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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第一章 吸血鬼
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治癒藥

後悔先に立たず。


この言葉を私は今までの人生の中で、今一番噛みしめている。



やらなければ良かった。

舐めなければ良かった。



クラスメイトである鎹の血なんて口にしなければ良かった。

気まずさが半端ない。


授業中も

休み時間も

掃除の時間やお昼でさえも。

学校にいる間中は勿論、家にいる時でさえふとした時に後悔する。


クラスメイトの血なんて口にするべきではない。





しかもその血が、






甘く感じた、だなんて。





私は吸血鬼。

でも、吸血鬼である前に人間なんだ。人間であるんだと信じたい。

血が甘いと感じたのはあれが初めてだった。鉄臭い味の中に甘味があった鎹の血。何故甘く感じたのだろう。

鎹の血だったからか。

あげる、と差し出された血だったからか。



それとも、

私が吸血鬼として進化をしてしまったからなのだろうか。










あの日から一週間がたち、鎹が学校を休んだ。

鎹の姿を見なくて済むんだとほっとした気持ちが私の中にあり、時間が経つにつれてその気持ちは『不安』という感情に支配されていった。


私が血を舐めたからではないかと。


これまで血を吸ってきた人達の体調が害われる、という事は今まで無かったと思う。

それに鎹の血を舐めてから一週間ほどがたった今、私が鎹の体を害したとは言い難い。

だが、不安がぬぐえない。


ぬぐえないのは、鎹の血が甘かったからだ。

今までと違う。


今までと違う私がいたから。





「じゃあ頼むな」


そう言って担任から渡された三、四枚のプリントを手に持ち私は学校を出た。

今日休んだ鎹に渡さないといけないプリント。


こんなもの、明日来てから渡せばいいし、日直である私が届けなければならない意味も解らない。

この担任は何かと日直に頼る傾向がある。誰かに頼むという行為が苦手なのだろうか。

日直なら『仕事』として任せられるから、と思っているのではないだろうか。


そもそもこういったものは、鎹の家に近い人物が行くべきではないのか。

生徒の個人情報である家の場所を無断で生徒に教えるというのも如何なものかと思う。

友達、とかならまだしも私と鎹はただのクラスメイトであるのに。


色々と思うことはあれど、私がそれに従ったのはやはり相手が鎹だったから、ということになるのだろう。


あの時から人間の血は口にしていない。血が甘いと感じたあの時から、一度も。


美味しくない。

不味い。

ただの血。


そう思える事が、私が吸血鬼ではなく人間であるのだと感じる事の出来る感情の一つだったというのに。

それが奪われた。

ただの血が、ただの血では無くなった。


甘いと感じるのは鎹の血だけなのかもしれない。

そう思う反面、他の人の血も甘く感じたらと、そう考えてしまう自分もいる。



今はまだ、喉が渇いているという事はない。だけど、きっとそのうちくるのだろう。


喉が渇いて、人間の血を飲まないといけなくなる日が。









ピンポン。

チャイムを鳴らす。


暫くの後、中から足音がしてガチャリと軽い音とともに扉が開く。


「進藤?」


私服姿の鎹双弥がそこにいた。パジャマ姿じゃなくて良かった。


じゃなくて。

元気そうな鎹に安心というか多少拍子抜けしながらも表情には出さず、私は持っていた鎹宛のプリントを渡す。


「これ、先生が持っていけって。プリント」

「ああ、ありがと」


何故?

