二後 vorbesc.凛・玲衣
サブタイトル。
二後
さようなら。
私の大好きな人。
私は貴方が好きでした。
ずっとずっと好きでした。
気付いていましたか?
私が貴方を見ていたのは、中学の頃からなのですよ?私がこの高校に来たのは、貴方を追いかけてきたからなのですよ?
それぐらいずっと。
長い間ずっと。
貴方だけを見てました。
貴方だけを好きでした。
貴方だけが、欲しかった。
他の誰でもない、
貴方を私は好きになりました。
遊園地でダブルデートをしましたね。貴方は最初は嫌そうな顔をしましたね。でも、私の顔を見て何かを思ったのか、優しく笑って「いいよ」と言ってくれましたね。
私があの時、何故ダブルデートなどというものをしたかったか分かりますか?分からないですよね。
だって私は隠してたから。私の中にある醜いものを、必死に必死に隠してたから。
でも、貴方が「いいよ」と言ってくれたのは、もしかして私の醜い心が見えたからですか?
私の醜い心が見えて、それでも優しく笑ってくれたのですか?
貴方は優しいから。
本当にそうなのかもしれませんね。
でも、私は弱いから。
貴方にその真意は聞けなかった。
「観覧車、乗りませんか?」
玲衣は帰った。
私と双弥先輩はまだ遊園地にいた。
「観覧車?まだやってるかな」
「行ってみましょう!行ってみたら分かりますよ」
私は双弥先輩の手を引いて駆け出した。観覧車に乗りたかった。だって、観覧車はカップルの定番だったから。
乗りたかったの。
最後に一度だけ。
きっと、最初で最後の一回になる。貴方と。
観覧車が私達を乗せて回り出す。ゆっくりと動くそれに、私達は向かい合わせで座っていた。
外の景色を眺める。辺りは暗くて、遊園地のアトラクションの光がピカピカと光っているのが綺麗だった。
きっと、頂点近くからはずっと遠くの景色まで見えて、もっともっと綺麗なのだろう。
「乗れて良かったね」
「はい。ギリギリでしたね」
静かな空間に二人きり。
こんな状況、きっともうないんだろうな、と思うと悲しかった。
でも嬉しくもあった。
この最初で最後の時間を、私はこうして過ごしていられるのだから。
そう。
最初で最後。
こんな事出来るのは、今日が最後なのだ。
私は気付いてた。
でも、必死に気付いていないフリをした。
いや、違う。
気付いていて、気付いているよと当て付けみたいに接して、双弥先輩が優しいからそれに甘えて。
縛り付けるみたいに、私はしがみついていたんだ。
前からずっと気付いてた。
それでも貴方が好きだから。貴方は私を好きになってくれると信じてたから。
でも駄目なんだと思う。
貴方が大切にしている人が分かったから。貴方が誰を一番に見ているか分かったから。
貴方を一番に動かしているのはあの人だったから。
さようなら。
私の大好きな人。
私は貴方が好きでした。
ずっとずっと好きでした。
貴方だけを見てました。
貴方だけを好きでした。
貴方だけが、欲しかった。
他の誰でもない、
貴方を私は好きになりました。
だから。
「双弥先輩」
頂点近くに差し掛かり、外には絶景が広がる。それを眺めている双弥先輩に私は口を開いた。
「別れましょうか」
貴方は貴方の大切な人を、守ってあげて下さい。
――――――――――
「玲衣君」
進藤先輩の声がして顔をあげると、そこにはいつものように制服姿の彼女がいた。
慌てて来たのか、進藤先輩はいつもの冷静沈着な様子ではなく、少しばつが悪そうな表情をしていた。
「ごめん。遅れた」
「大丈夫ですよ」
俺はそう言って微笑する。
進藤先輩はつい先日まで体調を崩し臥せっていた。体調はもう大丈夫なのだろうかと、まだ少し心配だったが、見る限りでは元気そうだ。
安心した。
進藤先輩が席につき、珈琲を頼む。暫く無言の状態が続いた。俺も、進藤先輩も、どちらとも口を開かない。いつもなら、適当な話をしてはくだらない事を言っている時間。それがそうならないのは、やはりあの日の事が原因なのだろう。
遊園地のあの日から、まだ数日しか経っていない。
あの日、俺は進藤先輩から拒絶を受けた。いつもの先輩とは違う、はっきりとした『拒絶』。
距離ではなく拒絶。
悲しさよりも、
悔しさよりも、
怒りが俺の中にあった。
どうしてだ、と。
何故、と。
ぐるぐる廻る俺の思考に、時折ちらつくのはあの人の顔。
進藤先輩。
貴方を守れるのはあの人なのですか。
貴方を助けてあげられるのはあの人だけなのですか。
俺では、駄目なのか。
俺では、駄目だった。
「玲衣君……、それでさ、凛ちゃんの事なんだけど…」
凛?
