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Heroine Life  作者: ころ太
19/22

みんなのひとつ



<Yuko Taira>



朝錬を終えてから部室に戻る途中で、天吹を見つけた。

まだ登校してくるには早い時間なのに、あいつがもう学校に来てるなんて珍しい。教室に向かわず誰もいない校庭で何をやっているのだろう。

いつも一緒にいるはずの柚葉がいないところをみると、ひとりで登校してきたのだろうか。

片手にスコップを持ち、ぼけっと立ったまま目の前の花壇を見つめている天吹は見るからに怪しい。

声をかけるのも躊躇われる雰囲気だったが、朝の挨拶もせずに見送るわけにもいかない。

あんなやつでも、私のクラスメイトなんだから。


「天吹」

「?」


近寄って声を掛けると、あいつはようやく私に気付いて視線をこちらへ向けた。眠いのかいつも以上に気の抜けた顔をしている。

ぼんやりとした目をぱちぱちとさせて、小さくあくびをしたと思ったら、ふにゃっと口を緩めた。

相変わらずだらけている彼女に呆れながらも、のんびりとした様子に思わず頬が緩みそうになってしまうが、慌てて顔を引き締める。

一瞬天吹をかわいいと思ってしまったような気がしたけど気のせいだ。気のせい気のせい。絶対気のせい。


「えーっと、平さん家の……名前なんだっけ?」

「いい加減に下の名前覚えてくれない!? 裕子よ裕子!」

「わかったわかった。おはよう、平」


こいつ、私のことを名前で呼ぶ気ないわよね。私も天吹のことを名前で呼んでないから、お互い様ではあるけど。

今まで意地になって苗字で呼んでいたせいか、今更名前で呼ぶのには抵抗がある。


「はぁ……おはよう」


天吹が私を名前で呼ばないことは、実はそんなに気にしていない。

聞いてないのに美空がこっそり教えてくれたのだが、どうやら私の苗字を名前のように思っているらしく、名前で呼ぶことに違和感を感じてしまうらしい。

だからもう諦めているし、べつに今のままでも問題ないので無理に呼称を変えなくてもいいと思っている。

どんな呼び方をしても私たちはクラスメイトで友人なんだから、呼び方なんて些細なことだろう。


「平は朝練の途中?」

「もう終わったわよ。そういうアンタは早朝からスコップなんか持って何をやってたのよ。怪しいわね」

「ああ、これ? 今まで砂場で遊んでたから」

「うちの高校に砂場なんてあるわけないでしょ!? 小学校じゃあるまいし!」

「いやほらあるじゃん。走り幅跳びで使う砂場が………」

「この馬鹿!! 怒られるわよ!?……って、さっきまでうちの部が使ってたからそれって嘘じゃない!!」

「はは、バレた。実は園芸部の友達の手伝いをちょっとね」

「はぁ!?……え、うそ、あんた園芸部に友達いたの!? 妄想とかじゃなくて!?」

「いるっての。同級生で、他のクラスの女の子」


私が大げさに驚くと、天吹は不満そうに眉を顰める。

だって他のクラスの子と仲良く話してる姿を見たことがなかったし、あいつが私たち以外の人と和気藹々と話す姿を想像できなかったんだもの。

最近の天吹は以前より明るくなって、誰とでも普通に話すようになってきているのだから、そう驚くことでもないのかもしれないけど。


「ふぅん……で、そのお友達はどこにいるのよ?」

「校舎裏の花壇にいるよ。私は先に教室に戻るつもりだったけど、校庭の花が気になって見てた」


そう言って天吹は花壇に咲いている花に視線を移した。私も、同じように花を見る。

天吹のように特別植物に興味があるわけじゃないから、普段はわざわざ立ち止まって見たりしないけれど。

こうしてよく見ていると、咲いてる花の鮮やかさに瞳を奪われる。校庭は毎日通るけど、こんなに綺麗な花が植えてあることに今気がついた。


「ここは別の園芸部員の子たちが世話してるんだって。友達は校舎裏の花壇をひとりでやってるから、そっちをたまに手伝ってるんだよね」

「へぇ、校舎裏に花壇なんてあったのね」

「うん。小さい花壇だけど、ここに植わってる花に負けないくらい綺麗な花がたくさん咲いてるよ」


校舎裏に花壇があるなんて初めて知った。

あの天吹が珍しく得意げに話しているので、その校舎裏の花壇とやらに興味が湧いてくる。


「……それは、見てみたいわ」

「一度でいいから見に行ってよ。滅多に人が来ない場所だから見てくれる人が少なくってさ。奈々子もきっと喜ぶよ」

「奈々子?」

「園芸部員の友達。春川奈々子っていうんだけど―――」


どこかで聞いたことのある名前だなと思っていたら、背後からぱたぱたと足音を響かせて誰かが私たちの傍までやってきた。

天吹と同じようにスコップを持った彼女は、私の顔を見て「あっ!」と小さい声をあげて驚く。


「た、たたたた平さんだっ!」

「あ? そうだけど、なに?」

「ひっ!? ご、ごめんなさいっ!!」


突如やってきて私の名を呼んだ彼女は、何故か怯えるように天吹の背後に隠れてしまった。

あれ、もしかして怖がられてる? ふるふるとか弱い小動物のように震えている女の子を見てると、何もしていないのに罪悪感が。

天吹が他人にくっつかれて嫌な顔をしていないってことは、この子が例の園芸部員の友達なんだろう。


「あーあ、平がいきなり睨むから奈々子が怯えてるよ。かわいそうに」

「に、睨んでないわよっ!!」


私の名前を知ってるみたいだったから不思議だなって思っただけで、睨むつもりなんてこれっぽっちもなかった。

もしかしたら言い方が強かったかもしれないけど、恐がらせるほど酷い言い方はしてないはず。自分ではいたって普通だと思うんだけど。


「とにかく、怖がらせたのなら謝るわ。ごめんなさい。私は平 裕子、よろしくね」

