シャーペンの芯
最終章
章分けするつもりでしたが、最終章として一つに纏めることにしました。
私達は三年生になった。
高校三年生。高校生最後の学年。学生という籠に守られる立場にある最後の学年。
大学や短大、専門学校などに進学すれば、それも続くのだろうが生憎私は進学組ではない。
「鎹君の進路はどうなってるの?進学?」
瀬川の声。
三年一組の教室。
「俺は進学。語学系の大学に進む。海外留学がある所がいいんだよなぁ。楽しそうだし。だからもう行きたい大学は決まってんだ」
ここは私の新しいクラス。
「語学…。鎹君、翻訳家とかにでもなりたいんですか?」
新しいクラス。新しいクラスメイト。使い古された教室。使い古された机に椅子。
「そこまではまだ考えてない。特にこれがしたい、ってのはないんだ。ただ、こことは違う所に行って違う色々な人達と話してみたいってだけ。小日向はどうなんだ?お前も進学だろ?」
かりかりとシャーペンがノートに黒い跡を付けていく音。
「…はい。まぁ一応」
かりかり。
かりかり。
「一応って。瑛士君、まだ迷ってたの?お母さんも瑛士君の好きなようにしていいって言ってくれてたじゃない」
「…空ちゃん、そういえば、また僕の親に余計な話したでしょ」
かりかり。
かりかり。
「余計な話って何よ。私は大事な話しかしてないわよ」
パキッ。
シャーペンの芯が折れる。
「空ちゃんの大事な話っていうのは、僕の学校でのあれやそれやの事なの?僕の学校生活での暮らしぶりの事なの?」
カチカチ。
シャーペンの頭を押して芯を出す。
「大事な話でしょ?」
かりかり。
かりかり。
シャーペンの黒い芯がノートの上を滑る。
「過保護な親だな」
「私は瑛士君の親じゃないわよ鎹君。幼馴染みよ。まぁ幼馴染み、の前に、心配性な、ってつけても構わないわね」
パキッ。
芯がまた折れた。
「ふーん。幼馴染み、ね。瀬川も進学だっけ?」
「私は就職組。事務職に就くつもりよ。一日中座ってかりかりかりかりかりかりかりかり。楽そうよね」
カチカチ。
芯を出す。
「進学じゃないんだな。頭は良い方だって小日向から聞いてたから進学かと思ってた」
「進学するお金なんてないもの。それに、自分で自由に使えるお金が欲しいっていうか」
かりかり。
かりかり。
「事務職…、空ちゃんに向いてそうで向いてなさそう」
「失礼ね。一日中座って仕事ぐらい私にとっちゃチョロいもんよ。一つ問題があるとすれば、お尻が痛くならないか心配な所だけね」
はぁ、と誰かのため息が溢れる。それは誰か。私だ。
それに気付いた鎹が此方を見る。
「どうした、進藤。進んでないぞ」
「その芯脆すぎじゃない?進藤さん、さっきからシャーペンの芯を折っては出し折っては出ししてるじゃない」
「進藤の筆圧が強すぎなんじゃないか?」
「進藤さん、そんなに筆圧強かったっけ?」
「…というか、僕らが煩いんだと思う」
全くもってその通り。
私はため息混じりに「煩い」と声を出す。
私は今、課題の真っ最中なのだから。それを周りでわいわいがやがやと騒がしくされては集中出来ないではないか。
「煩いって……。進藤さん、酷い!私は大事なクラスメイトである進藤さんのためを思って、こうやって課題を一緒に手伝ってあげているというのにっ」
「…僕を巻き込んでね」
それには感謝しているが雑談が多すぎるのだ。鎹が来てからはそれがさらに酷くなった。
「それにただ煩いだけの人間なら私じゃなくて鎹君でしょ。違うクラスだってのに、私達の間に入ってこないでくれる?」
「放課後ぐらい別にいいだろ?つか、別に休憩中とか昼休みとかでもいいはずだ。俺だけ仲間外れにされたんだから。俺だけクラスが違うんだから。俺だけ…俺だけが…、何で俺だけクラスが一組じゃなくて四組なんだ!?何で俺は四組なんだ!?不公平だっ!策略だっ!陰謀だっ!」
「……別に二年の時のクラスで、鎹君だけが四組になったわけじゃないでしょーが」
そうなのだ。
私、小日向、瀬川は三年生になり一緒の一組クラスになった。瀬川とは一年の時以来。小日向とは連続で同じクラスだ。だが鎹は四組。四組にも二年の時に一緒だったクラスメイトは何人かいるのだが、鎹は私と小日向が違うクラスなのが少し気にくわないらしい。さらに言えば、私と小日向と瀬川。三人が仲良くしているのが羨ましいらしい。
女子か。
ちなみにこのクラスには無気力やる気無し子でお馴染みの、あの久遠もいたりする。
「教室の前を通りかかったらお前らが仲良く何かしてたから俺も混ぜて貰っただけだろ?そんな可哀想な俺を非難するのは、それこそ酷い事だとそう思わないか!小日向」
「えっ!?僕に聞くんですか!?」
「言ってやりなさい瑛士君。この男に、はっきりと、分かりやすく、丁寧に、これでもかってぐらいに大きな声で。邪魔だ、と」
「……空ちゃん」
煩い。
課題を出された他のクラスメイト数人が、ちらちらと迷惑そうに、はたまた好機な視線で私達を見ていた。
「終わらない…」
ぎゃーぎゃー騒いでいる三人を静する事を諦め、私は課題に集中しようと机にある問題集とノートを見つめた。
「…………」
はぁ、とため息をつく。
「終わらない…」
終わらない。
だけど、確実に終わりを迎える『今』が始まった。




