25 なんだか根深い問題らしいです。
やっと判明した領主様の名前
その後、いくつかの質問をされたのち、一先ずは信用されることになった。
「改めて名乗らせてもらおう。私はこの街と周辺を治める領主にして、共和国から辺境伯の役職を賜っている、ロッド・ザパートだ。このたびは、私とアルバートを救っていただき感謝する。そして、恩人に対するあの仕打ち、大変申し訳なかった。」
「私も信じ切ることが出来ず、申し訳ございません。」
「いえいえー、こちらの態度が誤解を招いたわけですしー。」
何度目かもわからない謝罪と感謝のやり取りを経て、やっと領主様の名前を知ることになった。
「しかし、呪いか。その話は本当なのかエミリー殿。」
『うむ、お主らが体験したこと。それは何百年も前からあの国が行ってきていることじゃ。そんな大事な手品のタネをわざわざ明かさんと思うぞ。』
「たしかにそうだ。あの国の関係者ならばここぞとばかりに恩を売ってくるだろう。」
『あの国、やっぱり変わらんのじゃな―。』
気づけば普通に会話をしているロッド様の懐の深さに驚くが、彼としても解決したい問題があった。
「では、その呪いやらの出処は隣国ということですか?」
『ううむ、そう考えるのが妥当じゃな。』
俺の素性から、タチアナさんとの出会い、そして呪いの話と、色々と情報交換をしていたが、ロッド様が一番興味を示したのは呪いの話だった。
たしかに、風邪のようにその辺を歩いていたらもらいましたなんてわけもないか。それこそ領主さまとなればその身辺は厳重に警護されているはずだ。いや、そもそも呪いってどうやってかかるんだ?
『なあ、領主殿、ここ2週間ほどで、そちらの執事殿が肩代わりしてもらったことはないかえ?』
「2週間?うーむ、ここ一か月は正直意識が曖昧でな。アレックスはどうだ。」
「そうですねー、思いつきません。旦那様は、病を圧して執務励まれおられましたし、ここ最近は体調を崩されてからも、特別な事は。」
『そうか、そちらの執事も呪われたとなれば、そこがヒントになりそうなのじゃが。』
すっかり話し込む2人と一匹を前に、俺はもぐもぐと軽食を口に運んでいた。なんだかんだリムーブの使い過ぎで消費したので、どうにも腹が減ってしまっていたのだ。
うん、食事?
「タチアナさん、タチアナさんが祓い屋を探して旅立ったのは一月前なんでしたっけ?」
「は、はい。父の容態が芳しくなく、すがる思いで北部の噂を確かめに行ったんです。森で、スカルさんと出会わなかったら、あのまま、ヴァルロースを目指すつもりでした。」
「無茶しますねー。」
薬草採取というのは建前で、あの森を突破する下見にするつもりだったのだろう。依頼を受けてくれる傭兵がいればいいが、もしかしたら一人で無茶をしていたかもしれない。
まあ、それはそれとして。
「となると、あの牛乳とチーズは、その道中で。」
「はいそうです、今回は素通りしてしまいましたが、川沿いにあるカゼルという街の特産品です。す、すいません、急いでいたので忘れてました。ちゃ、ちゃんとご案内しますからー。」
「ああ、いやいや、産地さえ教えてくれればいいですよー。」
あの美味しいシチューをまた食べるために産地を聞くのを忘れていた。金貨や宝石の換金もそうだけど、あのチーズを食べるのも大事な目的だ。
『お主ら、呑気じゃのー。いや、まて。そうか。食事じゃ。』
「食事―?」
『執事殿、もしかしてじゃが、二週間ぐらい前から領主の食べ切れない食事を食べたりはしてないかえ?それも誰かからの差し入れなど、残すには忍びないモノを。』
「はっそれならば。」
「どういうことだアルバート。」
そんな会話をきっかけにエミリーは何を思いついたようだ。
