こんなにも脆かっただろうか vorbesc.空
進藤さんが冷たくなった。
体温が、とかでは勿論ない。態度が、だ。
例えば。
「あ、進藤さん。おはよう」
「…おはよう」
いつもの「おはよう」じゃない。
「進藤さん、次移動教室だよ。一緒に行こ」
「…うん」
いつもの「うん」じゃない。というか、「うん」とか言うの今まであんまり無かった。
「進藤さん、瑛士君知らない?何処に行ったんだろ」
「…さあ。知らない」
冷たい。
「鎹君とは最近どう?」
「普通」
いつもなら嫌そうな顔をしたり、怒ったような顔をするのに。
真顔。
でも、これはまだマシな方。一時期は話しかけてもろくに返事しなかったり、話しかけようとしたら逃げられたりしていた。
それが非常に腹立たしくて、話しかけまくっていたら今の様な状態にいたった。
これではまるで、一年のあの頃に戻ったみたいだ。
壁を作り、人を必要以上に寄せ付けない。素の感情などあまり表に出さない。
近付かない。
近付けさせない。
そんな空気のような見えない壁があるような、そんなよく分からない感覚。
掴みたいとも、そして掴ませようとも思わせない。
そんな感じ。
一年の時よりずっと酷くなっている。そう思うのは、一年の時よりずっとずっと仲良しになっているからだろうか。友達になっているからだろうか。
私だけなら嫌われたのだと思っても仕方がないが、私だけではないのだ。進藤さんの態度の変化は。
いつから進藤さんの態度が冷たくなったのか。
何処かおかしかったのはあの日からだ。何かあったのかと感じたのはあの時から。
『んー、でもしょうがないよね。俺、進藤ちゃんの秘密を知っちゃってるわけだから』
『秘密って何ですか!?』
無理に聞き出そうとしたから怒っているのだろうか。
「瑛士君、進藤さんの秘密って何だと思う?」
「秘密?」
「カメラマンの静さんが言ってたの。俺は進藤さんの秘密を知ってるって」
「秘密……」
瑛士が確かめるように呟く。その声と表情で私は察した。
「瑛士君、知ってるでしょ。進藤さんが隠してる秘密」
「……知らない」
私はため息をつく。
「瑛士君、嘘下手だから今後一切嘘つかない方が身のためだよ」
「………そうする」
瑛士は進藤さんの秘密とやらを知っている。きっと問い詰めないまでも、瑛士の選択肢を無くしていけば正解に辿り着く事が出来るだろう。
進藤さんの隠している秘密が分かるだろう。
だけど。
あの日の午後ぐらいから妙な感じはした。授業をサボったぐらいから。授業をサボる事事態が。
いや、もう少し前からだろうか。
何度も教室からいなくなった。何処に行っているのかと思ったら下駄箱だった。
『今日はどうしたの?休み時間になるといなくなるよね?昼休み中の今もこんな所にいるし。何かあった?』
『大丈夫。ちょっと気になる事があるだけだから』
ちょっと?
ちょっと気になるだけで、何度も何度も下駄箱に来るの?
だけど聞かなかった。
友達だとしても、聞いていい事悪いことがある。聞くべきこと聞くべきではないことがある。
私はそこを、ちゃんとわきまえて行動していると思う。行動出来ていると思う。
だけど。
「進藤さん。ちょっといい?」
「………」
私は進藤さんを連れ出す。二人きりになれる所に。
「いい天気だね」
屋上。
「風が凄いけど」
服がはためく。スカートが捲れる。場所を過ったか。
進藤さんも髪とスカートを押さえていた。
「進藤さん、何かあった?」
「…別に、何も」
同じ。
何もないと言う。
何もない訳ない事に、私が気付いているのが分かっていて、それでも進藤さんは何もないと言う。
いつもなら聞かない。
聞いて欲しいこと、聞いて欲しくないこと。その区別はついているつもりだ。
だから聞かない。問いただしたりしない。
いつもなら。
だけど。
「何も、ない。本当に?」
そんな状態で?
何もないことなんて無いでしょう?
だけど進藤さんは何も言わない。ずっと押し黙る。
「黙るの?」
何も言ってくれないの?
何も話してくれないの?
どうして?
友達だと思ってた。
一年の時より二年。
二年の時より三年。
仲良くなれたと思ってた。友達だって、思ってた。
なのに。
何も言ってくれないの?
何も話してくれないの?
何も相談してはくれないの?
私じゃ、頼りにならないの?
「何も、言わないのね」
私には、何も言ってはくれないのね。
悲しかった。
心の底から腹がたった。
秘密なんて知らなくてもいいって思ってた。別に知らなくても友達だもの。変わらず友達だから。
なのに。
それが酷く不愉快で。
「私には…、何も言えないってわけね」
悔しかった。
瑛士は知っている。カメラマンの静も知っている。きっと鎹も知っているのだろう。
私だけが仲間外れだ。
秘密なんて知らなくていい。そう思ってたはずなのに。
私は今、全く逆のことを思っている。
「最低だ」
小さく呟く。
私は、最低だ。
今の進藤さんの状態は、きっとその秘密に関係がある。二年の時からそうだった。進藤さんには何かがあって、それを瑛士は知っている。そして鎹も知っている。だからあんなに噂になった。騒ぎにもなった。何の秘密か知らないが、きっととても大事な秘密なのだろう。
言えない秘密、
なのだろう。
それを私は今、聞き出そうとはしてないか?
態度がおかしいのと同時に、秘密までも探ろうとはしていないか?
「…違う」
小さすぎて聞き取りずらかったが、進藤さんが口を開いたようだった。
「…違うの」
違う?
違うって何が?
「何がちが」
「違う…、違う違う違う違う違うっ!!」
進藤さんが頭を抱えた。こんな進藤さんを、私は初めて見た。声をあらげる事はあっても、ここまで取り乱したような状態は見たこと無い。
「わたしは…、私はっ…!」
壊れそうだった。
進藤さんが。
壊れてしまいそうだった。進藤さんの中にある何かが、彼女を壊してしまう。
そんな気がした。
見ていられなくて、進藤さんに駆け寄りぎゅっと抱き締める。それでも彼女は「違う」と口にしている。「違うの」と口にする。
「うん。分かった。分かったから」
何も分かってない。
何も分からない。
何も理解していない。
だけど、もう聞けない。このままだと取り返しがつかなくなるような気がして聞けなかった。
壊れてしまう。
進藤さんはこんなにも脆かっただろうか。
進藤さんを壊すのは『秘密』だ。進藤さんが隠している秘密が、進藤さんを壊してしまう。
私はその秘密に
触れるべきじゃない。
「違う…」
彼女はまだ、そう口にしていた。




