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Heroine Life  作者: ころ太
11/22

傍らに咲く花


喫茶店に寄って軽食を済ませた私たちは、何度か迷いながらも目的地である植物園に無事辿り着くことができた。

動物園の側に併設されてると聞いていたので小さい規模の植物園だろうと勝手に想像していたけれど、

思っていたよりもずっと立派な建物で敷地もかなり広く、案内板を見てみると温室などの施設も充実しているようだった。

休日ということもあってお客さんの数は多いみたいだけど隣の動物園に比べれば植物園側は少ない方だと言える。


「入ったのはいいけど、まずどこから見ていくの?」

「近いところから順番に見ていけばいいんじゃない?どうせ全部回るでしょ」

「そうですね…あ、千晴さん。パンフレット見ます?」

「うん、ありがと」


柚葉から渡された園内のパンフレットを広げる。

マップのページを見ると花畑や庭園、資料館や温室など色々と興味深い場所ばかりでどこも楽しみだ。

きっと見たことのない植物が沢山あるんだろうな。私の好きな花も展示してあると嬉しいけど。


「千晴ちゃん凄く楽しそうだね」

「ほんと、こんなに喜んでくれるなんてね。誘った甲斐があったわ」

「ふーん…天吹って植物が好きなのね。そういえば少し前に雑草と会話してたことがあったような――」

「さあ行こう!時間が勿体無いから早く行こう!」


もちろん早く園内を周りたいという理由もあったけど、これ以上自分の話をされるのが恥ずかしかったので慌ててパンフレットを閉じ、話を遮るように歩き出す。

すると4人は、まるではしゃいでいる子供を見るような生温い目を向けつつ私の後をついて来た。

なんだか子供扱いされてるようで釈然としないけど、気持ちを切り替えて目的の場所に早足で歩いていく。


「ふふ、そんなに急ぐと転ぶわよー」

「……………」


やっぱり完全に子供扱いだった。

むやみに反応するとからかわれるのが分かってるので、言い返したいのをぐっと堪えて歩くペースを落す。

せっかく植物園に来たのだから今は無視して先を急がないと時間が勿体無い。


しばらく園内を歩くと、半透明でドーム型をした大きな建物に着いた。


「えっと、ここは温室みたいだね」

「へぇ。 じゃあ入ってみましょうか」


閉ざされたドアを開いて温室に入ると、暖かな空気とたくさんの緑で覆われた空間が私たちを出迎えてくれた。

花の香りなのだろうか、独特で甘い匂いが鼻をくすぐる。なんとなく、落ち着く場所だ。


「おおっ、何だろうアレ」

「あ!千晴さん、待ってください」


南国に生えていそうな背の高い木や色鮮やかな花を見つけたので、近くに寄ってじっくり眺めることにした。

こんな珍しい植物、本やテレビで見たことはあっても実物をこの目で見るのは初めてだ。

すぐ近くに立ててある看板に植物の名前と説明が書いてあったので読んでいると、柚葉も興味あるのか私と同じように看板に目を通していた。

知的好奇心を満たして満足したので周りを見渡してみると、私の傍には柚葉しかいない。

