24 人のうわさも75日だが、恨みと恐怖は100年残るらしい。
昔、昔あるところに、エミリーと名乗る怨霊がーなお話。
わーわーと泣き叫ぶタチアナさんが落ち着くの待ち。俺たちは、エミリーの正体をきちんと説明することにした。
『ちょいとお主の。』
「あーはいはいー。」
手始めに、3人が、その姿と声をはっきりと認識できるように、その密度を上げた。ここにきて、魔力の残量が心もとない気もするが、川を浄化したときの消耗比べればまだマシなので我慢する。
「こ、これは。」
「霊?しかしあまりにも神々しいですぞ。」
「ふえ、どちら様ですか?」
俺からすると誤差の範囲であるが、その異様な雰囲気に3人は言葉もないようだった。特に、何も知らず、何もない空間に突然女性が現れたのをみたタチアナさんの驚きはすごかった。何が起こったのかわからず、目を見開いたままかたまっている。領主さまとアルバートさんも、何か言おうとはしていたが、それ以上は口が動かないようだった。
『では、あらためて、わっちはエミリー・マートン。今は亡きかの国にて、賢者と呼ばれた偉大な魔法使いじゃ、よしなに頼む。』
そんな様子に満足げな顔で、自己紹介をするエミリー。口元を隠し、色気のあるポーズをしているあたり、その機嫌の良さはよくわかる。
『それでな、あいた、なにを、ぶへ。』
なんか腹立たしかったので、リムーブを叩き込んで吹き飛ばしておいた。
「まあ、こんな感じに姿はっきりしている、言動はあれですが理性的なやり取りが可能なので、本格的に祓うのは保留しているわけなんですよー。」
「はあ、すごいですね。」
「何かあれば、すぐに祓えます。というか今すぐにでも祓いたいんですけどねー。」
『お主、いきなり何すんじゃ。いや、まてわっちが悪かった、ちょっと調子に乗ってました。』
「ちょっとー?」
『いや、かなりです、この状況で煽るようなことをしてすまなかったのじゃ。じゃからその物騒な物を引っ込めてください、お願いします。』
「スカルさん、今のは流石に。」
『そうじゃ娘っ子、この鬼畜にもっと言ってやってくれ。ことあるごとにわっちのことを消そうとしてくるのじゃ。』
すっかり定番のやりとりだったが、優しいタチアナさんは語気を強めて俺に非難し、エミリーは彼女を盾にするように回り込んだ。人体に害はないとはいえ、女性、それも貴族様に魔法を撃つわけにはいかない。仕方なく俺が魔法を引っ込めると、エミリーはニマニマと笑う。その小物なムーブな見せられた領主様は、ため息をついて肩の力を抜いた、どうやら状況を受け入れてくれたようだ。
「わかった、スカル殿の制御下にある霊ということで納得しておこう。しかし、そうなるとスカル殿は、ネクロマンサーということになるのだが。」
「いやー、そういうのはないですよー。」
「う、ううむ。」
よく勘違いされるが、リムーブはただの魔法であって、死霊術や錬金術といったオカルトなホラ話とは違う。御伽噺にでてくるような、死者の魂を呼び出したり、ガラクタを金に変えるなんてことは不可能だ。不可能だよね?
