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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第二章 恋愛
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吸血鬼様のエピローグ


結局小日向と瀬川がどうなったのか私は知らない。あの日以降のクラスでの小日向や、たまに…、見に行ったわけじゃなく極たまに見かけた瀬川の様子からすると、多分杭を抜くことは出来たのだと思う。

瀬川の両親の離婚は変わらないだろう。それによって瀬川が受ける傷みも変わらない。

だが、支えてくれるものがあればその傷も次第に目立たなくなっていく。

瀬川には、小日向がいる。


一番近しい他人。

幼馴染みである小日向が。



「鎹君は首を突っ込むだけ突っ込んでおいて、結局何もしなかったね」


皮肉まじりに鎹にそう言ってやったら、鎹は不貞腐れたように口を尖らせ「俺は俺で忙しかったんだ」とぶつくさ一人でぼやいていた。



ここはいつもの東棟三階にある第二多目的教室。いつも通りに鎹から血を貰い、いつも通り少しだけ休憩まじりにのんびりしていたら自然と小日向の話しになった。


「そもそも、どうなったかなんて私に聞かずに小日向君に直接聞けばいいんじゃない?その方が早いし確実」

「俺も小日向には聞こうとしたんだが…、タイミング外すと駄目だな」


ようするに聞こうにも聞く勇気がないと。


「ま、クラスで見る感じ小日向大丈夫そうだから大丈夫かな」


直ぐにあっけらかん、と笑う鎹に私はやはり馬鹿っぽい男だな、と改めて思いながら帰るために扉の方へと歩いていく。

その後ろから鎹が私の名を呼んだので振り向く。


「何?」

「あー、いや…」


困ったような顔で頭をかく鎹に、私は首を傾げながらもとりあえず待つ。

が、待てど暮らせど鎹は唸るばかりで何か話があるのだろうがなかなか本題に入ろうとしない。


鎹が何か言い澱むなんて珍しいな、と思いながら壁に凭れて腕を組む。

わりとハッキリ、何でもかんでもその場の思いつきみたいな感じで言うタイプだと思っていたが、そうでもなかったようだ。


そういえば、とクラスで聞いた、とある鎹の噂話があったのを思い出し聞いてみた。


「そういえば鎹君さ、ラブレター貰ったんだって?」

「えっ!!!?」


何故それをっ!!

とでも言いたげに驚愕の顔をした鎹がちょっと面白くて、私は口許を隠して笑いを堪えた。


「クラスの子が数人、話してた。あれってラブレターじゃなかったんかなー、って」

「ああ、えっ!?そうっ、なんだ?」


キョドりすぎ。

わたわたする鎹が面白くて、もっと虐めてやりたくなる。が、あまりにも態度がおかしすぎるので大丈夫かと逆に心配になってきた。


「何?どうしたの?ラブレターの子と何かあったの?」

「今は、まだ…ない」

「今は?」


どういう事だ、と聞くと鎹はまだそのラブレターの返事をしていないらしい。

私がこの噂を聞いたのは昨日今日の話ではない。正確な日にちは覚えていないが、三、四日は経っているのは確かだ。


「鎹君、どんだけ返事待たしてるのよ」

「…ぅ…」


待たせてる自覚はちゃんとあるらしい。申し訳なさそうに顔を崩す。


「早く返事あげれば?」

「…うー、ん…」


鎹の態度はやはり煮え切らない。


「何?好きなの?嫌いなの?」

「…好みのタイプだな」

「今、好きな人がいるわけでもないんでしょ?」

「…いないな」

「じゃあ付き合えばいいんじゃない?」


恋愛とはそういうものだろう。私はしたこと無いが。


「でもそうすると不味いことになるんだな、これが」

「不味いって?」


何が不味いのか分からず聞くと、鎹はじっと私を見つめ「進藤、本当に分からないのか?」としごく真面目に問うてきた。

その視線と言葉に、もしかしてと思い私は無言で自身を指差す。

私なのか、と。


鎹は頷く。


「付き合ってる子以外の女の子と二人きりの状態になるのは、付き合ってるその子に悪いだろ」


鎹が真っ当な事を言ったことに私は目をぱちくりさせる。ちゃんと女の子の事を考えてあげるなんて偉いな、と。

だが、そのことなら別に問題にもならない。


「それなら止めればいいだけの話じゃない。私、別に鎹君の血を飲まないといけない訳じゃないし」

「そんなことしたら、まるで俺が女の子欲しさに仕事放り投げたみたいじゃないかっ」


仕事て。


「仕事じゃないでしょ。それに義務でもない」

「…そりゃそうだが」


うー、とまだ鎹は決めかねているようだ。どっちを選ぶべきなのかは歴然としているのに。


私が鎹の恋愛の邪魔になっている。あまり考えたことも無かった。そもそも、鎹から継続的に血を貰うことこそを考えていなかったのだから当たり前か。


クラスメイトの血は吸わない。

血を吸うのは一人の人間に一回だけ。


そう決めていた昔の私に戻らないといけない。私はきっと、どこかで鎹に甘えていたのだと思う。吸血鬼だと知っている鎹に、吸血鬼だと知ってなお普通に接してくれる鎹に、自ら進んで血を与えてくれる鎹に。