「実は、奥様からの差し入れられていた食材なのですが、旦那様が食事を取れなくなってからは、私がいただいておりました。物がモノだけに、残すのも、他の者に任せるわけにもいかず、旦那様にお出ししても、口をつけられなかった分は私が・・・。」
『それじゃ、それが原因じゃ。』
「どういうことー?」
アルバートさんの言っていることは別におかしいことじゃない。体調に心配のあるロッド様がタチアナさんと同様に奥さんを遠ざけたのは自然流れだし、遠ざけられた奥さんが、せめてもの手助けと食事を差し入れるのはありえそうな話だ。
『おそらくは、その食材に原因がある。それは今、どこにある。』
「厨房のほうに、でもまさか。」
『奥方が関わっているかどうかはわからん。ただ、その食材に何かを仕込まれている可能性は高いと思うぞ。』
「すぐに、持ってまいります。」
『いや、この目で確かめ、そうじゃな、任せるのじゃ。』
慌てて部屋を飛び出してくアルバートさんを、引き止めかけてからエミリーは見送った。実際に出向いた方が早いが、それによって騒ぎが大きくなるのを避けた方がいいという判断だろう。
「タチアナさんのお母さんってことですかー。」
「い、いえ、私とは血はつながっていません。ヤーガー義母様は、父の後妻でして、実母は私が幼い時に・・・。」
「それは失礼ー。」
「いえ、必要になることだと思うので、ヤーガー義母様は後妻なのですが、父と母との間の子は女子である私だけで、家を継ぐのは。」
「異母弟さんってことですかー。」
「そうなります。父が原因不明で体調を崩されたとき、ヤーガー義母様は弟とともに別邸に避難されたんです。その後も手料理や手紙に、滋養のよい食材などを定期的にとどけてくれていたそうなんですけど。まさか・・・。」
「いやいや、まだわかりませんよー。悪意ってのはどこにでもあるものですからー。」
急に物事が動くときほど、楽観が大事だ。貴族女性とはいえ、おいそれと領主を害することができるわけがない。そもそも呪いなんてわけのわからない代物がそう簡単にしこめるものなのだろうか?
『うむ、可能じゃ。呪いそのものを作るのは手間がかかる。特殊な儀式で霊を捕らえて変質させて魔道具に閉じ込めるのじゃ。じゃが、そこまで用意すれば食事や飲み水にちょっとずつ呪いをしみ込ませることで相手を呪うことが可能なのじゃ。』
「まるで、毒みたいだねー。」
『さよう、呪いの扱いは、毒で考えると分かりやすい。呪いをかける方法は様々だが、毒のように食事に仕込んだり、刃物などで直接送り込むこんだりすることができる。作るのに手間はかかるが、霊感のない物には判別できないという点では毒よりも好まれるかもしれんなー。』
「なるほどー、それなら、誰がどこで仕込んだかわかったもんじゃないねー。」
『それゆえに、邪悪、邪道、外法と言われながらも、密かに残っているのじゃ。全く厄介なことじゃ。』
なんとも便利、いや厄介なものだ。だが、おかげで真っ先に想像してしまった最悪の可能性は否定できる。人の目をごまかしやすいなら、呪った容疑者はいくらでもいる。
「・・・ありがとうございます。」
それが伝わったのかタチアナさんは御礼を言ってくれたがその顔は曇ったままだ。
「ヤーガー義母様は真面目な人です。私のことを大事にしてくれてます。ただ貴族の流儀を絶対と思う人でして、男子である弟こそが家を継ぐべきだという意見だけは譲らなくて。まあ、私が家を継ぐのを嫌がっていることを察してくれてのことでもあるんですけど。」
「なるほどー。」
前妻の娘と後妻の弟。どちらが家を継ぐべきかなんて話はよく聞く。まあ、庶民である俺にはどっちでもいいじゃんって話なんだけど、色々とあるのだろう。
願わくば、どこぞのチンピラが悪さをしていただけみたいな展開だといいのだけれど。