他のみんなはどこに行ったのだろうと姿を探すと、彼女たちの話し声がどこからか聞こえてきた。


「わぁ…凄い。これって海外に生息してる花なんだって」

「うーん。なんて言うか、面白い形状よねぇ」

「毒とかありそうで怖い気もするわ」

「え?美味しそうだと思うけど」

「えっ」

「えっ?」


「…………」


他の三人は少し離れたところにある別の植物を観察しているようだった。

うん、こっちはこっちで邪魔されずにゆっくり観賞できそう。


「この花、とても綺麗ですね。初めて見ました」

「うん」

「わ、こっちの花は色が凄いです」

「うん」

「……千晴さん、花に夢中ですね」

「うん」

「千晴さんは私にも夢中ですよね」

「うん………あ、いや、違う」


私がまんまと誘導にひっかかると、彼女は悪戯が成功した子供のように楽しそうな笑顔を浮かべた。

真剣に植物を眺めていたので、適当に相槌をうっていたのが仇となったようだ。

ぐぬぬ…いつもならこの程度の誘導にはひっかからないのだけど、つい油断してしまった。

自分で思ってるよりも、ずっと浮かれてしまっているのだろう。

渋い顔を向けると、彼女は何もなかったように再び植物の方に視線を移す。

すると何か気になるものでも見つけたのか、興味深そうに小さな花を凝視していた。


「この花…可愛いです。看板がないので名前がわかりませんけど」

「あぁ、それは茉莉花って名前の花。ジャスミンの一種で、花言葉は清浄無垢だった…気がする」

「詳しいんですね」

「それは、まあ」


柚葉が見ていた白くて可愛らしい花は、何度か植物図鑑で見たことがあるから。

自分が気に入ったものや印象に残ったものは覚えている。逆に興味のないものは全く覚えていないけれど。


「この赤い花はなんて言う花ですか?」

「えっと、サルビアだったかな」

「わぁ、これがサルビアなんですね。名前と花言葉は知ってます。花言葉は熱い想いや知恵でしたよね」

「そうそう」


自分の言ったことが当たって嬉しいのか、柚葉は上機嫌で微笑む。

次に彼女が指差したのは、濃い青紫色の花だった。


「あ、この花は私も知ってます。リンドウですよね」

「うん、正解。これは私が大好きな花で―――」



『私、リンドウの花が好きなのよね』



(あれ?)


なんだろう。

懐かしい声が頭を掠める。

声だけじゃなくて、誰かの姿がぼんやりと脳裏に浮かんでくる。

知ってる。私はその人を知っている。


「私、リンドウの花言葉は知らなくて……千晴さん、知ってますか?」


知ってる。

でも、花言葉は図鑑で調べて覚えたわけじゃない。



「花言葉は―――」



胸が高鳴る。



『だって、リンドウの花言葉は』






「『 正義 』」





はっきりと。


ようやくはっきりと、自分の中で再生された声。


(……あ、あぁ)


その声をきっかけに断片的な過去の記憶がどんどん蘇ってくる。

そして同時に、記憶と共に封じ込めた“想い”も蘇り、容赦なく心に重く圧し掛かった。



当然だ。



この重みから逃げたくて、ずっと忘れていたかったんだから。



(なんで、忘れていたんだろう)


