ななたたさんがやってくる。 vorbesc.ななたた企画
木野かなた様企画『☆【ななたた がやってくる!】☆ミ』より。
木野かなた様、ありがとうございました。
草木も眠る丑三つ時、そんな夜長にななたたさんはやってくる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「……リコ」
「ホラーよナオト君っ!怖いわ!」
俺はお前の叫び声を聞いてすぐに駆け付けてくるだろう山崎の方が怖い。
そんな事を思いつつ、俺はリコ言う『ななたたさん』とやらの話に耳を傾け続ける。熱く語るリコの熱気と開け放たれた窓から入ってくる夏の暑さで、冷房がかかっているにも関わらずこの部屋の温度は高い。
「後ろを振り返ればそこにななたたさんが……!恐怖!!」
「そうか」
「もうっ、ナオト君は世間知らずだから『ななたたさん』の恐ろしさをちゃんと理解できていないんだわ!」
いつも通りの俺の返事にいつも通りに怒るリコ。
『ななたたさん』という、所謂一つの怪談話を聞いても恐がる様子ない俺に機嫌を悪くし、いらぬ文句をつけ始め、更に言えば身ぶり手振りで大袈裟に怒りを表現するリコに俺は嘆息する。いつも思うがリコのリアクションは多大に過ぎる。
「常識はずれも大概にしないと、皆がナオト君の事不躾な目で見てくるようになるわよっ!」
「リコほどじゃないから大丈夫だ」
目が見えていないというのにビシリと的確に俺を指差すリコに即座にそう言い返すも、どうやらリコは聞く耳持たずらしい。
「あのねナオト君。ななたたさんって言うのはね、姫たたって言う女の子と彦たたって言う男の子の二人組の怪異なの。その二人が七月の某日、お願いを叶えにこの下界へとやってくるのよ。それだけを聞いていたら良い怪異なんだろうけど、やっぱりお願いを叶えて貰ったらそれなりの代償はあるわけじゃない?」
姫たたと彦たた。
二人はお願いを叶える代わりにある要求をそのお願いの主にするらしい。
「そのななたたさんの要求って言うのがね……」
そこで言葉を止め、ちょいちょいと手招きするリコ。俺はため息一つ、そんなリコに近付き片耳を寄せる。リコが楽しそうにギシギシとベッドを揺らした。
リコの微かな吐息が直ぐ耳元にかかりリコの体温を近くに感じる。白いワンピースから覗く真白な肌が間近に迫る。
と、ガラリと病室の扉が開く音がした。
「リコちゃん、ナオトさん。煩い」
そこには笑顔で額に怒マークを付けた看護師山崎が腕を組んで扉の前佇む姿。
リコの頬っぺたがぷっくりと徐々に膨れていく。
「煩くないわよっ!私達はにゃんにゃんしてただけなんだからっ」
「にゃっ……!」
リコのにゃんにゃん発言に何を想像したのか、何故かカッと顔を赤く染め言葉を詰まらせる山崎。リコのすぐ傍まで近寄っていた俺とリコとの距離がさらに誤解を招いたのだろう。じりじりと何故か後ずさり扉から廊下へと離れて行く。
「山崎、騙されるな。ただの怪談話だ」
いつもの山崎にしては珍しくリコの言葉に惑わされる彼女に俺はそう言いリコから離れた。そんな俺にほっとした様な顔を垣間見せた後、恥ずかしさからかやはり顔を仄かに赤く染めた山崎はキッとリコを睨みつける。
「リコちゃん、誤解を招くような言い方はやめなさいっ!」
「なによー、ザキヤマさんが勝手に意味を履き違えただけでしょー。私のせいにしないでよ―」
「……っ、ナオトさんもナオトさんです!!」
「何故俺が怒られる」
そんな理不尽さにも最近では慣れっこだが。
「あとザキヤマって呼ばないで!合ってるけど合ってないからねっ!!私の名前は山崎!山崎ですっ!!山崎なんですからねぇぇっ!!」
叫ぶ山崎に「他の病院関係者が怒鳴りこみに来るぞ」と進言すべきかどうか悩んだが、触らぬ神に祟り無しだなと俺は見て見ぬふりを決め込んだ。
そんなこんなで落ち着きを取り戻したらしい山崎に、さきほどのリコの怪談話である『ななたたさん』とやらの話をしてやるが、山崎はどうやらななたたさんの事は知らないらしい。
「そんな怪談話、聞いた事ないけど……。リコちゃん、それ最近テレビとかでやってた話なの?」
「雑誌に載ってたわ」
「…………」