「は、春川 奈々子です。あ、あの、覚えてない、かな? た、平さんと同じ中学で、お、同じクラスになったことも、あるんだけど……」

「………………え?」


確かに聞いたことのある名前だし、どこかで見たような顔だけど……。


「あれれ、平、覚えてないの? 忘れるなんてひどーい」

「はあ? 高校に入ってからずっと同じクラスだったのに私のこと全く覚えてなかったあんたが何言ってんの? 殴られたいの?」

「あ、いいのっ。私、平さんとあまり喋ったことないから、忘れられてても、しかたないよ……」

「いや、その。春川さん、ごめん!」


昔の記憶を辿ってみると、確かに彼女は私と同じクラスだったような気がする。うん、少しづつ思い出してきた。

クラスメイトだったけれどほとんど喋ったことがなかったから、すっかり忘れてしまっていたようだ。

でも何かしらこの突き刺さるような罪悪感は。いや、忘れてた私が全面的に悪いんだけどね。

とにかく涙目になっている春川さんを慌ててフォローして、私を見てニヤニヤしている天吹はあとでシメる。覚えてなさいよ。


「そういえば柚葉は一緒じゃないの? いつも一緒に登校してるでしょ?」

「うん、一緒に来たよ。柚葉なら教室にいると思う」

「なにやってんのよ」


軽めに頭を叩くと、天吹はわざとらしく「痛い」と呟いてジト目で私を睨む。

春川さんは急に険悪になった私たちを見て、おろおろしながら冷や汗を掻いていた。


「この時間は教室に誰もいないでしょ? そんな寂しいところに柚葉をひとり置いてきたっていうの? この薄情者。

 早めの登校に付きあわせて挙句の果てに放置はないんじゃない?」


誰もいない教室にひとりポツンと佇む柚葉を想像すると居た堪れなくなってしまう。

そんなことがわからない天吹じゃないと思うけど……でも実際、柚葉をそんな状況に置いたのはこいつだ。


「もちろん誘ったってば。でも柚葉が、遠慮するから、しかたなく……」

「はぁ~~? それで諦めて柚葉を置いてきたの?」

「う、だって無理矢理連れてくるのも可哀想かなって」

「柚葉が嫌がるって、あんた、本気で思ってるの?」

「…………………」


柚葉は何よりも天吹のことを優先する。それはもう呆れるくらい献身的に尽くしている。

理解できないけど、あの子にとってこいつは自分自身よりも大切なもので、かけがえのない存在なのだ。

他人に興味がなかった天吹に友人ができたのならば、柚葉は喜んだだろう。天吹にとってそれはプラスになることだから。

天吹のことを第一に考えて自分のことは二の次な彼女だからこそ、たとえ傍にいたくても、邪魔にならないように遠慮したのだろう。


「ほら。こんなところで立ち止まってないで、さっさと教室に戻りなさいよ。柚葉が待ってるわよ」

「…………わかってるっての」


むすっとしてるけど、きっと照れ隠し。

天吹は天吹なりに、ちゃんと柚葉のことを大切に思っているみたいだから。

前はあんなに嫌がっていたのに、何があったのか知らないけど最近はよく柚葉のことを気にしてる。


「あ、走っちゃダメよ。急いで歩いていきなさい」

「なにそれ、競歩で行けってこと?」

「ああもういいから早く行けっ! ほら、スコップは私が片付けておくから!」


思わず強めに背中を押してしまったが、天吹はよろけることなくそのまま教室へ向けて歩き出した。

一度だけこちらを振り返ったので、手で追い払う仕草をすると、彼女は何かを呟いて小さな子どもみたいに笑った。

校舎の中へ消えていく背中を見送って、重たい溜息を吐く。随分と変わってマシになったけれど、まだまだ世話のやける奴だ。


「天吹さんって、大須賀さんのことが、だ、大好きなんだね。よく名前が出てくるし、彼女のことを話すときは優しい顔してるから」

「そうね。……早く素直になればいいのに、あいつはいつもいつも――」

「…え、ええっ!? ど、どっ、どどどどうしたの平さん!?」

「へ? なんで……」

「だって平さん、な、泣いてるよ!?」


何を言ってるんだろう。どうして私が泣かないといけな――――


「え…?」


頬に手を当てると、温かい液体で濡れていた。

自分が泣いていることに、指摘されてようやく気付いてしまう。


「あれ、なんで私……泣いてるの?」


頬を伝っているのは、紛れもなく自分の涙だった。

ぽたぽたとたくさんの水滴が落ちて、次々と地面に染み込んでいく。

無意識に流れていた涙を自覚して、ようやく自分は“悲しい”のだと悟った。


「どう、して?」


止め処なく流れる涙を見て、首を傾げる。

なんでこんなに切ないのだろう。胸が詰まったように苦しくて、まるで大切なものを失ったように強い痛みを感じてしまう。

悔しくて、もどかしくて、心が締め付けられる。いきなりこんな気持ちになってしまった原因は見当もつかない。

考えても考えても原因は解からないのに、それでもはっきりと解かることがひとつある。

それは、欲しかった『何か』を自分のものに出来ないということ。

今更どんなに努力しても、意地も何もかも捨ててがむしゃらに手を伸ばしたとしても、絶対に届かない。

でも、どうして急に、こんな。


「……なんだろう?」


私は、何が欲しかったんだろう。こんなに悲しいのに、自分が求めていたものが何なのか解からない。

私はその『何か』が欲しかった。解からないのに、どうしようもなく欲しかった。


「あ、あの、大丈夫?」


急に泣き出した私を見て、春川さんはひどく戸惑っていた。

こんな情けない姿をこれ以上晒すのは嫌だし、彼女に余計な心配をかけたくない。


「……ごめんね、急に泣いちゃって。すぐに泣き止むから」

「い、い、いいよ! 無理しないで、泣きたい時は、泣いていいよ!」


私が涙を拭って無理に笑おうとすると、春川さんはさっきまでの気弱な様子が嘘のように強い調子で言った。


「この先、きっといいことあるから。その時に、思いっきり笑えばいいと思うんだ。……だからね、無理しちゃ駄目だよ」

