また明日とその人は言った
ひとしきり撮った後、私たちは帰る事になった。デジカメを確認してみる。いつの間にこんなに撮っていたのか、五十枚ほどは撮っていた。
「…撮りすぎかな」
「撮りすぎだ」
まぁいいか、と私はデジカメを鞄に戻した。
「次は学校でだから」
「…まだ撮るのか?」
当たり前だ。
「制服姿も撮る。制服姿の方が好きって人もいるだろうし」
制服姿は学校でいつでも撮れるので、また今度撮ればいいだろう。
鎹はため息をついて、疲れ顔だ。
「…そのうち寝顔とか言いそうだな」
「言ってもいいなら言うけど。瀬川さんからはそれ言われてたし。他にも上半身裸とか水に濡れた姿とか、キス顔とか。あと」
「もういいもういい。俺は聞かなかったことにする」
苦虫をかみつぶした顔をする鎹を横目に、私はほくそ笑む。私が楽しんでどうする、と思ったが面白いのだから仕方がない。
だが、意地悪していたからだろうか。
私にも災難が降りかかってしまった。
「進藤ちゃーんっ」
がばっ、と後ろから誰かに抱きつかれる。その人の両腕が後ろから首に絡まり、ぎゅうっと抱きしめられる。
「………!」
突然すぎる事態に、な、何だ!?と後ろを見ようとするが、べったり張りつかれていては顔の確認をしようがない。
「久しぶりぃ」
だがこの声には聞きおぼえがある。
私は身じろぐが離れない。
「な、なながさんっ…」
「ありゃ、覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ。あれからしばらく会ってなかったし忘れられてると思ってたんだけどね。俺?俺はもちろん覚えてたよ。でも進藤ちゃんは忘れてるかなってちょっと思ってたんだけど、覚えてくれてたなんて。愛?」
違うっ!!
腕を離そうとするが剥がれない。もがもがと動くが全く離れる気配ない。
「何でここにいるの?俺は仕事でちょっとこの辺りに用があってさ。そしたら、ほら。ビビビッと来たわけよ。俺のレーダーが受信したのよ。前にも言ったけど、ほら俺ってそういうのに敏感で。そしたら進藤ちゃんがいるんだもん。嬉しいよね。会いたかったよー」
ぐりぐりとさらにひっ付いてくる名々賀。
離れーーっっ!!と引き離そうとするが全然動かない。ぺったりと背中に名々賀。後ろに名々賀。
ち、近い。
近い近い近い近いっちかいっっ!!!
「な、なながさんっ!ちょ、近いんでっ、離れて下さいよっ!!」
「えー、嫌」
な、なんとっ!?
即座に拒否っ!!
もがもがともがく私の後ろで名々賀が、茫然とこっちをみていた鎹に話しかける。何が起こっているのか分からず、鎹は一人目を丸くしている。
「やあ、鎹双弥。デートだなんて羨ましいなぁ」
その名々賀の言葉に、鎹は何を言ったらいいのか分からないらしく目をぱちくりと動かすだけだった。
「名々賀さんっ!!」
いいかげんにしろっ、と私が怒鳴りつけると、背後で微かに笑う気配。
「そうだね。俺もこのままでは良くないと思ってたんだよ」
そう言って腕をやっと離した名々賀は、何を思ったか私の肩に手を置き、くるりと私を反転させた。
「?」
「やっぱ後ろからじゃなく前からだよね」
名々賀はがばりと私に抱きついてそう言った。
ぎゅう。
「………っ!!!」
ひ、ひがぁぁぁおぁぁぁーーーーーっっ!!!!!
どんっ!と名々賀を突き飛ばす。
自分の顔が真っ赤かになっているのが見なくても分かるぐらいに、私は動揺した。
突き飛ばされた名々賀が腰を折ってお腹に手をやり笑っている。
「あっはははははは!…あー、もう駄目。駄目だわ、俺」
くっくっとまだ笑っている。私のイライラは募る。
この男っ!
