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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第四章 友達
28/109

名月や 池を流りて 夜はすえゆく

28話。

『名月や 池をめぐりて 夜もすがら』


松尾芭蕉の俳句。



この話、書いてる本人が言うことじゃないけれど。実は好きじゃない。

1章から4章の中で、一番蹴躓いた所だからかもしれないけれど。何とかこねくりまわして書いた話だからかもしれないけれど。


でも、投稿する前にちょこちょこ書き直してたらまだマシになった、かな。



4章はこれを含めて、あと3話で終わります。で、5章に入ります。


れー君で、もそっと遊びたかった。



それでは。

前書きを終わります。

私は鎹の手を払い飛ばした。


鎹の血の、甘い匂いがする。近くに鎹がいる。すぐそこに。甘い血を持つ鎹がいる。

私はここにいてはいけない。鎹の近くにいてはいけないんだ。


「進藤先輩…」


玲衣の声が近くでした。

近くにいることは知っていたはずなのに、今の今まで玲衣の存在を認識する事が出来なかった。


その玲衣の声がする。


私は玲衣にすがり付こうとした。私をここから連れて行って。私を鎹から引き離して。私を、鎹がいない所へ、と。

だけど、そう思って押しとどまった。


玲衣に頼ってはいけない。

玲衣の優しさにすがり付いてはいけない。


玲衣は優しい。

ずっとずっと優しい。

きっと言えば、ここから連れ出してくれる。鎹が見えない所へ。鎹がいない所へ。


だけどその後は?



私はきっと玲衣を傷つける。私は玲衣に牙をむく。血欲しさに、玲衣を襲ってしまうだろう。


それはしたくない。

この子は、傷つけてはいけない。

玲衣は傷つけたくない。



巻き込みたくない。









「進藤先輩、大丈夫ですか?」


女の子の包み込むような優しい声がした。

佐倉だ。


佐倉は膝をついて踞っている私の体を支えるように、そっと手を貸してくれた。



私はそれにすがり付いた。

佐倉のそれに、すがった。










「大丈夫ですか?」


佐倉が心配そうに少し離れた場所から声をかけてくれた。

ここは化粧室だ。


あの時、近くに来てくれた佐倉に、「吐きそう」と言ってここに連れてきてもらった。すぐ近くの化粧室が遊園地の職員棟だったので、スタッフに頼んで職員棟に入れてもらった。本来ならスタッフオンリーな建物の中。

入れたのは私と佐倉だけだ。


鎹と玲衣は建物の外で待っている。

良かった、と思った。

ほっとした。

二人から離れられたから。


「…大丈夫。ごめんね」

「いえ。ゆっくりしましょう」


佐倉は微笑した。

それが嬉しくて、そして申し訳なくて。


私は佐倉に「吐きそうだ」と言った。吐きそうなのは本当だ。だけど、佐倉にそれを言ったのは、私があの場を離れたかったから。鎹、そして玲衣から離れたかったから。佐倉なら、私は襲う衝動を抑制できる。女の子だから。女の子を襲うのを、私は自分に禁じている。もう何年も、何年も。

