4 貴族社会の闇は深い。
俺が警戒を解くと、霊はふらふらと揺れながら俺を先導して。廊下へとでた。その足取り?には迷いがなく、目的地はわかっているように思える。
『うむ、これはなかなかひどいのー、わっちが執務室に引き篭もっている間に随分と業が深まったとみえる。』
「そうなのー。」
『うむ、本来、霊がこれほどの霊障を引き起こすことはない。その辺りはお主の方が分かっておるじゃろ。普通は時間とともに風化し自然に還るのが霊の理、その例外は、わっちのように元が優秀な場合か。』
「恨みや後悔が濃いってやつだねー。」
仕事中に死んだ傭兵が霊になりやすいのは、まさにそれ。素の力が強い上に、ロクな死に方をしなかったから後悔とか恨みがすごいのだ。そういえば、ギルド長の肩にとりついてた子もなかなか業が深かったがあれは、なにがあったんだろう。
それも気になるところだけど、急にフレンドリーになった霊の様子が気になる。今のようにやばい空気を作り出す霊は珍しいが、警戒心がない霊というのは初めてだ。
『うむ、これでも長く生きているからな、人の心の機微というのは理解しておるつもりじゃ。それにお主の魔法は強力じゃ、強力じゃからこそ起こりがわかりやすい。気を付けていれば避けることはたやすい。おいまて、なぜそこでやる気をだすんだ。』
「いや、リムーブは俺の唯一の自慢だからねー。」
『さようか、それでもわっちの存在を脅かせるのならば一流、いや規格外じゃ誇るがよいぞ。」
『それは、どうもー。」
『お主、わかっとらんな。末恐ろしいことじゃ。』
そんなことを話していると、屋敷の奥、倉庫らしき場所の前にたどり着いた。そこに至って俺は霊の言葉が真実であったことがわかった。屋敷中に広がる重苦しい空気が一番濃くて、重い。視界すら歪ませるほど濃く染まった霊障は、一般人は近づくだけで気分が悪くなるだろう。
「えい。」
なのでとりあえず払っておく。こういうのはこまめに払うのが大事だ。
『えげつないのー。』
なにやら言っている霊を無視して倉庫の扉を開ける。すると、サビた鉄と腐った匂いの混ざった最高に最悪な匂いに向かえられた。
「うげーー。」
『これはひどいの。』
マスクをしていても匂ってくる腐った匂い、それ以上に凄惨な光景だった。空っぽの倉庫の床を広がり固まった血だまりとその上に横たわるのはボロボロの骨。骨のところどこには乾いた肉が残り、そこには無数の虫が群がり死肉をむさぼっている。
『死後1年といったところじゃのー、気の毒に、死体を放り込んで虫やネズミのエサにされたか。森で畜生のエサの方になった方が、まだましじゃろうて。』
口元を隠しながら解説をする霊の顔は不快そうに歪んでいる。きっと俺の顔も似たような状態だろう。仕事柄、仏さんに遭遇することはあるが、これほどむごい状態は初めて見た。この死体だけを見ていたら、嘔吐していたと思う。
「タスケテ。タスケテ、タスケテ。」
死体の上で、そうつぶやき続ける女性の霊。半透明の身体は全体がぼやけ、元がどんな子だったかわからない、顔の部分も三つの穴があるだけで出来の悪い人形のようだ。長い髪だけが彼女が女性であったことを示している。
『死した後、己の身体はむさぼれているのを見続けたのだろうな。それで己の形も崩れ落ち無念だけが残った。ああなるともう救えん。』
それはそうだろう。もとより霊に救いはない。死んで霊になったら最期、その存在はこの世界の理から外れ、自然へと還る。それが祓い屋の教えの一つだ。
『しかし、ああなるとやっかいだ。己の存在すら忘れたから生半可な。』
「ほいっと。」
『ですよねー、流石にもう驚かんぞ。』
攻めてひと思いに、そう思って渾身のリムーブ。まあ、気持ちの問題。
「アッ。」
払われる瞬間、わずかに驚いた様子だけを残して、女性はどこかへ消えていった。俺と女、ややこしいな。
「ええっと名前なんだっけー。」
『エミリーじゃ。さてはお主、わしも祓うつもりで名前を覚える気なかったな。』
「そんなことないよー。」
俺とエミリーはしばし、女性の冥福を祈る。おぞましい霊障であってが、祓ってしまえば同じこと。霊としての行為をこれ以上咎める気はない。
「よしー切り替えていこう。」
『はあ、その達観はどこからの来るのかの。と、おい壁を見て見ろ、恐ろしいことになっとるぞ。』
「はいー?」
エミリーが指さしたのは死体のそばの壁だった。床と同じように乾いた血がべったりとついていて。そのインパクトに目を奪われるが、どこか規則的な形をしているような?
