表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
最終章 ツナグミライ
32/109

泣かないで

「…は、俺…だ…」


その声はとても聞こえずらくて。


「…お前……つみ…」


何を言っているのか分からない。


「…お前のせい……」


私?

私のせいって何?


「…俺のせい……」


私じゃなくて、貴方のせいなの?


「……っ…」


どうして泣いているの?

どうして涙を流しているの?

悲しいの?

寂しいの?

辛いの?

苦しいの?


泣かないで。

涙を流さないで。

悲しまないで。


そんな貴方の顔、見たことないから。


どうしたらいいか私には分からないよ。

いつものようにしていてよ。

いつものように無表情でいてよ。



お願い。


吸血鬼さん。










「私、思うんだけど」


瀬川がバレーボールをトスでこっちに渡しながらそう口にする。


「何?」


瀬川がトスしたバレーボールをレシーブして返す。


「まだるっこしくない?」


私がレシーブで返したボールを、瀬川がこれまたレシーブで返す。私はそれをトスで返した。

今は体育の時間。バレーボールを落とさずに何回続けられるか計測中だ。


「まだるっこしいって、何が?」


やっと十回目。

大分慣れてきた。


「進藤さんと鎹君の、こーと、とっ、…ほいっ」


瀬川のトスに、私はアタックで返した。ばんっ!と瀬川の顔にボールが当たる。


「痛っ!…ちょっと、アタックは駄目でしょアタックは!!」

「ごめん。手が滑った」


顔を撫でながら瀬川が転がっていったボールを拾い上げてこっちに戻ってくる。


「で、進藤さんと鎹君のこと何だけど」

「戻すのね。その話に」


瀬川がまたボールをトスでこっちに渡して来たので、仕方なく私もレシーブでそれに続く。


「だってまだるっこしいんだもの。見てて、なんかこう…、苛々する?」

「苛々されても困る。それに瀬川さんが考えてるような関係じゃないんだってば」

「付き合ってるくせに」

「付き合ってるフリ、ね」


私と鎹は付き合っていない。だが、付き合っているフリをしている。何故かと言うと、事細かに話せば長くなるがようするにもう弁解するのも嘘つくのも誤魔化すのも全てがめんどくさくなったのだ。

鎹と付き合っている、というありえないあの噂から始まり、終業式の教室での、やっちまったなぁ、な一件に終わり。

もうなんか付き合ってるという事にしといた方が色々滞りなくスムーズに行くんじゃね?