「うん………ありがとう」

「え、偉そうなこと言って、ごめんね」


彼女の言葉に素直に甘えて、無理に笑うのはやめた。今だけは本当に笑えそうもない。気を抜くと重い気持ちに押し潰されてしまいそうだ。

けどもう、涙は出てこない。悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうだけど、それでも泣いてすっきりしたのか、妙に清々しい。

もしかしたら、ずっと前にこうなることを知っていて、心のどこかで諦めていたのかもしれない。

諦めるだなんて私らしくもないけど……どこか、ほんの少しだけ安堵している自分もいる。


だから、大丈夫だ。ほんとはちょっとだけ、無理してるけど。私はまだ頑張れる。この胸の痛みからも逃げたりしない。

私が求めていたものがこの先絶対に手に入らなくても、それでも構わない。

手に入れることは出来なかったけれど、大事なものを失ったわけじゃない。

こんなことで落ち込んで、うじうじしてる場合じゃないのだ。


思い通りにいかないことばかりだけど、それでも私は頑張ることをやめたりしない。


あいつは私に教えてくれた。

たとえ結果が実らなくても、その過程は決して無意味ではないのだと。


だから


苦しくても、切なくても、愛おしくも思えるこの気持ちは、誰がなんと言おうと



絶対に―――無駄なものじゃない。



「……まだまだ、頑張ってやるわよ」

「え?」

「ううん、なんでもない。それより、校舎裏に花壇があるって聞いたんだけど、私も見ていい?」

「も、もちろん大歓迎だよっ!」



苦難を乗り越えて、一生懸命に藻掻いて、辛い困難に抗って。


頑張って、頑張り抜いたその先に。


きっと、私だけの幸せが待っている気がするから。



(だから、あんたも頑張りなさいよね)



昇りはじめた太陽を受け入れる水色の大空を見上げながら、

私は幸せになってほしい大切な友人に向けて、心の中で小さなエールを送った。






*****



<Natsuki Uehara>



お昼休み。

校舎の一番奥にある資料室。

どの教室からも離れていて、滅多に人が訪れることのないこの部屋に、私と柚葉ちゃんは来ていた。

重たい資料をこの遠い資料室まで運び、整理しながら元の場所へと戻す作業は地味に大変だ。


「柚葉ちゃん、これはどこに置けばいいかな?」

「あ、その本は私が置きますから、菜月さんはそっちの本をお願いします」

「ありがとう」

「お礼を言うのは私のほうですよ。すみません、せっかくのお昼休みに雑用を手伝わせてしまって……」

「ううん、気にしないで。こんなの、ひとりでやるのは大変だよ。それにどうせ暇だったから」


重たい資料を両手にいっぱい持っていた柚葉ちゃんを見つけたので、強引に手伝いを申し出た。

いくら柚葉ちゃんが頭が良くて要領がいいといっても、さすがにこの量を昼休みが終わるまでに片すのは厳しい。

まったく、押し付けた先生は何を考えてるんだろう。その場にいたら、さすがに私もひとこと文句を言ってたかもしれない。

柚葉ちゃんは真面目だから頼まれたら断らないし、気を使って誰にも頼ろうとしないから、偶然私が通りがかって良かった。


「よいしょっと」


バラバラになっていた資料を順番に並べて、指定された棚に入れていく。

背が低いから高いところには手が届かないので、そういうところは柚葉ちゃんが自主的にやってくれていた。

それに私の元にある資料はどれも簡単にまとめられるものばかりで、難しいものは彼女が引き受けているようだ。

そうしたほうが効率がいいのはわかってるけど、そんなに気を使ってくれなくてもいいのにな。

私じゃ頼りないかもしれないけど、もっと頼ってほしいと思う。


「ねえ柚葉ちゃん」

「はい? どうしました?」

「えっとね、ちょっと聞きたいことがあるんだけどね」


かさ張った紙の資料を片付けていた柚葉ちゃんは、一旦手を止めてから私の方を振り向いてくれた。


「なんでしょうか?」

「一度聞いてみたかったんだけどね……あの、柚葉ちゃんって千晴ちゃんのどこが好きなの?」


彼女の柔らかくて美しい金の髪が、窓から差し込む光を浴びて輝いている。私を見つめる澄んだ青の瞳は、ずっと見ていたいほど綺麗だ。

顔も整っていて、スタイルも良くて、性格だって優しくて、勉強も運動も得意で、非の打ち所もない完璧な彼女は、

異性はもちろん同性だって惹きつけてしまう。男女問わず好意を持たれ、噂では数えきれないほど告白されているようだった。

けれど彼女はその全てを断り、ただひとりの人をずっと想い続けている。

柚葉ちゃんは、いったい千晴ちゃんのどこを気に入って好きになったんだろう。


「全てです」


一秒も悩まず照れもせず、はっきりと彼女は答えた。

予想していた答えだったけれど、こんなに堂々と答えられてしまうと当人じゃないのに恥ずかしくなってしまう。

でも、憧れちゃうな。好きな人のことを好きって断言できるなんて、凄いことだと思うもん。


「全てと言うよりも、千晴さんが千晴さんだから、好きなんです」

「う、うん。なんとなく解る気がする」

「やはり菜月さんも千晴さんのことを――」

「あっ! ち、違うよ!? 私はそういう好きじゃなくて、なんというか別のもので、柚葉ちゃんが心配するようなことはないから!」

「もしかして、私に遠慮しているんじゃないですか?」

「そんなことないよ。本当に。私は柚葉ちゃんのこと応援してるから」


千晴ちゃんのことは好きだよ。大事な幼馴染だから、もちろん大好きだよ。

彼女とずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろうと思ったこともあったけど、私のこの気持ちは恋じゃない。

