違うと知っていて違うと気付かされること
名々賀が学校に来るようになってから数日が経った。以外にも名々賀はちゃんと仕事をしているようで、学校内を徘徊していても特に注意などを受けることはなかった。
雇われた身なんだから当たり前なのだが。
若いカメラマンの登場に、女子はわりと浮足立っていた。名々賀もそれが悪い気はしないらしく、楽しそうに会話しながら写真を撮っている。
女子に好かれている。かといって男子から反感を買っているというわけでもなく。生徒達からの評判は上々だった。その分良い写真も撮れているようだ。
「進藤ちゃん」
パシャッ。
教室の机で意気消沈して暗くなっていた私が顔をあげた直後、写真を撮られた。
「…名々賀さん」
「どうしたの?元気ないね。そんな顔も可愛いけど」
「………」
いつも通り好き勝手に写真を撮る名々賀に、私は何も文句を言う気も起きなかった。ため息をつく。ため息ばかりだ。
「おおう、本当に暗いね」
「進藤さん、さっきの抜き打ちテストが相当まずかったみたいなんですよ。抜き打ちだから仕方ないっていえばしかたないけど」
「瀬川ちゃんは大丈夫だったの?」
「もちのろんです」
こっくりと瀬川が鷹揚に頷く。
「進藤ちゃん、頭悪いんだね」
ぐ、っと私は胸を抑える。酷く傷ついた。
「なんで抜き打ちなんてするのかな。私に対する虐めだよ、ほんと」
抜き打ちでさえなければ、瀬川や小日向に教えてもらってそこそこ良い点取れるのに。
「大丈夫だよ。頭悪い所も含めて可愛いから」
「………」
普通に嬉しくない。
そんな名々賀を、瀬川がにやにやしながら見る。
「静さん、進藤さんばっか可愛がってたら他の女の子達が妬いちゃいますよ?」
今もちらちらと視線を感じている。
「んー、でもしょうがないよね。俺、進藤ちゃんの秘密を知っちゃってるわけだから」
「名々賀さんっ!!」
ぎょっとして慌てて名前を叫ぶと、そんな私を名々賀が楽しそうに見る。
「秘密って何ですか!?」
そんな私を見て、瀬川がずずいと乗り出してきて名々賀に詰め寄る。私の秘密を掴んで何をするつもりか。
「秘密は秘密だよ。俺たちの、ひ、み、つ」
「教えてくれないって事ですか?私も進藤さんの事なら色々知ってますけど。知りたくありません?」
「あ、それはそそられるかも」
「いいかげんにしろっ!!」
「怒らない怒らない。はい、仲良し二人組。笑って笑ってー」
瀬川が私の肩を抱く。
パシャッ。
そんな日々が過ぎていく毎日だった。
「進藤ちゃん」
廊下を歩いていると声をかけられたが、私はそのまま気付かなかったふりをして歩き続けた。だが、声の主はそんな事ではへこたれない。
「抱きついて良い?」
名々賀は私の横に並び、一緒になって歩き出した。そんな事を言いながらもカメラで廊下を歩いている生徒達の写真を撮ったりしている。話しかけられては愛想よく笑顔で答えている。
「こんな所でそんなことしたら、先生に言ってセクハラ容疑で警察に突き出して貰いますから」
「こんな所じゃなかったらいいわけだ」
「もうそれがセクハラです。先生に言います」
「冷たいなぁ。ちょっと話がしたいだけなのに」
この男は一体何がしたいのか。いいかげん私に纏わりついて来るのをやめて欲しかった。あの写真の一件以降、名々賀が私を脅すようなことは一度もない。だけど、名々賀が私が吸血鬼だと知っているのは変わらない。いつ手のひらを返されるか。
「……進藤ちゃん。まだ俺の事信用してないでしょ?」
「…信用しろって方が無理だと思いますけど」
この男は心を読むのが上手い。それとも、そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか、私は。
「ひどいなー、っと」
ぐいっ、と腕を引っ張られたと思ったら階段影の壁に押し付けられる。上手い具合に人からは見えない位置なのが幸か不幸か。
「………!」
「信用してよ。そのために泣く泣く写真は渡したんだから」
片手を壁に押し付けられているので逃げられない。名々賀の手を振りほどこうとするが、振りほどけない。
「…っ、あの写真が全部だなんて信じられるわけないでしょっ」
「ひど。本当にひどい。俺傷ついた。じゃあ、どうしたら信用してもらえるのさ。これ以上、俺にはどうしようもないんだけど。言っても信じてもらえないし」
信用?