な結論にいたった。


幸区、鎹は彼女を作る気はない。私も勿論ない。両者ともに問題ない。


「付き合えば?というか付き合ってるか」

「付き合ってない。私に鎹君への恋愛感情はないし、鎹君にも私への恋愛感情はない。友達なんだから」


鎹は私に友達だと言ってくれた。友達を見捨てたりはしない、と。だから、私が落ち着くまで助けてやると。


「友達って言葉をいいように使ってるね」

「本当に友達なんだから仕方ないでしょ」

「はいはい。友達友達。…それがまだるっこしいってのよね…」


瀬川がぶちぶちと呟く。


「何か言った?」

「言ったわ」


私の不機嫌な低い声に負けじと瀬川が言う。


「付き合っちゃえばいいじゃない。本当に」

「だから…っ、恋愛感情はないって言ってんでしょ」

「恋愛感情はない恋愛感情はないって。あんた正気?玲衣君とやらと別れておいて」

「瀬川さんはなんかもう最初から最後まで誤解してるよね。玲衣君とも別に付き合ってたわけじゃないし」


玲衣君とのあの関係は、鎹がフリーになった…、というか玲衣の姉である佐倉凛がフリーになった時点で終わっている。


「嘘の彼氏彼女、ね。進藤さんって嘘とか誤魔化しとか偽りとか好きよね。将来は詐欺師にでもなるつもり?」

「…なんか私がスッゴい責められてる」


傷つけられてる。

私。

物凄く。


「はぁ…。付き合っちゃえばいいのに」

「………」


何を言っても無駄な気がして、私は黙り込む。むしろ何か言ったら私が傷つけられる。無闇に。

瀬川は私が吸血鬼だと知らない。知らないから言えない事もある。



ピピーッ、という笛の音が聞こえ、体育教師が「集ー合っ!」と叫ぶ。

私達は並んでそっちへ歩き出す。


「恋愛に興味ないのは分かったけどさ。…進藤さんさぁ、好きなタイプとかいるの?」

「…瀬川さん、そういう話好きだね」

「恋話は女の子のステータスじゃない。で、いるの?あるの?どんなタイプ?クラスで言ったら誰?久遠君ともそういえば噂になったよね?久遠君タイプ?そうなの?」

「………」


どうにも女子のこの手の話題は困りものだ。自分のことなら尚更。

のらりくらりと避けようとしても、瀬川は尋常じゃないぐらいしつこい。鎹とのことも、玲衣とのことも。はたまた久遠とのことまでも。

小日向の恋愛脳は、きっと瀬川からの伝染病なのだろう。


「…好きなタイプ、ね」


ボールを手で回して遊びながらこっちをわくわくしながら見る瀬川に、私は今日一の瀬川にとっての爆弾を投下した。


「小日向君」

「え?」


瀬川が目を丸くする。


「好きなタイプ、小日向君」

「そ、そうなの?ほんとに?本当に?瑛士君?」


私は頷く。


「そうなんだ。瑛士君、瑛士君か…。瑛士君。瑛士君…。瑛士君」

「…瀬川さん、ボール落としてる」


瀬川の手からは、いつのまにかボールが消え去っていた。

足元にころころと無様に転がっている。


「うぉぅ!危ないっ」

「………」


瀬川と小日向も付き合ってはいない。だが。


「瀬川さんの方こそ、小日向君と付き合えばいいのに」


小日向の気持ちも、瀬川の気持ちも知っている立場としては、さっさっとくっついて欲しいと思う。見てて苛々するのは私の方だ。


「瑛士君から好きだって言われてないし」

「瀬川さんから言えばいいじゃない」

「告白は男からするものよ」


別にそんな事もないと思うけど。

小日向は小日向で、恥ずかしいだとかなんだとか言っていてらちが明かないのだ。

既に周囲には公然の事実とされているのに。



まだるっこしい。



「瑛士君かぁ」と、まだ言っている瀬川に、私が「嘘だよ」と伝えると、詐欺師呼ばわりされた。


将来は詐欺師。

ぺてん師。



私は未来に何をしているのだろうか。

将来は何処で何をしているのだろう。


吸血鬼である私は。





吸血鬼である私は、未来に何を見るべきなのだろうか。










「目下の所は、鎹君に迷惑をかけずに生活を送れるようにすること、かな」

「…何の話だ?」


所変わって放課後。

いつもの場所。

東棟三階にある第二多目的教室。


「未来の話」


鎹から血を貰い、私は目を閉じ吸血鬼の目を人間の目へと戻す。吸血鬼の目にしないと牙は生えてこない。


「鎹君に迷惑かけないように頑張らなくちゃな、って思って」

「ふーん」


鎹は緩めていた制服の首もとを正す。


「その後、どうなんだ?病気は」

「起こってないよ」


病気。

血を欲する病気。

とある理由で行った遊園地で起きた私の異常。


「やっぱ鎹君の言った通りかもね。好き嫌い説」

「嫌いなものばっか食べてるとストレスが溜まってしまいには爆発して好きなものに突っ走る、ってやつな」


甘い血を飲まず、無理に不味い血を口にしていた。それが悪かったのだろう。


「ダイエットにも似てるかも。リバウンドってやつ」

「とにかく無理な食生活は改善した方がいいって事だな」


うんうんと鎹が頷く。食生活って言っちゃう所が、鎹の馬鹿さ加減を彷彿とさせる。

頭は良いんだが、どこかおかしい。


鎹の血も飲むようにしてからは、他の不味い血も不快な気持ちはあるにせよ前ほどの不愉快さではなくなっていた。

今は鎹の血を半分。他の人間の血を半分。といった感じで摂取している。今後は徐々に鎹の血を吸う量を減らしていき、鎹の甘い血を口にすることなくとも病気が起こることないようにしていきたいと思っている。

昔は出来ていたのだから出来るはずだ。自分の意思を強く持てば。



「ま、俺は病気が治るまで付き合うぞ。友達だからな」


鎹は『友達』というフレーズが余程気に入ったのか、ことあるごとにこの言葉を使ってくる。


治るまで、って。


私は呆れる。

卒業してからも付き合ってくれるのだろうか。私の病気を治すのを。

この男ならやりかねないが。


「…ありがと。ま、こっちはこっちで大変だけど、これもこれで大変なのよね…」


私はうんざりと隅に置いていた鞄から教科書を取り出す。


「小日向達は何時から来るんだ?勉強会」


この後ここで勉強会をする予定になっている。試験が近いのだ。


「もう来ると思うよ。小日向君に十分ほど瀬川さんと時間潰しといて、って頼んだから」


小日向は私が吸血鬼であると知っている。ここで何をするのかも。

だから了解してくれた。


「…俺、おもうんだけどさ」

「瀬川さんに私が吸血鬼だって事をばらすって思いなら聞き入れられないから」

「………」


鎹が言いそうな事を私は先に言うことによって潰した。


「瀬川だぞ。駄目なのか?」

「駄目も何もない。もうすでにこの学校だけで三人にもバレてる。鎹君、小日向君、そして久遠君。どうして自分からばらさないといけないの?吸血鬼だって。ばらす必要なんてない。知って得することもない。知らない方が幸せだし、私も知られたくない」



私は人間じゃない。

私は違う者。


ここにいる事自体、間違っているのかもしれないのに。



それをあえて言わなきゃならない理由なんてない。





私は鬼。


私は吸血鬼。





私は異形の者。





私と貴方達は


違う生き物。





私は、

ヴァンパイア。




人間じゃない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