9 昔話を聞きました。
昔話な話
森というのは外と中では雰囲気がガラリとかわる。外から見る限りは、緑と茶色の色味が優しく穏やかなのに、数歩中にはいると、すぐに感覚が狂う。足元はデコボコだし、規則的に生える木々の所為で距離感や方向がばぐる。入ってすぐに引き返せば方向を見失うことはないかもしれないが、数分と歩いて足を止めると、自分がどちらから来たのか、もうわからなくなった。
『それは、お主が方向音痴なだけじゃないか?』
「街っ子だからねー。」
『この期に及んで、肝が太いというか、呑気というか。わっちがいなかったらどうするつもりなんじゃ?』
呆れるエミリーの言葉を否定はできない。勢いで住み慣れた街から旅立ったのはいいが、ここにきて行き当たりばったりで行く末には不安しかない。それでも、ここで足を止めれば俺の命運は尽きるので歩き続けるしかない。
『なら、もう少しペースをあげんか?なんじゃそのへっぴり腰は?』
「いやいや、それで、ウルフに見つかったら、アウトでしょうー。」
それにこれは一応理にかなった歩き方だ。すり足のように足を動かしているのは、足音を立てないようにしつつ足場を踏み固め、帰り道を確保するため。腰を落としているのは、何かあったときにすぐに避けられるようにだ。
『いやいや、そんな竜の巣を通るような警戒姿勢をせんでも、それにわっちが警戒しておるからな、魔物が近づけばすぐに教えるぞ。』
「信用できねー。」
『なぜじゃ、ウルフごときは我らの敵ではないじゃろ。』
我らってとか言っている時点で信用はできない。自分の身を守れるのは自分だけだ
「と、思っていた時期がありましたー。」
『意志よわ。』
そんな覚悟は30分も持たず、俺は普通に歩いていた。見た限り魔物気配はないし、なにより効率が悪すぎた。下手な考え、休みに似たりといったやつだ。勉強になる。
「いざっとなったら、頼むよー。」
『安心せい。もはや我らは一蓮托生、お主に降りかかる火の粉はわっちが払ってくれようぞ。』
ますますエミリー頼りになっているが、毒を食らわば皿までだ。開き直ってずんずんと森を進み、差し込み日の光の色が変わり始めたあたりで、俺たちは旧街道の跡地らしき場所にたどりついた。
『どうじゃ、わっちの案内はまちがってなかったじゃろ。』
「そうだねー、すごいねー。」
『今日の所は近くで休み、明日の朝から歩けば日が暮れる前に森を抜けられるはずじゃ。』
誇らしげに言うエミリーだが、実際すごいものだった。街道の入口と思われる場所には、頑丈そうな石がアーチ状に積まれた大きな門があり、馬車が余裕ですれ違えるに大きい。門扉こそはなくなっているが、その先に敷かれた石畳は、草の一本もなく、ひび割れすらしていない。これは古代文明の遺跡などに見られる特殊な建築法だ。街も中央の建物と城壁の一部はこんな感じに立派なものがあった。
『これもまた人の力よ。使う者がいなくなり、周囲が呑まれてもなお、この道は残る。魔物かて、おいそれとは手が出せぬものじゃ。一晩程度ならば安全に過ごせるはずじゃ。』
「ああ、なんかそうらしいねー。」
一部の古代の史跡には魔物避けの機能があるとか、ないとか。ただそれらを生み出す文明国家は魔物との争いで数百年前に滅び、今はその残骸を利用するのが精々て、再現をすることは不可能と言われている。それこそ、魔物の生存圏に囲まれながらもヴォルロートが街として機能しているのは、そういった古代技術の恩恵らしい。
「しかし、こんなにすごい技術があったのに、どうしてその国家は滅んだー。」
『ううむ、理由がいくつはあるし、ないとも言えるのじゃ。盛者必衰は世の理じゃからな。』
門の近くの石壁を背にこしを下ろした俺は、焚火の火で夜の寒さに対抗しながら、俺はエミリーにそんな疑問を投げかけた。彼女が数百年と生きた霊だと言うならば、当時のことを知っているかもと思ったからだ。
『あえて言うなら欲張りすぎたというのが大きいのう。当時の人間達は、かの国の技術をもって魔物を圧倒し、その生存圏を拡大した。それは大陸の7割にも及んだと言われておる。この森もかつては存在せんかった。』
「嘘だー。」