「楽しい」
嫌な笑顔でそう言った名々賀を私は睨みつける。
「何の用なんですか…っ」
「用?ないけど。さっきも言ったじゃない。俺、仕事でこの辺に来ただけだから……と、そろそろ行かないとヤバいな」
そういって名々賀は足早にその場を後にした。
「また明日」という謎の不吉な言葉を残して。
「…………」
「…また明日って、明日会う予定でもあるのか?」
今まで口を挟まずだんまりだった鎹が口を開く。
「…いや、ないけど…」
何だろう。
凄く嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。
「…ところで、あの人は誰なんだ?」
「……ちょっとした、知り合い」
鎹に話すべきか。
名々賀のことを。写真の事を。話すべきなのか?
少し迷って、知り合いだと伝えた。
「ちょっとした知り合いが俺の事も知ってるんだな」
「…………」
別に責めているわけでもないだろうその言葉に、私は何故か居た堪れなくなった。
「話の、流れで、鎹君のことを、ね」
ちょっとね。
と言ったら鎹は「ふーん」と言った。
こんなことなら最初からちゃんと言うべきだったと少し後悔した。
『また明日』
明日、何かが起こる。
翌日。
朝から何度目かの下駄箱をぱかりと開け、何も入っていないことを確認する。名々賀が言っていた『また明日』が今日だ。また写真でも入っているのか。ここに来い、的な脅迫状じみたものが入っているのか、そう思って何度も何度も下駄箱に足を向けていたが、下駄箱に靴以外が入っていることはまだない。
『また明日』
そう言っていたのだから、名々賀は何かしてくるはずだ。学校ではないのなら、学校終わりの放課後何かしてくるのか。それとも、もう何かしたのか。
今日一日が不吉すぎてならなかった。
朝からこの事ばかり考えている。授業も頭に入ってこない。
ぞっとした。
もし、名々賀がまだあの写真を持っていて、それを学校中にばら撒いたらと考えてしまったから。やらない、なんて思えなかった。思えないからこそ、居てもたってもいられず、こうやって無駄に下駄箱と教室を行ったり来たりしている。
不安で仕方がなかった。
吸血鬼だとバレる事より何より、鎹に迷惑をかけてしまう事が。
怖かった。
何をするか分からないあの男が。
「進藤さん」
名前を呼ぶ声がして振り向くと、そこには瀬川と小日向の姿。
「今日はどうしたの?休み時間になるといなくなるよね?昼休み中の今もこんな所にいるし。何かあった?」
いつもと違う私の姿に心配して探していてくれたらしい。小日向も心配そうに私を見る。
「大丈夫。ちょっと気になる事があるだけだから」
「…そ。でも、まぁ落ち着いたら?急いては事を仕損じる、よ。」
何も言わない私に、呆れ顔でそう言ってくれる瀬川に苦笑する。こういう所は瀬川に対して感謝している。何も聞かないでいてくれる。それなのに心配してくれる。その優しさが嬉しかった。
三人で教室へと帰る道すがら、小日向がこっそりと私に囁きかける。
「進藤さん、本当に大丈夫ですか?」
小日向は私が吸血鬼であると知っている。だから何か助けられる事があれば、と聞いてきてくれたのだ。
「ありがと。大丈夫。…まぁもし収拾がつかなくなったら助けてね」
私の正体を知っている者として。
小日向にも何も話してはいない。だけど、それだけで何かを察したのか、「わかりました」と小日向は頷いた。吸血鬼だとバレたのが小日向で良かったと心底そう思う。何かあった時、きっと鎹だけでは対処しきれないだろうから。
「あっ!!そうだ、私職員室に用があるんだった!」
少し前を歩いていた瀬川が突然立ち止まり叫ぶ。
「すっかり忘れてたっ!私、今から行ってくる。瑛士君も来てっ」
「僕も?」
きょとん、として小日向が自分を指さす。
「そっ、多分荷物いっぱい持たされると思うから。荷物持ちで」
「…………」
「進藤さんも来てくれる?」
「…いや、私は教室に戻るよ」
私まで荷物持ちにされたら敵わない。私は辞退した。小日向に辞退の権限はない。