悲しくても、苦しくても、覚えていなきゃいけなかったのに。


「…………………」

「千晴さん?」


様子のおかしい私を心配して、柚葉が顔を覗き込む。

残念ながら思い出した記憶の中に、彼女はいなかった。けど、なんとなくだけど、すぐに思い出せそうな気がする。

その手掛かりを今、見つけることが出来たのだから。



「…大丈夫」


深呼吸をして、息を整える。


一度目を閉じて、ゆっくりと開く。

自分の瞳に映る世界が、今までと少しだけ違う風に見える、そんな気がした。


「思い出せた、昔のこと」

「………………」

「柚葉のことは全然思い出せてないけど。でも、ようやく大切なこと、少しだけ思い出せたよ」

「……そうですか」


柚葉は複雑な表情で頷く。喜んでいるのか悲しんでいるのか…私には判別できない。

彼女は私に自分のことを思い出して欲しいのだろうか。それとも忘れていたままで欲しいのか、未だによく解らなかった。

けど、私はもう決めてしまったのだ。何があろうと、全てを思い出して受け止めるんだって。

きっと柚葉も、その事に気付いているだろう。承知の上で、何も言わないんだ。


私が後ろを振り返ると、別の場所を見ていた3人がちょうど私たちの方を見ていた。

意を決して、私は彼女の名前を呼んでみる。



――思い出した記憶の中に柚葉を見つけることはできなかった。



 でも


変わりに、彼女がいた。




「ナツ」




久しぶりに口にする彼女のあだ名。

彼女が私の記憶にいた彼女ならば、きっと反応するはず。私のことを忘れていない限り、だけど。



「っ!?」



彼女は驚きに目を開き、肩を震わせる。


ああ、やっぱり彼女は――――




「…ハル、ちゃん」




―――私の記憶の中にいる“上原菜月”だった。



青ざめた表情で口にしたのは、幼き日に彼女が呼んでいた私のあだ名。2人で決めた愛称。

なつきの『ナツ』にちはるの『ハル』。漢字は違うけれど2人とも名前に季節が混じってるねって、彼女は嬉しそうに笑っていた。


「菜月、どうして…」

「…っ!! ごめんなさいっ!!!」


途端、悲痛な声で私の言葉を遮り、背を向けてこの場から逃げ出した。

まるで私に怯え、拒絶するように。


「菜月っ!」

「え、なに、どうしたの!?」


状況を理解できていない美空と平が私に詰め寄ってくる。

追いかけるべきか二人に説明するべきか悩んでいると、すでに菜月の姿は何処かへと消えてしまっていた。

逃げていった方向は出口だったので、もうこの温室の中にはいないだろう。


「ちょっと天吹!菜月の様子、普通じゃなかったわよ!?いったい何を言ったのよ!」

「……昔みたいにあだ名で呼んでみた」

「はぁ?それでどうして菜月が……って昔?あだ名?」

「千晴、もしかして貴女と上原ちゃんって」


美空と出会うよりも、ばあちゃんと出会うよりも、ずっとずっと前に私と菜月は出会っていた。

それこそ…彼女のことを思い出せても覚えていないくらい遠い昔に。


「菜月は、私の……」


彼女と私の関係を言葉で表すのなら、適切な言葉がいくつかある。

その中で最もしっくりくるのは、多分―――



「幼馴染」



今なら菜月と過ごした過去の日々を思い出すことが出来る。

傍に…ずっと傍にいたのに、どうして思い出せなかったのだろう。


「幼馴染って……菜月は高校でアンタに初めて会ったって言ってたわよ?」

「うん、私も今までずっとそう思ってた。でも、昔のこと…菜月のことを思い出したから」

「ということは上原ちゃんは千晴のことを昔から知っていたのに、ずっとそのことを隠してたってこと?」

「そうなるけど、どうして言わなかったのかしら」

「千晴が上原ちゃんのこと忘れてたからじゃない?」


あぁ、なるほど。

確かに高校で再会した時に菜月を見ても何も思い出せなくて、初対面と同じように接したからガッカリして言い出せなかったのかもしれない。

それに今の私は、菜月が知っている昔の私とは全然違うから今まで気付いていなかった可能性もある。

もしくは……自分のことを思い出させたくなかった、とか。


「千晴さん」

「わかってる」


ここであれこれ考えていても何も進まない。早く菜月を追いかけて、話を聞かないと。


「やっぱり電話繋がらないわね。メール送っても返信来ないし」

「みんなで手分けして探しましょ。その方が早いわ」

「わかりました。…千晴さんは、花畑のほうを探してください」


柚葉は私の持っていたパンフレットを広げ、マップに載っていた花畑を指差した。

でも、ここから結構遠いところにあるから菜月がいる可能性は低いんじゃないだろうか?