だから大丈夫だと思ったのだ。


「ごめんね…」

「…?本当に大丈夫ですか?」


佐倉は不信、そして心配げにこっちに近付いて来た。


「付き合わせて悪いな、と思って」

「ああ。まぁ、私は大丈夫ですよ。もしあれなら薬とか貰ってきましょうか?」

「いい、いい。薬苦手だし」

「…辛いなら飲んだ方がいいですよ。いくら薬嫌いでも」


それで楽になれるなら。

我慢するよりその方がいい。

そう佐倉は言った。


「そうだね…。でも大分楽になったから」

「そうですか?……もしかして、アレだったんですか?」


アレ、とは女の子特有のアレだろう。

私は笑った。


「違う違う。寝不足が祟ったんだと思う」

「なんだ。寝不足だったんですか。夜更かしは駄目ですよ。お肌にも悪いので」


それにも私は笑ってしまう。


「……笑いごとじゃないですから」

「そうだね」


でもおかしかったんだよ。

佐倉がじとりと私を見る。


「大丈夫になったなら皆の所に戻りますか。二人も心配してましたし」


それを聞いて、私はすっと表情を戻す。

戻れない。戻ってはいけない。


「…私、帰るね」

「…へ?」


佐倉が目を丸くする。


「また具合悪くなったらいけないし。帰るよ。一人で」

「………玲衣、呼んできましょうか?」

「ううん。いい。ちょっと一人になりたいんだ」

「そう、ですか…」


佐倉は何か言いたげに私を見ていたが何も言わなかった。それが佐倉の優しさだ。何も聞かない。聞かない方がいい、と思ってくれたのだろう。


「分かりました。じゃあ、進藤先輩。私とアドレス交換しましょう」


突然の佐倉のその申し出に目を丸くする。


「帰り道、何かあったら電話して下さい。玲衣を寄こしますから」


笑顔で佐倉が携帯を取り出す。玲衣を使いパシリのように言う所は、物凄く玲衣の姉っぽくて、私は知らず和んだ。

私も携帯を取り出し、佐倉とアドレス交換をした。佐倉は建物から出て行き、私は佐倉とは違う出口から出て、遊園地を後にした。






私はその日から二日間寝込んだ。










「あろはー」


終業式、朝。

私は復活して学校に来ていた。終業式には間に合って良かったな、と思う。キャラでもないのに、殊更明るくそう友人らに声をかけたのは、教室に鎹がいたからだろうか。

二日休んだ私を友人らは心配してくれたが、私を見て大丈夫だと思ったのだろう。いつもの様に、普通に接してくれていた。

鎹がこっちを見ている気がしたが、私は鎹の方へは視線をやらなかった。






「では、春休みの課題を配る」


担任がそう言った言葉で、クラス中がざわめいた。


「課題なんてあるんですかっ!?」

「ある。新しいクラスで回収されるからやっておくように」


そんなばかな、と落胆するものがほとんどだった。


「大丈夫だ。別にやらなくてもいい。俺には関係ないからな」


さっき、「やっておくように」といった口でやらなくてもいい、と言う担任。どっちなんだよ、とクラスの空気が突っ込みを入れる。


「このクラスは今日が終われば、もう俺のクラスじゃなくなる。何人かはまた俺が担任を受け持つが、それ以外は知らん。俺のクラスになるやつだけ絶対にやれ。他は知らん」


知らん、て。

教師が言うべき言葉じゃない、と誰もが思っていた。そして、担任の新しいクラスになる人なんて今分かるわけがないじゃないか、とも。なにせ、クラス張りは始業式の日に行われるのだから。


だが、担任の機嫌が普段より悪い事は分かっていたので誰も口を開かなかった。

朝から機嫌が悪い。何かあったのだろうか。


前から順に配られるプリント。

私はそれを後ろの久遠に渡そうとして振り向く。久遠が性懲りもなく寝ているのを、私は黙って見る。今日でこのクラスもおさらば。この、やる気ない人間、久遠ともおさらばだ。


長かった、と感慨深くなる。

久遠を空気のように感じることはついに出来なかったが、これでお別れかと思うとすこし物悲しいのはなぜなんだろうか。迷惑掛けられた分だな、きっと。


「さらば、久遠」


小さくそう呟いた言葉は、久遠にも周りにも聞こえないほど小さかった。







チャイムが鳴った。

終わりだ。

二年生の終わり。このクラスの終わり。


何だか長かったな、と思う。二年生のこの一年が。色々あったな、と思う。このクラスで。

苦笑する。終わりだ。もう終わり。色々悩むのも、辛いのも、もう終わり。やっと終わり。これで私は戻れるのだ。前の私に。思い出す事が出来るのだ。自分を取り巻く環境が他人と違う環境なのだと。




