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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第三章 血
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蝙蝠


苛々する。

苛々する。


苛々するーーーーっっっ!!!!!!!!!



私はガンっ!と手近にあった壁を叩く。近くを歩いていた数人がビックリして不審げに見てくるが、それすら気にならないほど私は怒りに奮えていた。


ここはすでに学校の敷地外。私はまっすぐ家に帰る事をせず憂さ晴らしにぶらぶらとその辺りを歩いていた。


「本当に腹がたつ…!」


何故鎹にあそこまで言われないといけないのか。何が「ズルい」だ。何が「不誠実」だ。そもそも鎹に彼女がいないのは鎹本人が彼女作る機会を自ら放棄したわけで私には責任なんて一切ないじゃないか。いや、まぁ責任と言われればあるのかもしれないが、私は鎹がラブレターを貰った時に彼女と付き合えばと言った。私に構わず彼女とらぶらぶすればいいと言ったのだ。それをあの男が自ら自分の意思で彼女は作らない、彼女とは付き合わないと言ったのだ。


「それをあの男は…っ!」


ぎりぎりと歯を噛み締める。ぐぐぐっと爪が食い込むほど拳を握り締める。


あの男は「進藤が彼氏を作るなんて俺に対して不誠実だ」と宣ったのだ。

不誠実って何だよ。

不誠実って何だよ!!


別に私と鎹は付き合ってるわけでもない。男女の関係でもない。ただのクラスメイトでただの血を貰い与えるだけの関係だ。それを彼氏がどうだの彼女がどうだのといちいちめんどくさい関係を持ち出してきてややこしくして、あまつさえ「不誠実」だなどと言われもない事を言われ。


不誠実。

私が不誠実だと。


「意味が分からんのじゃこのボケがぁぁーーっ!!!!!!!」


と叫びたい気持ちをなんとか抑え、私はがすがすと歩き続けた。


彼氏だとか

彼女だとか。

そんな関係が私にあるわけないではないか。私は吸血鬼なのだ。人間ではなく吸血鬼。人ではなく鬼。血を吸う鬼。

人と恋愛など、私にできるはずがない。

それこそ吸血鬼になる前。幼少期や小学校低学年時にはそれなりに好きな人がいた経験はある。

かっこよくて優しい男の子や意地悪だけど何故か気になる男の子、隣の席の男の子、はたまた大人の魅力溢るる先生など、告白はしないまでも、淡い恋心に胸ときめかせていた頃もあったのだ。

だが、昔と今とでは、私はあまりにも変わってしまっていた。外見的にも、中身的にも、そして存在すらも。



「………」


怒るのもアホ臭くなってきた私は足を止める。家に帰ろうと回れ右した所で諸悪の根元の姿を見つけてしまった。その人物が一人で歩いている訳ではなかったのだが、遠慮して『しょうがないからまたの機会に』、などと気を使ってやるほどの気持ちを持ってやるほど、今の私は菩薩でも女神でも神様でも良い人でもなかった。


すたすたと歩いて近付き、諸悪の根元たる人物の腕を掴み上げる。


「ちょっと話があるんだけど」


不機嫌さを隠しもせずそう言って突然腕を掴んだ私を見て、諸悪の根元、久遠は驚いたように、いつも眠たげな瞳を少しだけ見開いて私を見る。


「くーちゃんに何かご用ですか?」


そんな久遠の陰から、可愛らしい声でぴょこんと小さく顔を出す女の子。女の子はにっこり笑ってそう言った。そして、その女の子の脇からこれまた女の子よりも幾分背の低い小さな男の子がひょこりと顔を出して私をじっと見る。


日曜日に、久遠と一緒に歩いているのを見かけた、男の子と女の子だ。遠目だったあの時には分からなかったが、男の子も女の子も可愛らしい顔立ちをしていた。

私を見る瞳はぱっちりとくりくりしていて、頬っぺたはぷにぷに感を感じるかのようにふっくらとしている。

子供特有の可愛さだ。

だが女の子の唇が、何も塗っていないだろうに艶々としていて、妙に色っぽさを感じるのは何故なんだろうか。


怖がらせないように、私は出来るだけ優しげに子供達に声をかけた。


「ごめんね、ちょっとだけこのお兄ちゃん貸してくれるかな?大事な話があるんだ」


女の子はきょとんとした表情の後、「告白?」と無邪気に笑って言った。


「違うっ!!!」と怒気混じりに叫んでから、しまったと慌てて口を塞ぐ。だが、予想に反して女の子は楽しそうにきゃらきゃらと笑うだけであった。男の子の方は驚いたのか、怒鳴り付けた私を怖がって女の子の服に必死にしがみついて怯えていた。


「と、とにかく、このお兄ちゃんと話があるからちょっと借りるね」


久遠の腕を掴み、ちょっと来いと無言の圧力をかけて離れようとしたのだが、女の子は久遠の腰を掴んで「嫌ぁー」とけらけら笑う。

離れる気はないらしい。


仕方がないので、子供に聞かせるべき話ではないと思いつつも、久遠に教室でのあの事についてこの場で問いただそうと口を開こうとした。

だがそれを遮るように、久遠の腰にしがみついていた女の子が先に口を開く。


「くーちゃん、この人誰なの?私という者がありながら浮気?浮気なの?悲しいよー、悲しいなー。くーちゃんに傷つけられたわー、私。くーちゃんは私達のものなんだから横取りはやめてくれますか?お嬢さん」

「お…」


お嬢さん。

小さな年下の可愛い女の子にお嬢さん呼ばわりされる日が来るなんて。喜ぶべき?怒るべき?