似たような気持ちはあって、でも、やっぱり違うんだ。私が彼女に求めたのは“恋人”ではなく“家族”に近いものだった。

きっかけがあればそれは恋になっていたかもしれないけど、それはもしもの話でしかない。

今ここにいる私は、千晴ちゃんも柚葉ちゃんのことも大事で、二人が上手くいくように願っている。それで、いいんだ。


「だからね、私にできることならなんでも言ってね。これでも千晴ちゃんの幼馴染だから、知ってることも多いし」

「菜月さん……」


柚葉ちゃんが千晴ちゃんの家族だった時期があることは聞いてる。前に、二人で話す機会があった時に教えてくれた。

詳しい話は知らないけれど、二人の間にはきっと色々あったのだと思う。柚葉ちゃんも、何か重たいものを抱えているのかもしれない。

でも、それでもふたりは惹かれ合っている。いろんなことを差し置いてでも、お互いを大切に思ってる。

余計なお世話かもしれないけど、不器用な彼女たちの背中を、私は押してあげたい。

幼馴染として。友だちとして。精一杯、応援したい。だって、大好きな人たちには、幸せになって貰いたいから。


本当はもうひとり、応援したい友達がいるけれど……彼女を応援してしまうのは残酷なことかもしれないから、私は何も言えなかった。

教えてあげたほうがよかったのか、それはわからない。どっちが正しくても、私はきっと伝えられなかっただろう。


「あの……じゃあ、お言葉に甘えて、ひとつ聞きたいことがあるんです」

「うんいいよ。なに?」

「千晴さんの好みのタイプってどんな人ですか?」

「………………………えーっと」


好みのタイプかぁ。手っ取り早く柚葉ちゃんみたいな人って言いたいけど、それは駄目だよね。

やっぱり遠回しに伝えるしかないかな。気づかれないように、できるだけ抽象的に考えないと。

一生懸命に頭を捻って、柚葉ちゃんの特徴を簡単に絞り出す。うーん、結構難しいなぁ。


「頭が良くて、優しくて、包容力のある人、かな?」

「え……それは、まさか」


しまった、これって結構ズバリなことだったのかも。勘のいい柚葉ちゃんなら気付きそう……。


「美空さん、ですか?」

「それはないんじゃないかな」


たしかに美空ちゃんは頭いいし優しいしお母さん並の包容力を備えているけどね。

柚葉ちゃんって自分のことになると判断力が低下しちゃうのかな。自分のことを判断材料に加えていないのかもしれないけど。

何はともあれ、バレなくて一安心だ。こういうのって、他人からじゃなくお互いの口で伝えるのが一番いいだろうし。


「千晴ちゃんの好みのタイプがどんな人だろうと、柚葉ちゃんはそのままでいいよ」

「そうですか?」

「うん、自信を持って」


きっと千晴ちゃんも、柚葉ちゃんが柚葉ちゃんだから、好きになったんだと思うから。


柚葉ちゃんはもう気持ちを伝えてあるから、あとは千晴ちゃんが告白しちゃえばいいんだけど、これがなかなか進まなかったりする。

二人の気持ちが同じことを知ってる身からすれば、この状態はもどかしいなぁ。私が焦ってもしかたないんだけど。


「でも、もっと積極的にいったほうがいいのかも。千晴ちゃんって、押しに弱いところあるから」

「押し倒したことなら、一度あるんですけど……」

「お、押し倒しちゃったのぉおおおおお!?」


積極的なのは知ってたけど、柚葉ちゃんって大人しそうな顔して随分と大胆なんだね。びっくりだよ。

まさかもう押し倒し済みだとは思わなかった。


「真面目な話の途中でやったことなので、特に何もなかったんですが」

「やっぱり千晴ちゃんに色仕掛けは効果ないかぁ」

「そうですね。あ、押し倒したときは裸だったんですけど」

「は、はだかぁあああああっ!?」


ちょっとそれ一体どんな状況だったの!? ふたりとも普段家でなにやってるの!? 実はもう付き合ってるんじゃないの―-!?


「やっぱり私に魅力がないんでしょうか?」

「ないない、絶対そんなことないから! 柚葉ちゃんに迫られて魅了されない人なんていないからね!?」

「千晴さん、胸の大きさはどうでもいいって言ってましたけど、もしかしたら大きいほうが好きなのかもしれません」

「あ、あのね柚葉ちゃん。私の胸を見て落ち込まないでくれるかな?」


千晴ちゃんはべつに大きい胸が好きなわけじゃないと思う。むしろ、体質のせいでそういうことにあまり興味はなさそうだ。

柚葉ちゃんだって、胸は小さいわけじゃないのにな。腰だって細いし身長も丁度いいくらいで足もスラっと長くてとても羨ましい身体をしている。


「だって千晴さんって菜月さんの胸に触れる回数多いですよね?」

「ぐ、偶然じゃないかな~?」


よく見てるなーと感心してしまう。よっぽど彼女は千晴ちゃんのことが好きなんだなぁ。

余裕がなくなるぐらい必死で、変なことを考えすぎて悩んだりして、でもそれすらも楽しそうで。たぶん、これが恋をするってことなのかな。


(良かったね、千晴ちゃん)


