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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第二章 恋愛
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彼女のことを


「離婚の話は知ってました」


あれから数日後、掃除場所が同じになった小日向に瀬川の親が離婚する事を聞いてみた。

首を突っ込む気は無かったが、何となく何かが引っかかっていたから。


「やっぱり知ってたんだ」

「お隣ですし、一応幼馴染みですし」


今はあんまり仲良くない、と言っていた小日向。それは、今はそれほど仲が良くなくても、昔は仲が良かったという事なのだろう。幼馴染みなのだから当たり前だと言えば当たり前なのだが、幼馴染みでも仲良くない人達だって少なからずいると思う。


「瀬川さんの家、昔からあんまり両親の仲良くなかったみたいで」

「…そうなんだ」

「だから昔から瀬川さんと僕、一緒に遊んでました。昼間は外で。夜は家で」

「夜も?」


ほぼ一日中ではないか。

凄く仲良しさんだな、と思っていたら小日向が口を開く。


「瀬川さんの両親、仕事でいつも遅かったですから。晩御飯も小さい頃は僕の家で一緒に食べてました」

「ああ、なるほど」


子供を残して夜まで仕事をする両親。そんな毎日が続いていたらさすがにお隣さんとしては、放っておけなかったわけだ。

さらに瀬川は一人っ子らしいから尚更か。


「だけど中学上がってから、だんだん疎遠になっていって……、今はもう…全然」

「そ、そう」



小日向がだんだんと暗モードに入ってしまい、辺りに薄暗い気配が漂ってきている気がして私は顔をひきつらせた。


「離婚の話しは、もうずいぶん前から出てたらしいんです。でも、瀬川さんの両親、子供の事があるからって離婚の件はないないになってたらしくて」

「離婚してなくても家にいないんじゃ同じなのにね」

「はい…。で、離婚が正式に決まったのが去年の冬みたいです。今は離婚のために色々準備してるそうで」


去年の冬。

高校一年の冬。

瀬川の様子が少し変わった頃だ。


「あのさ、小日向君。一つ確認したいんだけど」


小日向が「何ですか?」と首を傾ける。


「小日向君が吸血鬼になりたい、って言ったのは瀬川さんのためなんだよね」


ぎょっとして、きょろきょろと小日向が辺りを見回す。

そして「はい」と小さく頷く。


「それって、瀬川さんを『必要』だとしたかったから?」



あの会議室での瀬川との一件、あれからずっと少しだけ引っかかっていた。小日向が言った、「僕は別に瀬川さんとどうにかなりたい、って思って吸血鬼にして下さいって言った訳じゃないんです」という言葉と、瀬川が言った「必要とされるっていいよね」という言葉。


そして今小日向から聞いた瀬川の家庭の話を聞いていたら、何となくだが想像はついた。


「瀬川さん、この間言ってたんだ。吸血鬼が血を吸うのは何でなのか、って。私はその時、必要だからって答えた。その行為が必要だからだって」


多分瀬川は。


「誰かから必要とされたかった」


瀬川は私に壁を感じると言った。それは、瀬川も人との間に一定の壁を作り始めたからこそ感じることが出来た芸当なのだろうと思う。

人は似たような人と引かれあう習性がある。自分と似た空気を感じて親しみを抱く。だから瀬川は私の壁に気付いたのだろう。そして私も瀬川の変化に気付いた。


「この間、数ヵ月前に一度、瀬川さんと少しだけ話をしたんです」


小日向がそう苦笑した。

すでにあれは遠い日の出来事ででもあったかのように。


「その時に、僕も同じ質問されました。吸血鬼が人の血を吸うのは何でなのかって」

「…何て答えたの?」

「それが吸血鬼の食事だから、って」


ニュアンスは違うが、小日向が言ったことも、私が言った事とたいして変わらない。

だが、多分それは瀬川が望んでいた答えではなかったと思う。


「その日以降は、また全然話さないような関係が続いて。それで、なんか何となくもやもやしてたら、進藤さんと……その、鎹君が……」


私が鎹から血を吸っているのを目撃した。


「びっくりして、色々考えて……。で、瀬川さんがあんな質問をしたのは、もしかしたらこういう事だったんじゃないかって思うようになって。ただ誰かに『君が必要だ』と言って欲しかったんじゃないかって」