というか兄弟じゃないのか?兄弟だよね?私達のものって何?


私はどこに反応をしていいか分からず、ただ呆然と女の子を見る。


「くーちゃん、黙ったままじゃわからないでしょ?ちゃんと説明してよ。というか、それすらもめんどくさいだとかダルいだとか思ってるわけじゃないよね?なんて失礼な男なの。私に謝れっ、くーちゃんのバカッ」

「……進藤さん」


久遠が、女の子のその久遠を責めるような様子に、しぶしぶと言った感じで私の名をぼそりとそう口に出した。


ちょっと待て。

普通「同じクラスの」だとか「同じ学年の」だとか「同じ学校の」だとかを付けるべきではないのか。

名前だけって。


私は改めて「同じクラスの進藤です」と自己紹介した。


「進藤さん……、じゃあしーちゃんね」


にぱっと無邪気な顔で笑ってそう言った女の子に、私はあははととりあえず笑っておいた。

しーちゃん。

久遠がくーちゃんなら、私はしーちゃんか。子供の言うことだから別にいいんだがね。


「それで、しーちゃんはくーちゃんに何のご用?同じクラスの女の子がくーちゃん追いかけてここまで来るなんて、告白じゃなかったら何なのかしら」


一人で「何だろう?何なのかしら?うーん」と考えだした女の子。

私は別に久遠を追いかけて来たわけじゃない。たまたま見かけたからあの時の話をつけようと声をかけただけだ。

と訂正したかったが、この女の子は聞く耳を持ってくれているのだろうか。どこか不思議な雰囲気を持つこの女の子のペースに、私は何故か逆らえずに流されていた。



「うーん、もしかして……くーちゃんの生き別れの双子の妹とかっ?!」

「違うよ……。久遠君、この子妹さん?」


ぼけっと突っ立っていた久遠に、とりあえず気になっている事を問いかける。

のだが、見事に久遠には無視された。その態度にイラッときて「聞いてんのかこのボケ」と胸ぐらでも掴んでやろうとしたのだが出来なかった。


「分かった!!生き別れの双子のお姉さん?」

「……違うよ。私は久遠君とは血も繋がってないただの他人。ただのクラスメイト。ただの、少しばかり見知った『ただの』知り合いなの」


「ただの知り合い……」と女の子が小さく呟く。


「じゃあ、ただの知り合いのしーちゃんがただの知り合いであるくーちゃんに何のご用なの?」

「…それは」


やはり子供の前では言いにくい。私は口ごもる。

だが、このままではらちが明かないので、覚悟を決め私は久遠に向かいあった。そもそもこれを聞くために私は今こうしてここにいるのだから。


「久遠君、聞きたいことがあるんだけど」


久遠は今度は無視せず、「はぁ」と気のない返事をした。何を聞かれるのか心底分からない、と言った久遠のその態度に、私は苛立ちを覚えた。


誰のせいで私がこんなめにあっていると思っているのか。お前が授業中に私にいらんまねしたからではないか。

久遠のとぼけたような無表情顔に苛々が戻ってきて、私はその感情のまま久遠に対して言葉を発したのだが。


「久遠君、何であ」

「吸血鬼ぃ?」


女の子の突然のすっとんきょうな声で口を塞がざるを得なかった。


「ヒナ、それ本当なの?」


女の子にヒナと呼ばれた、今までずっと黙り込んでいた小さな男の子が初めてその小さな口を開いた。


「うん。音がくーちゃん達と違う。そこのお姉ちゃん、吸血鬼だよ」

「まさか…、ほんとに…?」


私はいきなりの男の子の『吸血鬼』発言に驚き、頭の整理が追いつかないまま呆然とその場に立ち尽くす。

女の子と、ヒナと呼ばれた男の子、そして久遠までもがこちらをじっと見る姿に、私は動くことも何か言うことも出来ず、固まったまま『吸血鬼』発言をしたヒナと呼ばれた男の子を見つめ続けるしかなかった。


何故。

何故私が吸血鬼である事を知っているのか。


どうして。

何で。

私が何かしてしまったのだろうか。


いや、何もしていないはずだ。会話をしていただけのはずだ。


だったら何故…。



「吸血鬼、なのですか?」


女の子が今までとは声質が違う声で礼儀正しくそう言った言葉に、私はびくりと体を揺らした。

頷かなくても分かるその私の態度に、女の子はぱあっと顔を輝かせた。


「吸血鬼様っ!」


がしっと女の子が私の両手を握り込む。


「私はカグラと申します。こちらはヒナ。共に『蝙蝠』です。吸血鬼様、お会いできて恐悦至極にございます!」




恐悦至極にございますでございますですか。


何が何やら分からないまま、私は女の子にされるがままに両手を握られていた。




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