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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第一章 吸血鬼
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赤目と牙と甘い血と男

鎹双弥かすがいそうや


この男に私が吸血鬼だとバレたあの日から数日。

鎹はそれを言いふらす事も、馬鹿にすることも、面白がる事もしなかった。

ただ、そうだと理解した上で今までと同じく普通にクラスメイトとしてそこにいて、普通に生活しているように見えた。



ただ一つ違ってしまった事は、この日に起きた出来事が原因だった。

この事が無ければ、私も鎹もそのままでいられたのかもしれない。

そのままの、ただのクラスメイトでいられたと思う。








保健室。

私は体育の授業をサボり一人保健室のベッドで横になっていた。

授業をサボるなどあまりしたことがなかったが、案外してみると楽しいものだな、と思う。保健の先生は用事があるとかでここにはいなく、私の他にサボりの人間もいなければ怪我や体調不良などの人間もいないので、私は一人、悠々とベッドでのんびり出来ていた。


吸血鬼だから日の光を浴びてしまう体育が苦手、ということではない。ただ気が乗らなかっただけだ。そんな理由で私は担当教員に気分が悪いと嘘をつき保健室まで来ていた。


気分が乗らない。

鎹に吸血鬼だとバレてからはずっと常にこの状態にあるのかもしれない。

そんな事を言ってしまったら鎹に申し訳ないが。


ガラリと扉の開く音がして人が入ってくる。ベッドのカーテンは閉めていたため、その人物が誰なのかその時点では解らなかったが「先生、いないのか」というその人物の独り言を耳にし、嫌でも誰なのか解ってしまった。




鎹だ。





ごそごそと何かを探している気配がする。怪我でもしたらしい。絆創膏は何処にあるんだと呟く声が聞こえた。

すぐに見付けて出ていくだろう、と思っていたがそうでもなく。

鎹がごそごそと絆創膏を探す音がいっこうにやまない。


一体いつまで探し続けるのか。


私は仕方なくカーテンを開けて、そこにいた鎹に声をかけた。


「鎹君」

「進藤?いたのか」

「絆創膏ならそっちの引き出しの一番上」


私の言葉に、引き出しの一番上を開けた鎹は絆創膏を見付けて嬉しそうに笑う。


「ありがと進藤。なっかなか見つからなくてさ」


そう言った鎹の腕には、枝でも当たったのだろうか、大きな切り傷が出来ていた。

血がタラリと垂れている。

それに絆創膏を貼る行為は何か間違ってないか。

と思いながら鎹の腕の切り傷をじっと見ていたら、何を勘違いしたのか「舐める?」との鎹の言葉。


「…舐めない」

「そ?」


鎹がそのまま絆創膏を貼ろうとしたので、血、拭いた方がいいんじゃない?とストップをかける。鎹はそれもそうかといった感じで保健室にあったティッシュを濡らし血を拭いていく。

