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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第四章 友達
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足りない何か

私と玲衣が付き合い始めた、という噂は一週間と経たずに広まった。

玲衣がわざと言いふらしているのもあるかもしれないが、やはり一番の要因は登下校、だろう。


私と玲衣は、付き合い初めてすぐ登下校を一緒にするようにした。行きは玲衣が近くまで迎えに来て二人並んで登校し、帰りは玲衣が私の教室まで迎えに来て一緒に帰る。

それをほぼ毎日繰り返していた。


私に、暗い噂がまとわりつく事は無かった。玲衣が上手く誘導してくれたらしい。

今までは噂だけの男関係があったのであって、付き合う、というハッキリとした事実があるのは初めてなのだから当たり前なのかもしれない。相手が相手だが。

周りから『魔性の女』などと冗談めかして言われる事はあったが、弾かれるほどの事ではなかった。


鎹は私のその姿を見て驚いていた。小日向もしかり。私が玲衣といる所を、目をまん丸にして見ていたから。

瞬間、どくりと心がざわついた。あの時、心臓の鐘の音が一瞬早くなったのは、多分怜衣と私の関係がバレてしまわないかとひやひやしたからだろう。


鎹には当然だが、今回の件、小日向にも本当のことは話さなかった。巻き込むのもあれだし、何より話した所で今回は何が変わるわけでもないと思ったから。



鎹は驚いていた。

それを考えると、また心臓が早鐘をうつ。バレてはいないのか。本当にこんな事で事態は良くなるのか。

もやもやした。








「順調、だと思いますよ」


玲衣と一緒の帰り道、隣を歩く玲衣に私は尋ねた。


「本当に?私には何が変わったのか全然分からないんだけど」


鎹を見ていても、彼は変わったようには見えない。佐倉もだ。鎹と一緒にいる佐倉は相変わらず嬉しそうに笑顔だった。


「まぁ、まだ始めたばかりですし。凛の方も、まだ戸惑いが多いのかと。不安がってるよりはいいですけど」

「ふむ。まぁまだ二週間そこそこだもんねぇ。気長に待つしかないのかな」


佐倉の不安が消えるまで。私達は嘘の彼氏彼女のフリをする。


「頬っぺた、元に戻って良かったね」


てくてくと歩きながら、玲衣の顔の頬辺りを見て何の気なしにそんな事を言ってみた。玲衣は苦笑する。


「ひっぱたかれただけですから。すぐ戻りましたよ」

「結構腫れてたよね。でも」

「ははは。かなり思いっきりひっぱたかれましたから」

「手あとが残ったりしててね」

「紅葉でしたね」

「あのまま残っていたほうが面白かったのに」

「それは男としてかなり恥ずかしいし悲しいです」


数日前。

玲衣の頬には大きなガーゼがつけられていた。どうしたのかと聞くと、ひっぱたかれたのだと言う。しかも玲衣の姉である佐倉凛に。

何故そんな展開に!?と驚き聞いたが玲衣は詳細を語ってはくれなかった。ただ佐倉を怒らせてしまって殴られたのだとだけ言った。その後仲直りはしたらしいが。


「女の子の力って意外と強いですよね」

「そんなこともないと思うけど。玲衣君が怒らせすぎたんじゃない?」

「火事場のバカ力、ってやつですか」

「それだ」




私達はいつもの所で別れ、また明日と手を振りあった。そのまま家路に帰る。

玲衣とはメールや電話のやり取りもしていた。甘い睦言を交わすのではなく、ただの近況報告と雑談だ。ただ、夜寝る前には必ずと言っていいほど【おやすみ】と書かれたメールが来る。


最初にそのメールが来た時には大層驚いた。何か別の話をしていての、最後の【おやすみ】なら分かるのだが、メールも電話もしていなかったのに突然そのメールだけが来たのだから。

私はあまりの出来事に思わずこう返信してしまった。



【びっくりした。どうしたの急に(笑)】


【いや、こういうのも送っておいた方がいいかと思いまして。保険です】




保険らしい。

メールを見られたらバレてしまう恐れがあるから、なのだろう。

この会話のメールを見た時点でバレてしまうと思うのだが、それはいいのか?と思ったが、この時はまぁいいかと流しておいた。








携帯を閉じる。

夜、玲衣との下らない雑談メールが終わりおやすみと言い合って、私はベッドに仰向けに倒れ込むようにダイブした。

ぎしりとベッドが鳴いて揺れる。そのまま目を閉じる。


鎹の驚いたようにこっちを見る顔が浮かび、私はゆっくり目を開けた。自分の部屋の天井を凝視する。


最近よく思い出すのは、鎹の、あの驚いたような表情だ。目を丸くして私と玲衣をじっと見る。

未だに不安だからだろうか。私達が嘘の彼氏彼女であるとバレてしまうのではないかと。

それとも罪悪感なのだろうか。嘘をついている罪悪感。騙している罪悪感。



部屋の電気の光を遮るように、腕を額と目の辺りに置く。目を閉じる。


早く消えてしまえ。

こんな感情。


そう思うのに、思い出してしまうのは、あの時の鎹の顔だった。










「ダブルデート、をしようかと模索中です」

「ダブルデート?」


ファミレス。

席に座った玲衣は、何を言い出すのか、そんな事を言い出した。


学校帰りの帰り道、私達はファミレスに寄った。放課後デート、というやつだ。一緒に帰るだけではなく、こういったカップルっぽい事もちゃんとしているのだ。ちなみに休日デートは既に経験済みだった。