こんな素敵な人に、こんなにも愛されて。

そんな彼女を好きになることができて。


「菜月さん」

「なに?」

「もう1つだけ、聞きたいことがあるんです……その、千晴さんの小さい頃の話なんですが」

「うん、もちろんいいよ。なんでも聞いてね!」

「ありがとうございます」


資料の片付けは話しながらやっていたので、もう終わっている。

柚葉ちゃんとふたりきりで話す機会なんてあまりないから、昼休みが終わるまで色々なことをたくさん話そう。

私と、私の幼馴染の話を。彼女の話を。それ以外のこともいっぱい。

教えて、知って。

私たちの世界は、少しづつ広がっていく。


私たちが持っている絆は、ひとつだけじゃないんだから。

いろんな絆を、ゆっくりと大切に、育んでいこう。





*****



<Misora Endou>



「ん~終わった~」


HRが終わり、放課後になる。

もうすぐ期末テストなので、いつもより終わる時間が早い。

どうせ千晴は早めに帰ってもテスト勉強をしないだろうから、大須賀ちゃんも誘って図書室で一緒に勉強しようかしら。

千晴の席を見てみると、彼女は荷物をまとめて帰る準備をしていたので、私は慌てて支度を整えてから彼女のもとへ向かった。


「ねえ千晴。これから一緒に図書室で勉強しない?」

「あ~…残念だけど、今日は用事があるから」

「本当に? ふふ、勉強したくないだけなんでしょう?」

「う、まあ、勉強したくないけどね。でも今日は本当に用事があるから無理」

「……それならしかたないわね」

「うん、ごめん。じゃあね美空」

「あ、待って。私も途中まで一緒に帰ってもいい?」


私と千晴の家は別の方向だから、途中までといっても学校を出たらすぐ別れることになってしまうが。


「いいよ。ちょうど美空と同じ道だから」

「あら、どこか寄るの?」

「……ん。ちょっとそっち方向に用事があって」


言葉少なに答えて、カバンを持ってから早々に教室を出ようとする。あら、大須賀ちゃんと一緒に帰らないのかしら?

用事があっても大須賀ちゃんなら千晴と一緒にいこうとするはずだけど、その彼女はゴミ捨て当番で教室にはいない。

ほとんどいつも一緒に帰っているのに、珍しい。


「大須賀ちゃんはいいの?」

「うん。用事があるって伝えてあるから平気」

「そう? ならいいけど」


千晴の隣に並んで、学校を出る。こうして同じ道を帰るのは商店街で遊ぶときや私の家で遊ぶ時だけだ。

それにしても、最近は大須賀ちゃんや上原ちゃんや平ちゃんがいるから、千晴とふたりで並んで歩くのは随分と久しぶりかもしれない。

ちょっと前まではよくふたりだけで遊んだものだが、それも今では滅多になくなった。

友達が増えるのはもちろん良いことなのだけど、なんだか寂しい気持ちもあって、複雑だ。だからといって、今の関係を嫌だとは思わない。

毎日がほんとうに楽しくて、充実していて、一日が終わるのはあっという間だ。


――だからこそ変化が怖くもある。


時が経てば、いろんなことが、どんどん変わっていってしまう。

千晴も、自分も、周りも。目に見えるものも、見えないものも、少しづつ、変わってしまう。


「千晴?」


気がつくと千晴は前を歩いていた。隣を歩いていたはずなのに、いつの間にそんな前の方に行ってしまったんだろう。

前を歩いて、遅れていた彼女を引っ張るのは、私の役目だった。けれどもう、そんな役目も、彼女には必要ない。

千晴は自分の意志で、足で、前を進んでいる。どんどん先を進んでいく。私が、置いていかれてしまうぐらいに。

いつか、そのまま見えなくなるくらいずっと先まで行ってしまうんじゃないだろうか。


「美空」


違う。

離れてしまったのは、私が足を止めていたからだった。

つまらないことを考えて立ち止まっていたから、足が動いていなかった。


「何ぼけっとしてんの? 置いてくよ」


先を歩いていた千晴は、私の元まで戻ってきて隣に並び、意地悪そうな笑みを浮かべる。

……でも、すごく優しい目だ。あの日、私を救ってくれた澄んだ瞳が、私を見てくれていた。


(怖がることなんて、なにひとつないじゃない)