終わりだ。


終われる。



私は。



『私』に戻る。










「進藤」


私を呼ぶこの声の主が誰かなんて、私は見なくても分かる。きっとこの一年で一番聞いていた声で、一番耳に残っている声で、一番忘れたい声。


視線をやる。

見なくても分かる。できれば見たくなかった。その声の主の顔。

それがそこにある。



「何?」


私の表情が無表情になったのは、どうして話しかけてきたんだ、と暗に伝えたかったから。

私は終われるのに。今日を境に戻れるのに。

それを邪魔しないで欲しいな、と。


「話があるんだけど」


鎹がそう言った。

私にはない。話は無い。話はしたくない。



「ごめん。この後用があるから」

そう言って私は早々にその場を去ろうとくるりと方向転換した所で、腕を掴まれた。

私は反射的にその手を振り払った。


ぶん、と腕が空をきった。

周りがしん、と静まりかえる。

教室にいた人間が口を紡ぐ。


私は動けなかったが、鎹は違った。

がっ、と私の腕を掴みなおし、ぐいっと引っ張って教室を出る。あまりの力の強さに、私は顔をしかめたが鎹は手を離さずぐいぐいと引っ張りながら歩き続ける。


「…っちょ、何っ!?」

「何、じゃないだろ。お前に話があると言っただろーが」


ぐいぐい引っ張る。

鎹の顔は少し怒っていた。


「話ならここでしてよ!」


何とかしたくてそんな事を言ってみた。

足を止めずに鎹は言う。


「いいのか?ここで話しても。俺は別に構わないけど」


ぐっ、と私は押し黙った。


吸血鬼だと。

私が吸血鬼である事が分かる話を、今ここでしてもいいのかと鎹は言っているのだ。

良い訳がない。


鎹の、私の腕を掴む力は緩む気配はない。がっちりと掴まれた腕が、酷く痛かった。










着いた場所はいつもの場所だった。

東棟三階にある第二多目的教室。

いつも鎹から血を貰っていた場所だ。


「…ここじゃないと駄目なの?」


ここにはあまりいたくなかった。


「別に違うところでも良いけど。…あの屋上まで行くか?」


あの屋上、とは、私と鎹のでたらめな噂が流れた時、学校では話が出来なくて私が呼び出したとある建物の屋上だ。

あそこまで行くのは骨が折れる。


「…いいや」


早く終わらせたかった。


「…で、話って何?」


私は鎹を見ずにそう問いかける。早く終わらせたかった。早く終わらせて欲しかった。

だけど鎹は一向に話始めようとはしない。


「…………」


この沈黙が苦しかった。

早く帰りたい。そうずっと思ってた。この場所は嫌だ。ここには居たくない。ずっとここに居ると思い出すから。ここで何をしたか。ここで何をしていたか。


「…鎹君、話がないのなら」

「話ならある」


イラっとした。


「なら早く話してよ。さっきも言ったけど私この後用事があるんだから」

「ここで俺は進藤に血をあげてた」


急に話の本題に入る鎹。


「…そうだね。ありがたかったよ。何?押しつけがましいなぁ。もしかしてそのお礼に何か要求したいの?」


要求などと、鎹が言うわけ無かったが、そんな言葉しかでなかった。

鎹がすたすたとこっちに近付き、おもむろに私の両肩を掴む。何だ?と思ってる間に、鎹が少し屈みこみ、私の首筋に顔を近付け。







がぶり。





と、私の首に咬みついた。







「………!?」


鎹の歯が私の首に食い込む痛さに、無意識に引き離そうとするのだが剥がれない。その間にも鎹の歯は段々力を増していっていた。


食い込む。首もとに食い込む。ぐいぐいと食い込む。ぎちぎちと食い込む。

これは駄目だ。駄目なやつだ。


「…っ、ちょ、痛いっ!いたいいたい痛いっ!!」


噛みちぎられるのではないかと思うほどに咬みつかれる。私は必死に鎹を引き離そうとするが鎹は離れない。


これは本気だ。

本気で食いちぎられる。流血沙汰になる。脂汗が滲む。


その間にも、鎹の歯は噛み契らんとするほど私の首もとから離れない。



ガチで喰いちぎられるっ!!