いや。柚葉が言う場所ならば、逆に可能性は高いのかもしれない。

認めたくないけれど、私は彼女のことをわりと信頼している。

すっかり彼女に洗脳されているような気がして、こっそり苦笑した。


「うん、場所は覚えた。行ってみる」

「走っちゃ駄目ですよ」

「………はいはい」


柚葉の言いつけを守って早足で向う。

全力で走って探し回りたいのが本音だけど、それは私の身体が許してくれないので、はやる気持ちを押さえつけて温室を出た。



「うわ、寒っ」


今まで温かい温室にいたせいか外の空気がより冷たく感じてしまう。

さらに歩いていると、身体に容赦なく冷たい風が当たってきて体温を奪ってくる。何という仕打ち。

でも、そんなことは気にしていられない。歩くペースを落とさず私は花畑を目指す。

もちろん、向っている間も周りにいないか探しているけれど、時折他のお客さんにぶつかりそうになってしまうのでヒヤヒヤしてしまう。

お願いだから今日だけは、いや、探している間だけでもいいから、私の変態体質が面倒ごとを引き起こしませんように。




――そして、歩くこと約5分。



「ここだ」


苦労しながらも何とか無事に花畑に来ることができた。

晩秋だからか咲いている花は少ないけれど、沢山の植物が広大な敷地に植わっている。

暖かい季節だったら、もっと色鮮やかで綺麗なのかもしれない。


(菜月)


今は景色に浸っている場合じゃない。

さっそく整備された道を歩いて、菜月を探す。

時期じゃないからかお客さんは少ないみたいなので、探しやすくて手間が省けた。


……けど


(見つからない)


当てが外れてしまったのだろうか。

一通り周って、見渡してみても彼女の姿を見つけることが出来なかった。

見切りをつけて早く別の場所を探した方がいいのかもしれない。


「…………」


いや。


菜月は“隠れるのが上手”だった。


かくれんぼをすると、なかなか見つけることは出来なかった昔のことを思い出す。

悲しいことがあって隠れる時も、迷子になった時も、いつも見つけることが出来なかった。

用心深くて、名前を呼んでも出てきてくれない。


そういう時は――


(これなら、良さそう)


表面が滑らかで丈夫そうな葉を見つけて、一枚だけこっそりと千切った。

それを唇に触れるか触れないかのところまで持っていき、優しく息を吹きかける。

葉を下唇に当て、今度は口を窄めて強く息を吹くと、ピィ――ッ、と甲高い音が花畑に響き渡った。

久しぶりに吹いた草笛の音が、辺りだけでなく自分の胸にも響いて懐かしい気分になる。

私は今まですっかり忘れていたけれど、彼女は覚えていてくれているだろうか? この、草笛の“合図”を。

覚えているのなら、きっと出てきてくれると思う。そう信じている。



「……………駄目かな」


しばらく待ってみても、彼女は姿を現さない。やはり、ここにはいないのだろうか…そう思って踵を返した時。


「菜月」

「…………」


振り向くと、俯いている菜月の姿があった。

身を萎縮させて、怒られるのを待つ子供のように怯えている。


「見つけた」

「………うん」


控えめにだけど、ようやく目を合わせてくれる。

どうして逃げたのかとか、どうしてそんなに怯えて怖がっているのかとか、他にも色々と聞きたいことが山ほどあったんだけど。

どんな言葉で伝えればいいのか。何から話せばいいのか。頭の中を上手く整理できなくて、言葉を紡げない。

さっき色々なことを思い出したばかりで、今も頭の中はごちゃごちゃでいっぱいいっぱいなのだ。

もう少し考えをまとめてから菜月に話せばよかったと、後悔した。

でも、思い出して、すぐにでも確かめたかったんだ。……菜月が、あのナツだって。


しばらく沈黙が続き、風が草を撫でる音だけが耳に届く。

このまま黙っているわけにはいかないので、やはりこちらから何かを言わなければと焦っていると


「思い出してくれたんだね、私のこと」

「あ、うん」

「千晴ちゃんの草笛、久しぶりに聞けた」


暗かった表情を若干明るいものへと変え、力のない笑みを作る。

やはり彼女は覚えてくれていたのだ。草笛のこと。そしてきっと私のことも、ずっと。


「どうして言ってくれなかったの?」

「……忘れたままの方が、いいのかもって、思ったから」

「………………」

「千晴ちゃんにとって、昔のことは忘れたいくらい辛い記憶だったんだよ」

「そうだね」


確かに思い出してみても、昔は辛いことの方が多くて長かった。でも、それだけじゃない。

ちゃんと、楽しかった記憶も存在していた。大切な人も傍にいた。

それなのにどうして今まで忘れていたんだろう。


「だから無理に思い出させるなんてこと、したくなかった。委員会で千晴ちゃんに再会した時だって本当は話しかけるつもりなんてなかった。

傍にいたら、ふとしたきっかけで昔のことを思い出しちゃうかもしれないから」


辛そうに顔を歪める。

泣いてしまいそうになるのを必死に堪えているようだった。


「でもっ…無理だった!駄目だって解っていたはずなのに、気付いた時にはもう話しかけてた!

