私の弱さにある。

もう無理なのだ。

私はもう、あの頃ほど強くはない。一人でも大丈夫なほど一人ではない。

突き放せるほど、非情にはなれない。

嫌われてもいいと思えるほど、達観してもいない。







自分が吸血鬼であると。

人の血を吸って生きる鬼なのだと、

言う勇気すらもない。










「進藤、一緒に帰ろう」


そう教室まで来た鎹。不信に思いながらも、断る理由もなかったので一緒に帰る。


今日は別に勉強する予定も、何か用事に付き合う約束も無かったはずなのだが。



「鎹君、何かあった?」


今までにこんな事があっただろうか。

鎹と並んで帰りながら問いかける。


「いや、ちょっと聞きたい事があってな」


前を向いて歩き続けるまま、鎹がそう言う。聞きたい事とは何だろうか。

何やら複雑そうな表情をする鎹。何なんだ、一体、と眉を潜めていると鎹が口を開いた。


「あのな、カメラマンの…名々賀、さん?の事なんだけどさ」


鎹から出たその名前に、私はどきっ、とした。


名々賀はもう学校には来ていない。写真は大体撮れたらしく、今は現像やら編集やら加工やらの作業に入っているらしい。

だから最近会うことはない。あれ以来会ってはいない、といった方がいいか。



名々賀は数日間、学校で写真を撮っていた。鎹にも何度か会っている。私の知らぬ所で、もしかしたら名々賀に何か言われたのだろうか。

あの時私が言われたような事を、鎹に言ったのだろうか。



『あぁ、もしかして、鎹を君と同じ吸血鬼にでもするつもり?』



ゾッとした。


「名々賀さんに…、何か、言われたの?」


ゾッとした。

鎹が、私のあの夢のように言うわけがないとは思っていても、怖かった。


「…進藤、さ。あの人…」


話始めた鎹が足を止める。それに気付かず、私は足を止める事なく歩き続けていたが、鎹に腕を引かれて後ろに数歩たたらを踏んだ。


「…ととっ、何?」


何だいきなり。

どうした?と鎹を見るが、鎹と視線は合わない。鎹が見ていたのは私ではなかったから。


「や。どーも、お二人さん」


鎹が見ていたのは名々賀だった。いつの間にいたのか。全く気付かなかった。


「名々賀さん…」

「久しぶりー、進藤ちゃん。会いたかった?」


いつもと変わらぬ名々賀。微笑む名々賀に私はどきりとする。


と、鎹が私の前に立つ。

鎹の体で名々賀が見えなくなる。


「……?」


鎹君?



「わー、何何なに?いきなりの彼氏面だねぇ、鎹」

「…一応彼氏ですけど」

「一応彼氏だね」


含みのある言い方に、鎹の眉間に皺がよる。


「ま、いいや。進藤ちゃーん、俺、進藤ちゃんに話があるんだけど」


体を傾け、鎹の後ろにいる私に名々賀は手を振る。


「話、ですか…」

「うん。まぁ、話っていうかこないだの返事をね」


返事。


私がそれについて何か言う前に、鎹が名々賀から私を遮るようにして体を移動させた。それが不思議で仕方なくて、私は鎹の背中をじっと見つめる。

何なんだろう。

どうかしたのか、鎹は。


そうしている内に、くすり、と名々賀が微かに笑う気配があり、鎹の背中で見えない名々賀が私に向かって話しかけた。


「進藤ちゃん。俺、暫くはあの家にいるからさ。いつでも来ていいよ。返事待ってるから」


私は体を横にずらして名々賀を見る。それに気付いて、名々賀が小さく手を振る。

そうして名々賀は私達に背を向けて、その場を去っていった。


私は、名々賀の言葉よりも何よりも、鎹の態度の方が気になっていた。

何だろうか、これは。

一体全体どういうつもりで、鎹はこんな事をするのか。

どうしたのか、鎹は。


「鎹君?」


未だ背中を向けたままの鎹に、私は声をかける。

鎹が振り向き、突然、ふわりと軽く私を抱きしめた。


「……!?」


一瞬、呼吸が止まる。

何か言おうにも動こうにも、私を抱きしめる鎹の腕が優しすぎて言葉が出ない。突き放す事が出来ない。


「か、か、すがい、くん?」


ドキドキと煩く高鳴る心臓の音が鎹に聞こえていないか心配だ。


鎹の体温を感じる。呼吸を感じる。息遣いを感じる。腕の形、腕の造り、体の形、体の造り。

匂い。


「進藤…」


ぴっ!と肩が飛び上がる。いつもより近くに感じる声に、必要以上に体が震えた。

さっきよりもずっとずっと心臓が煩く鳴っている。これはどうするべきなのか。



と、とりあえず動いて離してもらう?

何か言う?

何を言う?

