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タマは今日も少しだけ冒険するシリーズ

タマ、お手伝いをする

掲載日:2026/05/22

 タマは、春子の家で暮らしている猫だった。


 タマは毎日、春子のそばで暮らしている。


 ごはんをもらい、水を替えてもらい、寝床を整えてもらい、時々ブラシをかけてもらう。


 春子はいつも、タマのためにいろいろなことをしてくれる。

 けれど、ある日。

 タマはふと思った。


 春子は、毎日忙しそうである。

 朝になると洗濯をする。

 掃除をする。


 台所で何かを作る。

 床を拭く。

 タマの皿を洗う。


 トイレもきれいにする。

 春子はよく働いている。


 つまり、春子には手伝いが必要なのではないか。


 タマは窓辺で丸くなりながら、じっと春子を見ていた。

 春子は洗濯物をたたんでいる。

 白いタオル。


 春子の服。

 靴下。


 タマの好きな、片方だけどこかへ消えやすい靴下。

 タマは立ち上がった。

 今こそ、自分の出番である。


「にゃ」


 タマは洗濯物の山へ近づいた。


「あら、タマちゃん。どうしたの?」


 春子が笑う。


 タマは返事をしなかった。

 今は仕事中である。


 タマは前足でタオルを押さえた。

 そして、ぐいっと引っぱった。

 たたまれていたタオルが、見事に広がった。


「あっ、タマちゃん」


「にゃ」


 タマは満足した。

 たたまれたものを広げる。

 これも、きっと大事な仕事だ。

 春子は少し困った顔をした。


「それは今、たたんだところなのよ」


 タマは首をかしげた。

 たたんだところ。


 つまり、春子がせっかく小さくしたものを、自分が大きく戻してやったということか。

 それなら、なおさら役に立っている。

 タマは次のタオルにも前足を伸ばした。


「タマちゃん、待って待って」


 春子が慌ててタオルを守った。

 どうやら洗濯物の手伝いは、難しいらしい。


 次に春子は、床の掃除を始めた。

 細長い棒の先に、ふわふわしたものをつけて床をすべらせている。


 タマはそれを見た瞬間、耳を立てた。

 動いている。

 床の上を、何かが動いている。


 これは敵かもしれない。

 いや、春子はそれに気づいていないのかもしれない。

 タマは走った。


「にゃっ!」


 掃除道具の先に飛びつく。


「ああ、タマちゃん!」


 春子が声を上げた。


 タマは前足でふわふわを押さえた。

 捕まえた。


 敵は止まった。

 見事な働きである。

 春子は困ったように笑った。


「それは掃除してるのよ。遊び道具じゃないの」

「にゃ」

 遊んでいるわけではない。


 守っているのだ。

 タマはそう言いたかったが、春子には伝わらなかった。

 掃除の手伝いも、少し難しいらしい。


 その次に、春子は台所へ行った。

 タマもついていった。


 春子は棚から小さな袋を出し、タマの皿を洗い、新しいごはんを用意しようとしている。

 タマは目を輝かせた。


 これは分かる。

 ごはんの仕事である。

 自分にも関係がある。


 タマは台所の足元で待った。

 そして、春子がごはんの袋を少し開けた瞬間。

 タマは前足を伸ばした。

 少しでも手伝おうと思ったのだ。


 ところが、袋は思ったより軽かった。

 ざらざらざら。

 中身が少し床にこぼれた。


「あっ」

 春子が声を出した。


 タマも固まった。

 床に落ちたごはん。

 皿に入るはずだったごはん。


 これは、まずい。

 タマはすぐに食べようとした。

 落ちたものを片づける。

 それも手伝いである。


「タマちゃん、待って。床に落ちたのはだめ」


 春子に止められた。

 タマは不満だった。

 こぼれたものを食べれば片づく。

 完璧な方法だと思ったのに。


 春子は床を拭きながら、少しだけため息をついた。

 タマはその横に座った。

 手伝おうとした。

 でも、うまくいかなかった。


 洗濯物は広げてしまった。

 掃除道具は止めてしまった。


 ごはんはこぼしてしまった。

 タマは少し、しっぽを下げた。


 自分は、役に立たないのだろうか。

 春子は床をきれいにしてから、タマの前にしゃがんだ。


「タマちゃん」


 タマは春子を見上げた。

 怒られるかもしれない。

 そう思った。

 けれど春子は、タマの頭をそっと撫でた。


「手伝ってくれようとしたの?」

「にゃ……」

「そっか。ありがとうね」


 タマは目を丸くした。

 ありがとう。

 春子は、そう言った。


「でも、まだタマちゃんには難しいこともあるのよ」

 春子はやさしく笑った。


「うまくできなくてもいいの。手伝おうとしてくれた気持ちが、私はうれしいよ」


 タマには、人間の言葉の細かいところまでは分からない。

 けれど、春子が怒っていないことは分かった。

 困ってはいた。


 少し疲れてもいた。

 でも、怒ってはいなかった。


 春子の手は、いつもと同じように温かかった。

 タマは少し安心した。

 春子はタマの皿に、あらためてごはんを入れてくれた。


「はい、どうぞ」


 タマは皿の前に座った。

 かりかり。

 かりかり。

 いつものごはんだった。


 でも、今日は少しだけ違う味がした。

 春子が用意してくれたごはん。


 さっき自分がこぼしてしまったごはん。

 そして、それでも春子が笑って出してくれたごはん。

 タマはゆっくり食べた。


 食べ終わると、春子が片づけを再開した。

 タマは今度は、少し離れた場所に座って見守った。


 本当はまた手伝いたかった。

 けれど今日は、見守ることにした。


 春子が洗濯物をたたむ。

 タマは広げない。


 春子が床を掃除する。

 タマは飛びつかない。


 春子がごはんの袋をしまう。

 タマは前足を出さない。

 タマはじっと見ていた。


 それも、たぶん手伝いである。

 邪魔をしない。

 待つ。


 そばにいる。

 きっと、それも大事なことなのだ。

 夕方になると、春子はようやく家事を終えた。


「ふう。終わった」


 春子はソファに座った。

 タマはその隣へ行き、そっと丸くなった。

 春子がタマの背中を撫でる。


「今日は一緒に頑張ったね」


「にゃ」

 タマは小さく返事をした。


 うまくはできなかった。

 でも、春子は気持ちを分かってくれた。

 それなら、まあいい。


 タマは目を閉じた。

 手伝いというものは、思ったより難しい。


 ただ前足を出せばいいわけではない。

 でも、誰かを助けたいと思う気持ちは、きっと悪くない。

 タマはそう思った。


 その夜、タマはいつもの寝床で眠った。

 春子がそっと毛布をかけてくれる。


「おやすみ、タマちゃん」


「にゃ」


 小さく返事をして、タマは丸くなった。

 明日も、春子はきっと忙しい。

 タマも、また手伝いたくなるかもしれない。


 けれど次は、少しだけ考えてから前足を出そう。

 そう思いながら、タマは眠りについた。

 お手伝いは、上手にできることだけではない。


 相手を思ってそばにいることも、きっと小さなお手伝いなのだった。

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