 話せるだけで良かったのに、友達になりたいって思っちゃった!!

 昔みたいにまた千晴ちゃんの傍にいたいって…思っちゃった……」


「菜月…」


今まで、菜月がどんな想いで私に話しかけていたのかを思うと、自分のどうしようもない馬鹿さ加減に呆れてしまう。

彼女がこんなにも自分のことを考えてくれていたというのに、私は人付き合いが面倒だとか厄介だなんて吐き捨てて否定して、拒絶していたなんて。


「…ごめん。ありがとう」

「ど、どうして」

「だって私のことを考えた上で、黙っててくれたんでしょ?」


あの時、菜月が昔のことを話して、記憶が戻っていたとして…私はそれを受け止めることが出来ただろうか。

捻くれて周りを拒んでいた頃の自分では、きっと無理だったかもしれない。受け止めきれず、また目を背けていただろうと思う。

そうだ。傍にいてくれる皆がいて、自ら過去を思い出そうとしている今の自分だからこそ、こうして受け止めることが出来ている。


「違う…違うの。私は、怖かっただけ」

「?」

「千晴ちゃんが昔のことを思い出して、責められるのが……嫌われるのが怖かった。だって、私は――」


自嘲するような笑みを浮かべて、長い間留めていた自らの罪を告白するかのように


「千晴ちゃんを、見捨てたから」


ぽつりと、震える声で呟いた。

あまりにも予想外な言葉に、私は嘆息せざるを得ない。


「私は菜月に見捨てられたなんて思ってないっての。

……むしろ逆でしょ。菜月は私を恨んでいい。なんて言ったって私は自分の都合のいいように忘れていたんだから」


「それはっ!!」

「ずっと目を背けてた。辛い現実から逃げて、忘れてた。……ほんと、何やってたんだか」


こんなんじゃ、“あの人”に顔向けできない。

菜月にこんな顔をさせているのがバレてしまったら、怒鳴られて拳骨を食らってしまう。


「菜月だって辛かったよね。ううん、菜月のほうがもっと悲しかったはずなのに」

「…………千晴ちゃん」

「お願いだから、自分を責めないでよ。私も、あの人も、そんなこと望んでないから」

「でも私、私はあの時、千晴ちゃんの傍に居なきゃいけなかった。何も出来なかったかもしれないけど、それでも」

「いいんだよ、もう」

「苦しんでる千晴ちゃんを見ない振りして、自分だけ楽な方に逃げたんだよ!?」

「いいんだってば。それで良かったんだよ」

「良くないよ!だって千晴ちゃん、昔はあんなに……笑ってたのに…っ」

「それでも!!」


失って寂しかったよ。

あれから菜月に言えないくらい辛いことが沢山あったよ。

数年で自分が歪んでしまうほどに、色々あったけれど。

それでも、菜月は何も悪くない。

自分のせいだなんて、見当はずれもいいとこだ。


「……どうにもならないことも、あるんだよ」


悲しいけれど、それは真実で。

どうにもならない事が起きたあの日、その真実の重みを私は知った。


「……ごめんね」


彼女も同様に。

無邪気な子供が受け止めるには残酷な真実を、あの日突然突きつけたれた。


「菜月は、もう平気なの?」

「うん、時々寂しいけど。私はもう、大丈夫」

「そっか。菜月は強いね」

「ううん、強くなんてない。ただの強がり」

「強がりだって、立派な強さだよ」


菜月はもう、すぐに泣いて誰かの陰に隠れていた気弱な女の子じゃない。

辛い記憶を消して自分だけを守ってた私とは違う。


