7 地図の北ってどっち?
あてどない旅 地図が読めるとはいってない。
魔物と人類が生存圏を争う大陸「アルエンド」
この大陸は水にたらした絵の具のように人類と魔物の生存圏が複雑に絡み合っている。とりわけ、大陸の中心部は、険しい山脈であるヴォルラゴ山脈によって東西南北に分断され、人間たちは、迷路のごとく入り組んだ生存圏で必死に生活している。
俺が住んでいた街は、ヴォルロートと呼ばれている。いにしえの言葉で狼の口の中という意味だ。その言葉通り、地図で見るとまるで狼の頭のような形の大森林ヴォルリエースに囲まれているのがわかるだろう。この大森林は豊富な資源が獲れるがヴォルラゴ山脈から降りてきた魔物の縄張りでもある。そのため一般人は立ち入ることができない。大陸の中心と言えば聞こえはいいが、直線でつながっているわけではなく、交通の便は悪い。はっきりと言ってしまえばただの田舎である。かつては栄えた場所とであるらしいが、この魔物の勢力圏にぐるりと囲まれた立地のおかげでいずれは消えゆく街とも言われている。
「まあ100年は先の話らしいけどねー」
『町を作った人間たちも同じようなことを言っておったわ。』
そんな街から、飛び出した俺たちは、ヴォルリエースの木々を右手に街道を歩きながら、そんな話をしていた。
『お主たちのいう狼の顎の部分は、当時はなかったのじゃ。ヴォルロートもヴォルロードと呼ばれ、いずれは狼山脈と大森林を支配する王となると息巻いておったわ。』
「ほんとにー?」
「残念ながら本当じゃ、身内の恥と当時の文献や記録は徹底的に消されたが、一部の老人たちは寝物語に聞かされておったはずじゃ。あとは当時の名残として、顎の部分には当時使われておった街道が通っておるぞ。腕に覚えのある傭兵は、その道を使っておる。』
聞けば、その街道を通れば二日ほどで、大陸南部の街に行けたとか。今は、森林を迂回しながら進む必要があるので徒歩だと一月はかかる。歴史というのは残酷だ。
『しかし、お主、旅の準備は大丈夫なのか?見たところ、食料も乏しいようだが。』
「ああ、水は確保できるからなんとかー。それに街道沿いには村もあるらしいからー。」
馬などに乗れば一日、馬車や徒歩でも三日ほどで集落があると聞いたことはある。それに、俺だって、着の身着のまま飛び出したというわけではなく、低限の準備はしてある。背中に背負ったリュックにはナイフや毛布などの雑貨と三日分の食料が入っている。腰の水筒は魔道具で、魔力を注ぐとそこそこの量の水を出してくれる。この魔道具は、最近貯金をはたいて購入した貴重品で、水には困らない。もともとその日暮らしの仮宿暮らしであったので、金がないように思われていたが、使う暇もないほど働く日々で稼いだお金で、身に着けるものもは金をかけることができた。
『なるほど、それだけの装備があるならば、森を抜けるのもたやすいじゃろうな。』
「いやいやー、そんな危ないことしないよー。」
俺が使える魔法は霊にしか効かないリムーブのみ、腕に覚えもない俺の実力は一般人と変わらないので、森に入ったら、半日と持たずに魔物の腹の中だ。だから時間はかかっても安全な迂回路を通るしかないのだ。
『うん、ならなんで東へ向かうのじゃ?迂回路は西じゃぞ?』
「えっまじ?」
迂回路を行くときは、森を右手に歩くはずだったが。
『いや、南を目指すなら山脈を背に歩くべきだぞ。それにほら、昼過ぎだから太陽も・・・お主。』
はいそうですよ、地図何て読めないよー。生まれてこの方、ヴォルロートから出たこともないです。
『見切り発車にもほどがあるのじゃー。旅を舐めんなー。』
「気づいてなら教えてよー。」
ちなみに、北はどっちと言われたら、上と答えるタイプの人間ですよ、俺は。しかし、エミリーの指摘通りなら、今はどこにいるんだろうか。
『そうじゃな、恐らくは、のど元あたり、ここじゃな。」
エミリーが指さした場所は、狼の口の奥、右に行っても左に行っても出口は遠い場所だった。これはまずった。ヴォルロートに戻るにしても日が暮れてしまうだろう。これは無駄足を踏んでしまった。
