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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第一章 吸血鬼
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子供の時間

今から五年ほど前。

私が小学校五年生も終わりを迎える頃。


私は一人の年若い男と出会った。



道端に倒れていたその男の正体は吸血鬼だった。だけどそんな事が当時小学五年生だった私に解るわけもなく。私だけではなき、きっと他の人達だって解らなかっただろう。




私はその吸血鬼に、

吸血鬼にされた。



運が悪かったのだろう。

としか言いようがない。




名前も知らない。

年齢も知らない。

何処に住んで、何処に行くのか。

誰といて、誰といたのか。

何をして何をして来たのか。

何故彼処で倒れていたのか。



何も知らない。

吸血鬼は何も言わなかった。


ただ、吸血鬼にされた事実だけが私の中にあった。人間だった私が、鬼にされた瞬間だった。



血を吸う鬼。

ヴァンパイア。




私は人間から鬼になった。





吸血鬼は吸血鬼となった私がすべき事を教えてくれた。

それはただこの一点のみ。




『人の血を体内に入れる事』





血を吸う。

吸血行為、だ。




ただ、当時の私がすぐにソレが出来たかと言われれば出来なかったというのが正解で。



動物の血。

草花のエネルギー。

それらを体内に入れても、迫り来る喉の渇きは止めようがなく。


私は人の血を飲んだ。




もしかしたらあの瞬間が、私が吸血鬼になった本当の瞬間だったのかもしれない。



吸血鬼は私が中学に上がる頃にふと何処かに消えてしまった。

それ以来一度も見かけたことはない。









「だから吸血鬼は私だけ。家族や兄弟は普通の人間。私が吸血鬼だって事も知らない」

「………」

「びっくりした?」


おどけて言うと鎹はこくりと頷く。


「初めから吸血鬼だと思ってたから」

「まぁ普通はそう思うよね」


吸血鬼に『吸血鬼』にされた人間。吸血鬼、という種があるのは理解し難いが、一目見てしまえばソレがソレだと理解する。


だけど吸血鬼に『吸血鬼』にされた人間は?


元が人間だなんて誰も思わない。


吸血鬼は吸血鬼。

元が人間だなんて誰も知らない。誰も解らない。誰も知ろうとなんてしない。


知って欲しい?

知ってもらってどうする?





すでに人ではないのに。








「解った?だから私、吸血鬼って言ってもあんまり吸血鬼の事知らないんだよね」

「……その吸血鬼の男はどうして進藤を吸血鬼にしたんだろうな」


吸血鬼の男。

吸血鬼という者を、私はあの男しか見たことがない。

もしかしたらあの男しかいないのかもしれない。

この現代にそうそう吸血鬼なんて者がいるとも思いたくないし。


「さあ…、運が悪かったとしか言いようがないかな。何を考えて私を吸血鬼にしたのかなんて、あれから随分経ったけどやっぱりあの男の考えは理解出来ない」


吸血鬼にした私を連れていくでもなく、仲間に引きずりこんで人間を襲って襲って襲いまくるでもなく。

ただ吸血鬼となった私がしなくてはいけない事を教え、そして姿を消した。


「その男、恨んでないのか?」


私の吸血鬼の男に対する言い様に、不思議に思ったのか鎹がそう聞いてくる。


恨む。

どうだっただろうか。


「どうだろ。もう随分前だし……。恨む、恨むか」


恨んでいた、と思う。

人間から吸血鬼にしたあの男に。人から鬼にしたあの吸血鬼に。

恨みの気持ちが無かったとは言えない。


ただ吸血鬼になった私が、日の光が駄目になった、とか、にんにくが嫌いになったとか、十字架が怖くなったとか。

そういった変化は全く無かった。


だだ定期的に人間の血を飲まないと喉が渇くだけ。

私が吸血鬼になって変わった事はその一点のみ。

そしてそのための牙、吸血鬼の瞳を使えるという所だけ。


まぁその一点が、一番吸血鬼が吸血鬼らしい所の一点なのだが。


それに、あの吸血鬼が私を吸血鬼にして、ただ放置したりだとか無理矢理連れて行こうとしたりだとかしていたら、きっとその吸血鬼を恨み、呪い、殺してやるなどと思っていたに違いないのだが、あの吸血鬼はそうではなかったから。


だから多分それほど恨んではいないのだと思う。






時計の時刻がすでに五時を回っているのに気付いて、私は立ち上がる。


「じゃあ、私そろそろ帰るね」


鎹も時計を確認し「もうこんな時間か」と呟く。


「悪かったな、付き合わせて」


付き合わせて、っていうか林檎剥きやらせて、って言うべきなんじゃないかと思ったが口には出さず玄関に向かう。

鎹は見送ってくれるのか、玄関まで着いてきてくれた。


「じゃあまた明日学校で」


学校で話したことなど数知れずだが、一応そういう。鎹はそれには何も言わなかったが、ただじっと私を見てこう言った。


「やっぱりさ、俺の血飲めばいいよ。他の奴の血を正体バレるような危ない真似してまで飲むよりよほど安全だし。飲みたくなったら俺に言って?」

「……いいよ。悪いし」

「俺がいいって言ってんだぜ?それとも俺の血はやっぱり不味かったとか?」




違う。



「舐めるより噛みつく方がやっぱいいっていうなら……、やっぱ嫌だけど吸血鬼の目を使ってくれても構わな……いや、やっぱなぁ…」



今となってはそれもどうでもいい。



「………」

「何が駄目なんだ?やっぱあの時から進藤、少しおかしくないか?」



おかしいのだろう。

きっと私はおかしくなったのだ。

血を甘く感じるようになった。あの時に。

私はきっと、本当に本物の『鬼』になってしまったのだ。

人と違う生き物。

人間ではない生き物。


今目の前にいる鎹とは違う生き物に。

その鎹の血を、美味しいと感じてしまう化け物に。



鎹は、じっと私の返事を待つように無言で私を見続ける。

私はその視線に応えるべきだ。そして早く離れるべきなのだ。


鎹と私は違う生き物なのだから。


私がこれ以上狂ってしまう前に。


私が化け物だと恐れられる前に。







血を好む前に。




「血の味は鉄臭くて美味しいと思ったことなんてない。今まで一度も無かった。自分の血の味も他人の血の味も、動物の血だって全部同じ。ただの血の味だった。それでいいと思ってた。それが吸血鬼と吸血鬼にされた私の違いだと思ってた。それが私が人間なのだと思わせてくれてた。血を吸っている瞬間、私は確かに吸血鬼だけど血を美味しいとは思わない。吸血鬼みたいに血を美味しいものとは思ってなかった」




だけど、あの時。

鎹の血を舐めた時。



確かに感じたのは『甘い』という感覚。









「鎹君の血は甘かった」









私は立派な鬼なのだ。





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