職員室に向かう二人を見送り、私は教室に向かって歩き出す。
一人になると考えてしまう。今日何があるのか。何が起こるのか。
名々賀は何をするつもりなのか。
「進藤っ!」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには全担任教師がいた。今は確か二組の担任をしているはずだ。そしてその後ろに私服姿の、帽子を目深にかぶった男が一人。
「ちょうど良かった。実は」
「頼みごとならお断りですよ」
全担任教師が何か言う前に話を遮る。この担任教師は、二年の時にやたら日直に頼るという行為をしていた傍若無人教師だ。三年になり、日直だけに関わらずクラスメイト達誰彼構わず頼みごとをするようになったと聞いていたので嫌な予感しかしない。
「…進藤」
「私、もう先生のクラスの生徒じゃないですから。頼むんなら今のクラスの生徒にして下さいよ」
違うクラスなのにまだ頼まれごとをされるなんて真っ平ごめんだった。この全担任教師は何でもかんでも生徒に頼みごとをするからやっかいこの上ない。
「残念だが進藤。これはお前がやらなければいけない事だ」
「やっぱり頼みごとですか」
「……いいから聞け」
全担任教師は後ろにいた男を指さす。
「こいつの学校案内だ」
「お断りします」
「お断りするな」
お断りするよ。何で私が学校案内。見知らぬ男の学校案内。
「進藤、お前知り合いなんだろ?こいつがお前を氏名している」
知り合い?
全担任教師のその言葉に、私は訝しげに全担任教師の後ろに控えていた男を見るが、帽子を深くかぶっているからか顔が見えない。だが、男の口元がにやりと笑うのは見えた。それだけで全て分かった。
「……名々賀さん」
「や、進藤ちゃん。昨日ぶり」
無邪気な笑顔で挨拶する名々賀に、私はじとりと視線を送る。
「何してるんですか…」
「仕事」
仕事?
名々賀がぶら下げていたカメラを持ちあげる。そして、にぱっと笑いもう一度「仕事」と言った。
仕事?
「進藤さん、貴方こないだ配られたプリント見てなかったのね」
「…………」
教室。
瀬川の言葉に、私は何も言えなかった。
見たけど。しっかり見ましたけど。でも信じたくないのよ。信じたくないから聞いてるの。
「卒業アルバム以外に今年から別の写真アルバムを作る。そのためにカメラマンが一人か二人学校に来て、授業中や休み時間、放課後や部活動時に写真を撮ってくれるからって。プリントに書いてあったじゃない」
呆れ顔の瀬川。
書いてあったね。
書いてあったよ。でも、まさかそのカメラマンが名々賀であるだなんて、私には信じたくない。
「…なんで卒業アルバム以外にも別のアルバムなんて作るのかな」
それさえなければこんな事にはならなかったのに。
「それも書いてあったでしょ。卒業アルバムは学校側が作るからお堅い写真が多くなってしまう。それもいいけど、もっと別の、学校や学校外での生徒たちの生き生きした写真のアルバムが欲しい。高校を卒業したら今までとは違って本当にバラバラになってしまうんだから」
「だから、前生徒会長が今年から生徒による生徒のための卒業アルバムを作りたいんだって事になったんですよね。卒業アルバムを作る会社とは別の所に頼んで、カメラマンに来てもらって」
瀬川の説明に瀬川の隣にいた小日向が補足する。
「よく許されたわよね。そんな事」
卒業アルバムを作るどころの費用じゃないはずだ。どれだけお金と時間がかかるかわからない。
「前生徒会長がごり押ししたって聞いたけど。もしかしたら、今年が初で、今年で最後なちょっとしたイベントなのかもね」
「前生徒会長はお金持ちですからね。費用とか会社の斡旋とか。色々やってくれたみたいですよ」
ホント、余計な事をしてくれる。
「進藤さん。カメラマンの人と知り合いみたいね」
「……まぁね」
「さっきも凄い進藤さん撮ってたもんね。あのカメラマン」
「……そうね」
「どうゆう関係?」
「………」
そんなこんなで学校に名々賀がいる生活が始まった。