「遺言かー。」
『おそらくは死ぬ間際に己の地で書いたのだろうな。崩れておるがすごい執念じゃ。』
指先で書いたのだろう。文字は崩れて判読できないが、それ自体が執念と執着を感じさせるものだ。しかし、読み解くことができない以上、このあとは掃除屋たちに消されるので彼女の遺言が誰にも伝わらないことだろうか。
『ふむ、このままではあまりに不憫じゃ。どうしたものか、いやまて、これわっちのすごさをアピールするチャンスじゃね?チャンスじゃな。よし、お主何か書くものをもっておんか、紙でも布でなんでもいいのじゃ。』
「いやー、そうそう、あっハンカチでもいいー。」
紙なんて持ち歩いていないが、ハンカチならある。木綿製の黄色いハンカチ、刺繍などもなく銅貨3枚程度の安物だ。何に使うか知らないが、このくらいなら惜しくない。なんか面白そうだし。
『うむ、女の持ち物としてはあれだが、これなら倉庫に偶然あったと言えそうだな。問題なしじゃ。それを広げてみい、そうそうそのままな、こにほほいっと。』
エミリーは左手をハンカチに右手に壁の血文字に向ける。そして一度だけ目を閉じ、なにやらつぶやく。すると、ハンカチにじわじわと赤い文字が浮かび上がる。めっちゃホラーな現象に思わず手をはなしそうになるが、そこに書かれた文字はそれ以上におぞましかった。
私、レイチョルはもう助からないでしょう。急に現れた男たちは私を暴行し、なぶりました。そしてボロボロになった私を短剣でさしてそのままここに閉じ込めました。寒いのにお腹が燃えるように熱い、痛い、どうして、どうして・・・。
「ナニコレ―。」
『読心魔法で壁に書かれた文字を読み取り、転写したのじゃ。』
「魔法ってのは便利だねー。」
誇らしげなエミリーだが、実際すごい。書かれた文字を複製する転写魔法というのは聞いたことがあるが、それは書かれた文字や絵をそのままコピーするだけで、転写元の紙は特殊な加工をされた専用の紙である必要があるはずだ。壁の落書きを布に転写するなんて魔法は聞いたことがない。俺が知らないだけかもしれないけど。
そんなことよりも手紙の内容がやばい。支離滅裂な文言を読み解くと、暴行され死にかけで倉庫に閉じ込められた彼女は、とある貴族の隠し子であり、嫉妬した異母兄弟の策略でごろつきに襲われたと思っているたらしい。運び込まれる直前にみた外観から犯人が貴族の関係者であることを確信し、もう助からないという状況の中、壁に自分の推測と恨み言が綴られていた。彼女の主観であり、朦朧とした意識の中で文体はめちゃくちゃだが、自分の名前と家族の名前は明記されている。支離滅裂な文体の説得力がヤバイ。この遺言通りなら、彼女はこの家の持ち主とは縁もゆかりもない。恐らくは前の持ち主の臨終のごたごたの隙をついて死体をここに隠したのだろう。これまた、とんでもない。
『だろうなー。何も知らない遺族が死体を見れば、死んだ持ち主のやらかしだと思って勝手に隠蔽したじゃろう。体裁と面子を気にする貴族なら、死んだ人間に足をひっぱられるなんて御免とばかりに見なかったことにするはずじゃ。小賢しいし、胸糞悪いことじゃ。』
「そうなのー。」
『下手に情報を公開すれば、あの家は女性に無体を働く狂人だと、他の家から攻撃されるからのう。ましてこの家は相続でもめておったんじゃろ。そういうがめつい連中は正義より損得で考える。そうなればどこぞと知れない犯人を捜すよりも忘れたほうが安い。』
ごもっともな話である。俺たちだって仕事現場がどんなに胡散臭くても、深入りせずに淡々と掃除はする。さすがに死体がでれば、依頼人に報告はするし、今回のように遺言書などが出た場合は司法当局に届けをして、事情聴取を受ける義務がある。
まあ今回は、お手伝いなので、後の事は掃除屋に任せるけどね。




