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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第二章 恋愛
10/109

ボクハ、ワタシハ。


こうなるだろう、と前々から予想していただけに私は今回の担任の面倒な頼みごとをすんなり受け入れた。



「じゃあ頼むな」

「はい」


内心、「だから何で日直に頼むんだよ」とは思っていたが顔には出さず、言われた通りアンケートBOXなるものを抱え、歩き出す。


四日前から何故か突然に始まった『アンケート期間』という名の学校の行い。

悩みや相談、こんな事をして欲しいなどの提案、先生への不平不満など何でも書いてこのBOXに入れてね、という何とも馬鹿馬鹿しいこの期間。

これが始まってから、毎日このアンケートBOXは放課後、所定の場所である職員室横の会議室へと持っていかなくてはならない事になっている。


他のクラスは担任教師が持っていくのだが、うちのクラスは何故か担任に頼まれた日直が持っていく、という流れが最初から出来ていた。

職員室の横なんだから手間もないだろ、とは思うのだが何故か担任は日直に頼むという意味不明な行動に出る。

噂では、会議室に入るのが怖いのだ、とかアンケートBOXに入っているかもしれない『担任への不平不満』に怯えているのだ、とか日頃の鬱憤が溜まっていて日直に何か頼み事をしてその鬱憤を消化しているのだ、などなど。

嘘かホントか冗談か。

そんな噂が色々流れている。



アンケート期間は一週間。今日で四日目。そして私で四人目の被害者。

被害者というほどの被害でもないのだが、地味に面倒だから厄介だ。



私は何も音がしないアンケートBOXを軽く振る。この箱の中に何か入っていた事など、これまであったのだろうか。

クラスで虐めはないと思うのだが、とぼんやり考えながら歩く。ちょうど五組の前を通った時、クラスメイトの小日向がそこにいるのに気付く。


小日向瑛士。

数日前、私に「吸血鬼にして下さい」と頼み込んで来た男。

小日向は五組の教室の前で、誰かを探しているのかきょろきょろと教室内を見回しているようだった。


そういえば瀬川空が五組だって言ってたっけ、と思いながら横を通り過ぎる。通り過ぎ様に目が合ってしまい、小日向が軽く会釈したので私もそれに返す。

素通りしにくくなったので、私は小日向に話しかけた。


「瀬川さん探してるの?」

「は、はい。まぁ」


小日向は視線をさ迷わせながらもそう言って頷く。恥ずかしいのか、私と顔を合わせようとはしない。


私もちらりと五組の教室を覗いてみたが、瀬川がいる様子はなかった。既に帰ってしまったのだろうか。


「進藤さんは、それ…」


小日向が私の持っていたアンケートBOXを指差す。

「うん。日直だから」

「久遠君も日直でしたよね?」


日直は男女一人ずつ。


「久遠君、やる気ないし」

「……ですか」

「久遠君と一緒の日直に当たったら最悪。全部こっちがやらないといけなくなるから」


日直の仕事は、何も担任に頼まれる仕事だけではない。その他もろもろ雑用があったり無かったりするのだ。

その分、全員に均等に回ってくるので平等と言ったら平等なのだが。


「あそこまで無気力だと逆に尊敬するよね」


私もああなれたらもっと楽に生きられるのに。

無気力久遠と呼ばれるクラスメイトを思い浮かべながら、しみじみ思う。


「尊敬すべきではないと思いますが……」


小日向が苦笑する。


「瀬川さん、いないみたいだね」

「え、ああ、はい。もう帰ったんですかね」

「……いつも一緒に帰ってるの?」


聞いてから、私はしまったと顔を歪める。鎹に首を突っ込むの好きなのか、と聞いておいてこれでは私も鎹と同じではないか。

小日向はそんな私の葛藤には気付かず、五組の教室を見ながら「いえ」と言った。


「そこまで今は仲良くないですから」

「………」


聞かなきゃ良かった。

と、小日向の顔を見て少し後悔した。










職員室横、会議室。

中に入り、アンケートBOXを置いて帰ろうとした私の視界の端に、見つけてはならないものを見付けてしまった。出来ればそのまま素通りしたい気持ちだったのだが、やはりそういう訳にもいかず。

迷ったすえ、私はそれに近付く。


そこにいたのは小さな子供だった。五歳ぐらいだろうか。すーすーと静かな寝息を立てて熟睡している。

寝ているのは別に構わない、いや構うのだが、寝てる場所が床で、しかも長机の下というのがどうも。

寝るなら出来れば椅子に座って、それが無理なら保健室のベッドで寝てください。


「あー…、ねぇ」

「すー、すー」


肩を揺さぶってみる。


「少年、ちょっと」

「すー、すー」


起きない。

そもそもこの子誰の子?誰か先生の息子さんだろうか。担任の顔に似てなくもないな、と無理矢理思ってもみたが無理矢理すぎた。

それにしても、奇抜なファッションだなあとまじまじと男の子の服装を見る。ぱっと見は普通の子供服なのだが、一点だけ奇妙。黒い羽が付いている。きっと上着の背中にでも付いているのだろう黒い羽。堕天使の羽、と言うよりこれは。