『そうじゃ、死霊術とは、魔法でそれっぽく見せた幻影の類じゃ。霊や人を使役する魔法などは、この世には存在せん。わっちとこやつは利害関係による交渉でこうして共をしているだけじゃ。とりついて、呪い殺すなんてことはできんよ。やれと言えばできなくもないが、念動で動かした方が効率がいいな。』
「へえー。」
年の功の言葉で俺の認識は間違ってないことは確認できた。まあ、それはそれとして。
「で、大怨霊というのは一体。」
「ああ、それか。スカル殿は、嘆きのエミリーというのをご存じかな?」
「いえー。」
「そうか。」
なんか残念な人を見るような目をされるが知らない者はしょうがない。
『ふふふ、ドゥノ共和国に何百年と語り継がれるおとぎ話じゃよ。夜更かししたり、夜に出歩いたりする悪い子は、嘆きながら現れる霊にさらわれるぞーというやつじゃ。」
「ああ、子どもの時に何度か聞いたことがありますねー。かつて王都であった怖い話がもとになってるるって・・・。」
「教訓的なやつですか、北部だと魔物に襲われるとか、人攫いにあうぞってオチですねー。」
「はい、夜道を出歩いたり、夜更かしをする子はエミリーにさらわれて帰ってこない。子どもの頃は悪戯をすると、お説教とともに悪い子はエミリーに攫われるぞーって脅されました。」
なるほど、いわゆる子供のしつけ的なおとぎ話なんだろう。北部では、攫われた子供を助けるために、流れの傭兵が魔物や悪党と切り結ぶという活劇的なノリになっており、傭兵への憧れを語るものとなっている。
「つまり、そのおとぎ話の怨霊と思われたと。それは勘違いされても仕方ないですねー。」
「う、うむ。」
「今回はそれっぽいのでよかったのですが。いや・・・。」
納得と思ったら、領主様とアルバートさんがなにやら複雑な顔で唸っていた。うん、ただのおとぎ話じゃないな、これは。
「これは、共和国の上層部に一部にのみ語り継がれている話なのだが。我が家でも知っているのは、私とアルバートのみだ。スカル殿、タチアナ、他言無用で頼む。」
そう前置きして、領主様はゆっくりと語りだした。おそらくは口伝なのだろう、ためらう割に、その口上は滑らかだった。
「今より500年前、ドゥノ共和国が出来たころ。人々は魔物の脅威に怯えながらも懸命に平原を開拓していた。そこにできた最初の街、それが今の王都である「ドーミク」だ。肥沃な大地と豊富な水源、なにより魔物脅威にさらされない街は日を追うごとに発展し、10年と経たずに大都市に至り、多くの人間が集まった。」
これは有名な話、というか常識だ。500年前に魔物との戦いに大敗北した人類はその勢力圏を大きく減らし、北部の一部と南部にその生活の拠点を移した歴史は、寝物語に聞く話だ。
「栄華を誇るドーミクであるが、建国記念の祝祭の日、事件は起きた。当代の王であるエルラット様が急死なされたのだ。表向きは急病と発表されたが、それは変死だった。」
「流れ変わってきたー?」
「確か、エルラット様を偲んで建国記念の祝祭は別の日になったって。」
もぐもぐとお菓子を食べながら俺とタチアナさんは領主様の話を聞いた。いやー、長旅でさすがに空腹だったのよ。
「先日まで健康そのものだったエルラット様は、朝、寝室で亡くなられているのを侍女によって発見された。王家特有の輝く金髪は真っ白になり、その顔は恐怖に染まっていたそうだ。当時の診断書は禁書として封印されているが、毒や病気などではなく、身体は健康そのもの、だというのにその顔は恐怖に歪み、心臓が止まっていたと書かれているそうだ。」
確かに変死だ。しかし、健康な人間がある日ぽっくりなんてこともないわけじゃない。
「その後、王都では同じような変死が相次いだ。それも、国王の関係者をはじめとした当時の政治の中心を担っているものたちばかり。何か作為的なものが疑われる中、街では一つの怨霊の噂が広がった。夜道にたたずむ髪の長い女の霊。自らを「エミリー・マートン」名乗るな。」
「じーー。」
『うーん、わっちじゃな。たしか当時はドーミクにおったと記憶しておるー。』
すっとぼけてるけど、変死の原因がこいつってことか?
