むず痒いその言葉は、
私は鎹の手を取った。
私の意思で。
私の意思を信じて。
「けど、どうしてあんな事になったんだろうな?もしかして、あの時よっぽど喉が渇いてたのか?」
吸血鬼的な意味で。
そう鎹が尋ねる質問に、私は淡々と答える。
「喉は渇いてたよ。もの凄く。全然血を口にしてなかったしね」
「何で口にしてなかったんだよ。確か、二週間にいっぺんは口にしないといけないんだろ?」
「時間がなかったの。最近はいつも玲衣君と一緒にいたし」
それに鉄臭い血の味は、私を酷く不快にさせて口にするのが億劫だった。
と、私はここではたと気付く。
「ねえ…、凛ちゃんは?こんな所見られたら凛ちゃんが……」
教室での鎹とのやり取り自体がすでに致命傷だったが、私はこんな所見られたら、と言う。
だが、鎹は少しだけ目を伏せ、それは大丈夫だと言う。
「別れたから」
「わか、別れた!?」
私は思わず叫ぶ。
「まぁ別れた、というよりフラれた、だな」
「フラれ……、何?鎹君、凛ちゃんに何かしたの?」
佐倉が鎹を振るなんて想像もしていなかった。鎹が何かしたに違いない。佐倉の嫌がる何かを。
「何かした、と言えば何かしたかな…。俺が不甲斐ないばかりに…」
「な、何したの?」
よっぽどの事をしたのだ。きっと最低なことを。
「友達を放ってはおけなかった」
「友達?」
友達って誰だ?そんなに危機迫ってる友達なんて、鎹の周りにいただろうか。
むーん、と一人で考えこんでいたら無言で鎹が私を見ていた。とても悲しそうに。
「…………?」
もしや私?の意で私は自身を指差す。
「お前以外に誰が?」
その言葉に私は目を見開く。
「友達だったの!?」
「酷いっ!」
鎹が泣き崩れるかの如くしゃがみ込み、顔を手で覆う。
「お前は俺を何だと思ってたんだ!!」
何だ、って。
「いや、クラスメイトだけど……」
少々お節介な。
ただのクラスメイトの男の子。
鎹が酷く傷ついたかのような悲壮感で、がっくりと肩を落としている。
そんな鎹を私はまじまじと眺めていた。
友達。
ともだち。
「……友達」
確かめるように、声に出して言ってみた。
むず痒かった。
なんだかむずむずする。
だけど、どこか心地よい響き。
「…友達、なの?」
「お前はどこまで俺を傷付ける」
そうか。
友達。
友達なのか。
ただのクラスメイトじゃなく。
クラスメイト、ってだけじゃなく。
『友達』
自然顔が緩んでいた。
笑みが溢れる。
ふふ、と忍び笑っていると、鎹がそれに気付いたのか不服そうな顔をした。
それがまた楽しくて。
「あっはははっ。変な顔!」
友達。
私と鎹は友達らしい。
変なの。
私と鎹が友達だなんて。
変なの。
「あははははっ」
「…笑いすぎじゃね?」
鎹は私の友達。
クラスメイトでも、血をくれる人でも、ただの知り合いでもない。
友達。
私は鎹の友達なのだ。
おかしかった。
そして楽しかった。
嬉しかった。
私の友達。
鎹双弥は私の友達。
友達。
そうして友達になった私達は二年生を無事に終え、三年生へと進級した。




