繋ぎ屋つなぐ『弐』 vorbesc.でぃふぁれんとわーるど。
町の外にありましたるは深い深い藪の中。一棟の小屋がそこにぽつんと立っておりました。人の目には触れぬそこに住まいしは一人の小さな少女とさらに小さな少年が一人。そんな少女に久遠希遙は心奪われてしまいましたのさ。
「希遙殿。こう言ってはなんなのですが、あのように歳の離れた女の子に手を出す事はあまりよろしく無いかと思うのですが」
小屋の前、小さな少年と毬で遊ぶ少女をこそこそと眺め見ながらつなぐは隣の希遙に伝えます。よもや希遥からの依頼内容の妖かしがあのように小さな少女だったとは。つなぐは希遙の趣味嗜好を疑ってしまいます。ですが希遙はその様な言葉にも動じず小さな少女を見つめたままこう口を開けました。
「歳の離れた女子に見えるが、あの者は私より歳の云った者だ」
「え゛」
何と言う事でしょう。あのように小さな幼女の姿をしているにも関わらずあの少女は希遙よりも年の云った者だと言うのです。と言う事は、このつなぐよりも年上の可能性は高いのです。なにしろ希遙とつなぐは確認していないにしても同じような年代なのでありましょうから。
「ですが希遙殿。あの少女は本当に人では無いのですか?私が見るかぎりでは普通の少女のように見えるのですが……」
つなぐは父様とは違い人とは違うもの、妖かしの気配などを感じる事は不得手なのでありまする。主に見た目にてそれが妖かしなのだと、今まではそう判断して来たのであります。今回の希遙の依頼「ある妖かしとの仲を繋いで欲しい」というものも、見た目から判断できる者なのだろうとそうつなぐは思っていたのであります。それがまさかあの様な少女だったとは。
それにもしあの少女が人型の妖かしだったとするならば。
「…………」
「繋ぎ屋の?」
「申し訳ありませぬ。もしかしたらこれは私の手には余る依頼かもしれませぬ」
人型の妖かしは言葉巧みに人間を惑わす。なまじ人の姿をしているため人を騙す事は得意中の得意なのであります。その様な者との縁を簡単に繋いでしまうのは人の方に多大なる危険を伴う行為。人型の妖かしというのはそれほど危険な者達なのでありますから。
「父様だったら上手く繋げられるのですが」
つなぐの父は妖かしに顔が聞く。大抵の妖かしは父様には逆らわないのであります。絶対に。
「繋ぎ屋の主人は今どこに?」
「他の仕事に出ておりまする。希遙殿、時間がかかっても良いのならまた後日改めてこの依頼、引き受けさせて頂きたく思うのですが」
今度は父様と一緒に。
そのつなぐの言葉に希遙はあの少女をちらと見た後小さくこくりと頷いた。
「それにしても希遙殿。あの少女が希遙殿より年上だとは何故知りえたのでしょう?」
町に戻って来たつなぐと希遙は二人でとことこ歩きます。希遙とあの少女の事を父様に話すに辺りどんな事でも情報は知っている必要がある。この依頼は本来つなぐが受けたもの。父様に丸投げする事は出来ないのであります。
「あの者に直接聞いたのだ」
「えっ!あの妖かしと話をされたのですかっ!?」
遠くから見ていただけかと思いきやこの希遙。すでにあの少女との奇跡の邂逅は済んでおりました。顔に似合わず積極的な男でございます。
「で、では何故私どもに依頼を……」
既に話が出来るほどの仲ならば繋ぎ屋に仕事を依頼せずとも良いはず。それをこうやって他人の手を借りあの少女に近付こうとするのはもしや他に何かあるのでしょうか。動揺するつなぐに希遙はさらに追い打ちをかけるようにこう仰られました。
「俺と一緒になってくれと言ったのだ」
ずべしゃぁっ!とつなぐは顔からこけてしまいます。あまりの事につなぐの心は動揺を隠しきれません。
「い、い、いっしょ、一緒に?」
それは婚姻を結びたいと、そういうことなのでしょうか。希遙は迷う事無く力強く頷きます。
「最初は妖かしなのだとは気付かなんだ。話すうち私より上の者だと知り、そして妖かしなのだと知ったのだ。背中に生える黒き翼を見せて貰ってな」
「黒き翼?」
あの少女は烏天狗の類なのだろうか。
「それでも私があの者を好いておる事に変わりは無い。だからもう一度言ったのだ。俺と一緒になってはくれまいか、と」
「…………」
つなぐはあまりの恥ずかしさに何も言えなくなってしまいました。自分が言われた訳では決してないのだが希遙の真っ直ぐさに他人のことながらあてられてしまったのです。顔の赤みが引きませぬ。
「だがあの者は首を横に振る。それは私が人間であの者が妖かしだからだろう。だから貴公らに頼む事にしたのだ」
繋ぎ屋は人と妖かしとの縁を繋ぐ。そこにかけたのだろう。
「ですが希遙殿。繋ぎ屋は縁を繋ぐ事は出来てもそれ以上のものを繋ぐ事は出来ませぬ。そこからは希遙殿の努力次第と言う事になるのですが」
というより既にあの少女と希遙との縁は繋がっているも同然。繋ぎ屋にはこれ以上成すすべがないのではありましょうか。
「承知しておる。それでもこのままの状態よりは何か動くのが得策と言うもの」
分かれ道。つなぐは左へ。希遙は右に。
「宜しく頼むぞ、繋ぎ屋殿」
「希遙殿っ!」
別の道へと背を向けて歩く希遙につなぐは声をかけまする。そうして駆け寄りこそりと希遙へと小さな希望の光の言葉を伝えます。
「希遙殿。父様ならきっと力を貸して下さります。私の父様も……同じですから」
「…………?」
人と妖かしの縁を繋ぐのは簡単な事ではございません。それでも人が妖かしに、そして妖かしが人に近付きたい触れあいたい話がしたいと望むのならば、繋ぎ屋は力をお貸しいたしましょう。
想う誰かと少しでも心を繋ぐ事が出来たなら、それは最上の喜びとなるのだから。
次回予告。
希遙と別れ長屋へと帰り足を向けるつなぐの前に鎹屋の一人息子、双弥が突然現れた。聞けば家の倉の一つにどうやら妖かしが住みついてしまっているので是非見て欲しいという。急な依頼だったが時間がある事からつなぐは双弥の依頼を引き受ける事にした。
次回、どうにか二人きりになって話をしよう作戦を実行しようとしたら男と二人で歩いている所を目撃してしまい半ば傷心気味の鎹屋の一人息子がやはり頑張る話。




