4.村の夜と、隠された予感
魔物の骸はすべて灰となって消え去り、辺りには僅かに悪臭が残るだけとなった。それも夜風に乗って運ばれ、やがて薄れていく。
俺は腕を組み、体内の状態を静かに確かめていた。MP は三分の一ほどに減ってはいるものの、肉体的な疲れは思ったよりも少ない。やはり魔族の肉体は、人間よりも頑丈に作られているらしい。
手のひらには、勇者の光気のぬくもりが残っている。それと同時に、魔族の魔力が静かに蠢き、光気と釣り合うように体内を巡っている。
矛盾の共存。確かに不安定な力だ。暴走すれば自分自身が傷つく恐れもあるし、場合によっては周囲を巻き込むことにもなりかねない。
だが、この力が俺を支えてくれるのも事実だ。魔族としての闇の力と、勇者としての光の力。二つが拮抗することで、初めて俺という存在が成り立っている。
「おかげで村は守られたよ」老人がゆっくりと近づいてくる。松明の明かりが、老人の深い皺を浮かび上がらせる。
「俺はただ、力を使っただけです」「それで十分だ」老人は松明を掲げ、村の方を仰ぐ。「この村には昔から、闇と光を両腕に持つ者が現れるという言い伝えが残っている。お前はまさに、その者だ」
「言い伝えですか」「村の創設者が、勇者と魔族の争いを目撃したらしい。そしていつか、両方の力を持つ者がこの地に現れ、平穏を守ってくれる…… そう伝わっているんだ」
俺は言葉を失った。まさか自分が、こんな村の言い伝えに結びつく存在だとは思ってもみなかった。
「さあ、夜は冷える。家に通そう」老人が先導するように歩き出す。俺はその後に続き、柵をくぐって村の中へと入った。
村の家はいずれも木造で、質素だが暖かそうだ。窓から漏れる明かりが、道をぼんやりと照らしている。
村人たちはすでに家に帰っているものの、時折、窓からこちらを窺う視線を感じる。恐怖というよりは、好奇と感謝に近い目線だ。魔族でありながら村を守ったことで、少しずつ受け入れられ始めているのが分かった。
老人は俺を、村の端にある小さな小屋へと案内する。「ここは昔、旅人が休んだ場所だ。汚いが、一晩なら問題ないだろう」「ありがとうございます」
家の中には簡素なベッドとテーブルがあるだけだが、それでも森の中よりは遥かに安心できる。
「食料は後で持ってくる。ゆっくり休んでくれ」老人は会釈をし、戸口を閉めて去っていった。
俺はベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。今日一日の出来事を振り返ってみた。
異世界に転生し、魔族であり勇者であることを知り、森を抜け出し、人間の村に出会い、魔物を退治する。前世では考えられないような展開が、一気に押し寄せてきた。
「これから先、どうなるのだろう」俺は独り言をつぶやく。この村にしばらく留まるのか。それとも、早めに次の場所へ向かうのか。
考えている最中、何となく肌に寒栗が走る。単なる夜の冷え込みではない。どこか遠くから、得体の知れない闇の気配が漂ってくる。
「…… なんだ、これ」俺は身を起こし、窓から外を眺める。森の方向から、微かに黒い気が滲み出ている。それは先程の魔物の邪気とは違う、もっと冷たく、重い闇だ。
「黒牙の猟犬とは、別の何かがいる」俺は額の角に手を添える。魔族としての直感が、強い危険を警告している。
だが、その気配はすぐに消え失せた。辺りには再び、穏やかな夜の音だけが残る。
「気のせいだったのか」俺は困惑しながら再びベッドに座る。だが胸の奥の勇者の光気が、微かに反応している。これは単なる気のせいではない。
この森の奥には、まだ俺の知らない何かが潜んでいる。そしてそれは、きっと近いうちにこちらへ現れるだろう。
俺は手を握り締める。魔力と光気が、共に鎮まるように導く。明日、何かが起きる前に、体力を回復させておかなければ。
小屋の窓から、夜の月が柔らかい光を落としている。その光は俺の白い髪を照らし、金色の瞳に優しく反射していた。
闇と光を抱えたまま、俺は静かに夜の過ぎゆくのを待った。この村に再び訪れるであろう出来事に備えて。