そんなもの、何年経ったとしても名々賀に抱ける感情ではない。信用出来ない。こんな男は。絶対に。
「信用して欲しいなら、もう私に構わないでください」
「それは無理」
すぱっと否定された。
「言ったでしょ?好きになったって。好きな人には自分の事も好きになって欲しいし、付き合って欲しいし、一緒にいたい。だから無理。…ねぇ進藤ちゃん、忘れちゃった?」
私の腕を掴む名々賀の手の力が強くなる。
「…好きだ、って言ったの。忘れちゃった?」
耳元で名々賀が小さく囁くように言う。ぴくっ、と体が震える。甘い声。艶めかしい声。痺れる声。力が抜けていくような感覚。心とは裏腹に、体が段々と熱を持って熱くなっていくのが分かる。
「……っ…」
名々賀が微かに笑う。
「覚えてるみたいだね。良かった」
何が良いものか。
名々賀の顔が見られなかった。自分の体が熱い。今、名々賀の顔を見たら流されてしまいそうだ。この空気に。名々賀の強引さに。名々賀の声に。
名々賀の私を見る瞳に。
次の授業を示すチャイムが鳴る。
だけど、私の耳には入っていなかった。
「ね、俺本当に君の事好きだよ?彼女になってよ」
どくっ、と一際大きく心臓が動く。
言葉が出ない。口が動かない。声が出ない。
少しの間の後、名々賀が唸る。
「むーん。…何で駄目なの?もしかして好きな人とかがいたりするの?」
好きな人?そんなものいない。だけど、それで解放されるなら願ったりかなったりだ。
「…っい、いますっ」
詰りながらもなんとかそう言葉を発する。
「…誰?」
名々賀がからかうようにそう言う。もしかしたら、私の破れかぶれの「います」発言が嘘だとばれているのかもしれない。
「…誰?」
声だけでも分かる。名々賀が物凄く楽しんでいると。
誰。誰と答えるべきなのか。誰と答えていいものか。分からない。どうする。でも答えないと駄目な感じだ。答えないと終わりそうにない。どうする。
私が悩んでいる最中だったが、先に名々賀が口を開いてくれた。
「もしかして鎹、とか?」
鎹。
それだ、と思った。
「そ、そうです。鎹君です」
「あれー、でも、鎹とはカップルのフリをしてる仲だよね。本物のカップルじゃない。それなのに好きなの?」
「そ、そうです。好きなんです」
なんかもう絶対に嘘だとばれてそうだったが貫くしかなかった。
「鎹も本当は好きなの?進藤ちゃんの事」
「か、鎹君ですかっ?ぅえ、っと…」
か、鎹は…。
「好きじゃないんだ?」
「えっ、う、あー」
「進藤ちゃんの片思い?」
「う、あー、えっと、そ、そうです、ね」
どうするべきか分からなかったので、とりあえず頷く。
「鎹のこと、好きなんだ?」
「そ、そうです」
だから離してくれ。
そう言いたかった。
なのに。
「吸血鬼なのに?」
名々賀のその言葉に、私の心臓がどく、っと、唸り、一気に心が冷えていく気がした。
『吸血鬼なのに?』
名々賀のその言葉に、私の顔から表情が消える。
「吸血鬼なのに、人間に恋しちゃったの?」
吸血鬼なのに。
名々賀の言葉が頭の中で響く。
「吸血鬼なのに、人間の鎹を好きになったの?」
君は吸血鬼なのに。
「人間じゃないのに、人間に恋したんだ」
君は人間じゃないのに。
鎹とは違うのに。
違う者なのに。
「あぁ、もしかして、鎹を君と同じ吸血鬼にでもするつもり?」
「……っ…!!」
掴まれていない方の手を振り上げる。名々賀の顔に向けて振り下ろすが当たらない。名々賀にその手をパシリと掴まれ阻まれる。
「怒った?」
名々賀の顔は楽しそうで。私は唇を噛み締める。
「本当の事でしょ?」
「…っ、離してっ!」
「それが事実でしょ?」
「離せっ!!」
名々賀が掴んでいた手を離した。ずっと掴まれていた方の腕も一緒に離す。ずっと掴まれていた方の腕が少し痛かった。腕を下ろす。
解放されたのに私の足は動かなかった。ずっとそこで俯いて動かない。
動かない。
動けない。
私は鎹なんて好きじゃない。好きにならない。嘘だ。名々賀に言ったのは全部嘘。だから私には好きな人なんていない。好きになっていない。
人間を、
人を、
吸血鬼である私が、
鬼である私が、
好きになんてならない。
ならないんだ。
ふわり、と壊れ物でも包むように優しく抱きしめられる。名々賀だ。
「俺は君の事好きだよ」
「………」
さっきまでと違う優しげな声色。
「吸血鬼でも何でも、俺は進藤ちゃんが好きだよ。俺自身が吸血鬼になっても構わないと思うぐらいに、君が好きだ」
「………」
「だからさ、本気で考えておいてくれない?俺と付き合う事」
吸血鬼になっても構わない。
私は吸血鬼。
人の血を吸う鬼。
ヴァンパイア。
人間じゃない。
人じゃない。
私は鬼。
皆とは違う。
私は違う。
違うんだ。