「はい。俺達と凛達とで」

「それは……、また思いきった事考えるね」


思いきりすぎな気がする。


「私、あの二人の前でちゃんと彼女のフリ出来るかどうか自信ないんだけど」

「俺がフォローしますよ。今みたいに普段通りしてれば大丈夫です」


大丈夫。

本当だろうか。


「まぁそれならそれで私はいいんだけど…。佐倉さん…、凛ちゃん達の方は大丈夫なの?私達とダブルデートって。気が乗らないんじゃ」

「凛にはもう昨日家で言いました。OKみたいです。鎹先輩に聞いておく、と言っていたので、実は進藤先輩と鎹先輩の了承を得るだけだったんですよ」

「やることが早いなぁ」


まぁ、玲衣と佐倉は姉弟で同じ家に住んでいるのだから当たり前か。


「でも、また本当に突然だね。何かあった?」


ダブルデート、など簡単には思い付かないし実行しようとも思わないだろう。


「まぁ、今少し事態が停滞ぎみなので、そろそろ突っ込んでみようかと」


玲衣はそう言った。

他にも何かありそうだったが、玲衣に尋ねる事はしなかった。

それよりも、鎹はこのダブルデートを了承するのだろうか。鎹がどうするのか、てんで予想が出来なかった。


ぼんやりしてたら玲衣が口を開いた。


「進藤先輩、鎹先輩とは何か話でもしましたか?」

「話?してないよー。教室でも滅多に話さないし」


教室で鎹と会話がないのは前からだ。だが、何処となくどちらもがどちらもを避けている感覚はある。色々あったから当たり前か。


玲衣は「そうですか」とだけ言った。







軽くデザートなどを食して、よし帰ろうと玲衣が立ち上がり私も立ち上がった所で目眩がした。

ぐらりと少し傾き、テーブルに手をつき支える。


「進藤先輩?」


私に背を向けていた玲衣が振り返って不思議そうな顔をした。私は顔を上げずに俯いたまま暫く目を閉じて、そして開く。

顔を上げると「大丈夫ですか?」と玲衣が心配顔だった。


「あー、うん。大丈夫。ちょっとあれだ、貧血だ」


貧血、とは少し違うがそう言っておいた。


「体調悪かったんですか?言って下さいよ、そういう事は」


心配しながらも玲衣は眉をひそめる。少し怒っているふうだった。

私は笑った。玲衣のその態度があまりにも優しかったので。声に出さずに笑った。


「ごめんごめん。まぁほら、貧血だし。突然来るから」

「ちゃんと食べてます?肉とかも食べないと駄目ですよ?進藤先輩、細っちいから」

「あはははは。お母さんみたいだね」


今度は声を出して笑った。


「凛も、ダイエットだなんだとご飯抜いたりしてるので。進藤先輩もダイエットですか?」

「まぁそんなとこ」

「何で女子は充分細いのにそれ以上細くなりたいんですかね」

「細くないよ。服の下はぶよぶよ」

「充分細いですって。それに俺は少しぽっちゃりしてる方が好みです」

「おお。なら私はバッチリストライクゾーン」

「進藤先輩は残念ながら細いのゾーンに入りますよ。大概男は、ふくよかでさわり心地のいい女性を好みます。進藤先輩も無駄なダイエットはやめた方がいいです」

「はいはい。肝に命じますよ」



玲衣は、本当に分かったのか?と訝しんだが、それ以上は突っ込んでこなかった。


会計を済ませてファミレスを出る。家まで送るといった玲衣をやんわり断り、私は一人帰り道を歩く。

暫くそのまま歩き、少しした所で道を外れた。


まっすぐ家には帰らない。



人通りの少ない道を歩く。制服のままだったが仕方ない。帰って着替える時間は無かった。


きょろきょろと辺りを見回し、適当な人を探す。今日は運が良かったらしい。それはすぐに見つかった。細い路地裏だ。

もう一度辺りを慎重に見回してその人物意外が近くにいないか、人の気配はないか確認する。

ないのを確認し、私は目を閉じ、開く。私の目は赤く染まった。


徐々に近付いて来る男の側へ私は近寄る。酔っ払っていた。好都合だ。

私は男の前に立ち塞がる。男は不思議がりながら私を見て、私もじっと男を見つめる。視線が絡まりあう。


男の目が酔いではない何かに支配されたかのようにぼんやりとしだした。

私はそれを確認し、男にもう少し近付き、男の服を引っ張って屈ませ、首もと近くまで顔を寄せ、



牙を突き立てた。







口に鉄臭い味が広がる。

我慢したが長くはもたず、牙を抜いて口を離した。


またあまり飲めなかったな、と男を見ながらぼんやり考える。



玲衣と嘘彼氏彼女になってから、放課後はほぼ毎日玲衣といる。一緒に帰るだけの時もあれば、今日のように何処かに寄ることもある。


だから人を襲う時間が減った。


襲う人間がすぐ見つかるわけじゃない。今日のように運よく見つかればいいが見つからない日もある。吸う血の量が減った今、それは死活問題だった。


だけど玲衣の方を放るわけにもいかない。決めた事だから。玲衣と佐倉と鎹のために、やりとげるのだと決めた事だから。

私が吸血鬼だと知らない玲衣にバレないように気を使っている心労もあるのかもしれない。

バレたら終わりだ。

鎹や小日向の時のようにはならないだろう。



「……う…」


酔っ払い男が呻く。吸血鬼の瞳の力は抜けたらしい。

いつもならきちんと目を覚ますまで見ているが、酔っ払いなので別にいいだろ、と思いその場を離れた。


今日の前に血を吸ったのは一週間と一日前。やはり量が足りないのだ。圧倒的に。


未だに鉄臭い血の味には馴れていない。人を襲う罪悪感に似た気持ちは薄れていたが、血の味が苦痛だった。


口の中が気持ち悪かった。

別の何かで流し込みたかった。


携帯で時間を確認する。



家へと急いだ。






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