私が足を止めてしまったら、彼女が戻ってきて声をかけてくれる。

彼女が早足で前を進んでいたら、私が追いかければいいのだ。


変わっていくのは、しかたがないこと。でも変わらないものだって、ちゃんと存在する。



千晴と私は、ずっと―――親友だ。



「千晴♪」

「うわっ、いきなり何!?」


感極まって千晴に抱きついてみたら、彼女は思いっきり嫌そうな顔をして引き剥がそうとする。

しかし力は私のほうが強いので、抵抗されてもそのまま抱きしめ続けた。せっかくなので、抱え込むようにして抑えてみる。

すると千晴の顔が私の胸に埋まるような形になったので、さらに抵抗が激しくなった。ふふ、嬉しいくせに。


「せ、セクハラーッ! 柔らかい胸を無理矢理押し付けるのはせくはらですやめてください! むぎゅっ」

「いつもする方なんだから、たまには逆もいいんじゃない?」

「意味わかんないです!?」


あまりからかい過ぎると拗ねてしまいそうだったので、そろそろ離してあげることにした。

解放してあげると、千晴は怯えるように距離をとってあがった息を整えている。顔が紅潮していて、耳まで真っ赤だ。

あらま、ちょっとキツく抱きしめすぎたのかしら。いや、もしかしたら照れてるだけかもしれないわね。ほんと、可愛いんだから。


「私に抱きしめられたくらいでそんなだと、いざって時に大変よ?」

「はあ!? いざって時ってなに!?」

「まだ告白もできてないから、ずっと先でしょうけど。大須賀ちゃんもかわいそうに」

「なっ!? ゆ、ゆゆゆ柚葉カンケイナイじゃん!」

「あのねぇ千晴。貴女が大須賀ちゃんのこと好きなのはもう気付いてるから。態度でバレバレだからね?」


そう言うと千晴は近くの電信柱にガンッと頭をぶつけた。あ、痛そう……って、千晴は痛みを感じないのよね。でも大丈夫かしら。


「それ…………マジで?」

「マジマジ。少し前から大須賀ちゃんへの態度が明らかに変わったもの。みんな気付いてるんじゃない?」

「…………えぇぇぇ」


かなりショックだったのか、肩を落として涙目になっている。

前から大須賀ちゃんのこと好きなのかもって思っていたけど、はっきりわかるようになったのはついこの間からだ。

隠してるつもりだったみたいだけど、隠す気あるの?って思うくらいとてもわかりやすかったのよね。

話し方も柔らかくなったし、いつも大須賀ちゃんを目で追ってるし、なにより彼女を見る目が特別だった。


「大須賀ちゃんは気付いてないみたいだから安心しなさい。……ん? あ、いや、安心しちゃ駄目よ。いい加減に告白しないと」

「そ、そう言われても、どう伝えればいいのかわかんないし」

「そんなの“あなたにセクハラしたいです”とか言えば伝わるんじゃない?」

「洒落にならないからね!? 柚葉なら馬鹿正直に“喜んで”って言って脱ぎだしちゃうから!」


いくら大須賀ちゃんでもそんな額面通りに受け取るわけない……こともないかもしれない。

千晴のことに関してだけは暴走する傾向が強い上に、なんでもやろうとするからね、あの子。


「じゃあストレートに好きって伝えればいいじゃない。無理に飾らなくても、彼女は大喜びするわよ?」

「それはわかってるよ。わかってるから言おうとしたけど、いざとなると、なんていうか、言葉にできなくて」

「んもう。相手の気持ちはわかってるんだから、頑張りなさい。他の人に比べたら恵まれてる状況なのよ?」

「…………うん」

「悠長に構えてると、他の人に取られるかもしれないわよ。大須賀ちゃん、半端ない人気あるんだから」

「ど、どうしよう」


両想いってことが分かりきっているんだから、あとは勇気を出して想いを伝えるだけなのに、変なところで臆病なんだから。

早く行動しないと最終的に「傍にいられればこのままでもいっか」って考えになって中途半端なことになりそうだけど、

だからといって無理に行動させるのはよくない。何よりも尊重しなければいけないのは、本人たちの意志だ。

千晴もきっと解ってる。だから、私は邪魔しないようにほんの少しだけ力を貸す。


「そうね……まずはデートに誘ってみたら? 」

「で、デートぉ!?」


なぜそこで嫌そうな顔をするかしら。好きな人とのデートを喜ばない女子はいません。


「言葉にするのが難しいのなら、とにかく一歩踏み出してみるのが大事よ。無理に伝えようとしなくていいけど、

 ここぞという時にはちゃんと頑張りなさい。大須賀ちゃんのことが好きなんでしょう?」

「…………ん」

「ちょうど明日と明後日はお休みなんだから、気合を入れて誘いなさい」

「お、おう」

「貯金下ろして新しいビデオカメラ買おうかしら。フルHDなのは当然として画素数は――」

「来んな!撮るな!」


だって気になるじゃない。心配はしてないけど、ふたりの初めてのデートはぜひとも拝みたい。かなり面白くなりそうだし。

いつどこでデートするのか教えて欲しいけど絶対教えてくれないわよね。残念。


「上手く、いくかな。デートとかしたことないし、柄じゃないし、やっぱり、こんな私じゃ駄目な気もしてきたし」

「今更何を言ってるのよ。……大須賀ちゃんを幸せにできるのは、千晴だけなのよ」


もっと自信を持ってほしい。

貴女を慕う人間は、たくさんとは言えないけれど、それでも確かに存在するのだから。

私はその証のひとつ。貴女に出会って、変わることができて、今の私がこうしてここにいる。

誰かを想ったり、心配したり、笑ったり、呆れたり、ひとつひとつが楽しくて、面白くて、そう思える自分も好きになれた。

それは貴女のおかげ。貴女がいたから。出会えていなかったら、今の私はいない。


大切で、大好きな私の親友。


彼女が幸せになってくれるのなら、私はいつだって支えよう。見守っていよう。

だから安心して前に進んでほしい。躓いたらこの手を貸して、転んだら無理矢理にでも引っ張って起こしてあげる。

そんな存在が周りにいることを、これから先もどうか忘れないで。


「……ん、ありがと美空。がんばるよ」


言いたかった事が伝わったのか、どうやら少しは自信がついたみたいだった。

うん、それでこそ千晴だ。彼女は普段だらけているけれど、やるときはやる子なのだ。


「じゃあ私、こっちだから」


しばらくふたりで歩いていると、千晴は急に足を止めて私に向き直った。

どうやら一緒に帰れるのはここまでみたい。


「ええ。じゃあね千晴。あ、デートが終わったらちゃんと報告してね? 気になって眠れないから」

「いや、どんだけ気にしてんの」


千晴は笑って手を振ってから、雑踏を避けるようにして歩いていった。

私は彼女が消えるまで見届けて、それから自分の家に帰ろうと思ったけれど、なんとなく商店街に行きたい気分だったので進む方向を変えた。

ちょうどノートが無くなりそうだったし、小腹も空いてるのでお気に入りのお菓子でも買って帰ろう。


(あら?)


