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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第三章 血
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突飛な行動御用心

第三章


一年二組に在籍している鎹双弥かすがいそうやという男は実はモテる男だ。


顔はそこそこ整っているし体躯もそこそこガシッとしていて、痩せすぎず太りすぎず筋肉付きすぎずのバランスの良い体つき。

そのため、スポーツや体を動かす運動はそこそこ出来るようだし、実は頭もいい。テストでは軒並み平均点より上を取っているらしい。

性格もそこそこ。

クラスで一番のムードメイカーというわけではないが、明るく笑っているのをよく見かける。誰にでも気さくに話しかけられる男なのだろう。

いじめっこは許さない、みたいな正義感溢れるタイプでは決してないが、自ら進んでそういう事はしない。

最近気付いた事だが、お人好し、おせっかいタイプでもある。




そんな鎹のクラスメイトである私はごくごく普通の女の子である。

眼鏡はかけてないし、髪の毛がぼさぼさな訳でもない。いつも片手に文庫本、みたいな文学少女でもない。根暗ではあるが暗いわけでもない。かといって、にゃははははと笑うような明るいキャラでもない。

勉学も運動も、そこそこ普通の下の下の下ぐらいなら出来ている自信はある。

そんな普通のいち女子高生だ。


だが、そんな私には秘密がある。その秘密というのが、実は私は人ではないということなのだ。



人ではなく鬼。


血を吸う鬼。



吸血鬼。


ヴァンパイア。





この秘密を知っているのはクラスメイトである鎹と、あともう一人。

同じくクラスメイトである小日向瑛士こひなたえいじだけだ。


小日向瑛士。

鎹とは逆に、モテない部類に入る男だろう。勉強は出来るが運動が苦手。眼鏡をかけていて視力が悪い。眼鏡を取ったら超美形、な漫画的造形な顔ではないが不細工というほどでもない。

明るいか暗いかで言えば暗い。最近は何か良いことでもあったのか明るい一面が見え隠れする。

そんな男だ。





私が吸血鬼になって早五年。五年目にして初めて正体がバレたのは学校だった。

油断していたのだろう。高校生になって、知らず知らずに浮かれてでもいたのかもしれない。それとも気を抜いていたのか。



私が吸血鬼であると知ったこのクラスメイト二人が、周りに吹聴していないおかげで、私はまだここで普通の高校生をしていられている。

その分には二人に感謝している。そして、吸血鬼だと知ってなお普通の人間として接してくれている事にも感謝している。本人達には言わないが。










ある日の日曜日。

小腹が空いたので近くのコンビニに買い物に出かけた私は、そこで見知った人物を見かけた。

クラスメイトのやる気なし人間、久遠だ。久遠は隣にいる小さな男の子と、その男の子の隣にいる中学生ぐらいの女の子と横一列になって歩いていた。遠目からではよく見えないが、仲良さそうな所を見るともしかしたら兄弟なのかもしれない。


「意外だなぁ」


無気力久遠が日曜日に外にいるのが意外だった。そして、家庭的な面にも面食らった。

学校の無い日など、絶対に家でごろごろしているタイプだと思っていただけに驚きの光景だ。

学校での久遠は、授業には出るが先生の話を聞かない。ほぼ寝ている。ノートはとるが、ちまちま書き写すのではなく黒板にびっしり書かれたものを一気に書き写す。

休み時間は寝ているか、ぼけっとしている。たまに立ち上がりどこかへ行くのだが、多分トイレだろう。

日直や委員の仕事はしない。掃除も同じくしない。注意しても無駄で、のらりくらりと逃げるか、聞いているのかいないのかぼんやりしたままの状態で、何を言っても無駄。

そんなんだから友達もいない。だが、頭は良いらしく授業聞いていないにも関わらず補習組には入らない。ので、先生も久遠に対して多目に見ている所が多々ある。


ありすぎる。


クラスの皆も一緒だ。何故か久遠に対して態度が甘い。もっと叱られるとか罰を受けるとか、言うなればイジメなど起きても不思議ではないほどの無気力っぷりの何もやらない男久遠だが、何故かそうはならない。

憎めない奴だとかしょうがない奴、だとかどうしようもない奴とでも言うのだろうか。とにかく、久遠の事はそれほど問題にはなっていなかった。


そんな久遠を外で見かけた事などこれまでに一度もなかった。ましてや、絶対にぐうたらしているだろうと皆で予想していた休日に外で見かけるだなんて。

貴重だ。何か良いことでもあるかもしれない。明日皆に自慢でもしてやろうか。そんな事を考えながら私は歩いていく久遠の背中を見送った。










「席替えをする」。

唐突にそう言った担任教師に、クラスの大半の生徒はしぶしぶながらも従った。一分の生徒はぶーたれながらも従った。

担任の奇行ももう慣れっこだ。


黒板に担任が席のマスを書き、そこに数字を適当に書いていく。生徒は教卓に置かれた四角い箱から数字の書かれた紙を引き、黒板に書かれた数字と同じ所へと席を移動していく。