目の見えないリコにどうやって雑誌に載っているななたたさん話を見る事が出来るのか。
「はぁ……、またリコちゃんの嘘話、か」
「嘘じゃないわよ!!これは本当の話!!」
「はいはい」
ため息を吐き軽く受け流す山崎にリコがぼそりと「にゃんにゃん」と呟けば、山崎は間髪置かずにリコの頬っぺたを抓り上げる。
「いひゃいいひゃいいひゃいっ!」
「リコちゃんはホント可愛いわねぇ」
「ひゃまひゃひひゃいひゃんひゃっ!!」
「…………」
ななたたさんの話は、どうやらいつものリコの嘘話らしい。
まぁ、怪談話と言うものの大半は作り物なのだからこれは裏を返せば一種の本当話と言ってしまっても良いものなのかもしれないが。
「しかも何だかそのななたたさんの話、七夕の話に似てるし」
リコの頬っぺたから手を離した山崎は「それで思い出したわ」と白衣のポケットから長方形の紙を数枚取り出した。
「病院の中央にある笹に皆が短冊を飾っているんですけど、ナオトさんも飾りますか?」
一回の中央ホールに一週間ほど前から巨大な笹が飾られている。融資者からの贈り物であるソレにはすでに入院患者や通院患者、見舞客や病院近所の子供達などの様々な人達の短冊が所狭しと飾られているらしい。
「その笹をくれた融資者の御一人がですね、実はもの凄く運の強い方らしいんですよ」
数十人いるその融資者の中の、一人のとある人物の話である。その人物は、宝くじに何度も当たった事があったり、事故を起こした飛行機に間一髪で乗らなかったり、落とした時計を拾ってくれたのが某有名芸能人だったり、たまたま通りがかったキャンプ場で豪華なBBQに誘われたりと、かなりの強運の持ち主らしいのだ。
「さらに言えば、その人の知り合いが不治の病にかかってしまったそうなんですけど、その数日後にその病を治す手段が奇跡的に見つかったりと何かと幸運の持ち主みたいなんですよ。なので、その融資者の方も一役かった笹に願いを吊るせばっ!!その幸運をわけてもらえるんじゃないか、って結構評判になっておりまして」
はい、と真白な短冊が手渡され俺は受け取るが横からリコに奪い取られてしまう。と言っても目の見えないリコが即座に俺の手の位置を察知できるわけもなく、何度かがりがりと腕を引っかかれてしまったが。
「飾ったら駄目よっ、ナオト君!!ななたたさんが来るんだから!!」
ようやっと俺から奪い取る事に成功したリコは真白な短冊をビリビリと破り叩きつけるかのように床へと投げ捨てる。真白な破片がヒラヒラと雪のようにゆっくり下に舞い落ちた。
「もし短冊を飾ってナオト君のお願いをななたたさんが叶えちゃったらどうするのっ?ななたたさんはねぇ、ななたたさんはねぇ……」
めいっぱい貯めを作りリコは言う。
「ななたたさんはお願いの代わりに恋仲を引き裂いちゃうんだからっ!!」と。
「………は?」
俺と山崎の声が被さる。
「ななたたさんに私とナオト君の仲が引き裂かれちゃうわっ!!だから短冊にお願いを書いて笹に吊るすだなんてしちゃ駄目なのっ!!絶対っ!!」
「……いや、っていうかリコちゃんだって飾っ」
「わぁぁぁっぁぁっぁぁぁ!!!」
山崎の言葉を遮りリコは言う。
「ナオト君っ、ナオト君は飾らないよねっ?飾らないわよねっ!!だってななたたさんがそのお願いを叶えちゃうかもしれないもの!飾らないわよねっ!!」
「……あ、あぁ」
リコの気迫がいつにも増して凄い。
特に叶えたいと思う願いとやらも無い俺はリコに短冊は飾らないと伝えた。
「でも、リコは飾ったのだろう?」
リコの病室を出て廊下。
病院出入り口まで歩く俺に隣の山崎は頷く。
「飾りましたねぇ。二、三枚飾ってましたよ」
「貪欲だな」
「そうですか?他の方などは四、五枚とか悠に越えてましたよ。おっきな笹ですからね。まぁ、一枚だけという方もちゃんといらっしゃいましたけど」
「…………」
そんなに何枚も飾って御利益は薄くならないのだろうか。それとも少しずつの御利益でも良いから叶えたい願いがあるのか。
エレベーターに乗り一階のボタンを押す。一緒に乗った隣に立つ山崎の「ナオトさんは飾らないのですか」との問いに俺は首を横に振り壁に凭れて腕を組み一人考える。