「ずっと忘れてたくせに今更なんだけど……菜月にまた会えて嬉しい」

「…っ、うんっ、私も」


思い出せて良かった。本当に、心の底から、そう思う。

辛いからって、忘れてちゃいけないものだった。


「ねぇ…私、また千晴ちゃんの傍に居て、いいかな……?」


控えめに、上目遣いでそんなことを聞いてくる。

そんな可愛らしい仕草をされたら、誰だって彼女のお願いを快諾するだろう。

それに私は昔から、自分でも呆れるくらい彼女に甘い。だからもう、答えは決まっていた。



「そんなん、聞くまでもないでしょ」



私の答えを聞いて、彼女は泣きそうな顔をしたけれど、必死に耐えて、結局涙をこぼす事はなかった。

俯くこともなく堂々と前を向いている。


「そうだね…千晴ちゃん、昔から優しいもん」


ちょっとだけ意地悪だけど、と聞こえないくらい小さな声で囁いて、嬉しそうにはにかんだ。

昔と変わらない菜月の明るい笑顔を見て、胸が暖かいもので満たされる。


「そうだ。明日は何か予定ある?」

「え、ううん、特にないけど…どうして?」

「遅くなったけど、約束を果たそうと思って」

「…………約束?」

「覚えてない?明日なら丁度いいし」

「…約束、明日……明日は…あっ!」


思い出したのか、菜月はすぐに瞳を輝かせた。約束を覚えてくれていた事に安堵する。

まだ果たせていない約束がいくつかあるけれど、思い出したからには意地でも全て守ってみせる。


「じゃ、明日行こう。2人で」

「うんっ」


隣で浮かれている幼馴染を見て頬が緩んでしまう。

他のみんなも誘った方がいいんだろうけど、明日だけは特別だ。みんなは次の機会に誘おう。


「さて、と。みんな菜月のこと探してるから、とりあえず連絡して合流…」



 ピンポンパンポーン



『迷子のお知らせです。~町からお越しの天吹千晴ちゃん。天吹千晴ちゃん。案内ロビーで保護者の方がお待ちです。繰り返します―――』



「「…………………」」


私の言葉をかき消すように、タイミングよく園内放送が流れた。

ふたりともだらしなく口を開けたまま、身体が固まる。


これは、そう、聞き間違い。いや、きっと同じ町に住んでる同姓同名の別の誰かだ。私じゃない。絶対に私じゃない。偶然だ。

……そう思いたくても、私にはこんなことをする小悪魔な友人に心当たりがある。十中八九、彼女だ。間違いない。

なんてことを、してくれたんだ…っ


「美空ぁあああああああああああっ!!!」

「あ、あはっ、あはははっ!」


憤っている私の隣で、菜月は腹を抱えて笑っていた。目に涙を浮かべるほどの爆笑だ。


「こ、こっちは笑い事じゃないっての!」

「だ、だって、あははっ」


ああもう、とんだ恥さらしだ!どんな顔してロビーに行けばいいの!?

呼び出すなら携帯で連絡すればいいのに。ちくしょう、絶対わざとだ。

このまま立ち去ってしまいたいけど、まだまだ見たい植物は沢山あるからこのまま帰るのは惜しい。

頭の中にある欲望の天秤がゆらゆらと揺れて、際どい所で「植物園」の方へ傾く。


「……し、しかたない。覚悟を決めてみんなのとこに行こう」

「ふふっ、そうだね」


2人、肩を並べて歩き出す。

隣を歩いてる菜月はさっきのアナウンスが気に入ったのか、まだクスクスと笑いを漏らしている。

いい加減忘れて欲しいのだけど、本当に楽しそうに笑っているので何も言えない。


(ま、いいか)