それほど深い傷でもないようだ。


特に意味もなくじっとその様子を見ていたら、鎹が「やっぱり舐める?」と聞いてきた。


「…舐めない」

「でもせっかくだから舐めといたら?血をとれるチャンスだと思うけど」

「……別に毎日飲まないといけないわけじゃないから。ついこの間飲んだし」


ふーん、と解ったのか解ってないのか判断つかない鎹の返事。

この男はよくこういった曖昧な返事をする。


「どれぐらいの頻度で血、飲んでんの?あ、これ聞いても良かった?」


鎹には吸血鬼だとバレているのだから隠す必要もない。

私は力を抜いて息をつく。


「二週間に一回程度。その時の量にもよるけど」

「やっぱり美味しいとか美味しくないとかあるのか?男より女の血のが美味しい、とかさ」

「鉄臭い味しかしないよ。女の人の血は……飲んだことないから解らないけど」

「飲んだことないの?」


私は頷く。


「吸血鬼って美女の血を好んで飲むものだと思ってた」

「本来ならそうなのかもね」


その私の言葉に不思議そうにしながらも、鎹は特に突っ込んで聞いてくる事はしなかった。


「じゃあ進藤は男の血しか飲んでないと」

「そうなるね」

「いつも新谷の血、飲んでんのか?」

「クラスメイトの血は基本的には飲まないようにしてる。あの時はちょうど目の前に新谷君がいたから新谷君の血を貰っただけ。それに一度血を吸った人に二度はやらないから」


あの時、喉の渇きに勝てずクラスメイトである新谷を襲ってしまった。しかもそれをクラスメイトの一人、鎹に見られるなんて。

あの時の自分はどうかしていたのだろうか。

今まではこんな事なかったのに。


「一人一回ってことか」

「………」


その言い方はどうなんだろう、と思うが真実そうなので何も言えない。


「どうやって決めてるんだ?その、血を吸う相手って」

「…適当、かな。病弱そうな人は選ばないけど」


なるほど、と鎹。


さっきから質問ばかりの鎹。

バレた時に詳しくは話していなかったからずっと気になっていたのだろうか。


「血を吸う時ってどうしてるんだ?」

「…?どうしてるって?」

「さすがに血なんて吸ってたらお前が吸血鬼だってバレるんじゃないか?新谷の時みたいに眠ってる時に吸ってない限り」


それとも寝てる相手を選んでるのか?と鎹。

鎹が勘違いするのも無理はないのだが、私は新谷が寝てる所を襲ったわけではない。

吸血鬼には力がある。

その力の一つが『目』だ。


「普段、生活している時には普通の人間の黒い目だけど、人から血を吸う時には吸血鬼である赤い目に変えて血を吸うの。赤い目には人を惑わす力があるから」


新谷にもその目の力を使った。


「吸血鬼の赤い目を見た人は意識が朦朧としてきて記憶を無くす。眠る、のとはまたちょっと違うみたいだけど血を吸われている事には気づかない。牙を刺した時の痛みも感じない。血を吸われた前後の記憶も曖昧だからバレることはない。新谷君の時も寝てたんじゃなくて、吸血鬼の赤い目が原因で意識が無かっただけ」

