3 地獄の沙汰も金次第というらしい。
交渉ごとに置いて、最後にモノを言うのは利益。
俺が構えると、霊は壁の中に逃げ込み、下げると戻ってくる。そのタイミングは絶妙で、何度かリムーブを叩きつけた結果、女の霊は俺から距離を取るという知恵をつけたらしい。
『いいか小僧、言葉が通じる相手をいきなり攻撃するというのは、蛮族の振る舞いじゃ。魔物でも盗賊でも自分が圧倒的有利な時は、対話を試みる、それが知者のふるまい、すいません、マジで勘弁してくださいなのじゃ。』
好きに話させるのはあれかと思うが、こっちが構えると距離を取って態度を改めるので、話が進まない。そうなると俺は手を引っ込めるしかない。
「話が通じる霊は初めてだー。」
『まあ、最近じゃとは珍しいかもしれん。わっち同格はおろか、話ができる霊というのはここ100年は見ておらん。』
「ああ、やっぱり霊なんだー。」
『違う、違うから。だからその物騒な手を下ろすのじゃ。』
霊とはいえ、その言葉には一理の利を感じた。俺の魔法は独学だし、霊の存在を霊から教わるという経験は珍しいかもしれない。相手の様子を見る限り俺に害をなすことは難しそう。ならばここで話をして霊の立場について聞いてみるのも面白いかもしれない。
「スカルット・フェルン、スカルとでも呼んでくれ。」
『ははは、助かった。』
名乗って友好的な態度を見せると女の霊は目に見えてほっとし、すぐにはっと我に返り存在な態度で胸をはる。
『わっちは、エミリー・マートン。ゆえあって、この家を間借りしている賢者じゃ。』
「賢者―?」
霊らしく、怪しい職業だ。剣士や魔法使い、職人や狩人と世の中には色んな職業があるが賢者というのは職業ではない。数百年前に存在した称号である。昔に滅んだ王国で一定以上の成果を収めた偉人に与えられるもので、現代では絵本に出てくる程度の存在だ。それを堂々と名乗るのは、子どもか、自信過剰な変人くらいだ。いや、霊の場合はどうなるんだ?
『う、ううむ。よもや賢者の称号が意味をなくしておったとは、わっちも年をとったものだ。かの王国が滅んで幾数年、世の真理を求めたわが身のなんと虚しきことか。』
「そうだねー、そのまま消えておこうー。」
『やめい、わっち英知ぞ。古の英知を備えた生き字引よ。いやわっち、霊生きてないけど。』
「ははは、笑える―。」
いや、お前死んでるじゃん。もしかしなくてもギャグで言っているのだろうか?
『くっ、このクソガキ。いや、待ってください、ホント勘弁しください、それ以上は流石のわっちも存在が保てませんから。』
話が進まないから、やっぱり払おうと思うと即座に隠れてしまう。勘のいい奴である。
「ええっとエミリーさんだっけー。俺としてはここから離れてくれれば問題ないっちゃ問題ないんだけどー。」
祓い屋としてのプライドは傷ついたが、今回はボランティアである。言葉通りこいつがどこかへ移動して掃除屋たちに害がなければ問題はない。ただ、あとで責任に云々いわれるのはなー。
『わかった、わかった。取引じゃ、取引。ここの主も知らない隠し財産の場所を教えてやるのじゃ。』
「ほうー。」
それは興味深い。その場しのぎのウソか、あるいは女の執着か、しばし付き合うのも面白いだろう。決して隠し財産に釣られたわけじゃないぞ。
『ふふふ、わっちは賢者、それも魔法の深遠を極めた賢者ゆえ、隠された財貨を見つけるなど容易きことなのじゃ。ほれ、ここじゃここの戸棚を開けてみい。』
「はいはいー。」
部屋に作り置かれた戸棚の前ではしゃぐ霊の誘導に従い、戸棚を開けると中身は空だった。
『まてまて、もともとあった衣装や金貨は持ち出されておるが、一部だけ板の色が違うじゃろ。そこを押してみい。』
「どれ?ああ、これかー。」
言われないと気づかないほどささやかであったが、空っぽの戸棚の奥の一部が、手の平ほどの大きさだけ色が違った。触ってみるとそもそも材質が違う。それを押し込むとガコンと何かが動く音がし隙間ができる。そこに手を突っ込むとぎりぎりとスライドをし・・・。
『なかなかのもんじゃろ。何代も前の持ち主が隠した財産といったところじゃろう。色々と持ち出されて空っぽになったこの部屋で、誰にも見つけられずに放置されておったから、持ち出してもばれんぞ。』