まあ、そういう思いほど、裏切られるものだ。
「も、持ってまいりましたぞ。」
「アウトー。」
『やめい、手がかりがなくなる。』
木箱を抱えて現れたアルバートさんに、反射的にリムーブを放ちそうになり、エミリーに留められた。たしかに、ここで証拠を消すのはまずい。たが、とっさに反応してしまうぐらい木箱は奇妙だった。
『執事殿、その木箱を床に置いて下がってもらえるか。』
「わ、わかりました。」
指示に従いアルバートさんが、木箱を置くとその蓋がゆっくりとスライドして落ちた。エミリーが念動で動かしただけなのだが、この状況だと心臓に悪い。そんなこっちの気持ちも知らずにエミリーは箱に近づいて覗き込み、フムフムとうなづき、俺を手招きした。
『お主も見てみるといい。お主なら理解できるはずじゃ。』
「えー。」
近づきたくはなかった。だが、何かを期待する3人の視線に耐えられず、箱を覗き込む。
箱の中身は、3本のワインだった。立派なラベルの張られた非常に美味しそうなものだが、そのうちの1本だけは栓が開けられコルクをハメなおされていた。かなりいいワインなのか、芳醇な香りがする、街の酒場ではお目にかかれないようないいワインに違いない。問題はどのワインからも薄く瘴気が漏れていることだ。まるで、霊がガラスの中に閉じ込められているかのように・・・。
『間違いない、ワインに呪いが込められておる。』
「馬鹿な、それは奥様が旦那様のためにご自身で試飲され選ばれたものですぞ。」
「まさか。」
『ワインの提供元を確認したほうがよいのー。』
「す、すぐに手配を。」
バタバタと動き出す領主さまとアルバートさんを横目に、俺は開封済みの1本を手に取ってじっと観察する。なんの変哲もない普通のワインだ。ただ、その注ぎ口からは、ほんのり霊障が漏れている。ささやかで、それと知らなければ見逃してしまうようなものだ。
だからこそ、恐ろしい。
霊障とは、霊がいることが発生する。逆言えば、霊がいなければ発生しない。そのため霊障が起こる場所はどんなに狭くても人が入れる場所でなければならない。だから、ワイン瓶はおろか、木箱程度の大きさに霊障が発生するなんて本来はありえない。
だというに、このワイン瓶には、何かが込められている。どういう方法か知らないが、霊、いや呪いの気配を感じる。人間大の何かをワインに押し込んだということだろうか。
「リムーブ」
栓を開けて、その中にそっとリムーブを送り込む。3本あるから1本ぐらいはかまわないだろう。すると押し出されるように黒い何かが瓶から飛び出し空中に溶けていく。もう大丈夫そうだな。
「ゴク、うん、かなり上等なワインだ。」
『お主・・・。』
いやだってもったいないじゃん。それに毒見って大事。そんな言い訳を浮かべながら瓶に残っていたワインを喉に流し込んだ。すっきりとした味わいでたくさん飲める、いいワインだ。
見た目も存在も理解できない状況ではあるが、リムーブで無害化できるなら一先ずは安心だ。
「リムーブをかければ無害化できる。今後は毒見のついでにリムーブをかけるといいと思いますよー。」
「そ、そうか、確認をするために。」
「はいー、何事も自分で試さないと学びになりませんからねー。」
『そんなこと言って、ただ飲みたかっただけじゃろ。』
そんなことはない。
まあ、小難しいことはエミリーに丸投げして、俺は優雅に休ませてもらおう。
「大変です。今しがた使いが来ましたが、奥様と坊ちゃまが倒れられたと。」
『それ以前に、まだ種が残ってそうじゃ。』
駆け込んでくる急報。残りのワインを楽しむのは、後回しになりそうだ。
スカル「酒うめえ。ちなみに酔うほどは呑みませんよー。」
ロッド「やっと名乗れた―。」
まだまだわちゃわちゃしそうです。