居心地が良かった。

多分、吸血鬼だと知っている人間がいる事が私の中の何かを軽くしていたのだと思う。

鎹双弥の存在が、私が吸血鬼だという事実、他の人とは違うのだという事実、疎外感や悲壮感、違和感や距離感、そして罪悪感を薄くしてくれていたのは、かえようのない事実で今ある現実だ。


だから、これ以上甘えていてはいけないのだと思う。鎹には鎹の人生があり、私とは違う、人としての歩くべき道がある。

吸血鬼である私が、鎹の枷になるべきではないのだ。




「鎹君、今までありがと。これからは昔のように誰かその辺りにいる人の血を貰うことにするよ。私、知らず知らずに甘えてたんだね。でも鎹君の恋愛の邪魔はしたくないし。だから、今日で終わりにしよう」


今日で終わり。

最後。

甘えるのは最後。

私は吸血鬼。



人を捨て、鬼に帰ろう。

人間を襲う鬼に。

あるべき姿に。




鎹が心配そうな顔をするので、「私は大丈夫だよ」と笑って言ってやる。


「鎹君に正体がバレるまでは、それが普通だったし」

「普通…」

「そう、普通。鎹君もさ、そのお人好し属性っていうの?彼女に注いであげなよ。じゃあ、あんまりこんな話しててもあれだし、私帰るね。本当にありがとう。感謝してる。貰った血は返せないけどさ、何かやって欲しいこととか、助けて欲しいこととかがあったら言ってね。私に出来るだけのことはするから」


これ以上話していても、鎹は迷うばかりだろう。彼は重度のお人好しの自己犠牲野郎なのだから。だったら、無理にでも話を終わらせ、私が彼から離れるのが得策だ。

彼に決めさせるのではなく、私が決める。


私から離れるのが、当然の責務。



「じゃあ」と言って扉を開けようと手にかけた所で後ろから鎹の声。


「進藤、助けて欲しかったら俺に言えよ?」


それは私がさっき君に言った台詞。くすりと笑い、私は「じゃあ」と手を上げて教室を出た。





私は大丈夫。

今は一人ではないと感じるから。

吸血鬼だと知ってくれている人達がいるから。


鬼だと知っていて、怖がらずに話しかけてきてくれた人達がいたから。




私はきっと、

まだ人間でいられる。



心底鬼には、

ならずにすむ。










――――――――






「…って、何でまたこんな事になっちゃってるのかな?」



東棟三階にある第二多目的教室。今ここにいるのは、言うまでもなく鎹と私の二人だけ。


「鎹君、ラブレターの彼女をふったと言うのは本当なのかな」

「本当だな」


少し離れた場所で偉そうに仁王立ちしている鎹がこくりと頷く。


何故に。

何故に断った。

好みのタイプだと言っていたではないか。


「だから今まで通りでよろしく」

「よろしく、じゃない」


さあどうぞ、と言わんばかりに制服の首もとをぐいっと寛げる鎹。


「……鎹君」

「何?」

「良い機会だから、私もう鎹君から血を貰うのはやめようと思うんだけど」

「なん」

「何でってのは受付てないから」


鎹が予想通り「何で?」というのを遮り、私は先にぴしゃりと言い放つ。


鎹は驚いた後、少し考えた素振りを見せてからこう言った。


「どーして?」


言い方変えればいいってもんじゃねぇ。


頭を抱え、もうこれはいつもの話通じないパターンだなと諦め、私は早々に戦線離脱することにした。


「じゃあ、そういう事で」


扉を開け、出ていこうとした所で鎹に腕をぐいと引っ張られて引き戻される。

鎹がぴしゃりと扉を閉める音が静かな教室に響き渡った。


「……………」

「進藤はあれだな、意地っ張りだな」

「…悪かったな」


意地っ張りで。



はあ、とため息をつき壁にヤモリのようにへばりつく。腕はもう鎹の手からすでに解放されている。


「何やってんだ?」

「……別に」


ただ何となく無意味に何かをしたかっただけなのだ。すぐ側にあったのが壁だったから壁にへばりついただけ。


私はたんまり『ヤモリ』になってからくるりと反転して鎹と向かい合う。鎹はすぐそこにいて、私をじーっと不思議そうに見ていた。

私は腕を組んでやや諦めぎみに視線を下に向けて鎹に問う。


「現状維持がいいと言う訳ですか」

「現状維持……、そういうことになるのかな」



私が意地っ張りなら鎹は頑固者だ。どちらもそう対して変わらないが、どちらの方が扱いにくいのだろうか。


鎹に関わるとやはり私が流される。流される、というよりは無理矢理引き込まれて溺れる、か。


私は長い長い、今までで一番長いんじゃないかと思うぐらいの長いため息を吐いた。

諦めるしかない。

結果溺れるのなら、自ら流れに飛び込む方が気持ちとしてどこか安心出来る気がする。




だが、この選択がのちにとてつもなくめんどくさい事の発端になろうとは、この時の私はまだ知らなかった。










「鎹君、結局何でラブレター断ったの?」

「天秤にかけてみたんだ」

「天秤?」

「ラブレターの彼女とラブラブするのと、血を吸われるのを天秤にかけてみたんだ。そしたら血を吸われるのの方が勝った。だから断った」

「…………」


マゾ。

M。

ドM。


「痛いのって、結構依存性あるんだな」

「………」



前より鎹から血を吸いにくくなったのは言うまでもない。






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