19 国境線までたどり着きました。
エミリーお姉さんの歴史講座?
ザパートオチアスは、ドゥノ共和国の西の端の断崖の足元にある国境の街だ。この街を中心に南北に広がる断崖の高さは50メートル以上あり、むき出しの地層は大陸南部にある二つの人間国家を物理的に分断しているそうだ。そんなものは本当に存在するのだろうか。木や森ならともかく、岩の壁が自然にできるものとは思えない。
『うむ、チェレパーフ大地と呼ばれるこの場所は、かつては海の底じゃった。それが大昔の起きた地震によって、持ち上がり今のような形になったそうじゃ。そのときの地殻変動はすさまじく、この大陸は西から東にかけて緩やかな傾いてるおる。また、その地震によってピートン大河は今の形になり、南部と北部で大陸は分断されたのじゃ。』
「それはまた、想像もつかない話だねー。天地創造ってやつー?」
『そうじゃろうな。わっちもこの目でみたわけではない。だが、当時の研究者の話を証明するように、この断崖を中心とした各地では、貝や魚など海の生き物の化石が発掘される。本来海にいるはずのサメがおるのも、ピートン大河がかつては海であったという証拠と言えるのう。』
走る馬の背でくつろぎながらエミリーがどこか懐かし気にそんな話をはじめたのは、道半ばまで進み、タチアナさんが寝落ちしてからだった。まだまだ先は長いので、暇つぶしに彼女の話に俺は耳を傾ける。思えば、旅の道中で彼女の話を聞くのも慣れたものだ。
『その地震の被害は大きかった。その後の復興のために、魔物と人間が一時的に争いをやめ、お互いの領域に引っ込むほどにな。結果として、かの王国を含めた今の国家群の礎ができたと言われておる。そして、新たにできたチェレパーフ台地は、土壌も豊かだし、なにより魔物の脅威におびえることもない土地でな、多くの人間が安住の地となったそうじゃ。それこそ神の御業と思えるほどにな。』
「それって、創生教のこと?」
チェレパーフ台地には、創生教という人間第一主義な宗教があるとかないとか。なんでも自分たちは神に選ばれた民の末裔だとかなんとか訳の分からないことをのたまう閉鎖的な人達らしい。どんなに金を積まれても創生教には関わるなと傭兵ギルドでは教わった。
『その通り、断崖を登った上にあるのは、チェレパーフスピナ宗主国と言われる宗教国家じゃ、高台にある肥沃な土地に引き篭もることで、古くから残っている唯一の国家じゃな。ただの地殻変動を神の御業と吹聴し、自分たちは選ばれた民と驕る馬鹿者どもじゃよ。』
「ずいぶんな言いぐさだねー。」
『お主も奴らの実態を知ればおのずとそうなるぞ。まあ、あの国とは関わらないのが一番じゃ。あの国の連中は、生まれてから死ぬまで、安全な場所でぬくぬくと生きているだけのバカ者どもよ。そのくせ自分たちの考えが正しいと疑わないから、親切心でよその国にちょっかいをだす。』
「共食いってこと?」
『そうじゃよ、やつらは、自分たちがこそが大陸の人間を率いるに相応しいと思っておる。』
「その人達は、暇なのー?」
『くくく、そうなんじゃろうなー。』
他人を出し抜いたり、囮にして逃げ伸びるなんてことは北部では日常茶飯事だった。それでも生きているだけ必死な状況で、わざわざ他人の機嫌を損ねたり、労力を割いて貴重なリソースを削るなんて馬鹿なことをしない。だから、俺たち傭兵は、人殺しを共食いといって毛嫌いする。あのギルド長にしたって、俺に文句を言って数発は殴るつもりだったろうけど、殺しまではしない。はずだよな。
「ああでもあれか、貴族様は共食いしてたねー。」
『あの娘のことか、あれは、オスの嗜虐的な嗜好による過剰なものだと思うぞ。盛った獣の所業と変わらん。ちなみにそういうのもおったな。わっちが生きていた頃じゃがな、わっちの美しさと知識を求めて多くの人間が訪ねてきた。』
「へえー。」
『それこそ賢者となる前じゃがな。かの国の神官と言われる豚のような男じゃったが、アポもなしに訪ねてきたと思ったら、神に仕える栄誉をやると言って迫ってきおった。」
「それで、それでー。」
『死なない程度にボコボコにして、お帰りいただいたぞ。その後は書面で抗議だけされた。』
「もはや、狂人だねー。」
『お主の行為も大概だと思うがのー。』
「どちらにしろ、そんな面倒な国へは行きたくないねー。」
そんな益体もない話をしながら、馬車を走らせる。このときはこの会話の意味を半分も理解していなかったと思う。なお、眠気や疲労に関してもエミリーの回復魔法でさっぱり解決した。大本は俺の魔力なので、マッチポンプな気がしないでもない。
