15 船旅は優雅にとはいかないらしい。
始めたの船旅
ピートン大河を渡る定期船は二種類存在する。数時間で川を横断する旅客向けの高速船と、半日ほどかけて大量の貨物を運ぶ大型船だ。タチアナさんが選んだのは、前者であり、人を運ぶことを前提とした高速船は、座席や個室も完備されたもので快適なもので、優雅な船旅と思っていた。
思っていたのだけれども・・・。
「気持ち悪いー。」
「ははは、兄ちゃん川越えは初めてかい?」
「川越どころか、船も初めてでしてねー。」
「そりゃ、お気の毒に。」
ゲラゲラと笑う船員に背中をさすられながら俺は顔を青くしていた。看板のベンチに腰掛け、手元にはバケツ、まだ最悪の事態には至っていないが、何とも言えない不快感がつらい。
はい、めっちゃ船酔いしています。見た目は穏やかな川と船であるが、陸から離れるとかなり揺れる。慣れていない人間は気をつけないとすぐに酔うと聞いたことはあったが、予想以上にきつかった。
「スカルさん、大丈夫ですか、お水飲みます。」
「今は、いいですー。」
少しはマシになると言われて甲板で風を浴びていると、タチアナさんや船員さんが色々気を利かせてくれた。大の大人が情けないと思いつつも、俺を見守る目はどこか優しい。
「川を見て、風を浴びてれば身体が慣れる。そうすれば収まるはずだ。最悪胃の中のもんをぶちまけろ。」
「ああ、念のため朝食を抜いておいたのでー。」
「ははは、それなら大丈夫だ。がんばれ。」
そのまま仕事に戻る船員さんを見送り、タチアナさんはそっと俺の隣に座った。なんとも気まずい。
「すいません、私が急がせたせいで。」
「タチアナさんが謝ることじゃないですよー。あれ、そういえば、馬車はよかったんですかー。」
「はい、もともとノースピートンで借りていたものだったので、森で採取したものも、朝一で換金したので、今は、身軽なものです。」
「仕事が早いですねー。」
「ははは、これでもそこそこの伝手はありますので。」
「まあ、おかげで助かりましたけどー。」
貨物用の大型船はもっと揺れがひどいらしい。だからというわけではないが、タチアナさんのように、北と南、それぞれの街で馬車や馬を預けたり借りたりすることもあるそうだ。
『馬は生き物じゃからな。川を超えるのはストレスじゃし、環境が変わると弱る可能性がある。それに、昔は渡河中に貨物が痛んだり、沈んだりすることも多かったからな。リスクを嫌う商人は、川を超える前に商品を捌くのじゃ。』
「なるほどー。」
『これもまた、川辺に生きる知恵じゃな。それぞれの街での強みを生かしつつ、輸送に特化させることで、技術は発展し、そこに経済が生まれたのじゃ。』
情報源はすっかり同じみのエミリーさん。霊である彼女は、船酔いで苦しむ俺をゲラゲラ笑ったあと、今は、船の中を見物に行っている。
浮いているあいつが、今ほど羨ましいと思うことはないだろう。
「川がきれいですねー。」
「そうですねー、キラキラ輝いています。」
会話は生まれず、2人でぼんやりと川を見る。船の横っ腹に次々とぶつかってくる川の流れは 独特の模様を描き、日の光を浴びてキラキラしている。これほど大量の水が流れているのを見たのは昨日が初めてだったが、船に乗って水の中から見るとまた一段と迫力がある。
すごいなー自然って。そんなことを思っているうちに酔いも治まってきた。
『おや、お主、だいぶ顔色が良くなったのー。』
「そういえば、タチアナさんは南の出身なんですよねー。」
「はい、北へは何度か行ったことがありましたけど、1人旅は今回が初めてなんです。」
「へえー。」
『そのままでいいが、そこ、危ないから動いた方がいいぞ。』
「まじ?」
無視しようと思ったらこれだ。エミリーの警告に従い、不快感を我慢して立ち上がり、タチアナさんの手をとって立たせる。
「えっスカルさん?」
「どっちだ?」
『正面じゃ、来るぞ、構えろ。わっちがなんとかする。』
困惑しているタチアナさんだが、説明をしている余裕はない。というか俺もなんだかわかってない。なので言われるままに、右手を川に向ける。
「ZAPAAAAAAA。」
「リバーシャーク、こんなところに?」
飛び出してきたのは、巨大な魚だった。ぱっと2メートルで青い皮膚。大きく開かれた口の中にはするどいキバがびっしりと並んでいる。船はともかく人間なら丸呑みできそうな迫力だが。
『ほいっと。』
ゆっくりと観察できたのは、その巨大魚は甲板の上で静止しているからだ。口は開き、その目は驚きに染まっているが、尻尾以外は動いていない。まるで巨大な手で掴まれたているかのようだが、エミリーが何かしたのだろう。