どうすればいいんだ?

これは一体どうすべきなんだ?


あわわわわ、と硬直しながら慌てふためいていると、鎹が腕に力を入れる。ぎゅ、っと力強く抱きしめられて踵が少し浮いた。


鎹君?


さっきまでのドキドキとは違い、不安が私の中に沸き上がる。こんな事初めてだ。鎹がこんな姿を私に見せるなんて、今まで無かった。


鎹のこんな姿、初めて見る。



「鎹君」そう呼ぼうとした所で、私は後ろから別の人物に名前を呼ばれて、咄嗟に鎹を突き飛ばす。

鎹が「うわっ」とよろけるが、それを意に介さず私は名を呼んだ人物を慌てて振り返る。


「く、くどう君っ」


そこにいたのはクラスメイトの久遠だった。

びっくりした。いつからいた、お前は。


「進藤、相談があるんだが」


そんな久遠がそう言った。私は固まった。


「………えっ!?」


相談!?

久遠が!?

私に!?

あの久遠がっ!?!?

無気力やる気なし久遠がっ!!?

私にっ??!


久遠が誰かに相談なぞをする、というのがそもそも驚きだ。その相手が私だというのがさらに私を驚かせた。久遠が私に相談ごとなど、絶対にない。死んでもない。むしろ、久遠が誰かに相談を持ちかけることの方こそ確実にない。確実に。

彼に何が起こっている。


最近の久遠の行動や態度は確かに可笑しかったが、ここまでとは予想だにしていなかった。しかも、嘘や冗談で言っているようではない彼のあまりの真剣そうな表情に、さらに驚きは隠せない。いや、嘘や冗談だったらそれはそれで驚きなのだが。


「そ、相談?相談って何っ?」


気になってしかたなかった。

あの久遠が相談。あの久遠が。

内容が気になりすぎる。

相談って、何?


私は急いていた。

そして、鎹の存在は綺麗さっぱり頭から抹消されていた。ので、久遠の視線の先にあるものが何か分からず、私が「?」のまま振り返ると、そこには突き飛ばされて不機嫌な鎹がそこにいた。


「あ、か、鎹君…。ご、ごめん。一瞬忘れてた」

「そうだろうな」


怒ってた。


久遠が無言で鎹を見る。その視線の意味が分かったので、私は鎹に「久遠君、相談があるみたいだからっ。じゃあ、また明日っ」と言って鎹が何か言う前に久遠の背中を押しその場を走り去った。

そういえば、私はさっき鎹に。


かっ、と顔が赤くなる。

早く逃げ去りたかった。















「で、相談って何?」


適当な喫茶店に入り、席に着いてから私は久遠に聞く。久遠は至極真面目な顔でこう言った。


「女が喜ぶことって何だ?」


女が喜ぶこと?

私は久遠のあまりの意味不明な問いかけに、眉根を寄せざるを得なかった。


「何をしてもあまり喜ばない。むしろ、嫌そうな顔をされている。何故だ」

「何故って……」


もしかして…。


「カグラちゃんのこと?」


何をしてもあまり喜ばない。むしろ嫌そうな顔をする人、とはカグラの事であろうか。


蝙蝠の女の子、カグラ。

久遠の美味しい(らしい)血を本物の吸血鬼にあげるために久遠の傍にずっといる女の子。吸血鬼の私より吸血鬼の事を知っていて、幼子に見えていても実は私より年上であるという驚異の女の子だ。


「あいつ、何をやっても喜ばないんだが」

「何をって…、何やったの?」


久遠がカグラに何かする。

何をやったのだろうか。凄く気になる。そして、これはもしやそれ的で何的な話なのだろうか。


「映画に連れて行ってやったり、遊園地に連れて行ってやったり、動物園に連れて行ってやったり、水族館に連れて行ってやったり、美術館に連れて行ってやったり」


その他色々。


「……それは、えーと…、二人で?」


カグラにはヒナという弟がいる。今久遠が言った映画やら動物園やらはヒナも一緒に、ということなのだろうか。


「二人で、だ」

「…二人で、なんだ」


こ、これはもしや。

私はドキドキと唾を飲み込む。


これはもしや、恋愛相談、というやつなのではないだろうか。


久遠がカグラの事を少なからず想っているのは感じていたが、まさかその久遠からこうやって本当にカグラとの恋愛相談を受ける日が来ようとは。


嵐でも起こるかもしれない。



「で、喜ぶことがわからない」

「う、うん。そうだね…。えっと、ちょっと待ってね」


カグラが喜ぶ事。

カグラが喜びそうなこと。

カグラが絶対に喜びそうなこと。


これは責任重大だ。冷や汗が流れる。下手なことは言えない。しっかり考えて、確実にカグラが喜びそうな事を久遠に伝えなくては。久遠のために。久遠の恋愛を応援するために。久遠の恋を成就させるために。責任重大すぎる。カグラが好きなこと。カグラが好きな物。カグラが嬉しがること。カグラが嬉しがる物。


何だ。

何なんだっ?