なんの事だと思ったのは、ほんの一瞬だった。
「…鎹先輩からでも聞いたんですか?」
「うん。まぁ、鎹君がフラれたらしいんだけど…、凛ちゃん大丈夫かな?やっぱちょっと心配で」
凛の事より、他に気にすべき事があるんじゃないのか。
そう、心の中の俺が呟いた。
いや、
俺が気にして欲しいだけなんだ。ただ俺だけがそれを望んでいるだけ。気にして欲しいのは凛じゃない。
あの時の俺の言葉を、あの時の俺の態度を。
そして、あの時の俺の気持ちを。
気にして欲しい。
俺だけが一人、
空回りしている。
「凛なら大丈夫ですよ。そこまで落ち込んでいる雰囲気ではなかったですし。それに、どこか吹っ切れたのかもしれません」
鎹先輩と別れた、と凛が俺に話してくれた時、凛は泣いた。わんわん泣いた。フラれた立場ではなく、フった方の立場である凛が、それでも悲しみを堪えきれずに泣いた。俺は何も言わなかった。
言わなくても伝わる。だって俺と凛は双子なんだから。
泣いていた凛。それでも、凛は次の日にはしゃんと立っていて。
それが嬉しくもあり、誇らしくもあり。
そして悲しくもあった。
「そっか…」
進藤先輩は、ほっと微笑した。だけど、その笑顔がどこか悲しげなのは気のせいではないと思う。
「進藤先輩……」
そんな進藤先輩に俺は声をかける。目の前にあるティーカップを弄り、見つめながら。
言わなければいけない事をいう。終わらせなければならない事を言う。
そのために、俺は今ここにいるのだから。
「進藤先輩……」
分かってる。
言うべき話も。言わなきゃいけない事も。伝えるべき言葉も。
だけど。
「………」
終わりにしたくなかった。終わらせたくなかった。まだもう少し、貴方と一緒にいたかった。
だけどそれは叶わない。
だって俺は。
俺達は。
「……凛たちも別れた事ですし、俺達の嘘彼氏彼女も終わりですね」
嘘。
全て嘘。
始めから終わりまで全て。俺達の間にあったのは嘘の関係で、作り物の弱々しいちっぽけな繋がり。
凛の恋が終われば、それと一緒に千切れて終わる儚い繋がり。
そんな、細い細い脆くて弱い糸のような繋がりを、自らの手で切ってしまうのが。
こんなにも手離したくないと思ってしまうのは。
誤算だったと思う。
そもそも最初から誤算続きだったのだから、最後まで誤算で終わるのは当然の展開なのかもしれない。
最初から、
最後まで。
誤算で始まり
誤算で終わる。
俺達の繋がりは、
誤算だったんだ。
誤りの関係。
虚像だ。
俺は笑った。
「…進藤先輩と鎹先輩、結局どんな関係だったのか、いまいち俺には分からなかったな」
そう溢した俺に、進藤先輩はクスクス笑って「友達、なんだってさ」と可笑しそうに口にした。
友達。
友達、か。
俺がなりたかったのは、その言葉がもつ関係の繋がりではないのかもしれないけれど、
もしかしたらそれも
いいのかもしれない。
今度は誤算ではなく正算での繋がりで。
友達なら
まだ貴方の側にいられますか?