商店街に入って行きつけのお店まで歩いていると、見知った姿を見つけたので慌てて後を追う。

この町では珍しい金の髪をもつ彼女は、人混みのなかでも目立ってしまうので、追いかけるのは容易い。


人をかき分けながら進み、ようやく追いついたので、その小さな背中に声をかけた。





*****



<Yuzuha Oosuga>



学校帰り、夕飯の材料を揃えるために商店街へやってきた。

千晴さんがいないので、今日はひとりで買い物をしないといけない。寂しいけれど、家に帰ればまた彼女の傍にいられるのだから我慢だ。

あまり依存しないように気をつけているつもりだけれど、やはりどうしても千晴さんの傍に居たいと思ってしまう。

千晴さんがいいと言ってくれるから、浮かれすぎているのかもしれない。彼女の優しさに、甘えてしまっている。

好きだからって、何をしてもいいわけじゃない。迷惑をかけないように、もっと自重したほうがいいのかもしれない。

強欲な自分に嫌気が差して、重い溜息をついた。今はとにかく買い物を済ませてしまおう。

今日の夕飯は何を作ろうかな。作るものを決めないと何を買えばいいのか解らないので、献立を考える。

昨日はお肉だったから、お魚がいいかもしれない。千晴さんは骨の入った魚が苦手なので、骨抜きのものを買わないと。

あとは焼き魚にするか、天ぷらにするか、それともムニエルにするか、迷ってしまう。


「大須賀ちゃん」


歩きながら夕飯のメニューを考えていると、誰かに呼ばれた気がしたので辺りを見渡してみる。

私のことをそう呼ぶのはひとりしかいないので、誰が呼んだのかはもうわかっていた。

彼女の姿を探していると、背後から肩を叩かれたので後ろを振り返る。そこにはやはり美空さんが笑顔で立っていた。


「偶然ですね。美空さんもお買い物ですか?」

「うん。大須賀ちゃんは夕飯の買い出しで来たのよね? あ、そうそう、さっきまで千晴と一緒にいて、途中で別れたんだけど」

「そうだったんですか」


私が普通に答えると、美空さんは不思議そうな顔をしていた。


「……大須賀ちゃんはどうして千晴に付いて行かなかったの? 一緒に行けない用事なら、私みたいに途中まで付いてくればよかったのに」

「それは……千晴さんの気遣いを、無駄にしたくなかったので」

「どういうこと? えっと、聞いてもいいのかしら」

「はい。実は、千晴さんの行き先は、病院なんです。千晴さんは、月に一度は病院に通わないといけないので」

「あ~もう、あの子はいつも大事なことを言わないんだから」

「きっと心配かけたくなかったですよ。そういう気遣いをする人ですから」


千晴さんの身体が不自由になってしまったのは私のせいだ。たとえ千晴さんが私を許してくれても、その事実は消えない。

普段は気にしないようにしても、病院に行くとなれば自分の罪を否応なく突きつけられてしまう。

今までは千晴さんの検診に途中まで付き合っていたけれど、

昔のことを思い出した千晴さんは、今回からはひとりで病院に行くから私には来なくていいと言ってくれた。

私が罪悪感に蝕まれないように彼女は来なくていいと言ったのだ。そして、その優しさに甘えてしまっている自分がいる。

本当は病院に行って、今の彼女の症状を詳しく知りたい。彼女もおばあさまも気を使って曖昧にしか教えてくれないから、詳しいことはわからないのだ。

私が犯した罪の重さを知りたい。でもやっぱり現実を知ってしまうのが恐ろしい。まだ、私は逃げ続けている。

まだ完全に向き合えているわけじゃないのに、それでも千晴さんを求めてしまう私は、卑怯で醜い。


「……千晴さんがあんな身体になったのは、私のせいなんです」

「……………そう」


心の内に残っていた罪悪感が、躊躇っていた言葉を押し出す。私の懺悔を、美空さんは黙って聞いてくれていた。

千晴さんが私を罰してくれないから、彼女の親友に罰して貰いたいのかもしれない。


「でも千晴はそんなこと気にしてないでしょ? どうせ“どうでもいい”とか言って終わりだわ」

「そう、ですね」

「本人が気にしてないのなら、それでいいじゃない。大切なのは、今でしょう? 今あるものを、大切にしなきゃ」


どこかで私を責めてくれることを期待していたけれど、その願いはやっぱり叶いそうもない。

だって、美空さんはあの千晴さんの親友なのだから。そして、私の友達でもある。


「千晴が望むのは、償いなんかじゃない。それは、わかってるのよね?」

「はい」

「割り切るのは簡単じゃないかもしれないけど、それでも、前に進まなきゃ。……千晴のことが好きなら」

「…っ、はい」

「遠慮なんてするだけ無駄なんだから」


まるで正しい道へ導いてくれるような言葉に安心してしまう。

寄りかかることは許されないけど、自分のことをしっかり見ていてくれる。それだけで、こんなにも心強い。

美空さんは満面の笑みをつくってから、話は終わりだと言わんばかりに私の肩を押すように軽く叩いた。


「千晴のこと、迎えに行ってあげて。きっと喜ぶから」

「それは」


いいのだろうか。来るなと言われているのに、自分が迎えに行ってしまって。図々しい奴だと思われないだろうか。

もしかしたら来ないでほしいのかもしれない。嫌がられるかもしれない。そんなこと、彼女は絶対に言わないとわかっているけれど。

どうしても恐怖が付き纏う。進まなきゃいけないのに。友達が、せっかく背中を押してくれているのに。