女の言葉通り、奥にあったのは数十枚の金かと色とりどりの宝石だった。庶民である俺に宝石の価値は分からないが、もし本物なら、俺が人生で稼いできた報酬よりも価値があるかもしれない。
『ああ、その金貨は過去に発行されたものじゃからな。鋳つぶす必要はあるが、それでもこの家と同じくらい豪華な家が土地付きで買えるぐらいの価値があるはすじゃ。』
訂正、そんなレベルじゃなかったよ。貴族ってすげえなー。
『その財貨をくれてやるゆえ、わっちを見逃してほしいのじゃ。』
「でも、これって、お姉さんのじゃないよねー。」
『くっそこに気づくか。』
「それにー、よく考えたらー、これ持ち出せないしー。」
『なんで、そこで冷静になるんじゃ、庶民らしく目先の利益に飛びつけやー。』
最初は喜んだけど、これでは宝の持ち腐れだ。いくら隠し財産とはいえ、俺ら庶民では換金できない。庶民の通貨と言えば、銅貨に銀貨か精々、それが金貨を持っていれば嫌でも目立つし疑われる。宝石は質屋に持ち込むしかないが、すぐにこの屋敷の持ち主にバレて泥棒の濡れ衣を着せられてしまうだろう。悲しいかな、街からでない俺のような職種では言い訳も思いつかない。
『そ、それなら、アイテムボックスにしまえばよかろう。それで別の街で売りさばけば問題あるまい。』
「アイテムボックス?」
そんな魔道具があると聞いたことがある。手のひらサイズの袋なのに馬車並みの荷物をしまうことができる上に重さも感じなくなるとか。便利そうだが希少すぎて値が付けられないと聞いたことがある。それこそ、庶民が持ってい分けがない。
『おやおや、その様子じゃとアイテムボックスは使えんらしいな。それなら取引に追加じゃ。その宝物をわっちのアイテムボックスで預かろう。その上でお主がこの屋敷から充分に離れたところで出す。それならお互い損はせんじゃろ。』
「いやいや、何行ってるの、霊が魔法を使えるなんて聞いたことがないぞ。」
『ふふふ、わっちは賢者じゃ。ほかの雑魚と一緒にされては困る、ほら、この通り。』
そういって女の霊は宝物に手をかざす。そうすると小さな穴あき、宝物はどこぞへ消えてしまった。まるで最初からなかったかのように。
『ほれ、この通り。』
と思ったらテーブルの上に金貨が数枚出現する。
『まずは手付けじゃ、この程度なら持ち出してもばれんじゃろ。そうだ、隠し扉はちゃんと閉めておけよ。そうすれば完全犯罪じゃ。」
「まあーもらえるものはもらっておくけど、便利だねー。」
『ちなみにこの状態でわっちを払うと、アイテムボックスの中身は永遠に手に入らんぞ。』
こいつ、宝を見せてからそれを質草に捕りやがった。あれだけの大金を諦めてまでただ働きをする気がないことも気づいているな。
「てか、逃げればいいんじゃない。追わないよー。」
『お主、嘘なのがバレバレじゃぞ。』
だってこんな厄介な存在を逃がしたら、掃除達に迷惑がかかるじゃないか。
「お姉さんさー、これだけ屋敷をアレな感じにしてに許されると本気で思ってるー。」
この会話の間も屋敷の空気は淀み続けている。霊障はその中心となっている霊を祓わないと解決しない。掃除や換気で薄まることはあっても、一度霊が憑りついたら、それを祓わないと徐々に建物やそこに住む人を病んでいく。これだけの力のある霊を野放しにするのはなけなしの職業倫理が泣いてしまう。
『いやいや、待て待て、それこそ誤解じゃ。この屋敷の霊障はわっちのせいじゃないぞ。』
「またまたー。」
『ホントじゃって、わかった、わかったから。案内するぞ、ここの主のいる場所に。』
この必死さは嘘じゃなそう。
そう判断した俺はしばし、この女にに付き合うことに決めた。なんだかんだ、お金は欲しいし、必死に身の保身に走る姿が面白かったからだ。後になって、それがエミリー・マートンの必死の誘導であったのだと思うが、この時の俺は目先の大金と、仕事の完遂にしか興味がなかった。
スカル「祓い屋の仕事は一回銀貨一枚、大体一食分だな。」
エミリー「ブラックすぎん?」
仕事よりもお宝な職業倫理だが、生きるためなのでしょうがない。




