タマ、お手伝いをする
タマは、春子の家で暮らしている猫だった。
タマは毎日、春子のそばで暮らしている。
ごはんをもらい、水を替えてもらい、寝床を整えてもらい、時々ブラシをかけてもらう。
春子はいつも、タマのためにいろいろなことをしてくれる。
けれど、ある日。
タマはふと思った。
春子は、毎日忙しそうである。
朝になると洗濯をする。
掃除をする。
台所で何かを作る。
床を拭く。
タマの皿を洗う。
トイレもきれいにする。
春子はよく働いている。
つまり、春子には手伝いが必要なのではないか。
タマは窓辺で丸くなりながら、じっと春子を見ていた。
春子は洗濯物をたたんでいる。
白いタオル。
春子の服。
靴下。
タマの好きな、片方だけどこかへ消えやすい靴下。
タマは立ち上がった。
今こそ、自分の出番である。
「にゃ」
タマは洗濯物の山へ近づいた。
「あら、タマちゃん。どうしたの?」
春子が笑う。
タマは返事をしなかった。
今は仕事中である。
タマは前足でタオルを押さえた。
そして、ぐいっと引っぱった。
たたまれていたタオルが、見事に広がった。
「あっ、タマちゃん」
「にゃ」
タマは満足した。
たたまれたものを広げる。
これも、きっと大事な仕事だ。
春子は少し困った顔をした。
「それは今、たたんだところなのよ」
タマは首をかしげた。
たたんだところ。
つまり、春子がせっかく小さくしたものを、自分が大きく戻してやったということか。
それなら、なおさら役に立っている。
タマは次のタオルにも前足を伸ばした。
「タマちゃん、待って待って」
春子が慌ててタオルを守った。
どうやら洗濯物の手伝いは、難しいらしい。
次に春子は、床の掃除を始めた。
細長い棒の先に、ふわふわしたものをつけて床をすべらせている。
タマはそれを見た瞬間、耳を立てた。
動いている。
床の上を、何かが動いている。
これは敵かもしれない。
いや、春子はそれに気づいていないのかもしれない。
タマは走った。
「にゃっ!」
掃除道具の先に飛びつく。
「ああ、タマちゃん!」
春子が声を上げた。
タマは前足でふわふわを押さえた。
捕まえた。
敵は止まった。
見事な働きである。
春子は困ったように笑った。
「それは掃除してるのよ。遊び道具じゃないの」
「にゃ」
遊んでいるわけではない。
守っているのだ。
タマはそう言いたかったが、春子には伝わらなかった。
掃除の手伝いも、少し難しいらしい。
その次に、春子は台所へ行った。
タマもついていった。
春子は棚から小さな袋を出し、タマの皿を洗い、新しいごはんを用意しようとしている。
タマは目を輝かせた。
これは分かる。
ごはんの仕事である。
自分にも関係がある。
タマは台所の足元で待った。
そして、春子がごはんの袋を少し開けた瞬間。
タマは前足を伸ばした。
少しでも手伝おうと思ったのだ。
ところが、袋は思ったより軽かった。
ざらざらざら。
中身が少し床にこぼれた。
「あっ」
春子が声を出した。
タマも固まった。
床に落ちたごはん。
皿に入るはずだったごはん。
これは、まずい。
タマはすぐに食べようとした。
落ちたものを片づける。
それも手伝いである。
「タマちゃん、待って。床に落ちたのはだめ」
春子に止められた。
タマは不満だった。
こぼれたものを食べれば片づく。
完璧な方法だと思ったのに。
春子は床を拭きながら、少しだけため息をついた。
タマはその横に座った。
手伝おうとした。
でも、うまくいかなかった。
洗濯物は広げてしまった。
掃除道具は止めてしまった。
ごはんはこぼしてしまった。
タマは少し、しっぽを下げた。
自分は、役に立たないのだろうか。
春子は床をきれいにしてから、タマの前にしゃがんだ。
「タマちゃん」
タマは春子を見上げた。
怒られるかもしれない。
そう思った。
けれど春子は、タマの頭をそっと撫でた。
「手伝ってくれようとしたの?」
「にゃ……」
「そっか。ありがとうね」
タマは目を丸くした。
ありがとう。
春子は、そう言った。
「でも、まだタマちゃんには難しいこともあるのよ」
春子はやさしく笑った。
「うまくできなくてもいいの。手伝おうとしてくれた気持ちが、私はうれしいよ」
タマには、人間の言葉の細かいところまでは分からない。
けれど、春子が怒っていないことは分かった。
困ってはいた。
少し疲れてもいた。
でも、怒ってはいなかった。
春子の手は、いつもと同じように温かかった。
タマは少し安心した。
春子はタマの皿に、あらためてごはんを入れてくれた。
「はい、どうぞ」
タマは皿の前に座った。
かりかり。
かりかり。
いつものごはんだった。
でも、今日は少しだけ違う味がした。
春子が用意してくれたごはん。
さっき自分がこぼしてしまったごはん。
そして、それでも春子が笑って出してくれたごはん。
タマはゆっくり食べた。
食べ終わると、春子が片づけを再開した。
タマは今度は、少し離れた場所に座って見守った。
本当はまた手伝いたかった。
けれど今日は、見守ることにした。
春子が洗濯物をたたむ。
タマは広げない。
春子が床を掃除する。
タマは飛びつかない。
春子がごはんの袋をしまう。
タマは前足を出さない。
タマはじっと見ていた。
それも、たぶん手伝いである。
邪魔をしない。
待つ。
そばにいる。
きっと、それも大事なことなのだ。
夕方になると、春子はようやく家事を終えた。
「ふう。終わった」
春子はソファに座った。
タマはその隣へ行き、そっと丸くなった。
春子がタマの背中を撫でる。
「今日は一緒に頑張ったね」
「にゃ」
タマは小さく返事をした。
うまくはできなかった。
でも、春子は気持ちを分かってくれた。
それなら、まあいい。
タマは目を閉じた。
手伝いというものは、思ったより難しい。
ただ前足を出せばいいわけではない。
でも、誰かを助けたいと思う気持ちは、きっと悪くない。
タマはそう思った。
その夜、タマはいつもの寝床で眠った。
春子がそっと毛布をかけてくれる。
「おやすみ、タマちゃん」
「にゃ」
小さく返事をして、タマは丸くなった。
明日も、春子はきっと忙しい。
タマも、また手伝いたくなるかもしれない。
けれど次は、少しだけ考えてから前足を出そう。
そう思いながら、タマは眠りについた。
お手伝いは、上手にできることだけではない。
相手を思ってそばにいることも、きっと小さなお手伝いなのだった。




