エルム街の悪夢
暗い暗い海の底。
深い深い闇の中。
何も見えない。
何も聞こえない。
真っ暗闇のそこで、私は一人。
ここはどこ?
「進藤さん」
瀬川の声がした。でも姿は見えない。何処にいるのか。
「進藤さん」
もう一度呼ばれる。
目を凝らして探す。うっすらと瀬川の姿が闇の中に浮かび上がってくる。
「瀬川さん?」
どうしてここにいるの?
何をしているの?
その意で名前を呼んでみたが、瀬川がそれに答える事はない。
「進藤さん、貴方、吸血鬼なんだって?」
「………!」
瀬川が、何の感情もないような表情で私を見る。
「吸血鬼なんだ?」
「…そ、れは」
どうして知っているのか。小日向からでも聞いたのだろうか。小日向が言ったのだろうか。
「黙ってたの?」
「………」
「ずっと黙ってたの?」
「ご、ごめ」
「騙してたんだ」
「……っ!」
騙してたわけじゃない。言えなかった。言えなかったの。
言えなかっただけ。
「最低ね」
瀬川が侮蔑の顔で私を見る。その顔が私の心を貫く。
体が震える。
寒くないのに。
体が凍ったように動かない。
「人間じゃないものね」
足が震える。
「最低なのも、当然かもね」
口が震える。
「何も言わないのね」
言いたいのに動かないの。違うって。違うんだって。
でも何が違う?何も違わないじゃない。
瀬川が言っている事の、何が違うというの?
「進藤」
鎹の声がした。
見ると、瀬川の姿は消えていて、そこには鎹の姿があった。
「鎹君…」
鎹の表情も無だった。最初に見た瀬川と同じ。
「進藤、お前、俺を吸血鬼にするつもりだったのか」
「…っち、違うっ!!」
そんな事ない!
何故鎹がそんな事言うのか。
そんな事、するわけがない。私が誰かを吸血鬼にするなんて、絶対にないのに。
「どうしてそんな事言うのっ?誰かを吸血鬼にするだなんて…。誰かを私と同じ鬼にするなんて、そんな事、私がするわけないじゃないっ!」
どうして信じてくれないのっ?私はそんな事しないっ!
「本当に?」
名々賀の声。
「それは本当?」
姿は見えないのに声だけが聞こえる。声だけが私の耳元で囁く。
「吸血鬼にする気なんじゃない?」
「…違うっ…」
「仲間にするつもりでしょ?」
「……違うっ…!」
「自分と同じにするつもりなんでしょ?」
「違う…、違う違う違うっ!!」
闇の中に、
引きずり込む気でしょ?
「違うっ!!」
がばっ!、と布団を捲る。ハァハァ、と水の中にずっと潜っていたかのように胸が苦しかった。息苦しい。胸を押さえる。自分の息遣いが荒い。汗で髪の毛がぺたりと頬に張り付く。
夢。
夢だった。
私がいるのは自分の部屋の自分のベッドの上。
「…は、…あはは」
私の口元には笑みが溢れる。
夢だよ。夢。
瀬川も鎹も名々賀の声も。
全て夢。
全部夢。
言葉も
態度も
表情も
感情も。
全て全て夢。
私の妄想。
「…あは、ははは」
笑える。
笑えるな。
私はいつからこんなに弱くなったのか。
こんな夢を見るようになったのか。
こんな夢を。
「……」
どうして。
「…………」
何で。
「………っ」
こんな夢見るんだろう。
足を折り曲げて踞り、顔を埋める。
ぎゅっと両足を掴む。
泣きたくなった。
息苦しくて。
息がしづらくて。
泣きそうになった。