諦めて溜め息を吐く。

私は素敵な呼び出し方をしてくれた友人に何て言ってやろうかと考えながら、みんなが待ってるであろうロビーへ向った。









思う存分に植物園を堪能して、行きよりもだいぶ楽だった電車を無事乗り終え、私は柚葉と共に帰宅した。

それから……どうしたんだっけ? おかしいな、家に入ってからの記憶がない。


「ん…あれ?」


いつの間にか閉じていた瞼を開ける。

するとすぐ傍で優しい声がした。


「目が覚めました?」

「うん?」


ようやく視点が定まって、自分の目先に誰がいるのかはっきりしてくる。

普通なら声を聞いた時点で解るのだが、寝ぼけているので思考が追いつかない。


「……柚葉だね」

「そうですね」


にこにこと上機嫌で応える彼女の顔をぼんやりと眺めて数秒。

ようやく現状を理解する思考が復活したので、努めて冷静に状況を分析する。


私は今まで寝ていた。

目を開ければ柚葉の顔が目と鼻の先。

後頭部にある温かくて柔らかな枕。


深く考えるまでもなく今の状況が解ってしまったので、すぐに顔が引き攣る。


「なんで膝枕」

「寝顔が可愛かったので、つい膝枕をしてみたくなりまして」

「どういう理屈!?」


なんでも、部屋で着替えて戻ってきたら、私が居間で爆睡していたらしい。

風邪を引くので起こそうとしたけれど寝顔が可愛かったのでつい膝枕をしてしまったそうだ。つい膝枕。意味が解らない。

でも、ちゃんと身体に毛布をかけてくれている辺り柚葉だなぁって思う。

しかし膝枕は恥ずかしいよ。気持ちいいけど。


「…疲れていたんですね。着替えないでこんな所で寝るだなんて」

「そうみたい」


家に上がってすぐ寝ちゃったのか。今日は色々あって大変だったから、心身共に相当疲れていたのだろう。

疲れが残っているのか、まだ身体がちょっとだるい。

ずっと膝枕されてままというのは恥ずかしいので、冷静を装って起き上がり、その場に座りなおす。


「もうちょっと横になって方がいいですよ? 顔色も少し悪いみたいですから」

「平気だよ。それに寝るなら自分の部屋で寝る」

「それは残念です」


また膝枕する気だったようで、私が遠慮すると残念そうに立ち上がった。


「今日は楽しかったですね」

「そうだね。楽しかった」


私が頷くと、柚葉は目を丸くして驚いていた。

今の受け答えで驚くようなところはあっただろうか。いや、ないと思う。


「……また、みなさんと一緒に遊びに行きたいです」

「うん、またみんなで行こう」

「はい」


今日は慌しくて大変だったけど、楽しかった。

友人との外出がこんなに楽しいものだなんて思わなかった。いや、忘れていた。


「あ、そうだ。明日なんだけど、ちょっと約束があって出掛けるから。夜遅くなるかもしれないけど、心配しないでね」

「約束、ですか」

「まぁ」

「そうですか」


どこで誰と、なんて深く追求されなかった。

別に隠したいわけじゃないけど、聞かれないに越したことはない。


「……しい」

「え?」

「なんでもありません。ご飯、すぐに支度しますから」

「あ、手伝うよ」

「千晴さんは疲れてるみたいですから、ゆっくりしてて下さい」

「……ん、わかった」


いつもの表情でにっこり笑ってから、彼女は台所へ消えてしまう。

普段どおりの柚葉なのにどこかおかしいと感じてしまったのは、気のせいだろうか。

違和感を感じるというか、何かが腑に落ちない。


(いつもと変わらない……よね?)


彼女はいつもあんな表情で笑っていたっけ?

いつもどんなふうに笑ってた?


(……っ)


うまく頭が働かない。

けど、考えないと大切な何かを逃してしまうような気がして。


(…ゆず、は)


そう思うけれど、どんどん思考は霞んでいく。

自分の意思とは正反対に身体は傾いていく。



違和感の正体を考えているうちに、私は睡魔に負けて再び眠りについてしまうのだった。





 


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