18 またしても、悪霊と手を組んでみました。
旅は道連れ世は情け いな、旅は拙速を尊ぶの精神な悪霊な話。
待ち合わせ場所が、街の外へとつながる広場である時点である程度予想はしていたことだったが、タチアナさんは準備万端で現れた。
「あ、あの、お待たせしてすいません。」
『なんともまあ、もはや隠す気がないな、この娘っ子。』
「いえいえ、時間通りですよー。それよりもー。」
「あっいえ、すぐに借りれるのがこれしかなくて・・・すいません。」
現れたタチアナさんはぺこぺこと頭を下げるが、立派な馬車の御者台に乗る姿は随分とさまになっていた。黒塗の漆と鉄で補強された車輪に、白塗りの豪華な荷台、そして通常よりも一回り大きな二頭の馬。商人が荷運びに使うものではない、貴族や羽振りのいい商人が旅に使う旅客用の馬車である。
「なんか、急に大口の仕入れがあったとかで、馬車が出払っていたんです、それであの、値段は少し高かったんですけど、これなら即日で借りることができるのはこれしかなくてー。」
「なるほどー。」
『絶対、嘘じゃろうな。』
これだけ大きい街で貸し出しの馬車が残っていないなんてことはまずありえない。仮に今日はむりでも、数日待てば何とかなるはずだ。もともと用意していたのか、あえてこれを選んだかはわからないが、商人の判断というには無理がある。
「すぐに出発ですか?」」
「は、はい、すいません。できたらこのまま。」
『余裕がないのう。ここで断れば本人だけでも先にいってしまいそうじゃ。」
「ははは、大丈夫ですよー。」
こちらとしては、居心地がよくなる分には問題ない。これだけ馬車を用意できるなら支払いも心配ないだろう。なので俺は余計なことは言わずに素直に御者台に乗った。こうなる気がして、数日分の食料は買い込んでエミリーのアイテムボックスに突っ込んである。
『その生命線を、消そうとしてたお主ってやっぱりサイコパスじゃな。』
「目的地を聞いても?」
「あ、はい、すいません、ちゃんとせ詰めしてなかったですね。今度の目的地はザパートオチアス。ここから川沿いにのぼって一日といったところにあります。そこに。」
「待ち人はいるんですねー。」
色々とぶちまけそうなタチアナさんを制するように俺は言葉を遮った。ただでさえ目立っているのに、ここで余計なことを言えば、噂になりかねない。そして、それはきっとタチアナさんも望んでいない。
「す、すいません。」
「いえいえ、こちらも不用意でしたー。」
その意図はすぐに伝わったらしくタチアナさんは慌てて馬車を走らせはじめる。街中なのでゆっくりとしたスタートだが、動き出すとやはりどこか急いた様子を隠せていない。
『のう、お主、これだけ目立っているなら、いっそのこと手助けをして、さっさと街を離れるのはどうじゃ?あっ、わかっておる、わっちが勝手に話すから了承なら、反応してくれればよいぞ。』
街をでて、じょじょに加速する馬車にぴったりと張り付くエミリーをみて、俺は御者台に乗ったことを早くも後悔していた。
平坦で舗装された道は流石南部といったところだけど、他の馬車や通行人を避けながらどんどん加速する馬車の居心地は最高に悪い。がたがた揺れるし、馬の制御に必死なのでタチアナさんと会話もできない。移動しながら事情を聞こうと思っていたが、もはやそれどころじゃない。
それを見かねたエミリーの提案は興味深いが、でもどうやって?