「便利だな」

「そうだね」


私は笑う。

面白いわけでは決してない。ただ、自分の吸血鬼な所をこうして言葉にしていると何故だか少し笑えてきた。

本当に私は吸血鬼なんだなと改めて実感する。


「あのさ、もう次に血を吸う人って決まってるの?」

「その時その時で適当に決めてるから。まだ血を飲みたいとも思ってないし」


血を飲みたいと思い始めてから探す。今までそうしてきた。

鎹は、「だったらさ…」と切りだし、とんでもないことを言い出した。


「俺の血、吸う?」


あまりの突飛した言葉に私は唖然とし、鎹をガン見したまま動くことも出来ず固まる。

今、何を言ったのだろうこの男は。


「進藤?」


固まっている私に鎹が声をかけてくるが、私は何も言えず、瞬きも忘れ、鎹を見続ける。

口が動かない。

何を言うべきなのかも解らない。何か言うべきなのかも解らない。

何を言われたのかも解らない。


「しんどぉー?」

「………」

「俺の血はごめんだってこと?」


私はやはり動けず、その言葉に肯定も否定もしなかった。ただ人形のように固まったまま動けない。肯定も否定も出来ようはずがない。


「そんなに俺って不味そうなのかな…」


ぽつりと淋しそうに呟いた鎹に、私は、はっと体の硬直が解けるのを感じ、慌てて口を開く。


「ち、違うくてっ…」

「……?」

「別に鎹君の血が不味そうとかそういうんじゃなくて……」

「じゃ何で駄目なの?」


駄目とか、ってのでもなくて。


どうして。




「何で、そんなこと言うの?」

「何でって。まだ次に血を吸う人決まってないんでしょ?だから立候補したの」

「……何で…?」

「何が?」

「何で立候補するの?吸血鬼だよ?血を吸われるんだよ?もしかして嘘とか冗談とか思ってる?私の話したこと」


吸われたい、吸って貰ってかまわない、などと言う人の気持ちが解らない。

私が言った事を信じてないとしか思えない。


「別に血を吸われるだけのことだろ?献血と同じだと思うし。進藤もさ、吸血鬼だって正体知ってる人間の方が周り気にしなくてすむだろ?」


それはそうなのだが。

周りに人がいないか気にしながらこそこそとする事はない。探す必要もない。それに、人の血を勝手に貰う罪悪感ににた感情を持たなくてもすむ。


「………」

「何が嫌なんだ?」

「…鎹君はまだちゃんと解ってないんだよ」

「吸血鬼のこと?まぁ確かに今聞いただけの事ぐらいしか知らないけど」


私はため息をはく。


「違うよ。血を吸われるって行為のことを、だよ」


私は鎹に視線を合わせる。私は吸血鬼。人を喰らう者。人を襲う者。人ではない者。


血を吸う鬼。

ヴァンパイア。




「じゃあ、今、俺の血を吸ってみてよ」


鎹は何食わぬ顔で私にそう言った。


「本気でいってるの」

「本気」


にぱっと笑う鎹。

鎹双弥という男はこうやって笑う男。教室でも友達と楽しそうに、バカみたいに笑っている。

私とはなんの関わりも無かった。話したこともない。一緒のクラスになったのも初めて。知っている人。ただのクラスメイト。


あの日、私が吸血鬼だとバレるまでは。

あの日、吸血鬼だとバレてからも。



それは何ら変わらない。








「解った」


私はそう言い目を瞑る。

次に私が目を開いた時、私の瞳は赤く染まっていた。

吸血鬼の瞳だ。

それを見た鎹が驚きの表情を浮かべる。


「本当に赤いんだな…っととっ…」


鎹は慌てて私から目線を反らす。それを見た私は、それ見たことかと鎹に言う。


「こっち見てくれないと吸血鬼の目の効力は効かないんだけど。それともやっぱり恐くなった?」

「いや、ただ…」


少しの間の後、顔を反らしこちらを見ないまま鎹は言った。


「意識が無くなるのはなぁ、と思ってさ」

「………」

「別に吸血鬼だって知ってんだし、これから血を吸われる事も知ってんだから別にいらないだろ?その目の力」

「……目の力を使わないと鎹君の痛覚は無くならない。痛みはそのままダイレクトに感じちゃうけど」

「多少の痛みなら我慢出来る」



多少の痛み。

牙を突き立てられる痛みが多少のはずがないだろう。しかもその牙は二本。女よりも痛みに耐える力が弱い男に耐えられる痛みではない。


「無理。多少の痛みどころか激痛だから」

「……ほんとに?」

「ほんとに」


鎹は数秒迷ったあげく、やはり目の力を使われるのは嫌だと言った。


「あのね…」

「大丈夫だって」


鎹は頑として譲りそうにない。これはもうこちらが諦めるしか無さそうだ。


「叫ぶのだけはやめてよね」

「解った」


鎹が顔を背けているので血を吸いやすく首は顕となっている。私は近付き、鎹の側まで寄って座っている鎹の肩に触れる。

びくり、と鎹の体が揺れた。


「………」


いつもはこんな反応はない。当たり前だ。血を吸われる人間は意識がないのだから。


顔を鎹の首もとに近付ける。

鎹の緊張が伝わってくる。まだかまだかと体を強張らせ、息を浅くする。心臓の音も聞こえてきそうなほどに、すぐそこに意識のハッキリとした鎹の顔がある。

汗の匂い。腕の傷からだろう血の匂いも微かに。彼が緊張しているからだろうか、それとは別の匂いもする気がする。


「………」


私は鎹の首に牙を立てる事なく側を離れた。


「…進藤?」

「やりにくい」


やりにくい。

意識のある人の首に牙を突き立てるという行為がこんなにも心戸惑わせるものだとは思わなかった。生きている人間。それは今までに血を吸ってきた人達と何ら変わらないのに。



「遠慮しなくていいぞ」

「遠慮とかじゃなくて…」


遠慮、というのとはまた違う気がする。

何だろう、この感情は。


「ね、鎹君。ちょっとこっち見てくれない?」

「何で?」

「いいから」

「……そう言って、吸血鬼の目を使おうとしてるだろ」


バレた。


「……いいよ、やっぱり…。吸いたくなったら別の人探すから」


何も絶対に鎹の血を吸わなければいけないという事ではないのだ。

ただ鎹が血を吸ってもいいと志願してくれたというだけの話なのだから。

それに今血を吸わないと駄目だ、という状態でもない。


「………」

「鎹君?」

「そう言われると、何がなんでも吸って欲しくなってくるな」

「………」


平行線。

話が進まない。


何も気にせず首にがぶりと噛みつけばいい。そうして鎹に今まで感じた事のないような痛みを与えて、後悔させてやればいい。

ただそうすればいいだけなのに。


「……鎹君」

「何だ?」

「そんなに血を吸われたいの?」

「まぁ…そうかな」


私はその言葉を聞いてから一呼吸置き、「じゃあ…」と仕方がなく考えた妥協案を鎹に伝えた。


「舐めさせて」

「舐める?」


こちらを向きそうになった鎹は慌てて顔をもとの位置へと戻す。

私の目はいまだ吸血鬼の赤い目のままだ。


「鎹君が自分で手に傷をつけて、出てきた血を私が舐める。吸うのも舐めるのも血を貰う事には変わらないんだからいいでしょ?」


鎹の腕の傷は既に血が止まっているので使えない。たがら新しく傷を作ってもらわないといけない。

その程度の痛みなら牙を突き立てられるより、よっぽど痛くないはずだ。


「んー…、解った。じゃあそれで」


言うや否や、鎹は早速腕に傷をつけようと置いてあったカッターに手を伸ばした。

私が手でいい、というと鎹は頷き掌にカッターを当てて、一瞬の躊躇のあとすっと動かした。


「…っいてっ」

「………」


私は差し出される前にその手を取りじっと赤い液体が浮かんでくるのを待つ。

鎹がこちらを見ている気配がする。視線を合わせなければ吸血鬼の目は力を及ぼさない。

ふっと顔をあげると慌てて顔を逸らす。


じっと数秒、圧力をかけるかのように鎹のその横顔を見てから私は掴んでいた鎹の掌に視線を戻す。そこには赤い液体。血が滲み出ていた。


「………」


自分で言った手前、舐めないといけないのだが今こうやって、『舐める』という直前に立たされると物凄く逡巡してしまう自分がいる。

でも舐めないわけにはいかない。

傷をつけさせたのだから。




鎹の掌に口を近付けて赤い血を舐める。





鉄臭い味の中に、

甘い味がした。




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