「余計なこと考えるから、動けないのよ。会いたいなら、さっさと会いに行けばいいじゃない」




「え?」


物理的に、背中を押された。

背後を振り返ると、ムスッとした顔の平さんと、微笑んでいる菜月さんが並んで立っていた。

まさか、さっきの話をずっと聞かれていたのだろうか。

美空さんの方を見ると、わざとらしく目を逸らされたので、どうやら彼女はずっと前からふたりに気づいていたらしい。

すべてを聞いた上で、それでも彼女たちは私の背中を押してくれたのだ。


「そんなに怖がらなくても、大丈夫だよ柚葉ちゃん」

「菜月さん」

「そうそう。あいつには、強引なぐらいがちょうどいいんだから。柚葉が足踏みしてどうすんの?」

「平さん」

「千晴が酷いこと言ったら私たちがたっぷりお仕置きしてあげるから、安心していいわよ」

「美空さん」


みんなが、背中を押してくれる。私が向き合えるように、勇気を分けてくれている。


「手を伸ばせば、千晴は必ずその手をとるから」


知ってる。仏頂面で、しかたなさそうに。けれど、少しだけはにかんで、嬉しそうな顔をする。

正義の味方に憧れていて、助けを求めれば必ず応えようとしていたあの頃の名残りが残っているのだ。

それはきっと千晴さんが千晴さんである証。今まで努力してきた結晶で、尊い絆なのだ。だから私は助けようとする行為を否定しない。

私はそんな不器用な彼女の傍にいて、守ってあげたい。守ろうとする彼女が傷つかないように、守りたい。

ずっと昔から、私はそう思っていた。


償いなんかじゃない。

私が、彼女を愛しているから。



「ありがとうございます。私、行ってきます!」



みんなに見送られて、私は逸る気持ちを抑えながら駆け出した。





*****



<Chiharu Amabuki>



検診が終わり、薬を受け取って病院を出ると、息を切らせた柚葉がいて驚いた。

私の姿をみつけるとすぐに駆け寄ってくる。勢い余ってぶつかりそうになったが、なんとか踏みとどまってくれた。


「柚葉、どうして」

「正直に教えて下さい」


いきなり真剣な顔で、けれど怯えているような瞳を向けられて、思わず息を飲んだ。


「千晴さんの身体は、悪化していませんでしたか?」

「…………………」


こんな身体になって後悔はないけれど、人より劣った身体である自分を再認識してしまうから、病院は苦手だ。

前回の検診までは、柚葉と一緒に病院に来ていた。彼女がいてくれると強がって気を紛らわせることができたから、有難かった。

けれど、今思えば病院にいる時の柚葉はどこか悲しそうだった。昔のことを思い出した今なら、それがどうしてか解る。

だから今回からはひとりで行くことにしたのだ。柚葉にそんな顔をさせたくなくて、余計なこと考えてほしくなかったから。

でも、それでも彼女は来てしまった。そして検診の結果を聞いてくる。それが柚葉にとって、どんなに勇気のいることか、私には想像できない。


「太ったねって言われた」

「……え?」

「栄養がきちんと取れてるってさ。それと、特に悪化したところはないよ。見たいなら後で診断書渡すから」

「そうですか……良かった」


安心したのか、柚葉は緊張を解いて穏やかに微笑んだ。

しかしすぐにまた真面目な顔をして、私の目をじっと見つめる。


「これからは、気を遣って隠さないでください。私なら、大丈夫ですから。お願いします」

「わかった。そうする」

「え?」


私が頷くと思わなかったのだろうか、意外な顔されてしまった。

ぽかんとしてる顔が面白くて、苦笑する。


「明後日、なにか用事ある?」


「え? ありません、けど」


「じゃあ、出かけよっか。たまには、ふたりで」


「え?」


驚きのあまりカバンを落として、目を大きく見開いたまま茫然としている。

拾う気配がないので私が落ちたカバンを拾い、そのままお留守になている手を取って、引っ張るようにして歩き出す。

お腹すいたから早く帰りたい……というのは建前で、本当は恥ずかしくて堪らないのだ。

こうして前を歩いているのだって、赤くなった顔を隠すためだったり。



「あ、あの、そ、そそ、それって、もしかして」



「デート」



振り返らず、投げやりに答える。

柚葉がどんな顔をしているのか気になるけど、自分の赤い顔を見せるのが嫌なので我慢する。

誘うだけで死にたくなるほど恥ずかしいのだから、当日は意識を失ってしまったりしないだろうか。

こんなんで、うまくやれるのかすごく不安で仕方ない。でも、やらないとずっと変わらない。

日にちを明日ではなく明後日にしたのは、色々と用意するものがあったからだけど、明日一日は心の準備もしておこう。


「でっ、で、でもテスト勉強はどうするんですか? 週明けはもう期末テストがあるので、わ、私はいいですけど千晴さんが……

 いえあのデートが嫌なわけじゃなくて、むしろ凄い嬉しくて夢なんじゃないかと思ってるくらいで、実はもう泣きそうで」

「泣くな。あと空気読めっての。勉強は…大丈夫だから心配しなくていいよ。最近は真面目に授業聞いてるし、帰ったら復習もする。

 余計なことは考えなくていい。聞きたいのは、柚葉が行きたいのか行きたくないのか、それだけ」


「行きたいです!!」

「うん」


じゃあ行こうか。

新しい私たちを始めるために。






これは、はじまりのはじまりだ。





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