そう思った。


だから。


「…っ!痛、い…って、ばっ!!!!」


ガッ!!

と、私は鎹を思いっきり蹴り飛ばした。

鎹が吹っ飛ぶ。


「っ…痛い…っ」


あまりの痛さに、私は半泣き状態だった。


「…い、てて」


吹っ飛ばされた鎹がそう言って、ゆっくりと起き上がった。


「私の方が痛いわ!喰いちぎる気か!!」と私は叫ぶ。


マジで喰いちぎられるかと思った。噛みつかれた首元に手をやる。血は出ていなかったがじんじんとまだ痛い。この糞野郎。


「…俺も痛い」

「馬鹿なことするからでしょ!?自業自得だし!」


痛い。

痛すぎ。

痛い痛い痛い。

泣いちゃうぞ、ホントに。


だけど、鎹は「それより痛いんだよ」とふざけたことを抜かした。私は鎹を睨む。


「そんな事ないでしょ!?思いっきり蹴ったけど、絶対私のが痛いし!」


ふざけんな!

こっちは噛みつかれたんだぞ!!

蹴られることなど非じゃないっ!


そう怒鳴るが、鎹が言ってるのは私が考えていることとは違う事だった。


「蹴ったことじゃなくて、俺がいつも進藤に血をあげてる時の痛みだよ」


いてて、と鎹が体を押さえながらこっちに来る。私はぐっと詰まった。


「…それは、まぁ、そうだろうけど」

「だろ?」

「でも、それは鎹君が吸血鬼の目の力使われるのが嫌だって言ったからじゃない」

「そうだ」


鎹が頷く。


「俺の、意思だ」


意思、を強調する。


「俺が、俺の意思で、そうしてくれって頼んだ」


最初から鎹は吸血鬼の目を使われる事を嫌がった。拒否した。だから私は鎹の意識があるまま鎹の首に噛みついている。牙が食い込む痛みは尋常ではないだろう。女の人が言う、『出産の痛み』ぐらいの痛みなのかもしれない。


「遊園地の時、進藤おかしかったよな」


鎹がそう唐突にきりだす。

私は、そうだよ、とも言えず「鎹君には関係ないから」とだけ小さく呟いた。


「関係ない?本当に?」


鎹が確かめるように言う。


「………」


関係ない、わけない。

だって私はあの時、他でもない鎹の血を求めたのだから。



「俺は心配なんだよ。ただ心配なだけだ」


心配。

鎹は言う。


「あの時、お前の身に何が起こったんだ?」


私の身に起こったこと。



何が起こったのか。



それは。



それはきっと簡単に言ってしまったら。



「……意識がなかった」


そういうことだと思う。

私はぽつりと言った。


「私は鎹君の血を見て、匂いがして、それで……」


多分、意識が血だけに向いた。

血だけを求めた。

他には何も考えられず、血だけを求めた。


まるでそれは、私の中の吸血鬼が突然顔を表したかのように。



「意識がなかった、か。まぁ、確かにそんな感じだったな」


鎹がため息混じりに言う。


「…あの時、鎹君が止めてくれなかったら…」


私はきっと鎹を襲っていたのだ。

血の一滴まで。貪るように。襲いかかっていただろう。

そう思うと怖かった。

鎹を殺してしまいそうで。

恐怖した。


「だから、もう私に関わらないでよ」


危険なんだ。

危ないんだ。

だからお願い。


もう私を放っておいて。



「別に危険でもなんでもないんじゃないか?それに、もしそれが俺のせいだったのだとしたら、俺の責任だし」


危険じゃない、と鎹は言う。

鎹はなんて馬鹿な事を言うんだろう。

俺の責任?