『簡単じゃ、この優秀な馬たちに、わっちが回復魔法をかける。さらに馬車を浮かすことで負担を減らせば速度は上がる。ついでに結界を張れば風圧とかも防げるからさらに加速できるぞ。お主の魔力を少しばかし貸してくれるなら、快適で快速な旅を保証するのじゃ。』
もうそれ、魔法で飛ばした方が早くないか?そして、俺の負担と評価が気になる。そんなとんでもないことができる魔法使いなど聞いたことがない。今は良くても今後に師匠がでるかもしれない。
「早く、早く。」
「うん?」
色々と悩ましいと思っていたら、不意にタチアナさんの独り言が聞こえた。ちらりと視線を向けると、彼女は鬼気迫る顔で手綱を握り、馬たちを急かしていた。少しでも早くたどり着きたいのか、前のめりになっているので今にも落ちそうだ。
「危ないですよー。」
「あっ、すいません。」
慌てて手綱を受け取り、彼女を支える。彼女は我に返りにまた頭を下げた。ただ、その表情は暗い。
「すいません、でも少しでも早く、あの人を・・・」
「うーん、なるほどー、仕方ないかー、でもちょっと落ち着きましょうねー。」
明らかに急いでいるタチアナさんに俺はうっかり同情してしまったらしい。
そのままゆっくりと馬車を止めて、馬の様子を見るフリをして、エミリーを見る。言葉は交わしていないが、彼女もタチアナさんの状況に思うことがあるのだろう、茶々を入れつつも馬たちの間を動いて、その様子をねぎらっているようだった。ちなみに、馬たちはエミリーの姿が見えているようで、彼女の動きに合わせて首が左右に動くのがちょっと面白かった。
『お主も人の子、いや男の子じゃのー。で、やるか。』
「やろう。」
不本意だが、俺はまた、こいつと手を組むことにした。
「タチアナさん、目的地の近くまでは俺が馬車を走らせますから、貴方は後ろで休んでいてください。」
「えっ、それは流石に。」
「大丈夫、道は知っていますから。」
『任せろ、過去に何度も行ったことがある。しかし、お主、その言い方だと人さらいみたいだぞ。』
「信頼してくれるなら、ですがー。」
まったく頼りになる霊である。たしかにうかつな発言だった。これでダメなら、俺が後ろの客室に引っ込んでエミリーにそれとなくフォローさせよう。そんな俺の態度をみて、タチアナさんは少し考えた後で、覚悟を決めた。
「わかちました、スカルさんを信じます。私は少しでも早くザパートオチアスに戻らないといけないんです。そのために力を貸してください。」
「わかりました。少々手荒になるかもですが、最善を尽くしますよー。」
この信頼には応えないといけない。エミリー便りでもなんでもなんとかしよう。俺もまた、いろんな面倒ごとを抱え込む、覚悟を決めた。
そしてすぐに後悔した。
「ひひーーーーん。」
「うっらあああ。」
「なにこれー。」
御者台で必死に手綱を掴み、落ちないように足を踏ん張る。目まぐるしく変わる景色はまるで夢のようだが、流れる冷や汗と、手綱から感じる振動は本物だ。これだけの速度なのに風が当たらないのも不思議だ。
『これまた優秀な馬たちじゃ、お主らの話から目的地を理解し、全力で走っておるぞ。』
「それはなによりだな、このくそがー。」
『ふふふ、お主のおかげでもあるぞ。馬には常時回復と脚力増加のバフをかけ、馬車は念動で浮かせてある、前方は結界で守っておるから馬たちは思いのままに走れるのじゃ。』
「おかげで、じりじりと吸われてるんですけどー。」
『そりゃそうじゃ。これほどの魔術を維持するならばそれ相応の魔力と技量が必要じゃ。お主の魔力と、賢者たるわっちの知識と技術があってこその妙技よ。間違いなくこの時代では最も早く、もっとも贅沢な馬車じゃぞ。誇るがいい。』
「俺への負担がすごいー。」
『それも含めて、わっちは大満足。」
こいつ、目的地についたら、やっぱり消し飛ばしてやろう。
魔法で馬車や騎馬の動きを補助するという話を聞いたことはある。専用の魔道具もあるらしいが、ともかく燃費が悪く、緊急時の脱出装置的なものらしい。古代文明では、馬無し走る馬車などもあったらしいが、それだって一部の高貴な人達しか使えないものだったとか。
なるほど、確かに贅沢な馬車だ。
『ははは、爽快じゃ。これほどの旅は死んでからは初めてだぞ。』
「それはよかったなー。」
『ははは、お主と組んだのは正解じゃ。ここにきて、愉快なことばかりじゃ。』
「怨霊め、後で覚えてろよ。」
ぎゃーぎゃーよ叫びながら街道を爆走する馬車。俺たちの会話は後ろの客室には届かなったらしいけど、エミリー曰く、あまりの速さにタチアナさんもそれどころじゃなかったらしい。
まあ、なんか、俺を見る目にこもった尊敬の色が濃くなった気ががするけど、俺は俺で馬車の制御に必死でそっちを気にかける余裕はなかった。
ただ、苦労した甲斐はあった。
サウスピートンから走り続けること半日、本来なら10日ほどかかると言われる道のりを大幅に短縮し、俺たちは目的地へとたどり着いた。うん、道中の景色を楽しむ余裕はなかった。
『ふふふ、わっちにかかればこの通りよ。』
「そうだなー。」
『ぎゃあー。』
勝ち誇るエミリーの顔面に叩き込んだーリムーブは、過去一の出来だったことだけははっきりと覚えているけどな。
あと、夜道を爆走する幽霊馬車の噂が周辺であがったらしいが、俺は何も知らない。
エミリー『ちなみに、もっと速くすることもできるぞ。』
スカル 「その場合、命の保証はできません。」
馬車の速度が一般的に時速20キロ。
馬単体なら時速50キロ。それを半日走り続けたので500キロぐらい?
東京ー大阪間ぐらいの距離を半日で駆け抜けたわけです。
馬車の旅は一日30キロだったそうですので、タチアナさんも相当無茶なことを考えていました。