「す、すごい、たった半日で。」
「さすがに、ちょっと疲れたので変わってもらえますー。」
「は、はい。」
街が近づいたところで、俺はタチアナさんを起こして手綱を返した。目的地まであの速度で突っ込むのはあれだし、街に入るには、検問を通らないといけないので、そろそろ身分証を用意しておかないとならなかったので、荷物を確認したかった。
「あっ、門番の人とは顔見知りなので、このままいけます。」
「ほえー。」
思わず間抜けな声がでてしまったが、タチアナさんは慣れた様子で門へと馬車を走らせ、止められることなく街へと入っていった。そのまま街を進んでいくが、門番や衛兵はおろか、街の人達もその様子を咎めたりしない。子どもの中には、タチアナさんをみて、嬉しそうに手を振っていたりした。
『この馬も慣れているところを見ると、馬車そのものが娘っ子の家の所有物なのは確かじゃな。それにこの様子、まるでお主を逃がさないように。』
「タチアナさんって、結構なお嬢様だったり。」
「い、いえ、私はこの街の出身というだけで、。」
『この後に及んでまだ隠そうとしているか、それとも家出したとか関係者とかじゃないか。万が一にも創生教の関係者なら、もっと傲慢じゃろうし。』
あんまり追い詰めるものじゃないので、俺は何も言わずに背もたれに身体を預けた。その様子にタチアナさんはあからさまにほっとした様子になるが、目的地と思われる大きな屋敷に近づくとその思惑はあっさりと打ち破られた。
「お嬢様ー。」
「これ、もう隠すのは無理じゃない―。」
「す、すいません。すいません。」
「ご無事でなによりです、このアルバート、お帰りの方を聞き、いてもたってもいられずお迎えに参らせていただいた次第です。」
突撃してきたのは執事な恰好のおじいさんだった。オールバックでまとめられた白髪に、鋭い眼光、顔だけみると結構な御年のようだが、鍛えられた筋肉が燕尾服を盛り上げており、存在感がおかしい。
そんな相手が馬車にすがりつき、感激に声を潤ませている。それでいて、手綱をがっしりと掴む手は逃さないという断固たる指示を感じた。
もういいのではないだろうか?こんな執事な人がお嬢様と呼んでいる時点でもう誤魔化すのは無理だろう。
「ええっと、以前名乗ったのは身を守るための方便でして。」
「女性の旅ですからねー、身元を隠すのは用心ですし。」
気にしてないよと、手をひらひらさせて励ますが、彼女は目に見えて落ち込んでいた。俺の様子からバレバレだったことに今更ながら気づいたのかもしれない。
「あらためまして、私はタチアナ・ザーパトと言います。」
「ザパート、ということは。」
『街の名前と同じ、つまりはこの街の領主、いやもしかするとそれ以上の大物じゃのー。』
「はい、私は、ザパート辺境伯家の末娘です。」
「貴族様でしたかー。」
いや、まあ予想はしてたけどね。思った以上の大物にびっくりだ。
「そんなお偉いさんがなぜ?」
「私は家を継がないので、独立のための修行として商人の見習いをしていたんです。」
「なるほどー。あっ、今更ですけど口調とか改めたほうがいいですかー。」
『貴族の跡取り問題じゃな。さしずめ、前妻の娘といったところだろうか。』
「家を継ぐのは弟で、私は家では何の力もないので、別に。」
『典型的な元お嬢様というやつか。うお、やめろ。』
なんかちょいちょいうるさいな。ただでさえメンドクサイのに幽霊の相手までしてられないっての。
「タチアナさま、どうか、その考えをお改めください。私どもはやはり。」
「アルバート、その話はもう終わっています。」
おかげで俺が気を利かせて離脱する前に、いかにもお家の問題ですという話が始まってしまったじゃないか。
「我ら家臣一同、ザパート家を継ぐべきはタチアナお嬢様だと思っております。旦那様だって。」
「アルバート、いつから家のことにくちだせるほど偉くなったの。」
「うっ、もうしわけありません。しかし、旦那様があのような状態でありながら奥様も、リルクス様も別邸から顔も出さないのですぞ。」
「リルクスには私の方から父への接近控えるように言ったのです。万が一にもあの子にまで被害があったら、ザパート家は終わりですから。」
「そ、そうだったのですか。」
なんだろう、俺を挟んでそういう大事そうな話をしないでくれないかな。そして、この執事さん、なんか顔色が悪くないか?