私が引いたのは後ろから二列目の左寄りの席。目当ての一番後ろではなかったが、まずまずの席だ。

と思っていたが、後ろに座った男を見て深くため息をついた。内心。

この男の前や後ろに座る者が苦労していたのを知っていたから。


後ろに座ったのは久遠だった。昨日久遠を見かけたのは、もしや貴重でも幸運でもなくこの不運を表していたのだろうか。

見かけなければ良かった。嫌な縁を結んでしまった気分だ。


私はため息をついた。




「では、この席で決まりだな。この先席替えをするつもりはないのでそのつもりで」


と、担任は言ったが前に席替えをした時も似たような事を言っていたので本当かどうか怪しい所だ。

その後担任が簡単にホームルームを終わらせ、次の授業が始まるまでの数分間、私が友人らに同情の言葉と哀れみの目線を貰うことになったのは言うまでもない。







一時限目、国語。


「では、前後でペアになって教科書124ページから130ページの読み合いをして下さい」


前後でペア。

私と久遠がペア。


久遠がぐっすり寝ていたので読み合いなど出来るはずもなく。






二時限目、歴史。


「小テストを行う」


そういって配られたプリント。前から順繰りに回ってきたプリントを後ろの久遠に渡そうとするが、机に突っ伏して寝ていたので無理矢理腕の間に挟む。

久遠が小テストをやろうがやらまいが知ったことではないので起こさなかった。


にも関わらず、「終了」の合図とともに後ろを振り返って見てみれば、きちんとテストを回答しているのだから驚きだ。

そしてまた眠りについている。


「では後ろから回収して下さい」


久遠が寝ていたので必然的に私がやらないといけないはめになったのは言うまでもない。






三時限目、数学。


「次の問題を、今日は7日だから出席番号7番の……久遠。おい、久遠!……また寝てるのか……仕方がない、じゃあ前にいる進藤、お前だ」

「……はい」


私は数学が苦手だ。というか、この問題は解らない。難しい。解らない。どうしよう。


私が、寝ている久遠を睨み付けたのは言うまでもない。







四時限目、家庭科。


なだらかに過ぎ行く授業。先生の優しげな声色が耳によく通る。平和な日々。平和なクラス。穏やかな時間。後ろの男と関わらなくていい時間。

話を聞いてノートを取るだけの授業ほど楽なものはない。そして眠いものはない。


私が何度も何度も欠伸をしたのは言うまでもない。





昼休み。


お弁当を食べながら友人らに愚痴。そのうち馴れると軽くあしらわれる。他人事だと思って、と思っていたらその中にも被害者がいた。

辛いのは最初だけ。

腹がたつのも最初だけ。

そのうち空気のようにその場に馴染み、空気のように目にも入らなくなる。そしてなくてはならない存在となるだろう。


私の眉間に皺が寄った。









そして事件は起きた。


五時限目、化学。

授業も終わりを迎える頃、先生がプリントを配り始めた。


「では最後に今から配るプリントに、今日授業でやった化学式を書いて、次の授業の時に提出するよーに。まだ少し時間があるから今やっててもいーぞぉー」


ふぁ、と欠伸をして先生がプリントを配り終わる。前から回ってくるプリントを待ちながら、めんどくさいなとぱらぱらと教科書を捲る。回ってきたプリントを、いつものごとく性懲りもなく突っ伏して寝ている久遠の、机と腕の間にねじ込む。だが、落ちそうになったので慌ててプリントを掴んだまま、暫く、いつ起きるんだろうか、とじっと見る。

そもそも何故ここまで寝れるのだろうか。家で寝ていないのだろうか。兄弟らしき男の子と女の子と並んで歩いていたので、もしかしたら家庭の事情というやつがあるのかもしれない。そう考えると不憫に感じなくもない。

ただの無気力久遠ではないのかもしれない。


久遠がもぞりと動く気配があったので、私はプリントから手を離し前を向こうとした。



その時。








ぱしり、と腕を久遠に捕まれた。


ぎょっとして久遠を見る。何、とおどおどしていたら眠気眼の久遠が、掴んだ私の腕を見て「血」と小さく呟いた。

見ると、掴まれた私の腕の指先に紙で切ったのだろう切り傷が出来ていて、赤い血が少し出ていた。気が付かなかったが、いつの間にかプリントで切ってしまっていたのだろう。


「あ、あぁ、ごめん。気が付かなかった。プリントに血、つかなかった?」


私はそう言ったのだが、久遠がそれに対して何か言うことはなく、じっと私の血の出ている指先を見たままの状態で数秒。


「………」


ぐっ、と力を入れ腕を引き離そうとしたのだが動かない。何だこの馬鹿力は。そして何だこの状況は。


さすがにそろそろ周りの目が居たたまれなくなってきた時、事件は起きた。






久遠が、掴んでいた手を腕から掌に変えてぐいと引かれる。久遠の口に私の指先が近付く。血が出ている指先が口元に近付き、







ぺろりと舐められた。







「…美味しくない」




キーンコーンカーンコーン、と授業を終わらすチャイムが鳴った。

先生が教室を出る。




数秒後、久遠の隣の席の女子が「どういう関係っ!!?」と叫び、教室中がざわついたのは言うまでもない。




最悪な一日のこれが序章に過ぎない事を、この時の私が知るよしもなかった。






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