「奇妙な変死と謎の怨霊、人々がそれらを紐づけて噂するのに時間はかからなかった。当時の人々は、変死の原因が霊障であると考えた。多くの祓い屋や僧侶たちが街へと集まり、霊狩りがはじまった。討伐対象はそのエミリーだ。」
『懐かしいのー、わちゃわちゃと魔法使いや坊主どもが押し寄せてきて大変だった。』
「う、ううむ。そういうことだ。怨霊は100を超える魔法を受けても平然とそこに居座り、甲高い声で笑っていたそうだ。その姿に多くの魔法使いは、挫折し、権力者たちは命を諦めたという。さらには反撃とばかりに何人もの人間に憑りつき、呪い殺したという。」
『殺してはおらんぞー。ちょっとばかり魔力をもらっただけじゃ。わっちにびびって逃げ出すときに将棋倒しになったから、多少のケガ人はでてたが。』
「そ、そうだったのか。口伝では、100人近い人間が犠牲になったと伝わっているのだが・・・。ともあれだ。一連の変死も含め、元凶とされた大怨霊は、被害者の嘆きを呼ぶことから「嘆きのエミリー」と恐れられ、最期は王都の兵や魔法使いを総動員して追い払ったと伝わっている。」
「じゃあ、別人ですねー。」
そこら辺の祓い屋である俺一人にボロボロになるやつがそんな大事件を起こせるわけがない。仮にそうだとして、いずれは消える霊の存在を口伝で残す意味が分からない。
「スカル殿、今の時代では霊とは希薄なものだが、当時の人間達の感じた恐怖は本物だ。だからこそ、数百年経った今でも、口伝として警告が残されているのだ。なにより、数代ごと、忘れたころにその怨霊の仕業と思われる事件が起きているのも記録に残っているのだ。私も信じてはいなかったが、わが身に起こったことを考えると、その記録も嘘ではないと思えるのだ。」
なるほど?ってまさか?
『そうじゃのう。当時の変死、直接この目で見たわけではないが、おそらくは呪いの類だったのじゃろうな。隣国の悪ふざけは当時から有名じゃ。』
「なっ。隣国。」
『あれじゃ、呪いを使って、霊障紛いのことを起こし、自分たちで祓う。自分たちに反抗的な人間を排除しつつ、土壇場で助けて恩を売る。ひどいマッチポンプじゃと思わんか。』
「そ、それは。それに呪いとはなんだ。」
『本当じゃよ。少なくともわっちとこやつは隣国とは一切関係ない無頼者じゃ。その証拠というわけじゃないが、こうして姿を見せ正直に話すことで誠意を示しているつもりじゃ。』
「そのわりには不遜だよなー。」
『性分ゆえ、許されよ、主殿。』
慇懃無礼とはこういうことは言うのだろうか?それとも厚顔無恥?したり顔で語るエミリーはどこまでも胡散臭い。おかげで俺も胡散臭い。なんだこの不思議に香ばしい状況は。
「うむ、救ってもらった以上信じたいが、正直。」
「なんともうさ臭いですぞ。」
「ですよねー。」
態度は若干軟化したけれど、情報量の多さに俺たちは首をひねるしかない。ここまでの付き合いがあった俺ですら信じられないような話だというのに、ついさきほどまで呪われていたお二人が、そのまま信じるというのは無理な事だろう。
「ええっと、つまり、エミリーさんは昔、王都に住んでいて、その時に起きた変死事件の冤罪をかぶせられたってことですか?」
『おお、娘っ子よ。その素直さは値千金じゃな。その通り、わっちは冤罪で襲われたから返り討ちしただけじゃ。わざわざ人を襲っても徳などないのじゃ。』
「ああ、たしかに、エミリーさんって連れ去るよりも、帰りなさいってお説教されそうですよねー。なんというか神々しいというか、先生っぽいから。」
『ははは、愛いやつじゃ。いやーこういうときやはり男はたよりに、ぶべ。』
ニコニコとまとわりついていたエミリーにリムーブを当てて追い払う。
「タチアナさんー。霊の言葉を素直に受け入れてはいけませんよー。」
「いや、でも、やりすぎじゃ。」
「ほっとくと悪さをする、手癖の悪い子どもと同じですよー。いや犬ー?」
『お主なー。いい感じにまとまりそうじゃったじゃないか。』
「ほらねー、腹黒いじゃないですかー。」
「ええっと、どうなんでしょう。」
そんなバカなやりとりに、またしても空気が緩んだ。そうなると、またどうでもよくなってしまった。
こちらの言葉を素直に理解して受け入れたタチアナさんに毒気を抜かれてしまったのだろう。
スカル 「人に歴史ありだねー。」
エミリー『半分ぐらいは冤罪なんじゃ。」
領主 「そろそろ名乗らせてくれない?」