誰でもいいんじゃない。

自分を必要としてほしかった。他の誰でもない、瀬川空という個人を必要だと言って欲しかった。

ここに、いていい証が欲しかった。

両親は帰らず、いつも一人。隣に住んでる小日向達に優しくしてもらっても、それが普通の家庭で注がれるであろう親の愛情に勝てるわけがない。

愛情を注がれなかった子供が歩く道は、愛情を注がれた子供が歩く道とは違うものとなる。

それでも、親の離婚という名の杭が打ち込まれるまでは、瀬川は歩けていたのだろう。

自分の道を。

それなりに。



だが、杭を打たれて、瀬川はついに立ち止まってしまった。進むべき道が分からなくなったわけじゃない。歩けなくなってしまったのだ。

歩くのを、止めてしまった。



だけど多分、瀬川さんは今必死に杭を抜こうとしているのだと思う。

自分の支えを探して。

『支え』に支えて貰って。


その『支え』が吸血鬼なのだ。人間の血を吸うヴァンパイア。瀬川さんの血を吸うヴァンパイア。



だから小日向は吸血鬼になろうとした。瀬川さんが好きだから。瀬川さんのために。瀬川さんに、『君が必要だ』と言ってあげるために。



謎は全て解けた、と軽口をたたいてみた所で小日向の憂いが無くなるわけでもなく。

私は少しばかり話題を変え、空気の入れ替えをすることにした。


「そういえば、遅いね」

「…早野さんの事ですか?」

「そう。久遠君呼びに行ったまま帰ってこない早野さんのこと」


今、この場にいるのは私と小日向だけだ。だが、本来ここの掃除当番はあと二人いる。

それが早野と久遠だ。


「早野さんも無謀なことしに行ったよね」

「無謀って…」

「久遠君が掃除に来るとか、日本に隕石が落ちてでもこない限りないと思う。あ、落ちてきても無いかな。だから無駄なんだよね。掃除に来るよういいに行くとか。ほんと無駄」


例によって例のごとく、無気力久遠は掃除にも来ない。

何しに学校に来てるんだか。


「進藤さんって、意外と辛辣ですね」

「そう?まぁ普段は大人しくしてるから。小日向君には、ほら、あれだから、まぁもういいかなって」

「進藤さんがこんなだったなんて」

「こんなって」

「僕、今の進藤さんを知ってたら絶対あんな事頼めなかったと思います」

「それは差別だ」


二人で笑いあう。


「鎹君ともこんな感じで喋ってるんですか?クラスではあれですけど」


クラスで、私と鎹は滅多に喋らない。それは喋る必要性を感じないからだ。話す事などこれといって無い。


「鎹君とは……、私が流されてる感じかな」

「流されてる?」

「うん。あの馬鹿さ加減についていけなくて最終的に私が折れる、みたいな」


馬鹿は変に頑固でもある。手におえない。


「でも鎹君、頭はそこそこ良いですよね?」


不思議そうに小日向が言う。

そうなのだ。成績的には、実は私より上という、なんて言うか全くもって腑に落ちない結果が出ているのだ。

その話を聞いた時、どれだけ私が自分の頭を嘆いたことか。


「鎹君はアレなのよ。性格バカ?頭は良くても性格とか人間性がバカなのよ。物凄く達が悪い」

「はぁ」


小日向が私をまじまじと見る。「何?」と聞くと「いえ」と言ったので気にしない事にした。

私は空気が変わったのを確認して、話をもとに戻す。


「小日向君、瀬川さんの事だけどさ、まだ何かアクション起こす気はあるの?」

「……はい、まぁ。このままには、やっぱりしておけないと思うので」


心配だから、と小日向。


「そう…、それは良かった。前にも私言ったけど、小日向君は小日向君のままでいいと思うよ」

「………」

「別に吸血鬼が好きだからって、絶対に吸血鬼だけが瀬川さんを助けられるわけじゃない。むしろ吸血鬼より、小日向君が小日向君だからこそ届く言葉があると思う」

「……ですかね」

「ですね」


敬語の小日向に敬語で返す。小日向は苦笑して、長い長いため息をはいた。


「それにしても、早野さん戻ってきませんね」


小日向は全く考えてもいないのだろうが、私は早野もサボっているのだろうと思っている。

久遠を呼びに行く、という件にかこつけて掃除を放棄したのだ。


「そうだね」



だが、小日向には秘密だ。


さすがにこれ以上女の腹黒さを教えてやるのは、いささか気が引けた。





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