もし、恋仲とやらを引き裂かれたくないのなら、リコは自分も笹に短冊などは飾らないはずだ。だがリコは短冊に願いを書いて吊るしている。これじゃ言っている事とやっている事がちぐはぐだ。
「ナオトさん、まさかリコちゃんの話信じてます?」
腕時計にちらりと視線を向けエレベーターを降りた山崎はナースステーションのある左ではなく右へと足を進めた。病院出口も同じく右方向なので俺は山崎の後を付いて行く形になる。
「信じるも信じないも、今の俺にはこれといった願いなどない」
「へぇぇぇ」
顔は見えないが含みを持たせているだろうその山崎の返事がやけに感に障った。眉間に皺が自然と寄る。
「本当に無いんですか?」
「ない」
「本当に?」
「ない」
「……本当ですか?」
徐々に速度を落とし俺と歩調を合わせながら隣を歩き出すあまりにしつこい山崎を最後には睨み付け、この話は終わりと相成った。
「まぁ、リコちゃんがナオトさんに短冊を飾らせたくない理由は多分二つですよ」
二人並んで歩きながら各々の目的地へと向かう。
「一つは俺に願いを叶えさせたくない、か」と思いついた事を言うも、山崎には「違いますよ」と即座に否定された。
「ナオトさんのお願いを知っていたら、もしかしたらその可能性があったかもしれませんけど」
「なら何だ」
「リコちゃんの性格を考えれば分かりませんか?」
含み笑いで笑む山崎はどうやら素直に答えを教えてくれはしないようだった。ため息一つ、俺は少しだけ頭を回転させ脳裏に焼きつく先程のリコを思い返しながら言う。
「自分の短冊を見られたくない、か」
「当たりです」
俺は息を吐く。そんなこと。
見られたくなければ飾らなければいい。それに、それなら「見るな」と一言俺に言えば済むものを。
「リコの願いはそんなに叶えたいものなのか」
それならそれで、少し見てみたい気もする。よほど突飛な願いなどではなかったら俺が叶えてやれるかもしれない。そう思うから。
一年に一度しか出逢えないそんな星達に願うよりもよっぽど効率的で能率的、そして確実だ。
「どうでしょう。まぁ、リコちゃんにとっては多分もう一つの『ナオトさんに短冊を飾って欲しくない理由』の方が重要なんですよ」
「わからんな」
病院の出入り口が見えて来た。俺は一人そちらへと足を向ける。
「あともう一つ、気にならないんですか?」
後ろから山崎が呼びかける声。
振り返りちらりと山崎を見るも、俺は何も言わずに一人病院を後にした。
――――――――――――――――――
「吸血鬼さんっ」
少女が俺を呼ぶ。見ると、手には真白な長方形の紙が一枚。楽しそうにそれを俺に渡そうとする少女に俺は首を横に振る。
「書かないんですか?」
「ああ」
「……書かないですか?」
「ああ」
「…………書か」
「しつこいな、お前も」
しゅん、と肩を落とした少女は笹の周りに集まっている客達に呼ばれて足早に駆けていく。少女の後ろ姿を見送り俺は仕事に戻る。こんな事ばかりしつこくて困る。
遠くから「失敗したのか」だの「書かせなかったらどうなるか」だの「何としてでも」だのと、よからぬ囁き話が聞こえてくる。どうやらあそこにいる連中も俺に短冊を書かせたいようだ。
「きゅ、吸血鬼さん」
舞い戻ってきた少女はやはり俺に短冊を飾らせたいのか、懇願してくるかの様にじっとその瞳を微かに揺らして涙ながらに見つめてくる。
「もうこの際商売繁盛とか家庭円満とか無病息災とか何でも良いので書いてください!」
「…………」
何故だか全員が俺に短冊を書かせようとするこの状況に、もしかしたらリコのあの『ななたたさん』の話は嘘でも偽りでもただの怪談話でもなく、本当の話だったのだろうかと、そんなバカな事がふと頭を過った。
だけど俺に恋仲なんてものは無い。
「やっぱり、何がしたいのか分からんな」
呟き俺は少女の手から真白な紙を一枚だけ引き抜いた。
今宵、ななたたさんは誰の願いの元に舞い降りて来るのだろうか。
願わくはこの少女の元や、少女の友人らの元には舞い降りて来ないことを、俺はななたたさんに願おうか。
大切な者の、大切な人達との仲が決して引き裂かれませんように、と。