「大丈夫か、ってなんじゃこりゃー。」
『お主、留めはそこの男に頼むじゃ。』
「動きはとめたので、留めはお願いします。できたら早くー」
会話の流れだったので、どこか緊張感のない声になってしまったが、駆け付けた船員さんの行動は迅速だった。甲板に備えられていた槍を手に取り、慎重に魚に近づき、すぐにその頭を貫く。
「死にさらせー。」
「ZAPAAAAAAA。」
「お見事―。」
一撃を受けて、魚はびくっと身体を震わせたあと、動かなくなった。おそらくは魔核が破壊されたのだろう。目にも生気はない。そのままゆっくりと甲板に下ろされた巨体を見ると改めて大きい。エミリーの忠告がなかったら、丸呑みにされていただろう。うん、やばかった。
「た、助かったー。」
『ふふふ、水面から奇襲したつもりじゃったろうが、わっちにかかればこの通りよ。』
「兄ちゃんすげえな。リバーシャークを捕まえるなんて普通出来ないぞー。」
「ははは、とっさにやったらうまくいけました。」
「シャークだと、まじかよ。」
「船が沈むところだった。」
人が集まってくる中で、俺は1つ納得できた。この魚はリバーシャークというらしい。
『リバーシャークは、淡水を好むサメでな、このように水中から飛び出して水面の獲物を襲うのだ。その攻撃の速さと隠密性から、狩るのは相当な腕がいる。』
なるほど、エミリーをしても、ウルフのようにはいかないと。
『なので、わっちも捕獲だけにして留めは任せたのじゃ。リバーシャークを瞬殺したとなったら、さすがに目立つからのー。』
「へえー。」
いや、気づかいだったらしい。
「船長に連絡しろ、群れの仲間が来る前に川を渡りきるんだ。」
「こ、こんなのがまだいるってことですか?」
「ああ、サメは群れるからな、最低でもあと一匹はいるはずだ。」
『ちなみに水中に潜んでいる他のサメはもう潰して沈めておいたのじゃ。』
「こわ。」
バタバタと走り回る船員さんたちとともに、加速する船。魔物がいるなら即避難は基本の反応だ。
「兄ちゃんたちは客室へ。」
「わかりましたー。」
邪魔になるし、加速した船の甲板はさらに揺れがひどい。気を抜くと船から落ちそうな気がしたので、素直に客室へと引っ込んだ。
「すごいことになりましたね。大丈夫でしょうか。」
『くくく、サメは潰したから問題ないぞ。』
「気配はないから大丈夫じゃないですかねー。」
恐怖に顔を引きつらせるタチアナさんにのんびりと答えながら、俺は、エミリーを信用し、この先よりもサメが出たことの方が疑問だった。
「こういうのって、よくあるんですかねー。」
「い、いえ。さっき船員さんが言ってましたけど、船が襲われたのも何年ぶりって話でしたし、サメがでたのは初めてだとか。」
「そうなんですか、まあ船を信じて大人しくしておきましょう。」
「そ、そうですね。」
なんとも運が悪い子だ。森に入ればウルフ、川を渡ればサメに遭遇するとは。
『リバーシャークの好物はクリスタルタートルと言われておる。やつらは亀や魚が好きでな。本来なら獲物の少ない人里に現れることはないのー。』
「うーん。水飲も。」
俺の疑問を感じ取ったのか、エミリーは俺に近づきこそこそと話す。
『やつらはクリスタルタートルを追ってきた。クリスタルタートルがノースピートンに現れたのは、誰の所為じゃじゃろうなー。』
俺は知らないよー。何も悪い事はしてないよー。
『まあ、落ち着け。今回は運が悪かっただけじゃ。昨晩のお主の行為は、川の霊障を払い、クリスタルタートルが好むほどの清い水に変えた。魔物はそういった場所を好まぬゆえ。むしろ魔物は離れる傾向にある。あれは最後に残った群れが、元凶と思われるお主に一矢報いようとしただけじゃ。』
結局、俺が原因じゃないか。うん、聞かなかったことにしよう。
いや、まて、こいつは反応できたのって。
『予想はしておったよ。祓いというのは、魔物にとっては不快なものじゃからな。その元凶がいるとなれば、おのずとな。』
やっぱりこいつは怨霊だ。まじで質が悪い。
ちなみに、このショックで船酔いはどうでもよくなった。そして、加速したおかげか、それ以上のトラブルはなく、次の街へはすぐにたどり着くことができたし、リバーシャークは船側が買い取ることになり、俺は少なくない報酬を得て、路銀を得ることができた。
結果だけみればいいことばかりなのだが、なんとも釈然としない。
人生初の船旅だったが、今後は避けたいと思うほど苦い思い出となってしまった。
エミリー『霊とサメはどこにでもいる。』
スカル「船、怖い。」
運が悪いというよりは、一つ一つの行動が連鎖して、トラブルが起きていることを認めたくないスカル君。