意味が分からない。


「…危険じゃないわけないじゃない。私はあの時無意識に血を求めてた。きっと少しの量じゃ足りなかった。もっともっとって、自分が満足するまで血を奪い続けてた!相手の意思なんて関係なく、無理矢理襲ってたんだっ!!」


それが分かるから。分かってしまうからこそ怖いのだ。次、ああなったら、私はきっと今度こそ。




人を襲う

化け物だ。





そうなりたくない。

そうはなりたくないの。




「私はもう、嫌なんだよ。嫌なの…」


お願い。

私が貴方を殺す前に。




「危険じゃねーよ」


鎹の言った言葉に、私はきっ、と視線を強くする。

まだ言うのかこの男は。


「俺が止めてやる。俺が、進藤が駄目にならないように止めてやる」


鎹は根本的に分かってない。私がああなったのは、鎹の血だったからだ。鎹の、甘い血だったから。


甘い血の匂いが、私を狂わせたのだ。


あの時、あれが鎹の血でなかったら、きっと私はああはならなかった。甘い血の匂いじゃなきゃ、私はまだ自分を抑えられていた。



鎹が近くにいればいるほど、私はきっと狂い出す。鎹の甘い血が、私を狂わす。


だから離れたいのに。

だから離れて欲しいのに。


鎹は俺が止めると言う。

危険じゃない。止めてやると言う。


違う。

違うの。



「次ああなった時、私は私を止められない。鎹君にも止められない」

「止められる」

「止められない!」

「出来る」

「っ出来ない!危険なの!危ないの!無理なのっ!!」

「無理なんかじゃない。俺がお前を止められなくても、お前がお前を止められる」


私が私を止める?

そんなの無理だ。だって私は。


「…意識はなかった」


『自分』という意識。駄目だという意識。あの時私にあったのは、血が欲しいという欲求だけ。


「でも取り戻しただろ?自分の意識を。だからあの時、進藤は自制できた。俺を襲わなかった」

「…あの時はたまたまだもの。鎹君の声があって、…多分ああなったのが初めてだったから。次はああはならない」


そんなに何度も、上手くはいかない。


「最初が止められたんだ。次は止められない、なんてのはおかしいだろ?最初が出来たんだから次も出来る。次も止められるってのが道理だ」


次も止められる。

そう鎹は言うが。


「…次はもっと狂うかも。遊園地の時より、もっともっと」


鎹の声も届かないぐらいに。

鎹が鼻で笑う。


「じゃあ俺達がもっともっと強くなればいい。そんな意識に負けないぐらい、自分の意思を強くもてばいい」


自分の意思を、

強く。


「牙を首に突き立てられるのは痛い。もの凄く痛い。死ぬほど痛い。だけど、俺は俺の意思でそれを受け入れてる。俺の意思が逃げたくなるぐらいの痛みを止めてるんだ」


そう言って、鎹は私に手を伸ばす。


「進藤の意思が負けてしまっても、俺がいる。俺が助けてやる。俺が進藤を狂わせない」


だから、

俺の手を取れ。




鎹は、そうやっていつも無茶を言う。

私には意思があるのだからと。最初が出来たんだから次も出来ると。それが駄目でも俺がいる。だから大丈夫なのだと、鎹は言う。


その鎹の血が、あの時私を狂わせたのに。

大丈夫だと、そう言っている張本人の血が私を狂わせたのに。


それなのに。


それなのに、私は鎹に手を伸ばすのだ。

手を取れと言ってくれた鎹の手を、私は掴んでしまうのだ。


いつもそう。

鎹の言葉に流される。


流されて、流れて、流れ着いて。

そうして着いた先が、いつもそんなに居心地の悪い場所じゃないから。



だから私は流されているのかもしれない。

流れていくのかもしれない。

流れに身を任せているのかもしれない。




私を助けると彼は言う。






何だかなぁと思いつつも、そうして私は差し出された手を拒むことなく掴んでしまうのだ。


今までも。



今も。




そしてきっと、これからも。




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