という感情が鎹からは見てとれた。私が持ってきたことも去ることながら、そんなに大事なプリントなのかと思う所もあるのだろう。

私が持ってきたのは運悪く日直だったから、と言い訳じみた言い訳をしたくもなく、私は「じゃあ」とすぐに帰ることにした。

元気そうだから体調の方は大丈夫そうだし。


だが、帰ろうとした私に鎹は「ちょうど良かった」と笑顔をみせた。


「進藤、ちょっといいか?」


そう言って鎹は家の中へと戻っていく。これは家の中へ入れ、ということなのだろうか。

私は躊躇しながらも戻ってこない鎹に、恐る恐るといった感じで玄関に足を踏み入れた。


家族はいないのだろうか。


「進藤、ちょっとちょっと」


奥から鎹の声。

これはもうこの中に入っていかないといけない感じだ。

いいのだろうか。

入っても。


他人の家、それも男の家に入るのは出来ればやりくない。というか嫌だ。友達の家ならまだしも。


うぅー、と心の中で唸りながらも私は小さく「お邪魔します」と言って足を進めた。



鎹はキッチンにいた。


「これこれ、これ切れる?」


そう言って鎹に差し出されたのは赤い林檎。


「…切れるけど」

「切ってくんない?俺だと林檎が大変な事になっちゃってさ」


すぐそこにあるリビングの机には見るも無惨な林檎の姿。テレビの音だけが虚しくその部屋に響いている。



「親が林檎置いてってくれたんだけど、まさかのそのまま。優しさの欠片もないよな」

「…家庭科で林檎の皮剥きとかしなかったの?」

「して出来るものなのか?」


ここまで酷くはならないと思う、と無惨にもバラバラ死体となった林檎に哀れみの視線を向ける。


はい、と林檎と包丁を渡され、私は有無を言わさず林檎を切るはめになってしまった。




リビングの椅子に座り林檎を切る。斜め前に鎹は座り私が林檎を切るのを見ていた。

見られてると切りにくいな、と思っていても口には出さずザクザクシャリシャリと林檎を切って皮を向いていく。

その端から鎹が食べていってしまうので、切り剥けた林檎がお皿に乗るのは数秒にも満たない。

私に食べさす気はないと。食べる気は無かったけどさ。



「…そんなにお腹減ってたの?」

「まぁ」

「丸かじりすれば良かったのに」

「皮は剥くものだろ?」

「いや、皮食べる人もいるから」

「ふーん」


出たよ。

また「ふーん」が。

聞いているのかいないのか。はたまた興味がないのか。もしや林檎食べるのに夢中になっているのではあるまいな。


「あ、進藤も何か食べる?」


そう言って立ち上がりキッチンへと向かう鎹。彼は私に林檎を食わす気は本気でないようだ。

ガチャと冷蔵庫の開く音。


「別にいらない」

「あ、血のが良かった?」

「………」


悪気はない。

悪気はないのだと思いたい。ただ、その話題は今持ち出してもらいたくはなかった。


「進藤?」

「……何?」

「………」


名前を呼んでおいて無言で返す鎹。手にお茶とコップを持って帰ってきた鎹は、コップにお茶を注ぎ「はい」と私に渡す。

いらないって言ったのに。

これでは林檎剥き終わっても少々滞在しないといけない感じではないか。

ただ、お礼は言わなくてはならない。


「ありがと」

「んー」


林檎を食べ始める鎹。

その鎹が「あのさぁ」と聞こうか聞くまいか悩んでいた的な感じで話始めた。


「あのさぁ、俺の血って不味かった?」


ぴくりと手の動きが一瞬止まってしまう。


「…何で?」

「あの時ちょっと舐めただけで止めただろ?だから不味かったのかなーと思って」


不味かったのではない。

甘かったから止めたのだ。


「舐めた時、進藤様子変だったし」

「…そういえばそうだね。あの時舐めたの少しだけだったから、傷残っちゃったんじゃない?」

「そうそう。不思議だなって思ってたんだよ。進藤が舐めた所だけ傷が無くなってたからさ」


吸血鬼の唾液には傷を治す、塞ぐ効力がある。一種の治癒力というやつだ。それがないと首もとに牙を突き立てた後、抜くときに大変な事になってしまう。

多少の切り傷擦り傷程度なら跡形も無くなるだろう。


「便利だな」

「手の傷は大丈夫だった?」

「ああ。別に深くなかったから今はもう全然」

「そう。良かった」


林檎も剥き終わり、私は出されたお茶を飲む。さっさと帰ろう、と二口三口続けて飲んだ。

黙っているとまた『血』の話になるのではないかと思い、私は適当に話題を出す。


「鎹君の家族は仕事?」

「そう」


鎹は頷く。

病気の子供残して仕事とはなんて親だ、とは思わない。子供と言ってももう高校生なのだから。自分のことは自分で面倒見れるだろう。


「まぁただの腹痛だったから」

「腹痛だったの?」

「病院言って薬飲んで寝たらすぐ治った」


本当にただの腹痛だったようだ。前日に飲んだ牛乳が悪かったらしい。


「進藤の親は?」

「仕事?共働きだよ」

「吸血鬼の仕事?」


どうしてもそっちに話を持っていきたいらしい。


「…そんなに聞きたいの?」

「気になるし。吸血鬼の仕事って何なのかな、って」


はぁ、と私はため息を吐いてから話し出す。





「うちの両親は吸血鬼じゃないから」






家族で吸血鬼なのは

私だけ。





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