『今の子からするとそうじゃろうな。じゃが、この街道を中心にヴォルロードと南部の都市はつながり、かの山脈を支配しようともくろんでいたのは事実じゃ。それはお主も知っておるじゃろ。」
「昔話にでてくる昔話ぐらいのレベルだけどねー。」
『まあ、語る者も、記録も滅んだからのー。ともあれ、当時は東西南北の人間領域は簡単に行き来でき、人類は中央を侵略しようと企んでおった。やつらは解放と行っておったがな。』
「それが失敗したってことー。」
さすがは絶対不可侵の中央山脈、大陸に幾つかある手を出してはいけないと教えられる禁域の一つだけのことはある。腕じまいのベテラン傭兵が、数多く挑みながらも誰一人帰ってこない場所だ。
『いや、失敗以前に始まらんかった。』
「はい。」
『人手不足じゃよ。当時はまだ人口が少なくてな。広がり過ぎた生存圏を維持できんかったのだ。しかも魔物の反撃によって生存圏が寸断され、各国の連携が難しくなってしまった。あとはおのずというわけじゃ。』
手広くやりすぎて失敗しちゃったというわけか。いつの時代も身の丈に合わないことをするべきじゃないってことだねー。
『まして、かの国は戦後の立場を優位にするためにその技術を独占しておった。そのため他国からの心象は最悪で、窮地に陥っても助けてくれるものはおらんかったそうじゃ。』
「わお、辛辣。」
『魔物も自分たちの脅威だと理解していたのか、執拗にその国を攻撃してな。人間達が危機感を覚えたときには、取り返しのつかないレベルとなっており。かつて栄えた人類の栄光は各地の遺跡にその名残を残すのみとなったわけじゃ。』
「子供には聞かせられないねー。」
現代っ子な俺としては、面白いが信じられない話だ。現状で人間は魔物の侵攻に怯えつつ、必死にその生存圏を維持するのが精いっぱいだ。土地が限られているので人口を増やす余裕もないらしい。ほんと命が軽いのだ。
まあ、おとぎ話である古代国家の話はおもしろかったけど。
「ちなみにさー、エミリーはその国の関係者なのー?」
『いや、わっちは違うぞ。わっちは賢者などの制度を作った南方出身じゃ。まあ、その辺もいずれな。』
「そっかー。」
気になると言えば気になるが、無理強いをしてもしょうがない。なんとなくだが、聞くなって雰囲気だし。それに、少し眠い。
『さて、明日も早いからそろそろ休むのじゃ、見張りはわっちが引き受けよう。』
「いやいや、流石にー。」
俺の口数が減ったことに気づいたエミリーがそうすすめてきたきたが、魔物の生存圏で1人でいるのに寝るのはちょっと・・・。
『うーむ、臆病じゃの。それなら適当にリムーブをばら撒いておいたらどうじゃ?」
「えっなんで?意味ないでしょー。」
『そうでもないぞ。リムーブは確かに霊にしか効果はないが、魔法には違いない。見る者には誰かが魔法を放ったということは理解できるのじゃ。じゃが、その者がお主が他に魔法を使えないことまではわからん。」
「なるほどー。」
確かに、魔法使いなら複数の魔法を使いこなすのが基本だ。ただのリムーブでも派手に見せればはった
りぐらいにはなるということだろう。街に住んでいた頃は、リムーブしか使えないことが知れ渡っていたので、考えもしなかった発想だ。リムーブしか使えない分、その出力を調整することは得意だ。
『おい、ちょっと待て、わっちが避難するのを待つのじゃ。おおい、聞いておるのか。ぎゃああああ。』
あとは寝るだけなので、そこそこの出力をため込んで一気に解き放つ。魔力を感じることができるものなならば、突風のように広がる祓いの力を幻視したことだろう。
『えげつねえのじゃ、まともに食らったらわっちでもひとたまりもないぞ。その上で、わっちを避けて発動させる制度、お主、やはり化物じゃな―。』
「そっかー。あとはよろしくー。」
ここまでの移動の疲れと大規模な魔法により、訪れる睡魔に俺は身を任せて目を閉じる。寝床は固いが、寝れないことはないだろう。
スカル 「なんだけつわものどもが?」
エミリー「夢の後じゃ。」
街っ子ですが、傭兵として基礎的な教えはあるスカル君。生かせるかどうかは別問題です・・・。