「……蝙蝠?」


今時はこういうのが流行っているのだろうか。

起きる気配のない子供に、職員室に行って先生でも呼んで来ようかと考えていた時、会議室に人が入ってきた。

しかもそれが瀬川だったので、私は目を丸くして瀬川を凝視してしまった。


「……進藤さん?」

「えっ、あ、うん…」


覚えていてくれたらしい。


「どうしたの?そんな所で」

「えーっと、子供が床で寝てるから起こそうかなって」


子供?と瀬川が首を傾げながら近付いて来る。男の子の姿を確認できたらしく、訝しげな顔になった。


「何でこんな所に子供が」

「さあ…」

「先生呼んできた方がいいんじゃない?」


私もそう思ってた所、と私が言うと瀬川は会議室を出ていった。多分、職員室に行って先生でも呼んできてくれるのだろう。

しかし、まさかこんな所で瀬川に会おうとは。なんの因果か。



そうこうしてるうちに、瀬川が呼んできてくれた先生が会議室に来て男の子を保健室へと連れていってくれた。先生に抱き抱えられても目覚めないという強者な男の子。

先生も、何故こんな所に子供がいるのか訳がわからないらしく、しきりに首を捻っていた。

ちなみに服にくっついている蝙蝠羽が抱き抱える時に微妙に邪魔をしていた。


「結局誰の子なのかな、あの子」

「さあ…」


勝手に校舎に入ってきたどこぞの家の子、という場合もある。

会議室にいる理由も無くなったので、当初の予定通り帰ろうと私がちらりと瀬川の方に視線をやると、瀬川はじっと扉の方を見つめ、ぼんやりしたまま微動だにしない。

「瀬川さん?」と私が声をかけると、ぴくっと体を揺らし覚醒したかのようにこちらを向いた。


「瀬川さん、大丈夫?」

「……大丈夫」


大丈夫に見えない。

いたたまれず、何か話題はないかと探して、さっき小日向に会った事を思い出した。


「瀬川さん、私のクラスの小日向君が瀬川さんの事探してたよ」

「えぃ…、小日向君が?」


こくりと頷く。

もしかしてえーじ、って言おうとしたのかな、今。


「もう帰ってるかもしれないけど」

「そう…ありがとう」

「…………」


会話が終わったので帰ろう。そうしよう。その方がいいな、うん。


「進藤さん、さ…」


帰ろうと決めた矢先、瀬川が何か話し出した。


「進藤さん、吸血鬼が何で人の血を吸うのか知ってる?」

「…………」


ぎしっ、と体に無駄に力が入った気がした。

これは、何だ。

何故瀬川はそんな事を聞くのか。もしや小日向が私が吸血鬼である事を瀬川にバラしたのだろうか。


「どうして、そんな事聞くの?」


注意深く窺いながら瀬川にそう聞く。瀬川は特に表情崩さず「気になったから」とただ坦々と答えた。


「進藤さんの答えが気になったから」

「私の答え?」


こくり、とやはり読めない表情のまま瀬川が頷く。


「進藤さん、どこか人と壁作ってたでしょ?一年の時」

「…………」

「今はどうなのか知らないけど、そんな進藤さんの答えが聞きたかったの。何か現状が変わるかな、と思って」


現状が変わるとかなんとかの意味は解らなかったが、瀬川は私が吸血鬼なのだと知っていてそんな質問をしたわけではないらしい事は何となくだが解った。


「吸血鬼が血を吸うのは、それが必要な行為だから、かな」


瀬川の問いにそう答え、私は内心自分の行為が瀬川に責められているように感じていた。

今でこそ、鎹という自ら進んで血を差し出す人間がいるからやらずに済んでいるが、昔私は人を襲っていたのだ。


ずっとずっと。

何の罪もない人達を。

私の勝手で。

私の一存で。

牙を立て、傷をつけ、血を吸い、自らの糧とした。

人の血を。

他人の血を。

身勝手に。

この手で。

奪った。



女の人こそ襲ってはいなかったが、こうして瀬川に『どうして血を吸うのか』と言われてしまったら、やはり心に突き刺さるものがある。

だから女の人は避けてきたというのに。



私は自分のために他人を傷付けて生きてきたのだ。


か弱い人達を、自分に敵わない者達を、力ずくで。





「必要、か」


瀬川がぽつりと呟く。その時の瀬川の泣きそうな笑い顔を、私はこの時見ていなかった。


「必要とされるっていいよね」

「え…?」


くすりと瀬川は笑う。


「私の親ね、離婚するんだ」

「離婚……」

「進藤さんさ、さっきも言ったけど人と壁作ってたでしょ?」

「………」

「着かず離れず一定の距離を保って。内に潜らず潜らさせず、他人と深く関わろうとしない。かといって、ぼっちという訳でもなかった。進藤さんは壁を作ってた。それも上手いぐあいに皆には見えない、透明な壁を。それってさ、もしかして」



もしかして。





ブーン、ブーンと携帯のバイブ音のような音が聞こえ、瀬川がポケットから携帯を取り出す。

一応、携帯校内禁止のはずだが、それを守っている生徒は携帯を持っていない子達だけだろう。

ちなみに私もその一人。


電話だったらしく、瀬川は携帯を耳に当てて話し出す。


「もしもし………うん、今会議室…………えっ、会議室じゃないの?マジか………うん、うん…わかった。すぐ行く」


瀬川が長いため息をはき、こちらを見る。


「場所間違い。酷いよね。ちゃんと確認してから伝えて欲しいよ…。じゃあごめん、私行くね」

「うん」

「じゃ、また」

「また」



ばいばい、と手を降り瀬川は会議室を出て走っていった。





着かず離れず一定の距離を保って。内に潜らず潜らさせず、他人と深く関わろうとしない。かといって、ぼっちという訳でもなかった。進藤さんは壁を作ってた。それも上手いぐあいに皆には見えない、透明な壁を。それってさ、もしかして。




「もしかして……」



多分、瀬川が言おうとした事と私が考えていることは違うだろう。


私が壁を作るのは、私が吸血鬼だから。


私が皆とは違うから。


私が人ではなく

鬼だから。




私は。





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