『よく目を凝らしてみろ、お主なら見えるはずじゃ。」
「うーん。」
「ど、どうされました。あっすいません、スカルさん、わたしったら。」
「ああ、それはいいんですけどー。」
「お、お嬢様、そちらのお方は。」
「しがない傭兵ですよー。」
おざなりに答えながら、エミリーに言われた通り、じっとめを凝らす。その様子に執事さんが警戒し身構えるが、やはりどこか元気が足りない。
年齢や疲労では説明が効かないやつれ具合に血走った目は仕事でよく見たものだ。もしかしてと意識を集中させると、執事さんの肩からは、鎖のようなものがはみ出していた。意識してみないと気づけないほどわずかな気配なそれは、霊のもつ気配でありながら、霊としては見たことのないタイプのものだ。
霊とは人間の死後の残りかすだ。だから人の形をしているはず・・・。
『これは呪いじゃな。』
「呪いー」
『さよう、そこらの霊をつかって意図的に霊障をおこし、相手の魂を直接害する外法じゃ。古くは魔物に対する魔法使いの最後の手段として用いられておったが、魔核の存在が周知されるたことで、廃れたものじゃ。わっちが生きていた時代でも、チェレパーフスピナ宗主国の一部にのみ遺されておったものじゃ。今の子たちには、霊障としか認知されないのも納得じゃな。』
「なるほどー。」
『あの国の人間が、他国から嫌われているのも、呪いの外法があるからじゃ。とうの昔に滅んだ技術だと思っていたが・・・。」
なにやら面倒そうなものだ。霊なんて不安定なものを利用するなんてよっぽど暇なのだろう。どんな形であれ、相手が霊ならリムーブでどうにかなるんじゃないかな?
『まあ、こうなるとシンプルじゃ。お主の力なら呪いの根源となる霊とその因果を消し去れる。その鎖を狙ってリムーブを使ってみろ。』
「ふむふむ。執事さん、ちょっと動かないでくださいねー。」
「はい、急に何を。」
「アルバート、スカルさんに従って。」
俺の言葉に疑わし気な執事さんだったが、タチアナさんに言われて素直に従ってくれた。そのおかげか、ぼんやりとしていた鎖が肩から生えているのがよくわかった。
霊というにはあまりに黒く、おぞましい。見ているだけで不快になってくるのが、霊障に似た気配を感じつつも作為的な違和感を感じる。これが呪いというわけか。ただリムーブを放ってもとれなそう。
そう思ったので、鎖を包み込むように魔力で包み、それごと鎖を弾き飛ばすイメージで力を籠める。願わくば跡形もなく消えろと願いを込めて。
「リムーブ。」
「うぐ。」
若干の抵抗と執事さんのうめき声、その直後に一メートルほどの鎖が身体が引きづりだされる。なかなかにグロい光景だが、血は流れていない。鎖そのものもすぐに消えていった。
『言うておいてあれじゃが、これほどの呪いをあっさりと解除したか、お主、やはり規格外じゃのー。』
「か、身体が軽く。」
「悪いものがついていたのでー。どうですかー。」
霊を祓うときとは違った達成感による興奮を隠して俺は執事さんに話しかけた。
「ああ、はい。ここ数日感じていた倦怠感が嘘のように消えました。これは一体。」
「よくないものがついていたので、祓っただけですよー。」
別に自慢することではない。俺にとってリムーブは唯一の特技で自慢なだけだ。これで依頼達成ならやすいものだ。
スカル 「不謹慎だけど、ちょっとワクワクしてきた。」
エミリー『普通はもっと苦労するんじゃけどな―。』
自分の魔法が役に立つことにちょっとテンションが高くなっているスカル君でした。