うーんうーんと悩んで、ふと顔を上げると私の前に座る久遠の後ろに、今まさに時の人、話の張本人であるところの蝙蝠の女の子、カグラが立っていた。


「か、カグラちゃんっ!」


私はガタッ、と立ちあがる。久遠が私のその声にびっくりしたように後ろを振り向く。


「こんにちは。しーちゃん」

「………」


にこりと笑うカグラ。今の話、聞かれていただろうか。

久遠は無言だ。


「こ、こんにちは。き、気遇だね…」


何も言わない久遠に代わり、私は口を開く。


「そうね。気遇ね。まさかこんな所でくーちゃんとしーちゃんに会おうとは、私も思ってなかったわ。まさかくーちゃんがしーちゃんに会ってるなんて思いもしなかった。二人で仲良くティータイム?優雅で良い事よね。学校終わりに寄り道?若いんだからじゃんじゃんしなさい、そう言う事は。そしたらきっと視野が広がるわ。色々物の見方も変わってくるでしょう。くーちゃんの気持も考え方も、きっとずっと良い方向へと向かって行くんでしょうね」


立て続けにそこまで言って、カグラはにこりと微笑む。

久遠はそんなカグラを見もせずに、むっつりとした表情で座ったままだった。そんな久遠にカグラが言う。


「くーちゃん、外でヒナが待っているの。行ってあげてくれる?」

「………」


久遠は無言で立ちあがり、そのまま何も言わずに店を出て行った。それを見送ってから、カグラも歩き出そうとした所で、私はカグラを引きとめる。


「カグラちゃん」

「何?」

「あ、あのさ…」


久遠はカグラが好きだが、カグラが久遠を好きなことは無い。それが分かっているからこそ、私は久遠を応援したいと思う。


「あ、あの…」


カグラがため息をつく。


「しーちゃん。くーちゃんが言ったことなら気にしないで。くーちゃんもそのうち気付くから」

「気付くって、何が?」

「やってることの無意味さが」

「無意味さって……」


無意味?

カグラのためにやっているのに?

カグラが好きだから喜ばせようとしてやっているのに?


「はぁ、全く…。何の心境の変化か。くーちゃんにも困りものね」

「困りものって、久遠君はカグラちゃんのためにやってるんだよ?」


分からないの?

久遠はカグラが好きだから色々とやっているのに。


「前のくーちゃんもだけど、今のくーちゃんの方がよっぽどしち面倒で扱いずらいわ。なんでああなったのかしら」

「何で、って…。カグラちゃん、久遠君はカグラちゃんの事が」

「しーちゃん」


カグラは私にみなまで言わせなかった。

そしてため息をつく。


「そんなこと、しーちゃんに言われなくても知ってるから。私の方がしーちゃんよりくーちゃんの傍にずっといるのよ?くーちゃんのこと、ずっと見てきてるの」


私が言おうとしたこと。

カグラは久遠が自分の事をどんな感情で想っているのか知っていると言う。


「…知ってて、面倒とか言うの?それはちょっと酷いんじゃない?」

「そう?私にとっては面倒でしかないわよ」


私の問い詰めにも、けろりとした態度でカグラが言う。


「私にとってくーちゃんは吸血鬼様の餌でしかないもの」


餌。

そんな。


「そんな、風にしか見られないの…?」


そんなのあんまりではないのか。

久遠とカグラがどの程度の付き合いなのか私は知らない。どれぐらいの時間一緒にいて、どれだけの事をお互いが知っているのか私は知らない。だけど、その程度の仲だったの?カグラにとって久遠は、本当にそれだけの人だった?


「しーちゃん」


俯いた私にカグラが優しく声をかける。


「しーちゃん、私は蝙蝠よ」


それはとても優しく、そして強くこれが現実だと言い聞かせるかのような言葉。


「私は吸血鬼様のために生きている。吸血鬼様のためにこれからも生きて行く。くーちゃんとは違うの。くーちゃんは人間で、私は蝙蝠。くーちゃんとは生きる世界が違う。くーちゃんが思ってるほど、私達は人間に近くない。人間じゃない。くーちゃんとは別の生き物なの」


別の生き物。


「くーちゃんが思うような関係は築けない。私は蝙蝠で、あの子は人間だから」


私は蝙蝠で、あの子は人間だから。


「私は、くーちゃんを好きにはならないのよ」



だって、私は違うから。

私はくーちゃんとは違う者だから。













違うから。

私は皆と違うから。





だって私は吸血鬼。

人間ではない。

人間と一緒には居られない。




そうでしょう?





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