『うむ、それならお主、旧街道を目指すべきじゃ。」
「いやいや、死ぬって。道がどこにあるかもわからないし。」
『そこは、わっちがおるから問題ない。旧街道の入り口もばっちりじゃ。』
いやそっちじゃない。旧街道は魔物の生存圏に飲まれている。一般人よ、俺。戦闘能力皆無よ。
『ぬふふふ、そこにわっちに任せろ。おっと、これまたタイミングよく現れおった。お主、魔物じゃぞ。』
「はっ?」
得意げなエミリーだったが、急に森の方に視線を向け、その直後。森の木が揺れた。
「GAAAAAAAA。」
「げっ、ウルフ?これは、死んだなー」
その存在感と獣性を前に俺はあっさりと命を諦めた。
黒毛で四足の生き物と森で遭遇したら、すべての荷物を捨てて逃げろ。新人の傭兵が最初に習う教訓は、目前に迫るウルフに由来する。鋭い牙と爪による攻撃は鉄の鎧をやすやすと引き裂き、その速さは全力で走る馬並み、防御力は低くベテランの傭兵ならば一撃で倒せるらしいが。
「GYAAAAA。」
「ぐるるるるるる。」
「ぼるるるる。」
奴らは必ず群れで動く。そのため、立ち回りの分かっていない新人傭兵はもとより、ベテランでもソロで活動している傭兵などは回り込まれて、そのままなんてこともある。
大げさだなと思ったこともあるが、実際にウルフと遭遇するとよくわかる。魔物相手に人間が叶うわけがないと・・・。
『まあ、安心せい。犬っころが何匹いようと、わっちの前では無力よ。』
恐怖と諦めから、思考停止している俺の目の前にエミリーはふわりと降り立ち、右手を開いてウルフたちに向ける。迫るウルフは三匹。奴らはまっすぐ俺に向かっていたが。
『ほれ。』
エミリーは開いた手の平を閉じただけに見えた。それだけ静かで何気ない仕草だ。だというのに、ウルフたちは足を止めて、痙攣し、そのまま白目をむいて倒れた。
「えっ?」
『ははは、久しぶりじゃったが、この通りよ。もう大丈夫じゃぞ。』
あまりに突然の出来事で、理解するのにしばし時間がかかった。その手際の良さは霊を払う俺の仕事を彷彿とさせる。それぐらいあっさりとウルフたちは活動を停止したのだ。流血も痙攣もない、だというのに命だけが消えている。なんとも恐ろしい。だが、この光景は見覚えがあった。
「これって魔法ー?」
『そうじゃ、念動で魔核をプッチとな。』
「わー、えげつないー。」
魔物と他の生物の違いと言えば魔核である。魔核がある限り、手足が捥げたり、頭がつぶれたりしても、再生すると言われれている、それをつぶされれば魔物は即死する。命の要であるため魔核そのものは鉄のように固く、生半可な攻撃ではキズ一つつかない。剣士は魔核を切り捨て、魔法使いは魔核ごと相手を破壊できて一人前と言われている。
魔核だけ的確に破壊する技は、一流、いや理外の腕前と言える。
『まあ、色々と制限があるがの。霊となってもわっちは賢者。これぐらいは容易き事よ。』
「やべー、化物だ。」
「やめるのじゃ。その物騒なものをしまうのじゃ。わかった、わかった、ちゃんと説明するから、それめっちゃ痛いからやめてくれなのじゃ。』
「うーんー。」
反射的に構えていたらしく、右腕はいつでもリムーブを放てるようになっていたらしい。それを維持したまま俺は首をかしげる。
「それだけ強いならさあー。俺要らなくないー。」
『じゃから、制限つきだと言っておるじゃろ。わっちにお主を害する力はないぞ。あっても害する気はない。お主とやりあうのは、無策でたき火に飛び込むようなものじゃ。』
「ほんとかなー。」
なんとも恐ろしい存在と手を組んでしまったことを俺は早くも後悔していた。恐らく俺が道を間違えていたことも気づいてい、断れない状況になってから指摘したに違いない。
『いや、それはない。お主があまりに自信満々だったので指摘できなかっただけじゃぞ。』
「こいつ、マジで立ち悪いなー。」
そんなこと言われたら反論できないじゃないか。
スカル「魔物を瞬殺って怖い―。」
エミリー「お主の方が化物じゃからな。」
ちゃっかり有能なエミリーさん。




